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①
しおりを挟む町外れに古い洋館がある。古い割に綺麗な佇まいだけれど、いつも窓は閉め切っており、庭に植えられた木には鴉がたむろしていて、なんだか不気味な雰囲気を醸し出していた。
いつからかそこにはヴァンパイアが住んでいる、という噂も立ち、誰も近づこうとはしない。
かえって好都合だった。だって、独り占めできるから。
いつものように日が沈んでから館を訪れる。預かっている鍵を使い、ギィギィ音を立てる扉を開けて中に入った。全ての窓に遮光カーテンがつけられており、外の光を完全に遮断していて真っ暗で何も見えないが、電気のスイッチの位置は覚えているので問題はない。
視界は真っ暗のまま扉の右隣の壁にあるスイッチを押すと、廊下の電気が点いた。眩しさに目をしぱしぱさせながら、慣れた足取りで地下室へと向かう。
「おじさぁ~んきたよぉ~♡」
地下室の扉を開けると、壁に掛けられた蝋燭にボッと青白い炎が宿った。どういう仕掛けかは分からないけれど、それを確かめようと思ったことはない。細かいことは気にしない主義なのだ。
薄暗く、どこか不気味な雰囲気のある部屋の中心には、立派な装飾が施された棺桶が置かれている。その蓋がゆっくりと開き、私の鼓動は高鳴った。
「おじさんではないと何度言えば分かるんだ」
機嫌が悪いのを隠そうともせず、長い銀髪を掻き分けながら気怠げに顔を出したその人は、なにを隠そう、噂のヴァンパイアだ。
青白い炎に照らされたその顔は堀が深く、全ての顔のパーツがまるで彫刻のように美しい。ただ起き上がっただけなのに、絵画から抜け出してきたのかと錯覚するほどだった。
「だっておじさんじゃん。何年生きてるんだっけ?」
「まだ200年しか生きておらん」
「200年って、おじさんというより……」
おじいちゃんじゃん!と言いかけたが、切れ長の瞳が怒りを露わにこちらを射抜いてきたので、言葉を飲み込んだ。
まあ200年生きているとは思えないほど若々しく、とてもおじいちゃんには見えないのだけど。そもそもヴァンパイアの世界では、200歳なんてまだまだ若者らしい。
「……じゃあ名前教えてよ」
「そう簡単に真名を教えるわけなかろうが」
「けちぃ」
「で?何の用だ?」
ここには入るなと言っているが?と鋭い視線が突き刺さったが気づかないふりをして、スカートの裾を持ってくるりと回転した。
「なにってぇ、今日はハロウィンだよぉ~」
じゃーんと気合いの入った衣装を披露する。この日のためにバイト代を貯めて買った、ピンク色のメイド服だ。スカート丈は短く、フリルやレースが沢山ついてて、お臍も出ているし、おまけに胸元は大きく開いていて、谷間もばっちり見えている。
「可愛い?」
「また珍妙な……」
「もぉ、せっかくこの家に合わせてメイドさんにしたのにぃ!褒めてくれたっていいじゃん!」
「これがメイドだと……?」
おじさんは顎に手をやり眉を吊り上げ、私の仮装を凝視して、苦言を呈した。
「メイドにしては布が少なすぎる。これでは労働しづらい上に、肌を傷つけかねん」
「マジレスしないで!」
もぉ~とぷりぷり怒りながら棺桶に近づく。私だって分かっているのだ、これが本来のメイド服とは遠くかけ離れていることは。でも、今日の目的は労働ではない。
「おじさん♡」
棺桶の隣に立ち、未だ棺桶の中で座った状態のおじさんを見下ろしてお決まりのセリフを1つ。
「トリックオアトリ~ト♡お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうよ~♡」
ぎゅっと胸を寄せ、両手を差し出す。一晩悩んで編み出した渾身の悩殺ポーズだ。
(ふっふ~♡おじさんがお菓子なんか持ってるわけないもんね~♡)
だから、お菓子を渡せず困るおじさんをイタズラしてやる。それが今日の私の目的だった。
内心ほくそ笑んでいると、おじさんは表情を全く崩さず、どこから出したのか、私の手の上にどさどさどさっと大量のお菓子を落とした。
「……えぇっ!?」
「フッ、甘いな小娘。私に悪戯など100年早いわ」
勝ち誇ったかのように笑うその表情は憎らしいけど美しい。
(おじさんにえっちなイタズラをしかけて手を出してもらうという壮大な計画が~っ!)
