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本編
30.再会はカツサンドを添えて
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ここ最近は特にトラブルらしいトラブルもなく二年の月日を経てもなお、平和に過ごしている。
某国への物資流出の件は各領のトップが目を光らせておけば特に問題ないし、僕がわざわざ出張ることもない。
と、ここで僕はある悪魔的思想を思いつく。
僕は常々メンチカツを合法的に貴族メシにすり替えられないかと考えていたのだが、生憎とあんな脂身の強い見た目が茶色いだけのもの物を料理と認めないのが貴族という生き物。
じゃあいっそ巻き込んで仕舞えばいい。
僕はそう思いつき、早速ヘイワードさんに相談しにいった。食って貰えば虜になるはず。そう考えたら行動は早かった。
「いや、嬢ちゃん。そいつぁ難しい相談だぜ?」
最近は炒め物も始めだしたこの店は定食屋の顔を見せつつある。
せっかく客席を広く取ったら、どうせなら長い間居着かせて飯を食ってもらおうと考えてしまうのがヘイワードという男だった。
売上より客の笑顔優先主義者なのだ。
しかし表の喫茶店が本人の想像以上に売れているので大きな赤字にはなってないらしい。スタッフからも高評価で店としての評判も鰻登りだ。
だからこうして足を運んだというのに、開口一番やる気の削げるお言葉を放ってくれた。
「なんなら新メニューでいいからさぁ、僕もお手伝いするし。そうだ、オーク肉を分厚くきってさ、フライにしたら?」
ナイスアイディア、とばかりにトンカツを提案すると、店長は呆れたような顔をした。
「あのな、嬢ちゃん。オーク肉なんて高級品、誰が買ってくれるんだ? ここらの労働者の最低賃金知ってるか? 俺ぁ、そんな労働者の味方であり続けたいんだ。分厚い肉の塊買う余裕があるんだったら……安い鶏肉を揚げて安く売った方がまだいいぜ」
「絶対美味しいって!」
「そりゃ美味いだろうけどさ。そんなでかい肉を挟むパンがねーぜ?」
「ならちょうどいいサイズのパンを作るからさ!」
「物を用意してくれるんだったら作っちゃみるが、売るかどうかは俺が判断するぜ?」
「よし! じゃあ早速素材集めてくるねー」
僕は風のようにヘイワードさんの店を後にした。
「ったく、気の早い嬢ちゃんだぜ」
まだやるとも言ってないのに、と呆れたようにぼやきつつ、メンチカツ用に買い込んだオーク肉のブロックを漁るヘイワードはどこか嬉しそうだった。
◇
相変わらず鉄鉱石が売ってない。
くそぅ! セーレ神教国め!(八つ当たり)
こうなったら直に交渉しにいって……いや、あの時の恩を返して貰えばいいか。
僕は一旦屋敷に戻ってドレスに着替え、それなりのおめかしをして男爵領へと単身乗り込んだ。
雷を身に纏うと空気抵抗が減って光の速度で移動できるので最高だ。問題は物すっごく目立つということとドレスの裾がズタズタになるぐらいか。
真昼間、雲ひとつない快晴。
そんな時間帯に僕は雷を纏って男爵の屋敷に降り立った。
集まってくる人・人・人。
こちらを警戒するように、兵士が剣を構えて威圧してくる。
気分はモンスターそのもの。
しかし人垣を割って出てくる人物が一人。
「もしかして貴方は、二年前僕に雷を落としてくれた方でしょうか?」
スラッとした痩身の男が、久しい友人に合う表情で僕の前に躍り出る。
僕は頭にクエスチョンマークを並べた。
知らないぞ? こんなイケメン。
僕が雷を落としたのはもっとオークのような奴だった。
間違ってもこんなイケメンではない。
「ああ、あの頃からすっかり肉付きが変わってしまったので驚かれるのも無理はありません。僕はセリオ。セリオ・リーデフィル。以後お見知り置きを」
うっそだろオイ。あいつ痩せたらこんなイケメンになるのか。
詐欺じゃねーか!
