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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

374.お爺ちゃんと聖魔大戦18

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 俺の名前はとりもち。
 どこにでもいる社会人ゲーマーの一人だ。
 ひょんなことから聖典を手に入れてしまい、あれよあれよと言ううちにこんなイベントに巻き込まれてしまった。

 掲示板では>>0001さんと呼ばれ、攻略情報のまとめを率先しているうちに戦力の一つとして数えられてしまう。
 偶然手に入れた聖典コーラン。
 お釈迦様との意思疎通なんて俺には荷が重すぎるし、ただ幻影のスジャータは可愛かったので頑張って此処まできたものの……


「無理無理無! 死んじゃう死んじゃう!」

「こら、コーラン君。敵前逃亡は死罪とみなすわよ!」


 全門の龍に後門の虎。
 行くも地獄、逃げたらおっかない上司からの折檻が待っている。チクショウ、こんな筈じゃなかったのに!


「あるじ様」

「チッ、スジャータに情けない姿ばかり見せてもいられないか。そこの忍者マスク!」

「拙者でござるか?」

「手を貸せ、あの化け物をぶん殴るぞ」

「出来るのであるか? その及び腰で」

「出来るか出来ないかは後で考える。ただこいつを置いて逃げたら、俺の中の正義が廃るッッ」

「面白い、委細承知」


 忍者マスクの名はとろサーモン。
 しかしその名前で呼ばれるのを嫌う彼は、秘密主義者のようにコードネームでの呼び合いを好んだ。
 だからといってそちらに合わせてやる理由はない。

 俺は普通のプレイヤーなんだ。
 シェリルさんみたいな検証ガチ勢でもないし、忍者マスクのような戦闘ガチ勢でもない。
 でも、それでも!

 託された力がある。


「釈迦よ、俺に力を! 変身!」


 白を基調としたマスクが、アトランティスのボディアーマーに覆い被さり、その上から神々しい神が降りる。


「スジャータ、守護の陣を使う。用意はいいか?」

「いつでも!」


 化け物のヘイトはシェリルさんが一人で受け止めている。
 相変わらず何をすればそこまで対応できるのかわからない。
 隙を見て攻撃しろと言われても、こちらの攻撃手段は浄化のみ。そして、俺はその浄化に100振り込んだ大馬鹿者だ。

 だが、ここにきてシェリルさんの検証で分かったことがある。
 それが浄化のステータスがグラーキに大きく影響を与えるということだ。


「宝貝──〝雷公鞭〟」


 とろサーモンが、秘術の一つである宝貝を使う。
 雷公鞭、鞭と名乗っているがそれは雷を自在に操るただの棒にしか見えない。ただ鞭の様にしなることから雷公鞭などと呼ばれているとかなんとか。

 忍者なのに忍んでないのはこの際どうでもいい。
 俺がやるべき事はただ一つ。
 二人がヘイトを受け取ってくれてる間に特大の必殺技をぶつけてやるだけだ。

 守護の陣、それは一般的な使い方をするならば外敵から身を守る為にある術だ。
 なにせ外側から害意を持つ者を退け、内側に害意を持つ者を強制的に浄化させる守りの術。

 この術の肝は、強制的に『浄化』の威力を底上げすることにある。
 そしてこの術は、俺を中心に発動する。


「トランスポート、エアロブースター」


 動けない体。しかしアトランティス陣営に与してる俺はその状態でも呼び出せる手札があった。
 外部装甲。要はジェットパックだ。
 俺は換装する事で状況に応じて手を増やすファイターだ。
 だが攻撃する以外での、速度だけに特化する事だってある。
 本当であれば、これは脱出の際にとっておきたかったが、やむを得まい。

 あとは単純に突っ込む!
 突撃攻撃だ。
 俺程度の矮小な存在の攻撃などで手傷を負わせられるかはわからないが、やらずに終わらせたらそれこそ負け犬だ。
 だから、スジャータ。俺の勝利を祈っててくれ。
 雄叫びを上げたい気持ちを堪え、浮遊する肉体。
 重力の呪縛から解き離れた肉体は、その拳をグラーキの横腹へと減り込ませる。


「巻き込め、守護の陣!」


 突き込んだ拳から中心に、網が広がり、まとわりつく様に収束した。が、転ばせるほどの威力はなかったか。
 グラーキは胡乱気に視線をこちらに向ける。
 まとわりつく光の糸は、身じろぐグラーキの肉に食い込んでその行動を阻害し続けた。


「ナイスよ、コーラン君。あとは私に任せておきなさい」


 攻撃は失敗したかに思えたが、シェリルさんからの呼びかけに少しだけ報われた気がした。


「これで終わらせるわ、さようならグラーキ。程よい相手だったわ」


 シェリルさんが空中でフェンシングのポーズから一閃。
 雷の速度でグラーキの肉体を貫いた。
 その度に落雷が落ちる様な音が轟く。
 一、十、音の鳴る感覚が都度速くなる。
 音速の領域に至ったシェリルさんならではの攻撃方法だ。


