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妖編
6.○○の死体
しおりを挟む「ちゅんちゅん」
「クルル」
ぽてぽてと小さい鳥たちが嫋の周りに群がる。鳥は燕、鳩、文鳥など種類は様々で、これらは全て朱鷹を慕う鳥の妖どもだ。
孵化したばかりで飛ぶことが出来ないもの、短時間なら飛べるもの、人間への変化もできるもの。
妖といってもそれぞれで、朱鷹のように人間の3倍はあろう大鷲は珍しい。だからこそ弱い妖は同種である朱鷹に守ってもらおうと必死に身を寄せる。
同種でなくとも、大鷲の見た目に圧倒され朱鷹を妖の長であると慕う者もいるが、朱鷹はその存在を認識すらしていないだろう。
「ふふっ、擽ったいよ」
自分が飛べることを自慢するように、嫋の目の前で羽を広げる。翼が嫋の頬を擽り、嫋は身を捩らせた。
嫋がこの屋敷にやって来て、丁度2ヶ月の時が経った。毎晩朱鷹に愛され、嫋の体はより美しく、淫らになりつつあった。
朱鷹は屋敷にいない。嫋は鳥たちの相手をしてやると、そっとため息をついた。
ここのところ、朱鷹は屋敷を出る回数が増えている。狩りだけではなく、なにか嫋に隠していることがあるのだ。
(朱鷹様……)
嫋は胸を抑える。もしかして、藍狐との行為がバレた? いや、そうであればあの時に何か言われるはず───。
(朱鷹様はどちらに行かれたのだろう……)
屋敷の外を眺める。藍狐もたまに来ては胸を躍らせるような話をしてくれるものの、もうずっとこの屋敷から出ていない。市井の暮らしが、町の優しい人達の笑顔がふっと嫋の頭の中に浮かんだ。
ふと、1羽の鳥のクチバシに赤く濡れていることに気づく。
「……? どうしたの、そのクチバシ」
鳥たちは嫋を導くように屋敷の庭の端へと飛ぶ。嫋は戸惑いながらもそれについて行き、ハッと息を飲んだ。
男の死体が転がっていた。ほかの鳥たちが今も啄んでおり、目玉はなく、肌も裂かれいる。人物の特定はとてもできるような状態ではない。
しかし、嫋はその服装を見て、みるみる顔を強ばらせる。唇はカタカタと震え、桃色の頬は血の気が引いている。
「お義父さん……」
ぽつり、と小さく呟く。見覚えのある袍だった。
「ひッ……ひッ……」
誰が? いや、そんなことは分かっている。
この屋敷にいる者で人を殺せるほどの力を持つ妖は、朱鷹しかいない。
嫋の頭を愛おしげに撫で、屋敷の外には出てはいけないと甘く言い聞かせている間に、嫋の養父を探し出して殺害したのだ。
「嘘……お義父さん……違う……嫌……」
目を見開いたまま、よろよろと後ずさる。
「町に、お義父さんの様子を……見に行くだけだから……」
そう自分に言い聞かせ、震える足で屋敷の門を跨いで外へ出た。言い訳を心の中で繰り返し、それとは裏腹に足早に山を降りようとする。
(そんなはずない……帰ったら、きっと……!)
ハァハァと息が荒くなる。自分が何をしでかしているのか、抜けているところのある嫋でも分かっていた。
(お義父さんの顔を見たら戻るから。逃げ出してるんじゃない。だから───)
汗がダラダラと嫋の背を滝のように流れる。足を草木が傷つけるのも気にせず、ただひたすら山の向こうを目指して走り続ける。
目の前に森の終わりが見えてきた。人里も見える。嫋は息を吐き、ぼろぼろの袍で一方先に踏み出そうとする。
「や、やった───あッ!」
足を引っ掛けられ、ベチャリとその場に崩れ落ちる。丸みを帯びた頬には無惨にも土が付き、流れる汗と涙がそれをべっとりと嫋の顔に張り付かせた。
嫋の上に影ができる。黒い羽根がひらりと嫋の唇をくすぐった。
震えながら、嫋はゆっくりと振り向いた。恐怖と諦念がぐちゃぐちゃに混ざり、口元に力なく笑みを浮かべている。
小動物のように呻きながら丸まる嫋を見て、赤黒い目が楽しげに歪められる。
「あっ、ぁはっ、やッ」
「たーお♡ 相公と一緒に帰ろうな」
「ぅう……! やだっ、朱鷹さまぁ! 離して……ッ!」
暴れる嫋を傷つけないよう、壊れ物を扱うように抱き上げる。
「ひぐっ……ぅぐ……」
遠ざかる人里を涙の滲む瞳で見つめながら、朱鷹に抱かれ屋敷へと戻る。
寝台に降ろされ、顔や足についた土を優しく払われる。擦り傷に薬を塗りこまれている間、嫋は呆然とそれを見つめていた。
「嫋、屋敷の外に出るなって言ったよなぁ?」
朱鷹が困ったように眉を下げ、嫋の頭を撫でる。
「……ッ! 触らないで! お義父さんを殺した癖にッ!」
意識を取り戻し、朱鷹の手を振り払う。手を叩き落とす乾いた音が広がり、朱鷹はじっと嫋に拒まれた己の手を見ていた。
「……」
「……そんなに嫌なら、勝負で嫋が逃げられるか決めよう」
怯えて薄布を被る嫋を宥めるように、優しげな声で朱鷹が囁いた。
「勝負……?」
「嫋が交尾の最後まで俺に反抗し続けること、もしくは1度もイかないこと。どちらかを成功させたら、俺は嫋を引き止めない。時間は日が落ちるまで」
「嫋が、どっちも失敗したら……?」
「今後一切俺に逆らわない。それだけだ。どうだ、今のままじゃずっと俺のもとから離れられないぞ?」
(確かに、強引に抜け出そうとしても今回みたいに連れ戻されるだけ……)
たった1度、この交尾で我慢すればいいだけだ。朱鷹のその声におずおずと嫋が頷く。
にたり、と朱鷹が笑みを浮かべた。嫋が自分に反抗できるわけがないと考えているのだ。今日こそは嫋の最奥を貫こう、と舌なめずりをして嫋のへその上をねっとりと見つめる。
嫋は嫌な予感に震えながらも、養父のもとに戻るため、袍の紐を緩めた。
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