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妖編
14.ピクニック
しおりを挟む「ほらほら、忘れ物はないですね?」
「ないでーす!」
穏やかな昼、朱鷹と嫋、子供たちは慌ただしく遠出の準備をしていた。
嫋は朱鷹の羽を飾りとして付けた簪を刺し、動く度に黒い羽をユラユラと揺れさせる。
嫋にいっとう懐いていた妖鳥はほぼ人言を操れるようになり、今回の家族旅行にも着いていく行く権利を無事勝ち取ることができた。
子供3羽はまだ人に化けることは出来ないものの、妖鳥を兄のように慕い、4羽で嫋の肩やら腰やらに引っ付いている。
「お前たち! 媽媽を困らせんじゃない! あとなぁ、そんなに大勢で肩に乗ったら媽媽が痛いだろ!」
朱鷹の声だ。幼鳥たちはバサバサと慌ただしく嫋の肩から降り、嫋の様子を伺う。
嫋は「大丈夫だよ」と笑い、まだ小さい額を撫でてやる。
それぞれが大きく育ち、爪が鋭くなりつつあるのは事実だ。そろそろ人に化ける段階に移らなくては、と朱鷹は考える。
嫋も我が子と話せた方が嬉しいだろう。
1羽、朱鷹と同じく虹彩の赤い鷲がいる。三兄弟の末っ子だ。
やはりと言うべきか、朱鷹の言った通りこの子を育てるのは大変だった。
目を開ける前に何度も餌を詰まらせ死にかけたのだ。
病気にもかかりやすく、2人で寝ずに看病をしたこともある。
それでも朱鷹と嫋は見捨てず、2人で支え合いながらせっせとサポートをした。
その結果、無事ここまで大きくなることが出来たのだ。
朱鷹は不器用ながらも、自分が幼い頃に受けた仕打ちをわが子に繰り返すことなく、務めて優しく子供たちに接した。
まだその手が子供を撫でる手つきは拙い。それでも、子供に優劣を付けず向き合っている。
一行は隣の山へ行こうと予定を立てていた。梅の花が満開で、湧き出ている温泉を楽しめる。温度はぬるく、幼鳥たちでもなんら問題は無い。
水の中から魚を獲ることも必要なため、子供たちが慣れるにはちょうどいいだろうと考えたのだ。
大鷲の姿へと変化した朱鷹の背中に乗り、ゆったりとした速度で空を飛ぶ。
温泉に着き、朱鷹が使われていない家屋を軽く掃除する。綺麗になった床に荷物を置き、兄弟たちはさっそく温泉へと向かっていった。
嫋と朱鷹は梅の花を後ろに抱き合い、子供たちの様子を伺いながらもちゅうちゅうと軽い口付けを交わし合う。
「嫋、嫋……好きだ、愛してる……」
「んっ……はぁ、あなた……」
朱鷹はスリスリと嫋の腹を撫で、赤く染った耳たぶをぺろりと舐め上げる。
発情期が近いこともあり、いつにも増して嫋の体に触れたがる。本能が次の子供を産ませたいと訴えてくるのだ。
嫋もそれに応え、腰をモジモジと揺らしながら朱鷹の手に自身のそれを重ねる。
「あっ!」
「嫋?」
「忘れ物をしてきてしまいました。いけませんね、子供たちに言っておいて、私が忘れ物なんて」
恥ずかしそうに嫋が頬を染めて笑う。
風に揺られた梅の花を髪につけ、まるでこの世の穢れなど知らぬように微笑む嫋に、思わず朱鷹はぼうっと見惚れる。
こんな愛らしい人間が自分の娘子なんて、と未だ信じられない気持ちもある。
優しくて、かわいくて、美しくて、淫らな娘子。
「俺が取りに行く。嫋はここでこいつらを見ててくれ」
「いいのですか?」
「飛べばすぐだ。それに、ここら一帯には妖もいないし人も来ない」
嫋はこくりと頷き、飛んでいく朱鷹を見送った。
「媽媽! 媽媽も入ろー!」
妖鳥が手招きをして嫋を呼ぶ。
「うん、待っててね」
嫋は袍を脱ぎ、木に掛ける。長い黒髪を後ろに纏め、ゆっくりと足から湯に入った。
梅の花が浮く湯をすくい上げ、首元からゆっくりとかける。湯は嫋の瑞々しい肌を滑り、玉のような水だけが皮膚の上に残った。
子供たちは嫋に寄り添うように泳ぐ。
パキッ
「……!」
ふと人の気配を感じ、嫋の体は硬直した。枝を踏みつける音だ。
(兵、帝都の人間……?)
その後ろにも甲冑の擦れる音と馬の足音がする。湯の中にいるというに、嫋の指先はどんどん冷えて行った。
袍を着ようとしたが、木にかけていて手が届かない。嫋はさっと湯の中に肩まで隠し、俯いて顔を隠した。
「天女様が水浴びでもしていらっしゃるのかと」
どこかで聞き覚えのある声だ。いや、知っているものより微かに声が低い。
「ふふ、そんな……ここには滅多に人が来ないのですが、なにか御用でも?」
「失礼、私は帝都長安からやって参りました。隣の山の屋敷に用事があるのですが、道を見失ってしまいまして」
「……」
嫋は子供たちを隠し、人好きのする笑みを浮かべたまま男と会話を交わす。
少年の姿をしていた妖鳥は鳥の姿に戻り、素知らぬ顔で悠々と泳いでいる。三兄弟の末っ子は目をじっと瞑り、赤い瞳を隠した。
男が近づいてくる。
シュル、と木に掛けていた袍を取られた音がして、嫋は恐怖に息を漏らす。
男の手が嫋の後ろから回り、顎を掴まれ、グッと後ろを向かされた。
「あ……」
「嫋……!」
男は顔を隠していた布を払い、その素顔を嫋に見せる。スっと通った鼻筋、男らしいつり眉に垂れた目尻。
緩くウェーブのかかった長い黒髪が、嫋の頬にかかる。
「えん、さま……」
嫋は眉を八の字にさせ、戸惑ったような声を出す。男は嫋の袍を持ったまま、そっと嫋に言い聞かせるような口調で話した。
「嫋、お前を迎えに来た。私とともに帰ろう」
「むか、え……私には、必要ありません……」
「なぜ?」
「わ、私は……嫋は、山で暮らすことを決めたのです。朱鷹様とともに……」
淵は眉をひそめ、妖の危険性を嫋に説く。それでも嫋は首を横に振り、淵に着いていこうとしない。
埒が開かず、苛立った淵は嫋の腕を強く引っ張った。
「お前がなんと言おうと連れていく!」
「やだ、やめてっ……!」
湯の中から嫋の玉肌が姿を現す。淵は絹の袍が濡れるのも気にせず、嫋を抱き上げて馬車の中に押し込んだ。
鳥たちが大慌てで暴れるも、淵はさっさと馬を走らせ山を降りていってしまった。
たった数分、嵐のような出来事の後に母が連れ去られてしまった。
三兄弟はバタバタと翼を広げ朱鷹に会いに行こうとするも、どれも山を跨ぐほどの力は持たない。
混乱の中、三兄弟はふと妖鳥もいないことに気づく。
兄弟たちは震え、ピィピィと鳴いた。
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