デブだと思って侮ってたら飛んだ食わせ者だ。
「セリオ様だったのですね。見違えました」
「貴方との出会いほど刺激的な日はありません。あれから精進してみたのですがどうでしょうか?」
そりゃ直接脳髄に電気送れば身体中ビリビリするよ。
……じゃなくって。
「セリオ様、突然お尋ねして申し訳ありません。実はわたくし、本日は貴方様にお願いがあって参ったのです」
「そうですか。どのような理由であろうとも、また貴方に出会えた事を僕は幸運に思います」
セリオは僕を恩人だと説明してくれて、警備に当たっていた兵士を下がらせた。
今屋敷にはセリオと数名のメイドたちしか住んでないという。
親と離れ離れになって寂しいかと聞くと、そんな暇はありませんからと微笑んだ。
会うのは二年ぶりだけど、本当に同一人物か疑わしいほどに成長してビビった。
しかもよりによって僕に惚れてるって顔されてちょっとどころじゃなくて戸惑った。
「それで、お願いとは?」
応接室にて。
紅茶を差し出されながら話が切り出された。
一口だけいただき、よく口にするフレーバーを思い出す。
「あの時のフレーバー、まだ使っていただいたのですね?」
「ええ、あれが唯一貴方との接点でしたから。レオンハート伯爵家の誇る錬金術で生み出されたダイエットポーション、ですよね?」
そこまで言われてドキリとした。
いや、調べられないと思う方がおかしいか。
ダイエットポーションは母さんの口から社交界で瞬く間にヒットした商品。
きっとセリオの耳にも母親を通じて伝わっている事だろう。
しかしことの経緯を聞けば二年前から親とは縁を切って一人で切り盛りしているらしい。
何かあったのは確かだが、聞くのも野暮だし、そもそも他人の人生に興味がない。だから続く言葉に確信めいたものを感じたのはこの男爵子息の執念にも似たものを感じてしまう。
「貴方はレオンハート伯爵家の御令嬢、ですね?」
「ええ」
「でもアリシア様ではない。顔立ちは似ているけど、貴方からはアリシア様の様な聡明さは感じられない」
それって失礼じゃないの?
少しムスッとしながら答える。
「そうでしょうね。わたくしとあの子は全く別物ですもの」
「今回はお名前を教えていただけますね?」
「……ええ」
仕方がない。あの時とは状況も何もかも違う。
何せ頼みに来ているのはこちら側なのだ。鉄鉱石を穏便に手に入れるにはこれくらい許してやらねば。
「トール、と申します。アリシアはわたくしの妹なのですわ」
「トール様!」
なんだこいつ。人の名前を牛のように何度も口の中で反芻して気持ち悪ぃ。
「それで、セリオ様」
「なんだい、トール?」
「……呼び捨てにする事まで許可していません」
「あっ」
こっちの方が年上だけどこっちの見た目は10歳だ。アリシアの姉であると紹介したので歳下と思われがちだが、こう見えて19歳。
そんで一応こっちの方が爵位は上だからな。
へへーんと威張り散らすとセリオは子犬の様にシュンとしてしまった。
「……何もそこまで気落ちしなくてもよろしいでしょうに」
「いえ、無礼を働いたのはこちらです。トール様がお怒りになられるのも無理のない事でしょう」
なんか真面目すぎて話が進まないなー。
仕方ない。ここはひとまず許しておくか。
さっさとセリオをだまくらかして鉄鉱石を入手したいのだ。
それでホームベーカリーを作って、カツサンドを頂く!
「いえ、今回アポイントメントも取らずにお邪魔したのはわたくしの方です。セリオ様に非はありませんわ」
「そういうわけにはいきません。僕の方がトール様にお詫びをしたいのです」
真摯な態度で熱視線を浴びせてくる。
こいつ、無意識か?
それとも自然と女を口説く姿勢ができてるのか。
少し鳥肌が立ったぞ?
「それではセリオ様。本題に入りましょう。わたくしは男爵領で出土された鉄鉱石を個人的に取引したいのです。宜しいでしょうか?」
「それは構いませんが、また急な話ですね」
セリオはのんびりとした口調だが、セーレ神教国の脅威は知らないのだろうか?
「セリオ様はセーレ神教国をご存知で?」
「ええ、この茶葉もその国の特産品でして、懇意にさせていただいてますよ」
まさかの取引先かーい。
しかし神教国が他の領内から物資を掠め取って居るとは知るまい。僕はあの国は危険ですよ、戦争準備の気配がありますよとそれとなく伝えることにする。
「実はここだけの話なのですが……」
コソコソと耳打ちすると、何故かくすぐったそうにしながら耳まで真っ赤にしていた。
おい、ここは茶化すところじゃないぞ?
「……聞いていまして?」
「うん、聞いてる、聞いてるから」
キョドった姿勢でセリオはワタワタしている。
僕の見えないところで小さくガッツポーズを取っている様に見えたが気のせいか?