 グラーキの肉体が肉片に変わっていく。
 通常攻撃では一切傷付かなかったその肉体は、俺の守護の陣の中では再生は叶わず、ちぎれ飛ぶ様にしてその肉体を小さくしていく。
 最後に残ったのは踏み潰せるくらいの肉片で、残りはどうぞとばかりに寄越されたので遠慮なく踏み潰しておいた。


「お疲れ様、やればできるじゃないの。コーラン君」

「いや、俺なんかそんな……」

「いいや、最後の攻撃は良かったぞ。その肉体に傷をつける事は叶わぬが、再生機能を封じ込めたのは大きかったな。あやつは巨体の上に再生能力も桁違いと厄介極まりのない相手であった。なのでコーラン殿の手柄でござるよ」

「って、メールだわ。スッタニパータからね。街に情報はないから外に赴くことにするって。来たのはだいぶ前ね。あと迷惑メールが一件来てたわ」


 シェリルさんはとろサーモンの願うコードネーム読みを気に入ってる様で、それぞれを聖典の名称で呼ぶ様にしてる。
 俺ならコーラン、とろサーモンなら老子、あの探偵かぶれの有名人だとアヴェスター、シェリルさんならヴェーダ。
 あとどざえもんてやつはさっきのスッタニパータ。
 俺と丸かぶりの仏陀を神格に据える奴だ。

 釈迦と仏陀って同一人物って話だけど、釈迦が仏陀になったという様に、仏陀は称号なのだそうだ。
 つまり釈迦が仏陀に至る前にも存在しているという意味でもくらいが高いのだとか。

 俺が浄化に特化してるのなら、向こうは反射に特化していた。
 受けた分を倍にして返す、そういう攻撃方法だ。
 俺が守ることだけに特化してるというのに、ちっとばかし嫉妬しちまうぜ。

 でも、別に敵ってわけじゃない。
 仲間だ。それも頼れる仲間である。


「迷惑メールって、誰からです?」

「ウチの父さんよ。なんでも閉じ込められたから助けて欲しいんですって。あとナイアルラトホテプに気をつけろって」

「何かの仕掛けでしょうか?」

「さぁ、そういう事は仕掛けない筈よ? あの人そこまで悪役になりきれないもの」

「しかしナイアルラトホテプとは、それが今このイベントマップ内に居ると?」

「居れば厄介ね。でもグラーキは倒したし、どうせこちらを惑わすデマでしょう……し?」


 シェリルさんが顔面蒼白になりながら振り返る。
 そこはグラーキの死体があった場所だ。
 たしかに浄化し切ったはずの存在は、何も変わらずそこにいた。


「再生した!? なんで?」

「お、俺の守護の陣は解いてませんよ?」

「いや、ヴェーダ殿が結構派手に切り飛ばしたでござるからな」

「あっ」


 つまり飛び散った肉片から元の状態にまで再生し切ったというのだ。一体どんな再生能力を持っていたらそこまでできるのか。
 ただでさえ厄介な相手が、より恐ろしく感じた。

 シェリルさんがオロオロしたあと、居住まいを正して激しく咳払いをする。
 顔を真っ赤にしながら、その仕草がなんとなく可愛いと思ってしまった。
 まるで完璧人間の弱点を見つけてしまった様な、ちょっとした優越感。彼女も普通の人間なのだと、この時ばかりは思わずにはいられなかった。


「とにかく、コーラン君。さっきのはもう一度出来るわよね?」

「勿論です。俺にはそれしかないですから。その代わり……」

「ええ、陽動は任せておきなさい。老子君もよろしくね?」

「承知!」


 再び俺は時間稼ぎをしてもらい、一度勝ち得た勝利をもう一度獲得すべく身構えた。



 ◇



 メールを送った先でそんなことが行われてるとは全く知らなかった私は、何度もしつこくメールを送った。
 しかし一向に既読がつかない。
 もしかして無視されてる?

 悲しいなぁ。
 でも一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。

 彼女が通知を受け取った時だ。
 空間が開けた気がした。
 そこを糸口にする。私はめげずに何度もメールを送り続け、そして領域を伸ばし続けた。


 ◇


「あーーーもうっ、うっざい!!」


 シェリルさんが迫る棘を一刀両断にしながら叫んだ。
 どうやらまた迷惑メールが届いた様だ。
 しかし一切思考がぶれることなく、殺陣の如く華麗な動きで棘を切り落としていく。


「宝貝───〝哮天犬〟」


 とろサーモンの手から犬の形をしたエネルギーの塊が飛び出る。シェリルさんの旦那さんがよくアレに似たスキル同士の組み合わせをしてたっけ。
 でもアレは、初めからそういうものの様だ。


「穿て、雷閃」


 シェリルさんの突進攻撃。
 ちょっと厨二っぽいネーミングだなと苦笑しつつも、宝貝のネームもどっちもどっちだなと守護の陣の術を練りながらまた外部装甲を呼び込む。

 しかしその時だ、ぐりんと三つある目の一つがこちらを向いた。

 何故?

 今も尚シェリルさんやとろサーモンがヘイトをとっている。
 だというのにこちらを向いた理由は?

