2 / 46
本編
2.商談の時間です
しおりを挟む「ではついでにここ最近困ってることはありませんか?」
「客足の伸びが悪いのよねー。それをお客さんに言うのもどうかと思うけど」
「はは、それは確かに。ああ、ご紹介が遅れました。僕はこう言うものでして」
そう言いながら商業ギルドの通行証を見せる。
「おや、商人さんだったのかい。あたしゃてっきり……」
「てっきり、なんでしょう?」
「気を悪くしないでおくれよ?」
女将さんは声を潜めて奴隷商から逃げてきた奴隷じゃないかと宣った。
そんなふうに思いながらも客として宿泊させてくれるとはなんとも豪胆だ。
それともそれほどまでに客足の伸びに困っているのか。
「大丈夫です。少し長旅が続いてお風呂に入る余裕もなかったもので」
「そうかい。リビアには何をしに?」
「商売をしに、ですね。王国では何かにつけて貴族の後ろ盾が必要で僕みたいな駆け出しには敷居が高すぎました。
肩を竦める僕に帝国だって実力主義だよ、と女将さんが言う。
確かにその通りだ。しかし逆に言えば僕にだってチャンスはある。
「まぁ、そんなわけでして。僕の商売が上手くいくように女将さんにはクチコミをして欲しいのです」
「クチコミねぇ」
「今協力してくれるなら、なんと一つタダで差し上げますよ」
「おや、上手いね。どんなのがあるんだい?」
食いついた。
タダという言葉には抗えないものがあるのか、それとも貰えるものはなんでももらっておく貧乏性なのか、どちらにせよこちらにとって都合が良い。
僕はマジックバッグの中から取り出した透明の瓶を次々とカウンターの上に並べていく。
「へぇ、ポーションかい。いいのかい? 買えば結構なお値段いくんだろう?」
「まだこの街にきたばかりですし、販売ルートも開けてません。お近づきの印にどうぞ。何本もとなると流石に厳しいですけど」
正直に言えばここに並べた商品はドングリの背比べに過ぎない。
けれどこう言い含める事で相手も商品をよく見てくれる。
一度気に入ってもらえればこっちのもの。
手に入れられなかったものが余計に気になるって寸法だ。
「効能を聞いても?」
「勿論です。まずはこの青い瓶に入ったポーションですが、これは疲労回復と神経痛、後は筋肉の痛みを解します」
「なんだって?」
「ですから疲労回復と神経痛、筋肉痛の緩和になります」
「そんなもの聞いた事ないよ……!」
女将さんの表情は疑いを強めるものになった。
確かにポーションといえば疲労回復がせいぜいだ。
疑うのも無理はない。
「僕からはそうだとしか言いようがありません。だから一つだけお試しで差し上げるんです。その上で嘘だというのだったらペテン師とでもなんでもおっしゃってくださって構いません」
「そこまでいうのなら、あたし自らが証人になってやるさ」
それからは別の商品を説明していく。
緑色の瓶に入ったのは毒消し効果にさらに消化器官の増幅、体温の増加効果を加えたホットポーション。
赤いケースに入れられたのはクリーム状の軟膏で、擦り傷や赤切れなどに効果を発揮するポーションだと教えた。
「聞けば聞くほど耳を疑うものばかりだね」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ。まだ疑ってるんだ」
「ではどれがお目に止まりましたか?」
「そうだね、あたしは……」
女将さんは迷うような手振りで、しかし真っ直ぐに青い瓶を掴んだ。
つまり肉体的に限界がきているのだろう。
「それではこちらの商品は引き下げさせてもらいます」
「明日の朝を楽しみにしてるんだね」
そう言って女将さんは奥に部屋に引っ込んだ。
やれやれ、気に入られたんだか、因縁つけられたんだか。
でも、顧客第一号だ。
実際にお金を払ってくれてなくても、僕の商品を知ってくれたありがたい人。
それはこの街でスタートする僕にとっての大きな一歩だと思っている。
ちなみに例の屋台に夕食を兼ねて買いに行ったら大層驚かれた。
「嬢ちゃん、人が悪いぜ。俺はもう心臓が飛び出るかと思ったんだからな?」
「勝手に驚いて失礼じゃない? 僕は深く傷つきました。お礼にこちらとこちらを所望します」
「がめつい嬢ちゃんだ。だが、今回ばかりはいい客引きになりそうだ」
「ふーん、どっちががめついのさ?」
「商売ってのはそういうもんなの。ほら、出来上がったぜ!」
きっかり二つ。鶏肉を唐揚げにして甘酸っぱいソースと甘味のあるホワイトクリームのかかったホットサンドである。
屋台の横の椅子で、そいつをおいしそうに頬張っているだけで店主の言う通り人がよく集まった。
「今日は世話になったぜ、嬢ちゃん」
何故か銀貨が二枚、僕の掌に置かれた。
「貰えないよ。僕は椅子に座ってタダで貰った商品を食べてただけだ」
「それでも、昨日より売れた。なーに、アルバイト料ってやつさ」
「そういう事なら遠慮なく。じゃあ僕からも店主にご褒美をあげようか」
「褒美だぁ?」
あからさまに訝しむ店主。
洗い物が多いのか、手にはあかぎれの跡が見える。
季節は冬に向かってきている。洗い物が多いのだろう、揚げ物が中心だと無理もないことか。
「言っただろう? 僕は商人だ。ここには商売をしに来たってさ」
「確かに聞いた覚えがある」
「それで、僕の商品がここで通用するか、使ってみて欲しいんだ。商品には自信があるが、見ただけじゃ手は伸びないでしょ?」
「確かにな。それでこれはどう使えばいいんだ?」
「簡単だよ。横にスライドして蓋を開けて、中のクリームをあかぎれた手に塗って一日おく。そうしたらあら不思議、痛みはきれいさっぱり消えている。そういうものだよ」
「そりゃなんとも魅力的だが、いいのかい? タダでもらっちまって」
店主は赤い器を振って尋ねてくる。
買えば高いんだろう? とその表情は雄弁に物語っている。
「もし気に入ったなら他のお店の店主さんにも宣伝してよ。欲しいなら僕に言えば用意するからさ」
「商売上手だな。それくらいどうってことねーや。明日もバイトしに来るのかい?」
「しばらくはそれで宿代を稼ぐのもありかな?」
「それは助かるよ」
「僕とおじさんの容姿で変な噂立てられないといいね?」
「余計なお世話だ、ガキ!」
店主さんとはこれを機に気安い関係になった。
10
お読みいただきありがとうございます。基本的にはほのぼのな作品を描いていきたいです。
お気に入りに追加
1,593
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる