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本編
9.アリシア令嬢との邂逅
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保水パックは上々の売り上げになっている様だ。
売り子のメリンダさんに言われて買った奥様たちが肌を見せ合う様にしてたむろしている。
男たちの視線も釘付けだ。多少は僕に向く視線の緩和が狙えたか。
そんな風に邪推を巡らせていた午後。
名指しで僕宛に来客があった。
アッシュという名前の大剣を背負った男だった。
「それで、僕に用事って?」
自室に入ってもらって腰を落ち着けると、アッシュと名乗る男は頭をかきながら申し訳なさそうに口を開いた。
「ウチの実家と姪っ子が迷惑を掛けた。兄貴から話を聞き、こうして謝りに来たというわけだ」
どうやらこの男が伯爵様の身内で、アリシアお嬢様を匿っていた輩だろう。しかし見れば見るほど貴族に見えない。
「ああ、いや。その件はもう解決してるから頭は下げなくていいよ。僕も商人として貴族とパイプを取り付けられた。むしろ運命の巡り合わせに感謝すらしている」
「は?」
この男は飲み込みが悪い様だ。
というか、この容姿で僕を貴族と勘違いしたか。
「僕は平民だ。それも駆け出しの商人さ。間違いとはいえ、この街を治める領主様と顔つなぎができた。それは普通願っても並々ならぬ努力がついて回るだろう?」
「平民……その髪も目も貴族の象徴だろう? ああ、そういや兄貴からそんな話を聞いたな」
「それに貴方は見た目だけで生まれを決めつける視野の狭い男ではないだろう?」
男の目蓋がピクリと動いた。
「俺の噂をどこで聞きつけた」
一切隠さぬ殺気がぶつかられる。
それを片手で払いながら、僕は話を続けた。
「言ったろう? 僕は商人だと。人の口に扉は立てられない様に、いろんな場所から情報が集まるのさ。僕は聞き上手でね。緩くなった上得意様は僕の前で聞いてもないことを饒舌に語り出す」
「食えない嬢ちゃんだ。アリシアにそっくりじゃなかったら関わらなかっただろうよ」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。それでその件のお嬢様は?」
「実は……その事で嬢ちゃんに協力して欲しいんだ」
「ふむ、聞くだけ聞こうか」
この屋敷の門を潜るのは何度目か。
前を歩く男は我が家の庭のように歩くが、こちらは少しビクビクとしていた。
メリア様の影があちこちでするのが原因だ。
「何してるんだ、早くこっちに来い」
気安いのは好ましいが、こうも扱いが雑だと少しばかり遺憾だな。別にチヤホヤされたいわけではないが、少しだけ癪だ。
「ようこそ、トール嬢。よく来たね。アリシアが君にお礼を言いたいそうだ。わざわざ呼びつけてしまってすまないね。アッシュ、君も休みなさい」
リード様の登場で先ほどまでの緊張感が解された。
どうも僕はこの人の緩さが怖いと感じている。
僕はこの人をちょろいと思っていたけど、最近、実は手のひらで踊らされてるんじゃないかと思う節さえあった。
今はまだそれほど強制されてるわけではないが、用心は強めなくてはな。
「は、兄上」
「ぷっ、兄上だって。さっきは兄貴って言ってたくせに」
「お前はいらんこと言うな」
頭の上に手刀が落ちた。
伯爵様の前で確かに失礼だったか。
特に痛みはなかったが、一切気配を感じなかった。
僕はいつもサーチアンドデストロイ方式で無双してたから、近接戦に持ち込まれるとなんもできないんだよね。
強い魔力を持っているけど、それだけだ。
「ではトール嬢、行こうか。アリシアが待ちくたびれて居るだろうからね」
一時期は娘の事など二の次にしていた父親だとばかり思っていたが、こうやってみると親バカだよな。
「アリシア、お客様を連れてきたよ」
「はい、お待ちしてました」
少し舌っ足らずで、鈴の転がるような凛とした声が室内から響いた。そして扉の奥に案内されると同時に抱きつかれた。
「まぁ、貴方がトール様なのですね、わたくしはアリシアと申します」
「アリシア様、ですね。息災なようでよかったです。皆心配していたのですよ?」
家出事件のことを語るも、彼女は躊躇うように首を振るうと、そんなものはどうでも良いとばかりにガバリと顔を上げた。
距離感近いなー。抱きつかれてるから身動きも取れないし。
「嫌ですわトール様、わたくしのことはアリシアとお呼びください」
この押しの強い感じ……メリアさんにそっくりだ。やはり親子か。助けを求めるようにリード様に振り向くも、ニコニコと笑顔を返されるだけだった。
「それではトール嬢、アリシアの世話を頼むね? 年の近い同年代の同性が無く育ったからか少しわがままでね。そんなところが可愛いのだけど」
それだけ良い含めてリード様は部屋を後にした。
傍らには満面の笑みを浮かべる伯爵令嬢がニコニコとしている。
はぁ、どうすんだこれ?