「しかしセーレ神教国さんがそんな悪巧みをしてたなんて知らなかったな」
「お陰で我が領内では鉄鉱石が入って来ず、わたくしも錬金術で作りたいものも作れずじまいで……」
気づけばいつのまにか愚痴を聞いてもらっていた。
セリオの奴はうんうんと頷いてくれるので僕はいつのまにかあれこれこぼしてしまう。
しかし僕が錬金術に精通していると聞くと、途端に「ん?」と眉を顰める。
そういえば出会いも何もかも雷と共に現れて去っていったから僕がマジックキャスターを名乗ってない事を不思議がっているのだろう。
一応雷を身に纏う魔道具はあるが、これで信じてもらえるかは微妙だ。
「トール様、貴方はマジックキャスターではないのですか?」
「嫌ですわセリオ様ったら。錬金術師はお嫌い?」
「そうではないですけど、トール様ほどのお力があって何故錬金術に傾倒するのかがわからなかったのです。確かにここ数年ではレオンハート伯爵家は錬金術の名門と名高い」
「ありがとうございます」
「だからこそ余計に気になる。貴方様ほどの力が有れば、社交界でも優位に立てるでしょうに」
セリオは貴族の矜持とやらを僕に語って見せた。
けれど僕の返事は淡々とした物だ。
「生憎と権力には興味がございませんの。それに強い力を持てば、自ずと敵を作りますわ。わたくしはか弱い令嬢ですと言っている内は不用意に敵を作らずとも済みます。敵は少ない方が自衛しやすいのですわ」
これが今の本音である。
出る杭は打たれる。それは冒険者時代に嫌というほど味わった。
ならば貴族社会で同じことをすれば結果は見えている。
せっかく父さんから社交界に出なくていいという許しが出てるのに、なんで社交界でトップを取る必要があるんだ?
あほくさい。そんな事よりカツサンドの方が100倍大切だ。
プライドだけじゃお腹いっぱいご飯は食べられないのだ。
「……そうですか。それは勿体無い。そう思ってしまうのは僕が持たざる物ですからでしょうね」
「セリオ様はご自分のお力がお嫌い?」
「どうかな? 男爵家の跡取りとしては心許ないよ」
「ですが民からの評判は良いと聞きますよ?」
「うん、それはようやく認められたかな? でも全ての領内の不満を取り除けてない内はまだまだです」
「そんな、超人では無いんですから。お一人でなんでもしようなんて傲慢ですわ。誰か良い人はいらっしゃらないんですの?」
あくまで僕はお前に眼中ないぞと近くにいい女が居ないか聞いてみる。
すると顔を真っ赤にしながらこちらをチラチラ見るではないか。
コイツ……僕しか見えてないとでも言いたいのか?
「この話はお終いにしましょう」
「ええ、その方がお互いのためですしね」
互いの為、と言いつつも少し残念そうな顔。
「それではセリオ様」
「はい」
「鉄鉱石の件、今後ともよしなに」
「お任せください! トール様の為に不肖セリオが心血注いでお持ちいたします」
「あの、ご無理なさらなくても良いんですのよ?」
「いえいえ、これくらいどうって事ないですよ!」
こうして僕は個人的に男爵家の跡取りと鉱石の取引をする事になった。僕の方は錬金術のためだけど、どうも向こうは僕と会うのが本命くさい。
いや、悪い奴ではないんだろうけど、あそこまで一切隠さない感情をむき出しにされると、なんつーか照れるっていうか、なんだ。恥ずかしいな。
僕は貰った鉄鉱石で早速三斤分の食パンが自動で生成される魔道具を作り上げ、店長の店で揚げたてのカツサンドを食べた。
それは想像以上に美味しくて、僕の食事風景を見ていた常連客があれはなんだと騒いで人気に火がついたのは言うまでもない。
付け合わせは千切りキャベツに辛子マヨネーズ。
ソースは垂らさず、揚げたてのトンカツをソースの海にダイブさせてから余分な油を落とし、もう一度揚げるという手間を掛けた二度揚げ製法。それをしっかり目の食パンで挟んで食べやすい様に細長く切る。あの形だ。
