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七章 もふもふファミリーと闘技大会(本編)

87 龍祓いの末裔

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冒険者ゴトーにとって、力とは正義だった。
しかしそれはどんなに恋焦がれたところで、個人差が出る。

手にした力を活かすのに、必ず付き纏ってくる寿命、老衰。
そして最強になる前に立ちはだかる絶対的脅威、モンスター。

すぐに己の限界を感じて、酒場で飲んだくれた。
そこへ今の相棒“神官ノロ”と名乗る女から声をかけられた。

『ねぇあなた。力が欲しくない?』

そりゃ欲しいに決まってる。誰だって欲しい。こんな世界で男に生まれた以上、それは常について回る代物、証明。
だが、そういった話には必ず裏があるもんだ。
ゴトーはそんな与太話に最初こそ興味を抱かなかった。

しかし戦術級モンスターを相手に死の淵まで追いやられ、自身が死ぬと知覚して自分の弱さを呪った時。
またその女は現れた。勧誘というよりは洗脳に近い誘い文句。

力を手に入れたゴトーは、最初に幾つかのミッションをこなし力を手に入れた。体に『ウイルス』と呼ばれる存在を飼い慣らすだけで良い。もちろん精神が先に根負けして死ぬこともあるが、ゴトーなら耐えてくれてると信じてる。

スタイルのいい女にそう太鼓判を押されたらゴトーは頑張ってしまうタイプでもあった。
そして『ウイルス』の支配を耐えきり、力に覚醒するとあれだけ苦戦した相手は雑魚に成り下がった。

死か覚醒か。その先にあったのは圧倒的な力。
この力さえあれば……最強の冒険者として君臨できる。
そう確信していた。

女、“ノロ”はゴトーとは別種の『ウイルス』を飼い慣らしている。
致死性は低いが、体内での生存能力が高く長く居座れば居座るほど相手を弱体化させる冗談みたいな力だった。

対してゴトーの飼い慣らす“コレラ”は致死性が非常に高く、発病後数日で命を刈り取るものである。
ゴトーはこのウイルスに打ち勝つことでその力を手にしていた。

攻撃を行うことで、撒き散らす。攻撃そのものがウイルスだ。
経口接触型という条件こそつくが、それさえ満たせばそれに抗える生物は皆無だった。

だが同時に最強である虚しさも感じ取ってしまう。
敵がいないのだ。せっかく強くなって最強になっても敵がいないのなら意味がない。

そう思った時、神官にならないかと誘いを受けた。
聖龍教会。
ゴトーと同様に力に取り憑かれた者たちが集う場所があるという。そこでさまざまなミッションを受けて、ゴトーは“神官コレラ”の称号を与えられた。

人類として最強になったゴトーではあるが、教会の中では下っ端もいいところ。

そんなゴトーが、モンスター相手にまさかの苦戦をするなんて想定外もいいところだった。

「くっそ、なんだよお前は!」
「ニャガァアアアアア!!」

放たれる斬撃は石壁すら砕く。
ウイルスそのものにはもちろん通用しない。神官になった時に人間を辞めているゴトーがその圧力によって後退せざるを得ない程に追い詰められている。

さっきまで圧倒していた相手じゃないか。
ウサギから猫に切り替わった時に、感じた違和感はあった。

ウサギの時はどこか戦いたくなさそうな、そんな弱気な態度があった。力こそ強いが、それは弱さだ。
実際にスピードで圧倒すればなす術もなく一方的だった。

だが猫になった時はどうだ?
人が変わったように物騒になった。
物理的にどこからともなくもう一匹駆けつけたが、所詮は雑魚が一匹増えた程度と捉えていたゴトーは、静かに焦りを感じていた。あれ、これ負けるんじゃね?
そんな焦燥。

強敵と戦うのは望むところだった。
だがそれは勝てる相手に限る。
ゴトーが欲するのは苦戦の後に味わう達成感。
みっともなく負ける未来なんてごめんなのだ。

「背中が隙だらけですにゃん」
「がッ!?」

もう一匹が死角から音もなく斬りつけてくる。
振り払おうと金を撒き散らしているのに一向に付着する様子を見せない。『経口接触型』と言うのはこう言う時に不利だった。

だから場外戦術で菌をばら撒いた。相手を弱体化できずとも、菌を回収して自分がパワーアップすればいい。
“龍”らしい考えが裏目に出た。

(なんだ? ばら撒いたはずの菌の回収率が悪い)

殺傷力が強すぎる。だからギスギの樹液と混ぜて摂取させたと言うのに。体内で2時間菌の繁殖を抑える効果を持つギスギの樹液。もう摂取させてから二時間は経過してる。

だと言うのにどうして回収できない?
得られる予定のパワーが回ってこない焦り。
ここで全力を出してしまうか?
だがそれはミッション対象外。

ウイルスそのものに肉体を置き換えるのは新しい素体が必要だった。ゴトーという素体が必要であったように。

「下等な猿め、これでおわりにゃぁあ!!」

猫の手元に灼熱の爪が現れる。
下等? 誰が?
ゴトーは自身が何に例えられているかを一瞬理解できず、耳に入れてもなおそれが自分に言われていることを認めきれないでいた。

