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本編

34.食べ盛りなお年頃

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リビアに赴いて3年。
トールは20歳になっていた。
見た目がどうこうはこの際どうでも良い。
学園入りした妹より未だ背が低いままのトールはむしろ開き直っていた。

そんなトールが伯爵家の外に出て向かう場所は4つしかない。
一つ目は食事処。言うに及ばず好きな揚げ物が食べれるヘイワードの店である。そこで最近ヒットしたハンバーグを頬張り、幸せそうな顔で口元を拭っている。

今やお嬢様であることを隠そうともしないのは、手遅れであるからだ。
それというのもトールの発明品はレオンハート家の主要商品。その考案者である娘は帝王様に謁見をし、その顔を世に公表していた。つまり帝国公認の筆頭錬金術師であり、伯爵令嬢なのは周知の事実なのである。当時の常連客は大層驚いたが、同時に納得していた。

それはそれとして、ドレス姿でこんな場所に食事しに来ないで欲しい。ヘイワードの目の前で食事を終えてデザートに手を伸ばす令嬢を白い目で見ながら問いかける。

「嬢ちゃん、暇なのか?」
「なんでそう思うの?」
「だってここ最近毎日来てるだろう?」

ヘイワードの懸念も尤もだ。
自領内とは言え、護衛を付けずに出歩いている。
以前も間違いとは言え捉えられそうになっていた。
そんな可憐な令嬢は、呆れたように咀嚼を止め半眼でヘイワードを見返してきた。

「せっかく妹の束縛から離れられたんだよ? 僕だって毎日トンカツ食べたいのに食べられなかったんだよ? 僕の苦しみが店長にはわからないでしょう?」

家ではお嬢様言葉が板についてきたトールではあるが、気安い間柄には僕口調を使っている。
マリーにも当初はそうしていたが、令嬢らしくないとお咎めがあったので直した経緯があった。
そういった意味で今やトールが素の口調で話せる相手はヘイワードかメリンダくらいである。

息巻くトールに、ヘイワードは嘆息する。
お嬢様が揚げ物ばっか食い過ぎて太っても知らないぞと。
だがトールにそんな脅し文句は通用しない。
何せ太らないサプリメントを新たに開発していたのである。
なんでそんなところばかりに情熱を注ぐのか問いただせば、あっさりとした返事が返ってきた。

「妹が太るのはダメだって言うから仕方ないんだよ。毎日毎日お腹周りをチェックされてみれば分かるよ。だからカロリーを駆逐するサプリメントの製作は義務だった。僕はお腹いっぱいカツが食べたいんだ!」

身も蓋もなかった。世界では高名な錬金術師様も、ヘイワードの前ではただの駄々っ子である。

「嬢ちゃんは変わらないな」
「人間はそう簡単に変わらないさ」
「そういう意味じゃないんだが、人は世間体を気にするだろう?」
「僕は気にしない! 以上! ハンバーグおかわり!」
「まだ食うのかよ」
「食いだめしてるの! 次は三日後だよ?」
「普通に三日後に食いに来いよ。予約しておくからさ」
「えーーやだーー!」

駄々っ子ここに極まれり。
今でこそ気安い関係であるが、ヘイワードもまた、トールには及ばないがその影響力を高めている一人である。
リビアでヘイワードと聞くと貴族向けの高級レストランを思い出す貴族は多いだろう。冒険者だったら食い処ヘイワード。恋に浮かれるカップルだったら喫茶ヘイワード。そして裏町に面したストリートでは揚げ物屋ヘイワードはお得意さんの溜まり場になっている。

今ではすっかりリビアの街に屋台は見かけない。
衛生的な問題もあるし、トールの提案した氷温機が世に知れ渡ったからだ。お値段は高いが貸し出しもしていると言う。
それを使ってから各屋台で食品の質が上がり、ヘイワードもこれを使って売り上げを伸ばしたんだなと理解した。
しかしずっと使い続けるにはどれだけ売り上げをあげても全く足りない。そんな時にヘイワードはかつての仲間に声をかけて拾い上げていた。

「俺の店に来ないか? 戦力はいつでも歓迎だぜ?」

名乗りを上げた料理人は多かった。
そんなわけで屋台をわざわざ出す料理人達は、己の料理を各レストランで振る舞っているというわけである。

しかし屋台の料理を振る舞っているだけでは客は納得しないだろう。そこで登場するのがトールである。
とある汁物店と、麺類の店をコラボさせてラーメン擬きを作り上げた。濃厚なスープは太く縮れた麺に絡み、付け合わせのオーク肉を柔らかく煮込んだチャーシュー擬きも好評を博した。
それからトール指導の元、多くにジャンクフードが世に放たれた。

デブの好む高カロリーな食品は、金のない働き盛りの冒険者に非常に受けた。そしてトールの作り出す魔法のソースがそれぞれの料理の品質を最大限に高めていく。

他の店では絶対に真似できない秘蔵のソースはこうして各店舗で大切に守り続けられていた。

だがその一方で不満の声を上げる存在がいた。

「店長のケチ! バカー!」

他ならぬヘイワードの救世主トールである。
無限の胃袋を持つトールの機嫌を損ねるのはいつだってヘイワードの余計な一言だった。

だが周囲の客達はまたやってるよと微笑ましい視線を送るだけだった。ヘイワードが悪くないのはわかっているのだ。
要はトールが食いすぎなのだ。
あの食いっぷりで体型を維持しているのが不思議でならないほどよく食うので呆れていたのは常連客も一緒だった。
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