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妖編
1.生贄の嫁入り
しおりを挟む「あっ……あぅ、んっ」
「……ふぅ、いいぞ」
「あ、ありがとう……ございました……」
ゆっくりと息を吐き、震える足で立ち上がる。
自身の体液で汚してしまった床を布で拭き、去っていく義父の背を寂しげに見つめた。
快楽に身を震わせる男の名は、嫋という。
腰まである黒髪と乙女のように柔らかい目尻が特徴的で、その頬は桃を思わせるような薄紅色に色づいていた。
義父は嫋の後孔をほぐし、それが充分だと見れば、うち震える嫋を置いて妓楼のほうに向かってしまった。
義父は妓楼を営んでいる。仕事中、嫋のそばに長くいてやることは出来ない。それを頭では理解しながらも、嫋は言いようのない寂しさを胸の内に抱えていた。
明日、嫋は妖に嫁入りする。養父はその準備として嫋の後孔をほぐしていたのだ。
力が強く、妖たちからも慕われているその妖は、噂によると家屋ほどの大きさもある大鷲の形をしており、名を朱鷹というらしい。
(朱鷹様、朱鷹様……)
きっと、食い殺されてしまう───。
ぼろぼろと涙をこぼす。嫋はなぜ男である自分が花嫁に選ばれたのか、知っている。
血縁者がいない余所者であるため、町にとっていなくてもよい存在だからだ。
朱鷹という妖を神として祀り、供物を捧げる代わりに妖たちが人を食べさせないよう祈る。
行方不明者の絶えないこの町でそんな話が出たらしく、まず白羽の矢が立ったのは嫋だった。
花嫁とは言っているが、所詮ただの生贄に過ぎない。
嫋は死の予感に震える体を抱きしめ、熱を籠らせたまま、静かに寝台に潜った。
翌日、昼。
朝からたくさんの人に会い、色んな話をした。
中には「絶対生きて帰ってこい」と無茶を言う者もいて、嫋は思わず苦笑する。
嫁いでしまえば嫋は夫のものだ。もう町に帰ることどころか、ペロリと食べられてしまうかもしれない。
嫋を乗せた馬車が、妖がいるという山へ向かう。
「ここが……?」
嫋は馬車を降ろされる。
少ない荷物を持って、見えてきた屋敷を恐る恐る見上げる。
まるで鳥の巣のように高い山の頂上付近にあり、嫋は少し躊躇する。重い花嫁衣裳を着たままでは登るのも難しい。
さてどうしたものかと辺りを見回す。
「ねぇ」
「あっ!」
右往左往していたところ、後ろに立っていた男とぶつかった。嫋は痛む後頭部を押えながら、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫。こっちこそ急に声をかけてごめんね。それより、なんでこの山に? ここにはこわーい妖がいるんだよ。か弱いお嬢さんなんかパクッと食べられちゃうんだから」
見上げれば、青い袍を着た身なりの良い青年がいた。
ニコニコと人好きのする笑顔をうかべ、嫋に優しげな口調で語りかける。
「あっ、えっと、朱鷹様に……会いに行くためにここまで来てて」
「アイツに? ……そう。じゃあここからじゃなくて、曲がった場所にある道から行けば、急な坂道もなく着くよ。僕は帰る途中だったんだ。じゃあね」
キツネ顔の青年は首をかしげ、ポツリと不思議そうに呟く。しかし、屋敷への行き方だけ告げると、背を向けて去ってしまった。
(かっこいい人だったな……人懐っこい顔をして、でも体は逞しくて……はっ! いけない! 夫以外にそんなこと思うなんて、節操がない)
ぼうっと見惚れていた嫋はかぶりを振り、青年が言った通りの道を進む。
「こっちの道、だよね? ……あっ、ほんとうに着いた!」
屋敷に難なく辿り着けたことに驚き、思わず声を漏らす。
「えっと……勝手に入ってもいいのかなぁ」
門は開いている。嫋は荷物を持ち直し、恐る恐る足を踏み入れた。
「こんにちはー!」
……。
「たお、嫋と申します! 朱鷹様はいらっしゃいますか?」
反応がない。嫋は肩を落としながらも、屋敷の部屋に入ってみる。全体的に薄暗く、肌寒い。嫋はぶるりと体を震わせ、荷物をかたく抱きしめた。
「朱鷹様、いらっしゃいますか……?」
縋るような声で呟くも、床の軋む音しかしない。それなのに幾つもの目に見られているような気がして、嫋はとうとう涙目になってしまった。
パキャ、ゴキッ
さらに奥の部屋に手をかけ、嫋の手が止まる。
「えっ……?」
嫌な予感がして、少しだけ開けた扉から顔を背ける。嫋が声を漏らすとその音は止んだ。粘着質で、なにか固いものが折れる音。
「はっ、ぁ………」
ツンと鼻を突く異臭に息を荒くしながら、目を細めて扉の先を見ようとする。汗でしっとりとした手を扉について、隙間を覗き込んだ。
「……」
「ひぃっ!」
黒目がぐるりと上を向き、嫋はそのまま気を失った。少女のようにまろい頬は真っ青になっている。
嫋がその視界に収めたのは、ギョロリ、と剥かれた巨大な赤黒い瞳と、ズタズタに裂かれ啄まれた女の死体であった。
────
「か、かわいい……かわいいなぁ、お前……!」
(人間に、こんな可愛いヤツがいたなんて!)
妖の体が縮み、見る見る間に人の男へと変化する。
男は血のような瞳の色をしており、その筋肉質な四肢は一切の布を纏っていない。男は指先を震わせながら、ゆっくりと嫋の頬を撫でる。
男は目を見開き、小さく上下する嫋の胸元をじっと脳に焼きつけた。
血がこびり付いた口元は興奮でいびつに歪み、口の中では次々と唾液が分泌されている。
するすると袍の奥の素足をなぞり上げ、雌雄を確認する。雄と分かれば、その男の手は嫋のやわい尻に移動し、手のひらに吸い付く感触を楽しみながら揉みしだいた。
可愛い、と繰り返しながら、まるで愛玩動物に触れるかのようにぎゅっと力を込め嫋の体を抱きしめる。
嫋の骨が軋む音がするが、男はそれに気づかない。まさか抱きしめただけで人間の骨が折れかけるなど、妖たる彼には分からない。
この男が朱鷹。勝手に神として祀りあげられ、人間の嫁を寄越された大鷲の妖である。
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