 そんなものはわかり切っている。
 つい先ほど手痛い目に合わせた張本人が俺だからだ。
 それを覚えていた。ただ、それだけのことである。

 術の完成はあと数秒。
 しかしそれより速く伸ばされた棘が到達するだろう。


「あるじ様!!」

「トランスポート!! バーストブレイカー!!」


 爆破!
 しかしそれは故意に爆発させたものだ。
 爆発の勢いによって伸ばされた棘の勢いが逸れ、私は致命傷を負わずに済んだ。


「あるじ様!!」


 悲痛な声が、守るべき幻影から聞こえる。


「大丈夫だ!! 俺は防御力だけなら他の誰にも負けない」


 嘘だ。空元気だ。でも再度術を練る時間はないと誰よりも俺が理解している。幻影を落ち込ませまいと、こうして空元気をまわして、ようやく時間を稼いだ。
 術式の完成。あとはそれをぶつけるだけだ。

 視界が霞む。
 LPがもうほとんど残ってない。
 初めての脱落者は俺か。
 どこかでそんなことを思いつつ、弱気を飲み込んで踏ん張った。


「あぁああああああああああ!!」


 どうせヘイトはもう取っている。
 ならば叫んだところでこちらに攻撃が飛んでくることだろう。
 さっきの爆発でのダメージが回復し切ってない。
 魔導書からの攻撃の回復は早いのに、自傷ダメージでの回復は自然回復よりも遅いと来ている。
 願うことなら目的に到達するまでに被弾しない事を願うばかりだ。
 だから泣くな、スジャータ。
 お前が泣いたら俺の頑張り損じゃないか。


 だが、俺の願いは虚しく潰え、あと一歩と言うところで届かなかった。
 迫る棘が脇腹を掠め、それがLPを全損させるきっかけとなった。

 涙を堪えるスジャータの顔が近づいてくる。
 そして、その上からグラーキより大きな手が天を割いて現れた。

 俺の意識はそこで途絶えた。




 ◇



「捉えた! クトゥルフの鷲掴み!」


 シェリルが受け取ったと同時、その空間に介入する様に術式を割り込ませる。


 フィールドに皹がが入る。
 それが私のいる場所全部に広がって、やがてガラスが砕ける様に散らばった。


 私はどうやらグラーキの真上に閉じ込められていた様だ。
 何故か怒り心頭のグラーキを握りしめ、行動を阻害する。

 その場に降り立つと、一人のプレイヤーを抱き抱えて泣き咽ぶ幻影の姿があった。
 ありゃ、お取り込み中だった?

 他の二人の視線が私に集中する。
 どちらかと言えば何しに来たのかと言いたげだ。


「父さん、さっきから何? 非常に苛立ったんですけど?」

「いやいや、こっちだって急に一回休みだって言われて閉じ込められたんだよ? でも偶然君にメールが通じたから、藁にもすがる思いでメールを連打したというのに、最初にかける言葉がそれなんだ。お父さんは悲しいよ。それよりそっちの子は放っておいて大丈夫なの?」


 指を差した先、諦め切った様な。それでいて全て満ち足りた表情で天に召されようとするプレイヤーがいる。
 まだLPを全損してないけど、スリップダメージで放っておけば死んでしまうだろう。
 

「見ればわかるでしょ。その子はもうこの地獄から一抜けよ」

「うーん、そうじゃなくて、それを君が見過ごすのが私は不思議でね」

「LPの回復方法は日にちの経過でしか回復しないのよ? 他に手立てはないわ」


 娘は本当にそれしか条件がないと思ってるのだろうか?
 彼女のことならもっと色々試してると思ってたんだけど。


「じゃあ私が試してみてもいい?」

「ちょっと何をするつもり?」

「何、どうせ放っておいても死んでしまうんだ。なら、なんでもやってみるべきだろう? 掌握領域───レムリアの器+とりもち」

「なっ!?」

「あれ? 俺は……」


 ふむ、魂の定着は完了した様だね。
 ただし肉体の方はもうどうにもならないかな?


「あるじ様!」

「わっ、スジャータ。近い近い近い! っていうか、アレ? 俺の体どうなってんの!?」


 どうやらとりもち君は幻影との悲しい別れをせずに済んだ様だ。まぁ問題は何も解決しちゃいないが、それは追々考えるとして。


「父さん、説明してもらえる?」

「勿論さ、順を追って説明しよう。その前に彼と決着をつけなければね」

「手伝ってくれるの?」

「君が望むならば、私の手はいくらでも差し伸べるよ?」

「なら、お願いできる?」

「その代わり、終わった後に後ろから刺すのは遠慮願いたいね」

「私をなんだと思ってるのよ」

「効率の為なら家族をも犠牲にする人」

「間違ってないわ。その代わり戦闘に参加するからにはバンバン扱き使うから」

「おお、怖い怖い。君もよくこの子の下で指揮に応じれるね? 親の私がいうのもなんだけど頑固でしょ?」

「拙者の口からは何も言えぬでござるよ」

「ありゃ、嫌われてしまったかな?」

 
 仲間意識を育てようと話題を振ったら一蹴された。
 解せぬ。完全にアウェーの空気で私は娘と共同戦線をすることになった。
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