売り子のメリンダさんに言われて買った奥様たちが肌を見せ合う様にしてたむろしている。
男たちの視線も釘付けだ。多少は僕に向く視線の緩和が狙えたか。
そんな風に邪推を巡らせていた午後。
名指しで僕宛に来客があった。
アッシュという名前の大剣を背負った男だった。
「それで、僕に用事って?」
自室に入ってもらって腰を落ち着けると、アッシュと名乗る男は頭をかきながら申し訳なさそうに口を開いた。
「ウチの実家と姪っ子が迷惑を掛けた。兄貴から話を聞き、こうして謝りに来たというわけだ」
どうやらこの男が伯爵様の身内で、アリシアお嬢様を匿っていた輩だろう。しかし見れば見るほど貴族に見えない。
「ああ、いや。その件はもう解決してるから頭は下げなくていいよ。僕も商人として貴族とパイプを取り付けられた。むしろ運命の巡り合わせに感謝すらしている」
「は?」
この男は飲み込みが悪い様だ。
というか、この容姿で僕を貴族と勘違いしたか。
「僕は平民だ。それも駆け出しの商人さ。間違いとはいえ、この街を治める領主様と顔つなぎができた。それは普通願っても並々ならぬ努力がついて回るだろう?」
「平民……その髪も目も貴族の象徴だろう? ああ、そういや兄貴からそんな話を聞いたな」
「それに貴方は見た目だけで生まれを決めつける視野の狭い男ではないだろう?」
男の目蓋がピクリと動いた。
「俺の噂をどこで聞きつけた」
一切隠さぬ殺気がぶつかられる。
それを片手で払いながら、僕は話を続けた。
「言ったろう? 僕は商人だと。人の口に扉は立てられない様に、いろんな場所から情報が集まるのさ。僕は聞き上手でね。緩くなった上得意様は僕の前で聞いてもないことを饒舌に語り出す」
「食えない嬢ちゃんだ。アリシアにそっくりじゃなかったら関わらなかっただろうよ」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。それでその件のお嬢様は?」
「実は……その事で嬢ちゃんに協力して欲しいんだ」
「ふむ、聞くだけ聞こうか」
この屋敷の門を潜るのは何度目か。
前を歩く男は我が家の庭のように歩くが、こちらは少しビクビクとしていた。
メリア様の影があちこちでするのが原因だ。
「何してるんだ、早くこっちに来い」
気安いのは好ましいが、こうも扱いが雑だと少しばかり遺憾だな。別にチヤホヤされたいわけではないが、少しだけ癪だ。
「ようこそ、トール嬢。よく来たね。アリシアが君にお礼を言いたいそうだ。わざわざ呼びつけてしまってすまないね。アッシュ、君も休みなさい」
リード様の登場で先ほどまでの緊張感が解された。
どうも僕はこの人の緩さが怖いと感じている。
僕はこの人をちょろいと思っていたけど、最近、実は手のひらで踊らされてるんじゃないかと思う節さえあった。
今はまだそれほど強制されてるわけではないが、用心は強めなくてはな。
「は、兄上」
「ぷっ、兄上だって。さっきは兄貴って言ってたくせに」
「お前はいらんこと言うな」
頭の上に手刀が落ちた。
伯爵様の前で確かに失礼だったか。
特に痛みはなかったが、一切気配を感じなかった。
僕はいつもサーチアンドデストロイ方式で無双してたから、近接戦に持ち込まれるとなんもできないんだよね。
強い魔力を持っているけど、それだけだ。
「ではトール嬢、行こうか。アリシアが待ちくたびれて居るだろうからね」
一時期は娘の事など二の次にしていた父親だとばかり思っていたが、こうやってみると親バカだよな。
「アリシア、お客様を連れてきたよ」
「はい、お待ちしてました」
少し舌っ足らずで、鈴の転がるような凛とした声が室内から響いた。そして扉の奥に案内されると同時に抱きつかれた。
「まぁ、貴方がトール様なのですね、わたくしはアリシアと申します」
「アリシア様、ですね。息災なようでよかったです。皆心配していたのですよ?」
家出事件のことを語るも、彼女は躊躇うように首を振るうと、そんなものはどうでも良いとばかりにガバリと顔を上げた。
距離感近いなー。抱きつかれてるから身動きも取れないし。
「嫌ですわトール様、わたくしのことはアリシアとお呼びください」
この押しの強い感じ……メリアさんにそっくりだ。やはり親子か。助けを求めるようにリード様に振り向くも、ニコニコと笑顔を返されるだけだった。
「それではトール嬢、アリシアの世話を頼むね? 年の近い同年代の同性が無く育ったからか少しわがままでね。そんなところが可愛いのだけど」
それだけ良い含めてリード様は部屋を後にした。
傍らには満面の笑みを浮かべる伯爵令嬢がニコニコとしている。
はぁ、どうすんだこれ?
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お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
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