僕はセリオに会いに行く時、決まってカツサンドをお供に持ってきた。やはり脂っこいものに目がないのか、それとも別の理由か。おいしいおいしいと頬張る姿は子犬を彷彿とさせていた。
なんだかんだジャンクフード仲間としての認識が強くなりつつある。
そういう意味ではコイツは僕と非常によく似ている。
今は恋愛対象とは見れないが、弟としてなら、まぁ許可してやらなくもない。
某国への物資流出の件は各領のトップが目を光らせておけば特に問題ないし、僕がわざわざ出張ることもない。
と、ここで僕はある悪魔的思想を思いつく。
僕は常々メンチカツを合法的に貴族メシにすり替えられないかと考えていたのだが、生憎とあんな脂身の強い見た目が茶色いだけのもの物を料理と認めないのが貴族という生き物。
じゃあいっそ巻き込んで仕舞えばいい。
僕はそう思いつき、早速ヘイワードさんに相談しにいった。食って貰えば虜になるはず。そう考えたら行動は早かった。
「いや、嬢ちゃん。そいつぁ難しい相談だぜ?」
最近は炒め物も始めだしたこの店は定食屋の顔を見せつつある。
せっかく客席を広く取ったら、どうせなら長い間居着かせて飯を食ってもらおうと考えてしまうのがヘイワードという男だった。
売上より客の笑顔優先主義者なのだ。
しかし表の喫茶店が本人の想像以上に売れているので大きな赤字にはなってないらしい。スタッフからも高評価で店としての評判も鰻登りだ。
だからこうして足を運んだというのに、開口一番やる気の削げるお言葉を放ってくれた。
「なんなら新メニューでいいからさぁ、僕もお手伝いするし。そうだ、オーク肉を分厚くきってさ、フライにしたら?」
ナイスアイディア、とばかりにトンカツを提案すると、店長は呆れたような顔をした。
「あのな、嬢ちゃん。オーク肉なんて高級品、誰が買ってくれるんだ? ここらの労働者の最低賃金知ってるか? 俺ぁ、そんな労働者の味方であり続けたいんだ。分厚い肉の塊買う余裕があるんだったら……安い鶏肉を揚げて安く売った方がまだいいぜ」
「絶対美味しいって!」
「そりゃ美味いだろうけどさ。そんなでかい肉を挟むパンがねーぜ?」
「ならちょうどいいサイズのパンを作るからさ!」
「物を用意してくれるんだったら作っちゃみるが、売るかどうかは俺が判断するぜ?」
「よし! じゃあ早速素材集めてくるねー」
僕は風のようにヘイワードさんの店を後にした。
「ったく、気の早い嬢ちゃんだぜ」
まだやるとも言ってないのに、と呆れたようにぼやきつつ、メンチカツ用に買い込んだオーク肉のブロックを漁るヘイワードはどこか嬉しそうだった。
◇
相変わらず鉄鉱石が売ってない。
くそぅ! セーレ神教国め!(八つ当たり)
こうなったら直に交渉しにいって……いや、あの時の恩を返して貰えばいいか。
僕は一旦屋敷に戻ってドレスに着替え、それなりのおめかしをして男爵領へと単身乗り込んだ。
雷を身に纏うと空気抵抗が減って光の速度で移動できるので最高だ。問題は物すっごく目立つということとドレスの裾がズタズタになるぐらいか。
真昼間、雲ひとつない快晴。
そんな時間帯に僕は雷を纏って男爵の屋敷に降り立った。
集まってくる人・人・人。
こちらを警戒するように、兵士が剣を構えて威圧してくる。
気分はモンスターそのもの。
しかし人垣を割って出てくる人物が一人。
「もしかして貴方は、二年前僕に雷を落としてくれた方でしょうか?」
スラッとした痩身の男が、久しい友人に合う表情で僕の前に躍り出る。
僕は頭にクエスチョンマークを並べた。
知らないぞ? こんなイケメン。
僕が雷を落としたのはもっとオークのような奴だった。
間違ってもこんなイケメンではない。
「ああ、あの頃からすっかり肉付きが変わってしまったので驚かれるのも無理はありません。僕はセリオ。セリオ・リーデフィル。以後お見知り置きを」
うっそだろオイ。あいつ痩せたらこんなイケメンになるのか。
詐欺じゃねーか!
