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後宮編
16. 采女、夜伽(1)♡
しおりを挟む「嫋妃。位は正八品、采女となります」
「……」
嫋は濁った瞳で空を見つめ、宦官の言葉にも耳を貸さない。このような態度であれば罰せられて当然だが、宦官も侍女も嫋を咎めない。
長安に着いた後、嫋は逃げようとしたところを捕らえられた。妃の襦裙を着せられ、紗で仕立てた長袖を羽織っている。
軽く透けるような素材の向こうに、嫋の滑やかな肌が美しさを潜めている。
長い黒髪は侍女によってまとめられ、呂苑が職人に作らせた簪が光を受け輝いている。
朱鷹の羽がついた簪はどこかに落としてしまい、もうどこにもない。
嫋の喉仏は宝石の装飾品で隠され、顔には薄く化粧も施されており、誰が見ても女そのものだ。
宦官はチラと皇帝を伺う。呂苑はその視線を無視し、嫋の肩を抱いた。
「空いていたのがこの位しかなかった。高い位であれば権力闘争にも巻き込まれるだろう。嫋、不満気な顔をするな」
「嫋を後宮から出してくだされば、こんな顔はいたしません」
ツンと嫋はよそを見た。心底嫌そうな表情をしており、その無礼さに宦官たちが息を飲む。
呂苑はどこまでも体面や形式を重視する男だ。その真面目さゆえに、少しでもレールから外れれば冷宮に送られることもあるという。
冷宮とは、簡単に言えば妃たちの懲罰房のことだ。皇帝からの寵愛を失った妃や、規則に反した妃を一生幽閉する監獄。過去、その妃に虐げられていた宦官や侍女たちが報復に妃を虐めるような場所でもある。
しかし、呂苑はアタフタと慌て、機嫌を直そうと嫋の髪を撫でた。
「そんなことを言うな。私は……私は、ただお前と一緒にいたくて……」
嫋が涙目で睨む。呂苑は仕方なく嫋の肩を離し、立ち上がった。
「今夜、訪ねる」
そう言い残し、宦官と共に部屋を去った。嫋は侍女たちがいるのも気にせず、顔を手で覆って絶望に打ちひしがれている。
侍女たちは主の様子に顔を見合せ、1人を除いて全て退室した。
残った侍女頭が嫋に語りかける。
「嫋妃、何が悲しくて涙を流すのです。妃になることはこの帝国全ての女子の憧れでございましょう」
「私は……嫋は、外に想い人がいるのです。お願いです、ここから出していただけませんか」
嫋は顔を上げ、侍女に縋りつく。
「ここには様々な出自の妃たちがいらっしゃいます。嫋妃のように外に想い人がいる方も、実家の事情に巻き込まれ入宮されているのです。私は没官された奴隷身分ゆえ、ここからお出しできるような力など到底持ちえません」
「ぁ……う……」
嫋はがくりと項垂れ、侍女の袖を掴んでいた手をズルズルと降ろす。
朱鷹に助けを求めようにも、1度入ってしまえば後宮から出ることなど不可能。
朱鷹も、まさか後宮に嫋が連れていかれたなど想像もしないだろう。
(もう駄目なんだ……もうあの子たちを見ることも、朱鷹様に会うことも出来ない……)
浅く呼吸を繰り返す嫋を哀れに思い、侍女がそっと耳元に口を寄せる。
「……今のように反抗的であれば、監視の侍女の数は減りませんよ」
「……!」
「ご自身の立ち振る舞いをよくお考え下さい」
侍女は素っ気ない表情をして顔を離す。部屋の外にいる侍女に聞こえていないことを確認し、咎めるように嫋に言い聞かせた。
(立ち振る舞い……)
嫋はじっと手元を見て、少しでもチャンスを掴むためにどうすべきか考える。
「陛下に、尽くす……」
「それが嫋妃の務めです」
侍女は頷き、夜伽の礼について逐一嫋に教えた。嫋の性別についても知らされているのは彼女だけのようで、嫋の身の回りは全て彼女に一任されていた。
夜、外から牛の足音が聞こえてきた。後宮内で移動に牛車を使う者といえば、皇帝に違いない。
