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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

439.お爺ちゃんのタイムリミット

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 AWOもようやく楽しくなってきた。
 ドリームランドに人も集まってきて、みんなが過酷な世界に適応しつつある。
 あともうひと頑張りだ。
 それまで持ってくれよ、私の体。

 ここ年々ガタが来はじめているのを悟る。
 まだ60じゃないか。まだまだ若い。
 そう自分に言い聞かせて誤魔化していても、カプセルから起き上がった時の立ちくらみに数分のタイムロスをかけての克服は少々自信を無くす懸念対象になりつつあった。

 新聞でも第一世代の肉体限界リミットが迫りつつあると書いてあった。心だけはなまじ元気なのに、こんな酷な事があるのか?
 孫が結婚するまでは生きていたい。

 日に日にその願望が強くなる。


「よっこらせ」


 起き上がるのにも掛け声が必要だ。世話になってる娘たちに悟られないようにはしてるが、世話になってるからこそ話さなくちゃいけないよなぁ。


 リビングに顔を出し、由香里がキッチンで料理をしてるときに話をした。


「由香里、少しお話しがあるんだ」

「あらお父さん、なんのお話?」

「実はな……」


 話の内容に絶句する娘。何度も私の思い過ごしではないかと言われたが、そもそもここに来た要因を忘れたわけではないだろう。
 心だけ若いつもりで無理をして腰をやった。
 それはつまりもう無理は出来ないということだ。

 もちろんVR空間でならいつまでも若々しくいられるよ。
 でもそれはリアルで生活してきた私たちにとっては肉体を封印してるだけに過ぎない。
 ずっと心を騙し続けてきた。
 誰よりも自分の体を理解してるからこそ、世話になってる由香里や秋人君には伝えておきたかった。


「そうなのね。どこか施設にお世話になるの?」

「そこまでは決めてないよ。でも、決めなきゃいけない時が来てると思うんだ」


 それはきっと本音。でも心のどこかじゃまだ平気という気持ちが強い。それは日常生活を送る意味ではということ。
 第二世代と同じ生活圏での暮らしはできるだろう。
 昔と同じように肉体労働ができるかと聞かれたら難しいと答える。
 それくらい今の私は重いものが持てない。

 最近は孫すら持ち上げるのに力を込める必要があった。
 昔はあんなに軽々持てたのに。
 一番ショックを受けてるのは他ならぬ私だ。
 13歳だった孫も今じゃ15歳。
 慎みを持ってくれたおかげで私に突撃してくる機会も減った。
 そのおかげで腰も平気だ。でもそれはかろうじて立ち上がることができるというだけ。いつ何処で立ち上がれなくなるか判ったものではない。


「お爺ちゃん、お母さん。暗い顔してなんのお話?」

「なんでもないよ。少し体を動かすのがキツくなったから運動でもしようかなって」

「ええっお爺ちゃん寝たきりになっちゃうの!?」

「そんな大袈裟な。でも、そうなるかもしれないからそうならないようにするための準備をしておこうかなと思ってるんだ」

「そうなの、お母さん?」

「そうみたいね。全然若いのに急に聞かされてお母さんもびっくりしてるのよ」

「私だって寝たきりなんて嫌だよ。美咲の赤ちゃんを抱き上げるまでは丈夫でいたいものだね」

「もー、私まだ15だよ?」

「そうよ、お父さんの時と違って今の子は出会いの場が少ないんだから」

「多いのじゃなくて?」

「VR空間での出会いはいくらでも体面を誤魔化せるでしょう? VR学校とか、VR塾のような自分ベースのまま参加できる場所って案外限られてるのよ。私達はまだリアルで学生時代を送れてたけど、そうじゃない子だっていると聞くわ」


 そう聞かされると確かにそうだ。
 学校の授業を受ける以外での会話なんかも基本ゲームの事ばかり。リアルで何してるかなんて興味も示せない。
 娘が言うにはVR時代になってからの結婚率は減少の一途を辿っているらしい。
 実際に出会っての恋愛ができないからだそうだが……それだけが要因だとも思えないな。