デブだと思って侮ってたら飛んだ食わせ者だ。
「セリオ様だったのですね。見違えました」
「貴方との出会いほど刺激的な日はありません。あれから精進してみたのですがどうでしょうか?」
そりゃ直接脳髄に電気送れば身体中ビリビリするよ。
……じゃなくって。
「セリオ様、突然お尋ねして申し訳ありません。実はわたくし、本日は貴方様にお願いがあって参ったのです」
「そうですか。どのような理由であろうとも、また貴方に出会えた事を僕は幸運に思います」
セリオは僕を恩人だと説明してくれて、警備に当たっていた兵士を下がらせた。
今屋敷にはセリオと数名のメイドたちしか住んでないという。
親と離れ離れになって寂しいかと聞くと、そんな暇はありませんからと微笑んだ。
会うのは二年ぶりだけど、本当に同一人物か疑わしいほどに成長してビビった。
しかもよりによって僕に惚れてるって顔されてちょっとどころじゃなくて戸惑った。
「それで、お願いとは?」
応接室にて。
紅茶を差し出されながら話が切り出された。
一口だけいただき、よく口にするフレーバーを思い出す。
「あの時のフレーバー、まだ使っていただいたのですね?」
「ええ、あれが唯一貴方との接点でしたから。レオンハート伯爵家の誇る錬金術で生み出されたダイエットポーション、ですよね?」
そこまで言われてドキリとした。
いや、調べられないと思う方がおかしいか。
ダイエットポーションは母さんの口から社交界で瞬く間にヒットした商品。
きっとセリオの耳にも母親を通じて伝わっている事だろう。
しかしことの経緯を聞けば二年前から親とは縁を切って一人で切り盛りしているらしい。
何かあったのは確かだが、聞くのも野暮だし、そもそも他人の人生に興味がない。だから続く言葉に確信めいたものを感じたのはこの男爵子息の執念にも似たものを感じてしまう。
「貴方はレオンハート伯爵家の御令嬢、ですね?」
「ええ」
「でもアリシア様ではない。顔立ちは似ているけど、貴方からはアリシア様の様な聡明さは感じられない」
それって失礼じゃないの?
少しムスッとしながら答える。
「そうでしょうね。わたくしとあの子は全く別物ですもの」
「今回はお名前を教えていただけますね?」
「……ええ」
仕方がない。あの時とは状況も何もかも違う。
何せ頼みに来ているのはこちら側なのだ。鉄鉱石を穏便に手に入れるにはこれくらい許してやらねば。
「トール、と申します。アリシアはわたくしの妹なのですわ」
「トール様!」
なんだこいつ。人の名前を牛のように何度も口の中で反芻して気持ち悪ぃ。
「それで、セリオ様」
「なんだい、トール?」
「……呼び捨てにする事まで許可していません」
「あっ」
こっちの方が年上だけどこっちの見た目は10歳だ。アリシアの姉であると紹介したので歳下と思われがちだが、こう見えて19歳。
そんで一応こっちの方が爵位は上だからな。
へへーんと威張り散らすとセリオは子犬の様にシュンとしてしまった。
「……何もそこまで気落ちしなくてもよろしいでしょうに」
「いえ、無礼を働いたのはこちらです。トール様がお怒りになられるのも無理のない事でしょう」
なんか真面目すぎて話が進まないなー。
仕方ない。ここはひとまず許しておくか。
さっさとセリオをだまくらかして鉄鉱石を入手したいのだ。
それでホームベーカリーを作って、カツサンドを頂く!
「いえ、今回アポイントメントも取らずにお邪魔したのはわたくしの方です。セリオ様に非はありませんわ」
「そういうわけにはいきません。僕の方がトール様にお詫びをしたいのです」
真摯な態度で熱視線を浴びせてくる。
こいつ、無意識か?
それとも自然と女を口説く姿勢ができてるのか。
少し鳥肌が立ったぞ?
「それではセリオ様。本題に入りましょう。わたくしは男爵領で出土された鉄鉱石を個人的に取引したいのです。宜しいでしょうか?」
「それは構いませんが、また急な話ですね」
セリオはのんびりとした口調だが、セーレ神教国の脅威は知らないのだろうか?
「セリオ様はセーレ神教国をご存知で?」
「ええ、この茶葉もその国の特産品でして、懇意にさせていただいてますよ」
まさかの取引先かーい。
しかし神教国が他の領内から物資を掠め取って居るとは知るまい。僕はあの国は危険ですよ、戦争準備の気配がありますよとそれとなく伝えることにする。
「実はここだけの話なのですが……」
コソコソと耳打ちすると、何故かくすぐったそうにしながら耳まで真っ赤にしていた。
おい、ここは茶化すところじゃないぞ?
「……聞いていまして?」
「うん、聞いてる、聞いてるから」
キョドった姿勢でセリオはワタワタしている。
僕の見えないところで小さくガッツポーズを取っている様に見えたが気のせいか?
