【完結】いいえ、違います商人です

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
35 / 46
本編

35.サプライズ!

しおりを挟む
「トールちゃん、綺麗に作ってもらって良かったわね~」

にこやかな表情ではにかむ母メリアの横で、トールは顔を引き攣らせていた。

その日はトールが貴族になって三年目。
家族が祝ってくれる日だった。
しかし三年経った今ではトールは伯爵家の大黒柱。
普通のプレゼントでは恩返ししたりないと数日前から何かとコソコソ動いていた家族が、満を辞してトールにお披露目したプレゼントがある。

それは誕生日プレゼントとしては余りにも重すぎる。
そのプレゼントはトールを模した

しかもこの銅像、ただの銅像ではない。
動くのだ。いろんなポージングをしては見るものを魅了させた。
そこにはトールが今まで取った覚えのないものまで混じっている。
きっとアリシアの仕業だろう。
魔道具の知識をこんなくだらないものに何を考えているのか。
トールは怒り心頭だが、アリシアは取り付く島もなく自分の仕事にうっとりとしていた。

もしかしてこれはイジメではないか?
そう思ってしまうのは無理もない。
だがタチの悪いことにこれらは家族からの善意で作られている。
本人が受け入れられるかどうかは問題ではないのだ。


「母様、これは一体何ですか!? どうしてわたくしが銅像になってるんです!?」
「何、と言われてもわたくし達でよく話し合ってどんなプレゼントがいいか話し合った結果よ?」

家族公認かよ。ただあの家族ならノリノリでやりそうだと確かに腑に落ちる。トールが散々振り回してきたおかげで肝っ玉が太くなった結果である。思えば自業自得だった。

「見てお姉様。この銅像を見たものはお姉様の愛らしさを心に留めてお帰りになられることでしょう」
「いや、とどめなくて良いし」

うっとりとした妹の言葉とは裏腹に、トールはこの世の終わりみたいな顔だ。もう誰も信じられない。鬱々とした気配を匂わせている。

「トールちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、人の目が気になるのよね?」
「まぁ、そうでしたのね」

母の言葉に納得する娘。だがそれはないと言い切れる。
トールはどこまでも自分勝手であり、他人の視線は気にしない人物だ。
特に食事中はそれが顕著で、口の周りにいっぱい食べかすをつけて美味しそうに咀嚼するし、ゲップも厭わない豪胆さも併せ持つ。

ただ自分を女として見られた時、恥ずかしくて死にたくなることはままあった。
そういう意味では恥ずかしがり屋という言葉は当てはまるのかもしれない。

「それにいつもは禁止しているオーク肉のカツも用意したのよ」
「それは本当ですの?」
「ええ、ヘイワード様でしたから? トールちゃんが懇意にしているシェフを呼んで直々に作っていただいたの」
「それは、楽しみですわ!」

色気より食い気を優先する二十歳児はチョロかった。
簡単に食事で釣れる。それも安上がりの庶民メシでだ。
だがトールはその巧みな誘いを断りきれない。
嫌なことがあれば食って忘れる簡単な体の作りをしていた為だ。
ここで母の誘惑を振り切らねば自らの汚点がいつまでも玄関に残り続ける危惧はあるが、自宅でカツが食べられる事を優先した。

「お父様、この黒いソースをかけていただくのが通の頂き方ですのよ!」
「なるほど、それは良い事を聞いた。早速いただこう」

普段落ち着いた食事の時間は暴走するトールによってとても賑やかなものになった。傍らには今はなくてはならないダイエットポーションにサプリメントの万全体制。
大きく口を開いて豪快に食べるトールの横で、アリシアはナイフで小さく切って口に運んでいた。

サクッ、ジュワァ!
衣を噛み切ると衣の内側に閉じ込められていた肉汁が溢れ出す。
姉の好物と聞いてぜひ口にして見たいと思っていたアリシアだったが、その油の多さに胃もたれしそうな心地になる。

「アリシアにはまだ早いかもしれませんわね。脂が気になるのでしたらこの茹でた卵を使ったソースをつけて見たら?」

それはタルタルソース。
ソースをつけただけであの油のくどさが消えるのだろうかと疑心暗鬼のアリシアだったが、尊敬する姉からの言葉を受けて、言われた通り白いソースをディップしてから口に運んだ。
すると最初に感じたのは卵のとろっとした甘味と玉ねぎのシャキシャキ感とほんのりとした酸味だった。
今まで口にした味わいに驚き、次にカツの脂身が口の中で一つの調和をもたらした。それはきっと初めての克服。
今まで合わないと思った食事がソースひとつでここまで変わるものかと姉の言うことは間違い無かったのだとアリシアは食を進めた。

「ね、美味しいでしょう?」
「ええ、お姉さまは色んな事を知っておいでですのね。もっとわたくしに教えていただけませんか?」
「良いわよ。でもわたくしの指導は厳しいわよ。ヘイワード様、いつものアレをお出ししてちょうだい」

パンパンと手を叩き、すっかり主人気分のトール。
厨房からは無茶言うな、材料持ってきてねーよ苦言が上がった。
急いで外に連絡を取り付けて屋敷に持ってきてもらったトールはヘイワードに例の肉の暴力ハンバーグをつくらせて食卓に運ばせた。
普通こう言う場ではステーキを出すものだが、残念なことに、舌がお子ちゃまのトールにとってはこっちがご馳走だったのだ。

「トールちゃん、これは一体何かしら?」
「お母様、これはハンバーグと呼ばれる肉料理ですの。今わたくしが切り分けますわ」
「まぁ、今日の主役のトールちゃんに切り分けてもらえるなんてお母さんは幸せ者ね。ねぇ、あなた?」
「そうだねぇ、トール。そのハンバーグとやらの美味しい食べ方をぜひ教えてくれないか?」
「わたくしもききたいですぅ!」

家族からの猛攻にトールはいい気分になった。
なんなら家族に肉料理の魅力を伝えようと邁進した。



翌朝。
トールは奥底に封印していた記憶を否が応でも目覚めさせられた。それは外に出ようと一歩玄関を出た時のことだった。

『おはようございます。トール・レオンハートですわ。朝も早くからご苦労様です。いってらっしゃいまし』

いつの間に録音されていたのだろうか。
いや、こんな挨拶トール自身言った覚えはない。
その言葉を発していたのは自分ではなく、サプライズプレゼントとして庭先に飾られて銅像であった。
着飾ったドレスをたなびかせ、通りゆく人々に声をかけ続けている。

ただの銅像でさえ恥ずかしいのに、まさかのセンサーで人を感知して挨拶する機能付き。無駄に高性能で季節によって装いを変える仕組みだ。
音声パターンはいくつかあるのか、しかしそのどれもが相手の気を遣うような言葉でまとめられている。
これが家族から見たトール像の集大成。
反吐が出そうだった。
トールの内面はもっとドロドロしてるし、ここまで清廉潔白ではない。周囲からそう見られてる気はしてたけど、まさかここまで酷いとはトール自身思っても見なかった。

トールはその日から一週間寝込んだ。
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
感想 43

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...