【完結】いいえ、違います商人です

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
46 / 46
本編

46.エピローグ

しおりを挟む
唇に柔らかな感触が触れた。カイル様の体が押しつぶすように僕の体に密着する。どれくらいそうしていただろうか?
唇が離れたのを察して目を開けた。

「抵抗しないって事は了承したと捉えても良いのかな?」
「こちらは準備が整っておりませんでしたのに」

ぷいと顔を逸らす。
あーーなんだこれ! すっげーー恥ずい。
まだ肉体が男っぽくないからぜんぜん余裕で受け入れちゃったけど、心臓が爆発しそうだよ!
僕、男とキスしちゃったんだ。
唇を両手で覆い、少しだけ恨みがましそうに見返す。

「私のファーストキスだった」
「わたくしも初めてでした」

お互いに照れながら顔を直視できない様は、まさに付き合い始めたばかりのカップルそのものだろう。
勢いでしてしまったとはいえ、それほど嫌悪感はなかった。
ただ唇を触れただけだ。体液の交換まではしてない。
こんなのノーカンだよ、ノーカン!

「好きだと言っても君は受け取ってくれないだろう? だから行動で示した。私なりの気持ちだよ」
「婚約を迎える前の男女がすることではありません!」
「私達は隠居をする身だ。それに貴族の爵位も捨てる。だから貴族のしがらみに縛られる必要はない。そうは思わない?」

朗らかに笑みを浮かべるカイル様は、正気とは思えない言葉を並べて侯爵の地位をしてると言った。

「本気なのですね?」
「嫌? 貴族の地位は惜しい?」
「いいえ。しがらみが煩わしいと思っているのは本当です。ですがわたくしはともかくカイル様がおやめになられる事は無いではありませんか」
「いいや、私なんかよりトール先生を引き止める声の方が大きいよ。今や魔道具生産の祖としての実績、トール教の御神体という立場。貴族社会がそれをみすみす捨てるとは思えない。だから妹達の婚約を隠蓑にした」

そこまで言われて、ようやく僕は答に至った。
つまり僕をこの地に誘致したかったのはセラスでもなく、他ならぬカイル様だったのだ。

「私達は妹の用意した別宅で慎ましやかな生活を送る。たまーにトール先生の作品を妹達に取りに来てもらう。それ以外は自由だ。誰の邪魔もされずに、伸び伸び過ごせる。どうだろうか? こんな未来は。公爵という立場をフル活動して他の一切を除外するつもりでいる。私はそのためになら鬼にもなる」
「なんですか、それ。口説いてるのか、容赦がないのかどちらかにしてください」

僕の呆れた声を合図に、またカイル様の顔が近づいてきた。
今度こそ無抵抗でそれを受け取る。
先ほどよりも長い接触に、心臓が跳ね上がりそうな程の興奮を覚える。
クッソ、ずるいぞ。キスで僕の心を操ろうだなんて。

「また受け入れてくれたね。表情は硬いのに、気持ちはすっかり傾いている。あと一押しかな?」

まるで試されてるかのような態度に、僕は痺れを切らした。

「わかりました、わかりましたよ! 受け入れますから、その、揶揄うのはおやめください!」

一度火のついた体はキスなんかじゃ物足りないと欲してしまったのだ。はしたない女だと思われるのが嫌で、声を大きく上げてごまかした。

「ふふ、ごめんね? 私も引くわけにはいかなくてね。大切にする。だから私を受け入れてほしい」

差し迫る手が、僕のドレスの肩を掴んだ。







あーーー太陽が黄色い。
目覚めは最悪な気だるさとともに訪れた。
カイル様と公爵家の別宅に移り住んで1週間目。
僕は満を辞してカイル様に戴かれてしまった。

ずっと守っていた貞操をあっさり解かれた気分は言葉ではとても一言では言い表せないような気持ちだ。
まだお腹の中になんか入ってる気がするよ。
そしてゆくゆくは母さんみたいに妊娠するんだろうか?
ちょっと今からでは想像できないや。