「しかしセーレ神教国さんがそんな悪巧みをしてたなんて知らなかったな」
「お陰で我が領内では鉄鉱石が入って来ず、わたくしも錬金術で作りたいものも作れずじまいで……」
気づけばいつのまにか愚痴を聞いてもらっていた。
セリオの奴はうんうんと頷いてくれるので僕はいつのまにかあれこれこぼしてしまう。
しかし僕が錬金術に精通していると聞くと、途端に「ん?」と眉を顰める。
そういえば出会いも何もかも雷と共に現れて去っていったから僕がマジックキャスターを名乗ってない事を不思議がっているのだろう。
一応雷を身に纏う魔道具はあるが、これで信じてもらえるかは微妙だ。
「トール様、貴方はマジックキャスターではないのですか?」
「嫌ですわセリオ様ったら。錬金術師はお嫌い?」
「そうではないですけど、トール様ほどのお力があって何故錬金術に傾倒するのかがわからなかったのです。確かにここ数年ではレオンハート伯爵家は錬金術の名門と名高い」
「ありがとうございます」
「だからこそ余計に気になる。貴方様ほどの力が有れば、社交界でも優位に立てるでしょうに」
セリオは貴族の矜持とやらを僕に語って見せた。
けれど僕の返事は淡々とした物だ。
「生憎と権力には興味がございませんの。それに強い力を持てば、自ずと敵を作りますわ。わたくしはか弱い令嬢ですと言っている内は不用意に敵を作らずとも済みます。敵は少ない方が自衛しやすいのですわ」
これが今の本音である。
出る杭は打たれる。それは冒険者時代に嫌というほど味わった。
ならば貴族社会で同じことをすれば結果は見えている。
せっかく父さんから社交界に出なくていいという許しが出てるのに、なんで社交界でトップを取る必要があるんだ?
あほくさい。そんな事よりカツサンドの方が100倍大切だ。
プライドだけじゃお腹いっぱいご飯は食べられないのだ。
「……そうですか。それは勿体無い。そう思ってしまうのは僕が持たざる物ですからでしょうね」
「セリオ様はご自分のお力がお嫌い?」
「どうかな? 男爵家の跡取りとしては心許ないよ」
「ですが民からの評判は良いと聞きますよ?」
「うん、それはようやく認められたかな? でも全ての領内の不満を取り除けてない内はまだまだです」
「そんな、超人では無いんですから。お一人でなんでもしようなんて傲慢ですわ。誰か良い人はいらっしゃらないんですの?」
あくまで僕はお前に眼中ないぞと近くにいい女が居ないか聞いてみる。
すると顔を真っ赤にしながらこちらをチラチラ見るではないか。
コイツ……僕しか見えてないとでも言いたいのか?
「この話はお終いにしましょう」
「ええ、その方がお互いのためですしね」
互いの為、と言いつつも少し残念そうな顔。
「それではセリオ様」
「はい」
「鉄鉱石の件、今後ともよしなに」
「お任せください! トール様の為に不肖セリオが心血注いでお持ちいたします」
「あの、ご無理なさらなくても良いんですのよ?」
「いえいえ、これくらいどうって事ないですよ!」
こうして僕は個人的に男爵家の跡取りと鉱石の取引をする事になった。僕の方は錬金術のためだけど、どうも向こうは僕と会うのが本命くさい。
いや、悪い奴ではないんだろうけど、あそこまで一切隠さない感情をむき出しにされると、なんつーか照れるっていうか、なんだ。恥ずかしいな。
僕は貰った鉄鉱石で早速三斤分の食パンが自動で生成される魔道具を作り上げ、店長の店で揚げたてのカツサンドを食べた。
それは想像以上に美味しくて、僕の食事風景を見ていた常連客があれはなんだと騒いで人気に火がついたのは言うまでもない。
付け合わせは千切りキャベツに辛子マヨネーズ。
ソースは垂らさず、揚げたてのトンカツをソースの海にダイブさせてから余分な油を落とし、もう一度揚げるという手間を掛けた二度揚げ製法。それをしっかり目の食パンで挟んで食べやすい様に細長く切る。あの形だ。
僕はセリオに会いに行く時、決まってカツサンドをお供に持ってきた。やはり脂っこいものに目がないのか、それとも別の理由か。おいしいおいしいと頬張る姿は子犬を彷彿とさせていた。
なんだかんだジャンクフード仲間としての認識が強くなりつつある。
そういう意味ではコイツは僕と非常によく似ている。
今は恋愛対象とは見れないが、弟としてなら、まぁ許可してやらなくもない。
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お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
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少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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