【完結】いいえ、違います商人です

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
19 / 46
本編

19.sideリード・レオンハルト伯爵

しおりを挟む
弟からの情報をまとめて読み上げ、そばに控えていた妻に声をかける。

「やはり彼女は逸材だったようだ。君のお眼鏡に叶うだけある」
「嫌ですわ旦那様。わたくしは普通に愛でているだけでしてよ?」

あくまでも政治の場ではなく大人と子供の目線で見ていたと妻は言いたいのだろう。
しかしそんな関係はとうに過ぎていた。

「彼女の持ってきた保水パックの効果で君の肌年齢はどこまで上がった?」
「それをわたくしの口から言わせるのですか?」
「ああ、いや。撤回しよう。私が君に見惚れてた回数は確かに上がったよ。君だけじゃなくメイド達も同様に」
「彼女たちも皆喜んでおりますよ。服装で差をつけられないものですから、どうしてもお肌の乾燥が気になるもの。それに他領からの視察隊も伯爵家の女性のレベルは高いと痛く気に入っておりました」
「そんな話初めて聞いたよ?」
「旦那様がやっかむと思ってお話ししませんでしたの」
「確かに言わないでくれて正解だ。今はまだ事を荒げたくない。トール嬢の案件は内密に済ませたい。それで、アリシアとの接触は上手くいきそうか?」

妻は一瞬だけ黙り込んで口をひらいた。
こんな時はこちらに何かしら言いたい事を喉まで出しかけて止めた時か。

「あの子の方がトールちゃんに懐いていますからね。大層錬金術に興味を示しておりますよ。わたくしが教えた時とは大違い。あの子になんて言って唆したのです?」

妻の言葉がやけに重い。それが叶わぬ夢だと本人が一番理解しているか。
それとも、まだ自分が錬金術の腕だけでもらわれたと思っているのか。
どちらかは定かではないが、今はその事よりもあの子の将来のことだ。

「そうか。それが上手くいけばどこぞの貴族に嫁にやらなくとも済むな」
「本気でそれをお望みですか?」

妻の表情が怒りで染まる。
おお怖い。社交界で渡り歩く術は見つけたが、こうして愛する者から向けられる視線はいまだに身震いしてしまう。
政敵にならなんとも思わないのにな。
本当、一目惚れとは厄介だ。

「本気ではないさ。だが、魔力の低い貴族が学園や社交の場でどんな目に合うかを私はよく知っているつもりだ」
「でしたら……」

最終的にはアリシアの意志を汲むつもりだが、無能と学園で蔑まれ続けるよりもずっと良い。

「不服かね?」
「了承しかねます。錬金術で成功したとしても、貴族として認められるのは最低限ですわ」
「君ほどの腕でもか?」

最下級ポーションといえどもAランクをミスせず作れる錬金術でも保証は最低限だと訴える妻。
彼女は首を縦に振って肯定する。

「マジックキャスターとしてのランクが貴族内でのステータスなのはご存知でしょう、〝フレイムサークル〟のリード様?」
「その名を聞くのは久しいな。レオンハート家で唯一攻撃魔法を取得した私だが、得意なのは人心掌握でね? 戦いは戦場に出る前から始まっている。それで勝ち星を拾ってきた。だからこそ私は思うんだ。魔力の高さと継承した魔法は?、と」
「くれぐれも社交界ではうっかり口を滑らせないでくださいよ?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
「余計な口を挟みました」
「良い。私も君を煽り過ぎた。少し夜風に当たろう」

妻を部屋に残し、一人ラウンジへ。
夜風は身を切るように寒かったが、お陰ですっかりと目が覚めた気分だった。

「トール嬢、君は一体何者なんだ?」

思わず唇から言葉が漏れる。
彼女は私と縁を繋げてチャンスといった。
だが逆に利用させて頂いたのはこちらの方だ。

日常用の疲労回復ポーションを飲んでからメイド達のやる気が上がり、他領からの評価はうなぎ登り。
そして目薬の効果で私の執務も普段の半分の時間で終わった。
極め付けに保水パックで妻と久しぶりに肌を合わせた。
妻がアレほどに生き生きとして年齢を感じさせない若々しさを感じさせたのは出会った学生の頃以来だ。
近いうちにアリシアに弟か妹が出来るだろう。

伯爵領は君のおかげで大きく羽ばたこうとしている。
もし君が望むなら、どんなことでもしてあげたいが、君はきっとそれを望まないのだろうな。


「旦那様、今日は一段と冷え込みます。肌を冷やしてしまってはお体に触りますわ」
「ああ、今行くよ」

妻からの言葉といつも以上に激しいボディタッチに少しだけ苦笑しながら私は妻と共に寝室に入った。今日もまた、熱い逢瀬が交わされることだろう。
本当、トール嬢には頭が上がらなくなってしまうな。

「夜伽の時くらいはわたくしの事だけを考えてくださいまし」
「ごめんごめん。もう君のことしか見えてないよ、リネア」
「嬉しいですわ、旦那様」

その日の妻はいつも以上に私を求めてきた。
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...