「昨日はお疲れ様」
「お粗末様でした。拙い技術でごめんなさい、その、ああいうのは初めてでしたので。気持ちが舞い上がってしまって煩わしい思いをさせてしまったのではないかと……」
「そんな事を気にしてたの? 私だって初めてなんだ。お互い初めて同士、これから研鑽を重ねていけばいい」
「うぅ、そうですが」

会話が途切れるとキスの時間が始まる。
初めての時の初々しさはなく、慣れたように体液を交換してる。
もう夫婦の営みを始めてしまっているので今更だろう。

「うぅ、カイル様ぁ」
「まだ足りない?」

返事はしない。どうも僕の体は随分と欲しがりな様だった。
一度致しただけでは満足できず、昨日も初めてだというのに何度も欲してしまった。
腕の中に頭を埋め、甘える様にしなだれかかる。
こうしてるとすごく胸の内がポカポカするのだ。
僕の心はすっかり女に染まっている。
と言うより前世より長い時間女として暮らしているので当たり前といえば当たり前なのだが。


時間は流れて昼。
足腰が立たなくなるレベルで可愛がられたのでご飯は昨晩作り置きしたハンバーグと自作した炊飯ジャーで炊いたご飯を用意する。
カイル様は茶碗とお椀とお皿をきちんと用意してくれる出来た旦那さんなのでいつも助かっている。

え? 動けなくした原因だろうって?
いいんだよ、求めたのは僕だし。

「炊飯ジャーというのは凄いね。魔道具でこんなのができちゃうなんて、流石トールだ。私も負けてられないな!」
「カイル様ならすぐおいつかれますよ。今やAランクポーションをミスなくお作りになられるでしょう?」
「二人きりの時は名前で呼びすてする様に伝えたよね?」
「あぅ……カイル」
「なぁに、トール?」
「調子に乗らない」

差し出された頭をペシンと叩いた。
この人は見た目通りに子供っぽいところがあるので、言われっぱなしだと無性に腹が立つ時がある。
リードを握らせてると絶対に余計な事しかしない。
毎日のように子作りをする間だけど、尻に敷かれっぱなしでは余計なものまで失いそうで怖かった。



一年も経てば別宅はすっかりオール電化となる。
ソーラーで日中蓄えた電力で室内の電装系を回す形だ。
冬は暖かく、夏は涼しい。いろいろ手入れしてみたけど、一番しっくりくる形で完成したと思う。

僕はカイルとの子を産み落とし、慌ただしい生活を送っていた。
実家の弟は2歳を迎える前に叔父さんになってしまったけどどんな気持ちだろう?
男の子同士なら歳の近い兄弟だと思ってくれるだろうか?
従兄弟どころか叔父さんと甥っ子の関係だけど、それらは本人同士に決めさせればいいか。

しかし当たり前のように強力な魔導士の素質を持って生まれちゃったよ、息子。
伯爵家の血はいってきたりとも混じってないのに〝隕石落下メテオストーム〟とかどこで使うんだこんなもん。
ちなみに公爵家は岩の家系らしく、義弟のセラスは〝大地崩壊アースクエィク〟とこれまたどこで使うんだという局地地震レベルの迷惑なスペルを与えられてたらしい。
そりゃ遺伝子欲しがられるわけだよ。取り込めば超強いお子さん出来るもんね。
でもそいつ女だぞ。いまだに男装してっけど。

子供の名前はグラスと名付けた。
魔法なんか使わなくてもいい環境で伸び伸び育ってほしい。
たくさんの魔道具に囲まれて、でもその生活に慣れ切られても外に出るとき困るかもなぁ。

「何考えてたの?」
「息子の将来」
「早くない? まだ未満児だよ?」
「お父さんは子供の将来が心配じゃないの?」
「お母さんは心配しすぎじゃないかと思うんだけど」


なんだぁ、喧嘩売ってんのか?
息子をゆりかごに寝かしつけながら、僕はファイティングポーズを取る。
カイルは僕の扱いに慣れてきたのか、大きく構えを取った。


ファイッ!
僕たちは取っ組み合いの喧嘩を始め、二時間後。

完敗を喫して足腰が立たなくなるまで蹂躙された。
酷い。産後はコンディションが著しく低下すんのにうちの旦那ときたら一切手加減してくれないんだ。
こりゃ近いうちに第二子の顔を見ることになりそうだ。







緩やかだが穏やかな時が流れて五年後。
知りたくない現実が僕の前に降って湧いた。
兼ねてから計画されていた、トール教が帝国の統一宗教として認められたようだ。

何してんの。ねぇ、何してんの?