悔しさのあまり地団駄を踏んでしまう。
おじさんと出会ってから3年、ずっと想いを寄せ、あの手この手で誘惑するも惨敗。今日しかないと思っていたのに。
「なんでハロウィンのこと知ってたのぉ~……?」
「依子に聞いた」
「よりこ……」
依子とは、私の母だ。
実は、この館に自由に出入りできるようになったのには理由があるのだが、それには私の母親が深く関係している。
私の母の家系は代々ヴァンパイアに仕えていたらしく、日中は行動できない主人の身の回りの世話や館の管理をしていたそうだ。
母も例外ではなく、毎週この館の掃除をバイト感覚でやっていたのだけれど、3年前のある日、突如ぎっくり腰になった。その際事情を説明され、腰が治るまでという条件で館の掃除をすることになったのがこの私、というわけだ。
やっていいのは掃除だけ、日が暮れたらすぐに館から出て行く、地下室には近付かない、という母との約束を見事に破り、好奇心で外が真っ暗になってから地下室へと入り、そこでおじさんと出会ってしまった。
燃えるような真っ赤な瞳が私を捉えた瞬間、ビビビッと稲妻が落ちたような衝撃に襲われた。そう、一目惚れだ。
それから私は母に頼み込み、母から館の掃除を引き継いで、この館に自由に出入りする権利を得た。もちろん、しこたま怒られてしまったが。
「依子が、もうすぐハロウィンだから娘にお菓子でもあげて、とそれを寄越したのだ」
言いながら、私の手のひらの上のお菓子を指差すおじさんの表情が、なんだか柔らかい気がして、心が沈んでいくのが分かった。
「……お母さん、まだここにくるんだ」
「たまにな。娘がきちんと業務をこなしているか確認しにくるのだ」
「ふぅ~ん……」
私より母との付き合いの方が長いのだから仕方ないけれど、面白くない。
はぁ、とため息を漏らしながら貰ったお菓子を雑にハートのショルダーバッグにしまっていると、おじさんはまた顎に手をやり、そういえば、と言葉を続けた。
「……その格好で外を歩いたのか」
「そうだよ?うちで仮装してからここに来たから……」
なんでそんなことを聞くんだろうと首を傾げていると、おじさんはまた私の頭から爪先までを凝視してくる。なんだか審査されているような気分になり、自然と背筋が伸びた。
「どうしたの?おじさん……」
「……誰かに見られたか?」
「あ~結構見られてたかも?でもハロウィンだし、」
大丈夫だよ、と答えようとしたけど、なせがおじさんの纏う空気が重くなり、何も言えずに口を噤んだ。
(くだらないって怒ってるのかな……)
いつもそうだ。
なんとかおじさんに意識して欲しくて際どい格好をしてみたり、ポッキーゲームやツイスターゲームをしようと提案して、馬鹿馬鹿しいと怒られていた。
その度に、ここに来ることを拒絶されたらどうしよう、と不安に陥る。
(けっこう頑張ってアピールしてるつもりなんだけどな……)
私の気持ちが伝わる気配は一向にない。
考えていたら悲しくなってきて、じわりと涙が滲む。ヴァンパイアのおじさんにとって、私なんか眼中にないのは百も承知だった。でも、諦めきれなかったんだ。
涙が零れないように上を向いていると、ぐいっと手を引かれて棺桶の中、おじさんの胸へと倒れ込んでしまった。
「ぐえっ」
おじさんの厚い胸板に顔をぶつけてしまい、不細工な声が出た。文句を言ってやろうと顔を上げると、ついさっきまで、重苦しい雰囲気を醸し出していたとは思えないほど楽しそうに口角を上げているおじさんが視界に入り、ドキリと鼓動が高鳴る。
おじさんはニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、口を開きこう言った。
「Trick or Treat」
発音が良すぎて何を言っているか分からず呆けていると、おじさんはもう一度同じ言葉を繰り返した。そこでようやく言葉の意味に気付き、ゆるゆると首を横に振る。
「も、持ってない……」
そう答える私を見て、おじさんは心底愉快そうに笑い、予想外の言葉を口にした。
「ならば、悪戯してやろう」
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