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本編

21.新しい家族

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特に何事もなく平日を終えた僕は再びアリシアの教師として伯爵家の屋敷へと赴く。
すると何故かアリシアと一緒に並ぶメリアさんが。
いつもは出迎えにまで一緒に出てこないのに珍しいな、と思ったら今回はアリシアの部屋を使わずメリアさんの錬金部屋を使わせていただけることになった。

「あの、どういう事でしょうか?」

そう言ってしまいたくなるのは仕方がない。
だってこれではアリシアだけでなく、メリアさんにも公開する事になる。それでは約束が違う。

「ご心配して頂かなくともこの事はわたくしとアリシア以外は知りません。そしてこの屋敷の外へ持ち出される心配もありません」

そんな話を信用しろと?
貴族のことを信頼してない僕に?
面白い冗談だ。

「何処まで知りました?」
「大陸最高峰である事までは存じています」
「駆け出しの錬金術師を持ち上げすぎです」
「ですが、あのレシピは門外不出のものではありませんか? わたくしは参考にしただけで中位ポーションにまで至れました」
「おめでとうございます。参考にしただけでその域に至れたのならば奥様の未来は明るいでしょう」
「ありがとう、トール様は我が伯爵家の救世主よ」

なんだ? 話が大きくなってきた。
どうしてポーションのレシピ公開が伯爵の位を持つ貴族の救世に繋がる? 一体僕は何に利用されたんだ?


僕はこの時はまだ気付く事ができなかった。
現実世界のゲームより、この世界の魔法も錬金術もかなり遅れていることに。
そして僕の手掛けた魔道具が値段のつけられない価値にまで達していた事に。

「まずはお掛けになって。トール様を悪様に扱おうという話ではないの」

メリアさんはそうおっしゃるが、さっきから何かを言いたそうにして居るアリシアが不穏だ。

「トール様、先日はアリシアにあのような高等な技術を授けて頂きありがとうございます。つきましては伯爵家より改めて依頼を出しさせていただきたいのです」

黙り込む僕にメリア様が言葉を続ける。

「もしよろしければポーションのレシピ本を出版されませんか?」
「何故? 僕に見返りがなさ過ぎる。それに出版しても僕の名前が帝国の社交界に触れ回るのはこちらにとって不都合だ」
「もちろん、トール様のお名前を公開致しません。これは我が伯爵家に伝わる秘伝のレシピとしての公開です。受け継いだ順序は娘からですが、門外不出なことに変わりありません」
「続きを聞きましょう」

肯定と捉えてくれたのかメリア様は饒舌に語ってくれた。
まず本の出版については伯爵家が責任を持つ。
難癖をつけられたとしても、リード様が矢面に立ってくれるそうだ。そしてこのレシピ自体は最近見つかった体で世間に発表すると言う。
メリア様のご実家も口裏を合わせてくれるらしい。動きの速さからして、昨日今日に持ち上がった話ではないな。
そして売り上げの5割が僕の懐に入ってくる。
……僕の名前は出ない。
なんだこれは……僕にとって都合が良過ぎる。
平民の都合を一切考えない貴族が、どうしてそこまでしてくれるんだ?

「何故、そこまでしてくれるのです? たかだか平民のレシピを。貴族だったら無理やり奪って自分のものにしていても不思議じゃない。どうして僕にそこまでしてくれるのですか?」

涙が込み上がってくる。
きっと今頃泣き顔を晒して居る事だろう。
僕には、いや僕だけじゃなく、平民は貴族に食い物にされてきた。領地が変わったってその事実は変わらないと心の何処かで思っていた。だから近づいてきたのには裏があるんじゃないかって、そう思った。

「トール様。随分とお辛い人生を過ごされてきたのですね」

気づけばアリシアに抱き留められていた。
僕よりも年下な子に、僕の涙のどれか一つでも理解できるものか。不思議と涙が止まらず、そのまま泣きはらした。
らしくない。冒険者時代は我慢できていたものが、ここぞとばかりに堰を切って溢れ出した。

「ぐす、お恥ずかしい場所をお見せしました」
「大丈夫ですよトール様。トール様をいじめる人はもう居ませんから」

何故僕は年下の女の子に頭を撫でられて安心して居るのだろうか? 普通逆じゃないかな?