普段は冷静に構えていて、どんな状況に置かれようとのらりくらりと生きてきた。
が実際には押し負けている相手から下等だと見下された。
俺はまだ本気出してないだけなのに、何勝手に思いあがっちゃってんの?
そんな思いが、ゴトーの留めていた最後のブレーキを緩ませた。

「調子に乗んなよネコちゃんが! 俺の本気はこんなもんじゃねぇ! 〝龍化〟」

アクセルを踏み込み、そして真の姿を現した。
上空に現れたのは龍というにはあまりに異質の存在だった。
大地に住まうサンドワームのような肌色に、無数の棘を生やす異形。

それがみるみる大きくなり、手足が生えて顔が現れる。
その面妖さは人型を捨てた先にあるとは思えないくらいに不恰好で、ちんちくりんだった。

「なんにゃあ? イメチェンかにゃ?」
「姫、面妖な姿に惑わされぬよう」
「分かってるにゃ。コローニャの一族、死すべきにゃんね?」
「来ます!」

空で閃光が走った。
一瞬で右腕が吹き飛んだ。カバーに入ったニャンゾウ諸共だ。

「にゃ!?」
「なんだぁ? この程度の力でビビってんのか? ほら、ほら! オラァッ! さっきまでの威勢はどうしたよ、クソネコ!」
「なんにゃぁあ!?」

まるで目で追えない。それどころか通り過ぎるたびに体に穴が開く。死んではいないが、肉体の復元が間に合わずに一方的にリンチされるという状況だった。

だが、同時に早く決着をつけなければという焦りもまたある。
素体がないと活動限界が一時的である事もまた“龍”の悩みの一つである。

意識を保てる最低条件は“六兆”から。
それ以上散らせば再度集める必要がある。

内心で焦っていたのはゴトーもまた同じであった。


「あのバカ! なんで龍化してるのよ!」

それを見咎める者がいる。
同じ神官である“ノロ”だった。

「一方的のようにも見えますが、その状況ってそんなにまずいんですか?」
「そりゃまずいに決まってるでしょ? 人間の体に入ってるうちはいいの。菌を制御できるからね。それくらい常識で……って誰!?」
「僕です」

影からひょこっと現れたのは、ルークだった。
いいことを聞きました。
そういって笑うとその場から消えた。


『キッカ、交代ね』
『にゃぁ、仕留めきれなかったにゃ』
『あれは放っておけば勝手に死ぬタイプらしいよ』
『そうなのかにゃ!? でも、確実の死なないにゃんよにゃ?』
『だから、僕が止めを刺すんだ。僕ならばそれができるから』

意識を本体に戻す。念話を終え、ルークに戻る。

「お前は……ルーク?」
「残念ですよ、ゴトーさん。貴方とこういう場所で出会うなんて。もっと冒険者としてのノウハウを聞きたかった」
「それはこっちも同じことよ。この姿を見られたからには……」
「本当に、残念です」

──回収、コレラ。

ルークの唇が動く。
ただ、それだけでゴトーの意識が混濁した。
みるみると体が縮小していくのがわかる。
菌が、消滅していっているのだ。

「ルーク……お前は、何者だ?」
「ただの駆け出し冒険者で、そして毛皮修復師。貴方も知っているでしょう、ゴトーさん」

ただ、病気に対してはめっぽう免疫が高くゴミを拾うのが得意。

「龍にとっての天敵が居るとするなら、僕でしょうね」
「そう言う、ことか。バファリンで消息を絶ったコローナを仕留めたのも……お前か?」

言葉が辿々しくなる。肉体が崩壊しかけ、意識も飛び飛びなのだろう。

「僕は見てませんが。勝手に死んだと仲魔から報告を受けてます」
「ハッ! 俺たちの敗因はお前に挑んだ事ってか?」
「僕は皇帝様に誘い出されたんです。だからきっと貴方達教会が来ることも、暴れることも想定済みだと思いますよ? おかげで余計な仕事もたくさんさせられました。もう二度とここには着たくありません!」
「ったく、面倒な相手に名前を覚えられた……もんだ」

ゴトーはそれだけ言い残して消えた。

「ピヨちゃん、行ける?」

確かにそこへゴトーの意思はある。
蘇生は可能か? ルークは尋ねる。

「ピヨヨ~」

可能である。しかし今は待たれよ。
それよりも先にこなすことが多い。
そう言われた。

死屍累々の客席。
菌に侵されてうずくまった人。ゴトーによって力を吸収されて亡くなった人も居る。要は後回しだ。そう言われて優先順位を後に回した。
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