「嫋」
「……陛下」
「やめろ、お前には淵と呼んで欲しい」
嫋の宮を訪れた呂苑は、昼よりしおらしい嫋の態度に機嫌をよくし、腰を抱いて寝台へと向かう。
嫋は困ったような顔をして呂苑の手に己のそれを重ねる。寝台の上で向かい合って座り、そっと胸の中に身を委ねる。
呂苑の心臓は面白いくらい鳴っており、数年ぶりの触れ合いに嫋の髪を撫でる手が震えている。
「嫋、夢のようだ……」
「んっ、んぅ……淵様……」
嫋の体を掻き抱き、深く口付けをする。くちゅくちゅと舌を絡ませ、その間も嫋の腰を撫でさするのは忘れない。
嫋は淵の中衣の紐を解く。現れた男らしい筋肉に思わず目を背け、手のひらでゆっくりとその輪郭をなぞった。喉仏、鎖骨、胸、腹筋……形も温度もにおいも、愛する夫のそれと異なる。
嫋はこれから自身を抱く男が番と全く違う人間であることを痛感させられ、紅を塗られた唇を噛む。
以前も朱鷹以外の妖に抱かれたことはある。発情期に入ってしまった藍狐だ。
アレと比べ物にならない嫌悪感が嫋を襲っている。あの時は、嫋と行為に及ぶことで藍狐が朱鷹に害されると思い、必死に抵抗したのだ。
恋を知り、心を通じて朱鷹との行為に溺れた。彼の赤い瞳が嫋を愛おしげに見つめるのを思い出して、彼だけがいい、と心が叫ぶ。
けれど、皇帝に尽くすと決めた以上、顔を背けることは出来ない。
手入れのされた手がゆっくりと嫋の中衣の間から入り込み、出産を経て大きくなった尻を揉む。
指が嫋の尻穴に入り、濡れたナカを探った。
ぬるっ ぬりゅっ♡
「は、んぅッ……♡」
「……お前の母は、ひどく優しい人だった」
「淵、様……?」
「お前は、あの人によく似ている。化粧をすれば、どちらがどちらか分からないくらいに」
呂苑はゆっくりと腕の中で震える嫋の顔を上げさせ、その桃色の頬を大切そうに撫でた。
(ぁ……)
嫋は、呂苑がわざわざ妓楼まで会いに来ていた理由を理解した。これほどわかりやすい視線があるだろうか、と少し呆れてしまうほど、呂苑の眼は嫋を通して誰かを見ている。
(嫋のお母さんは淵様の乳母……たしか、淵様は実母と仲が良くなかったはず……)
呂苑が即位の際、実母と血みどろの権力闘争をしていたことはこの帝国の皆が知っている。
嫋は1つの嘘を思いつく。
これを言えば、呂苑からの信頼が得られるだろう、という一言。
それは呂苑の心に土足で入り込むことになる。それでも、嫋のために地面に叩きつけられた妖鳥や、取り残された子供たちを思えば、嫋はどんな嘘だってこの男に吐けるのだ。
「淵、様……」
「ん……?」
「嫋が、あなたの母になりましょう。どうか嫋がおそばに侍っている時だけでも、淵様の心の底を見せてくださいませ……」
淵は息を詰まらせ、嫋の後孔を弄っていた手を止める。
「どうして……妖は……?」
「淵様にはずっと昔に面倒を見て頂きましたでしょう。いくら鈍いとはいえ、嫋が淵様のお心を察さないと思ったら大間違いですよ?」
「……は」
「それに、淵様のそのようなお顔を見ていたら、嫋はあなたを慈しみたいと……そう思ってしまったのです」
勿論嘘だ。
嫋はいじらしく涙を溜めた目を瞑り、一筋の涙を零す。口元に笑みをつくり、誘うように腰を揺らした。
男は嫋を押し倒し、性急に嫋の首筋に吸い付く。
ちゅっ こりゅッこりゅッ♡
「きゃあんっ♡ あんっ、やぁ、えんさまぁ……ッ」
呂苑の指が嫋の前立腺を叩き、快感を引きずり出す。嫋は呂苑の首に腕を回し、ビクン、と腰を浮かせた。
少し前には交合うだけの毎日を過ごしていたのだ。嫋を悦ばせる術は、誰よりも呂苑が知っている。
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