「それでトール様、もし宜しければ伯爵家に養子に入りませんか?」

その申し出に僕は迷ってしまう。
今まで付いていた嘘が明るみになればまた捨てられてしまうだろうと、そんな不安が過ぎるのだ。

「そこまでして頂く理由が、ありません」
「理由など、旦那様にわたくし、娘も気に入って居るからですわ。それにこの子、妹ではなくお姉様が欲しいそうなの。そこで丁度良いところにトール様がいらした。貴族に対して少し嫌な思いをお持ちして居るのは理解しています。けれどこの誘いは貴族に入れというものではなく、家族になってしただけませんかという申し出です。こちらから頭を下げてお願いして居るものです。勿論拒否されても構いませんわ」

なんで、なんで、なんで?

意味がわからなかった。
ずっと僕の周囲は僕の力を利用することしか考えない連中ばかりで、挙句の果てには欲望の吐口として近づいて来た者まで。
そんな輩と一緒にいてすっかり荒み切った心がぐらついた。
僕は幸せになっても良いのかと。
ずっとひた隠しにしてきた感情が揺らめく。

「本当に、僕が家族になっても大丈夫なんですか? 性格上、社交界には出れそうもありませんし」
「新しく迎え入れる家族に無理強いはしませんよ。それに学園に行く意味も今のトール様にはありません。だってこのまま行くと学園の教師が腰を抜かしながらトール様の存在を否定するだけですもの。そんなのはどちらにとっても損失しか生まないでしょう? ですからトール様にはアリシアの姉として、錬金術の先生として今まで通り接して欲しいの」

そういう事であれば、良いのかな?
やっぱり平民で居る限りどうしたって限界があると思っていた。
ただでさえ貴族と間違われる容姿。
王国時代は平民生まれだと明るみになってしまったけど、帝国では嘘で塗り固めた平民としての僕を受け入れてくれた。
きっとこれは辛い時期を過ごした僕へのご褒美なのかもしれない。そう思って僕はこの誘いに乗る事にした。






「お姉様、ここに居ましたか」
「どうしたの、アリシア」

すっかりと姉妹での呼び方が定着し、僕は伯爵家の家族として迎えられていた。
アリシアはポーション作成が楽しいらしく、今ではオリジナルポーションにまで手をつけていた。

出逢ってたったの半年でもうここまで吸収した。
だから僕は彼女に、妹に次のステップを与えるべく動きだす。

「うん、だいぶポーション作りもこなれて来たね。そろそろ解毒剤の抗体の作り方に進んでみようか?」
「よろしいのですか?」

嬉しかったのか、さっきまで持っていた乳鉢を落としそうになり、それをすかさずキャッチする。
実は瞬間的に時間停止してキャッチしたのだけど、アリシアにはまだバレてない。
時空系魔術はまだこの世界にないものだから、公開する予定はないが、可愛い妹におねだりされたらついうっかりポロッと出してしまいそうで今から怖い。

実家の時の妹と違って素直な良い子なので、僕も彼女以上に大事に思っている。実家の時の妹はなー。他人のものをなんでも欲しがる様な子だったので散々手を焼かされた。
僕が男装して出来た男友達を紹介しろ。しなきゃ実は女だってバラすと脅迫まがいのことまでして来た。どれだけ欲望に忠実なのやら。挙げ句の果てに私はヒロインだから許されるのと贅沢三昧だ。
〝お前の様なヒロインに需要はない〟と何度言っても聞く耳を持たなかったけど、あいつ今頃どうしてるだろう?

余罪が多すぎて叩けば埃の出る体だからなぁ、今頃務所で臭い飯でも食ってる頃だろう。じゃなきゃ王国の王太子妃か? あいついっつもそうなるのがふさわしいとか言ってたもんなぁ
……あいつが王太子妃? 冗談よせよ。
もしそうなったら王国の未来は暗いな。ご愁傷様です。
さっさと出て来て正解だったわ。
と、余計なことを考えていたらアリシアがこちらを覗き込んで瞳を震わせていた。

「お見事ですわ、お姉様」
「いつも見てるからね。アリシアはもう少し手元に気をつける様に。悪い癖だよ?」
「はーい」

話を聞いてる様な、いない様な曖昧な返事に笑い合う。

「それではお姉様、ご指示をお願いします」
「うん、では薬草学の35ページを開いて」
「はい」

穏やかな時間が進んでいく。
新しい家族は僕を本当の家族の様に迎えてくれた。
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