妹のアリシアがガッツポーズで僕を褒め称える。
24歳にもなってやってる事がいまだに子供の遊びなのが怖い。
君も侯爵夫人なんだからもっと領内の発展について考えるとかさー。
子供はできないとしても、もっといろいろやることあるでしょ、もー。

「これがグラス様ですね、お姉様にそっくりでお可愛らしゅうございます」
「くすぐったいー」
「えい、えい! どうだー」
「もっとやってー」

うちの息子は誰彼構わずコミュニケーションを取れるコミュ強だ。旦那が特にそういう感じだから、推しの強い妹の前でもたじろがずに向かい打つ感じである。
あの妹が押し負けるのをみたのは初めてかもしれない。

まぁ五年も経ってれば子供はポンポン出来るわけで。
今や5人家族の大所帯。
種が優秀なのか、畑が優秀なのかは分からないがお互いの相性がいいのは確かだと思う。

「しかしまた増やしたんだ、兄様。一人こちらに渡してよ」
「ダメだ。我が子の意思を尊重せずに明け渡すなど父親として許可できん」
「僕たちに仕事丸投げして隠居した人達は随分と偉そうだね?」
「うちの妻の作品で利益を得ているのは知っているんだぞ? それと新興宗教で統一させるなどバカか! 妻は私の物だ、誰にも渡さんぞ?」
「誰が誰のものですかー!」

こやつ、白昼堂々恥ずかしいこと言いやがって。
懲らしめてやる!
愛情をたっぷり込めた平手打ちが旦那の右頬を抉った。
その場でもんどり打って転げ回る旦那様。
ざまーみさらせ! 散々僕を手玉に取ってきた報いだ。

「どちらかと言えば子供の為のお母さんだよ、私は」
「そんなぁ、あんなに毎日愛し合ってるのに!」
「この、ひっつくな! 子供が見てる前でみっともないでしょ!」
「お父さん、大人げなーい」
「げなーい」

下の子供達に指摘され、その場で泣き崩れる父親は、今やポーションをつくらせたらこの人、というほどの職人である。
まさかあっさり僕の技術抜くとか当初は思わなかったよなぁ。
お陰でこうして魔道具作りに専念できる環境が生まれたわけだけど、子育てと平行してやるのは結構手間だ。一人くらい家政婦さんを雇おうか迷ってる。
ただ世の中に出てない魔道具が明るみにされても困るし、できるだけ知られたくないなって気持ちは強いんだ。



「あーあ、どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ」
「どうした、母さん?」
「どうしたの、お姉様」
「お母さん、どうしたの~?」
「の~?」

「なんでもないよ。さ、お腹空いたでしょ? ご飯作っちゃうね。アリシアもセラスさんも食べてって」

結局あれこれ考えてみたところでなるようにしかならないし、日々最善を尽くしていくしかないのだ。

気に入らないことがあって逃げ回っていた僕だったけど、最近はこの生活を気に入りはじめていた。

結局僕の体は女で、女としての幸せは手に入ったのだ。
魔法チート生活も味わったし、お金をたくさん稼いだりもした。
でもそれでも、愛する夫や家族に囲まれる生活はそれとは比べ物にならない満足感を与えてくれたのは確かだった。




fin
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
感想 43

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(43件)

マナ
2021.11.24 マナ
ネタバレ含む
解除
マナ
2021.11.24 マナ
ネタバレ含む
解除
マナ
2021.11.24 マナ
ネタバレ含む
解除

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。