 肉体的接触のなさも故意に発展しない要因か?
 姿も見えない何処かの誰かとの接点など、電話でのやり取りと同じだ。
 しかし、私の世代ではゲーム仲間同士での結婚も頻繁にあったような気がする。
 いわゆるオフ会というものを通じて。

 ああ、VR時代だとそれすらもVRで済ませてしまう?
 容姿にコンプレックスを抱く子は、ゲームの中の自分を偽ってしまうから、表に出たがらないのと同じでVR空間で生活に適応してしまった傾向もあるのか。

 道理でコメント欄にも独身と思われる書き込みが多いと思った。VR世界に進出したことで救われた事態と、VR世界に進出してしまったことによる弊害。その二つを抱えてしまっているんだな、今の若い子は。


「じゃあ、美咲は割と長い間独身を貫く可能性も?」

「ないとも言い切れないわ。だってこの子、いまだにお父さんが好きなのよ? 同年代に一人もいいなって思う子がいないらしいの」

「だってお爺ちゃんに比べちゃうと全然大したことないんだもん」

「そりゃお父さんに比べたら可哀想よ。美咲だって比べられたら見劣りしちゃうでしょ?」

「そんな事ないもん!」


 娘と孫が言い争いをしている。
 その目まぐるしく展開される攻防がなんとも微笑ましい。
 しかし同時に危うさも含んでいる。
 私が活躍すればするほど、同年代に対しての失望が強まるという事だ。
 やはり何処かで決着をつけなければいけないのかもしれない。


「落ち着きなさい、二人とも。私と比べるのは辞めなさい。老い先短い老人だよ。それに美咲の気持ちは嬉しいけどね、わたしには愛した妻がいる」

「そうよー、言ってはなんだけどお母さんだって凄い人なの。お父さんに負けないくらいに努力家で、女手一つで私達姉妹を食べさせたんだから!」

「え、そうなの? お爺ちゃんは?」

「お父さんは私たちの為を思って頑張りすぎちゃって出張、出張ばかり。家に帰ってくるのなんて年数回で、長く居たって3日くらいなのよ?」

「そうなの?」

「そうなんだ。お爺ちゃんも万能じゃないからね。家族のためと思ってお仕事を頑張ってたら、なぜか実家に帰れない日々が続いて大変な目にあった」

「じゃあお母さん達は?」

「私は愛してもらってる自覚があったけど、姉さん達はあんまり家にいないお父さんを知らないおじさん扱いしてたと思うわよ。だって居て欲しい時に居なかったもの、お父さん」


 そう、だから上の娘達は私に対してそっけない。
 でもVR世界なら家庭を持てさえすれば基本家の中から会社に直接接続できるので地方に飛ばされるなどの距離的デメリットが緩和される。
 そういう意味では非常に理想的な空間だと言える。
 それによってできた弊害も多いが、そこはなんとか乗り越えてほしいところだ。


「と、いうわけで美咲。お爺ちゃん、AWOにはあまりログインできなくなるけど大丈夫かな?」

「うん! 私達がお爺ちゃんの分以上に盛り上げるから大丈夫だよ!」

「頼むね? 自分で企画しといてなんだけど。やっぱりゲームだからこそみんなで同じ目的を持ってゲームしたいと思うんだよ」

「うん」

「美咲はお父さんがいなくても平気?」

「やれるよ。お爺ちゃんが残してくれた情報は大きいもん。今までだっておばちゃんが前に立っててくれたし、平気だよ!」

「そう、じゃあ姉さんやお母さんにも伝えておくわ」

「あんまり大事にしないでよ? 軽く修行を積む感じのバックボーンで」

「何よそれ……包み隠さず伝えておきますからね?」

「あはは、お爺ちゃんおもしろーい」


 驚き表情を顰める私へ娘と孫は追い討ちをかけた。
 それぞれがVR空間に出向いたところで情報を精査する。

 実際のところ私の肉体に残された時間はそこまでないだろう。
 こうして歩いて立ったり座ったりを繰り返すだけで労力と考えてしまってるうちは、余り安易に大丈夫とも言い切れない。


 なんとなしにAWOに行く前に井戸端会議へと赴く。
 相変わらずの同時接続数にほっこりしつつ、故郷の街並みを歩いた。
 リアルとはいえアバターだからこそ息切れもせずに歩けることに涙が込み上げる思いだ。

 桜並木も散って新緑が芽生える頃合い。
 雨季に入ったのか、風に乗って雨の匂いが鼻腔に届く。
 街並みこそ反映させても、そこには当時の面影はまるでない。
 人々の営みが見えないからだ。

 それでも人のいる場所が有るとすれば、やはりコミュニティセンターだろう。
 家に人は住まずともあそこの施設は充実してるし、実際に集まってクラブ的な何かをしているし。

 ちょうど顔を出せば妻や寺井さんの奥様方が編み物をしていた。さっきの今始まったとは思えないのでまだ妻には伝わってないだろう。
 寺井さんの奥さんが先に私夫存在に気がつき、指先確認で私の方向を指し示す。
 少し嫌そうな顔をする妻へ、私は軽く手を振った。

 編み物教室が終わるまでの数分はなんとなく図書館へと足を向ける。
 そこでは昔を懐かしんでか、すでに読みたい本を占領している長井君の姿があった。


「何してるの、君。家に全巻あるんでしょ?」

「やあ、心の友よ」

「何その返し」

「親友って意味さ。ちょっと待ってくれ。今日は妻の付き添いでね。そう言えば君の奥様も居たね?」

「君、いつも教室があるたび付き添ってるの?」

「最近はそうしてる。寺井さんもそうだよ。神保さんは知らない」


 神保さんはどこでもブレないなぁ。


「知らなかったよ」

「そりゃそうだろう。君はなかなかに盛況的に活動中だ。若者達より前に出て、何がしたいんだか」

「勝手に周りが取り上げてるだけだよ」

「無自覚すぎるのも問題だな。今やどこを覗いても君の話題で持ちきりだというのに」

「これからは少し落ち着こうと思ってね。最後にみんなの顔も見たいと思って」

「最後、ねぇ。どうせ肉体の限界が近づいたからなんとかって理由づけでしょ?」

「どうして知ってるのさ」

「逆にどうして知らないと思うのさ? 僕たち君の同年代だよ?  みんながそれぞれ実感してる事さ。そんなVR世界に入り浸っては日常生活を送ってる。ここでならリアルベースで活動できるし、何しろ知った顔もあるから落ち着くって訳さ」

「そうなんだ。長井君はどこか施設に入る予定とかは?」

「僕? そうだなぁ。どうせならVR空間と連動してる脳管理センターに行こうと思ってるよ」

「脳管理……ずいぶん物騒なワードが出てくるね」

「でも現実的だ。脳味噌さえあれば僕たちはいつでも仮想世界にリンクできるし、なんなら場所も取らない。AWO的にいうと脳缶なんてものがあるじゃない? ミ=ゴの技術だ」

「ああ、うん。脳移植をして体を乗っ取る的な」

「実際はあれと同じで脳だけ保管してリアルを捨てるのさ。生存者としては死亡扱いされるらしいから、遺族も扶養しなくていいとかなんとか」

「それは孫達が悲しまない?」

「うちの孫はそれはもう僕を嫌ってるからね。ただでさえVRで顔を合わせる機会が多い。妻には反対されてるけど、僕は行く気満々さ。僕の仕事は肉体が資本ではあるけど、脳みそがあってこその仕事だからね。VRでだって仕事はできる」

「君はどこまでも前向きで羨ましいな」

「妻からは呆れられてるよ」

「私の妻も賛成はしてくれなさそうだ」

「だろうね、君たち夫婦は理想系だ。側から見てて羨ましい限りだ。いまだにラブラブしてるじゃないの」


 こちら側を一切見ずにコミックを読み耽る自称親友。
 自らの進むべき道をすでに決めてしまって覚悟も完了してしまっている。
 私はどうしたものかなぁ。
 妻とあって話して決めようか。
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