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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

373.お爺ちゃんと予期せぬ横入り

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 ちょっとそこまで。
 軽く行って帰ってくる気持ちで踏み出した先、私たちは前後不覚に陥った。


「む!? どざえもんさん、これは!?」


 すぐに周囲へ呼びかけるも返事はない。
 先導してくれたどざえもんさんの姿は見えなくなっていた。

 いや、違う。私以外の全てがその空間から消え去ったのだ。
 みんながいなくなったというより、みんなからすれば私が消えたように思うかもしれない。

 スズキさんにも連絡がつかない。クトゥルフさんも同様に。


[困るんだよね、勝手にああも動き回れると。お陰で私の計画の30%が無に帰したよ。どう責任を取ってくれるのかな?]


 真っ暗闇の中から、親しい関係のような呼びかけ。
 しかしてその口調からは苛立たしげが雰囲気が見え隠れする。
 私が答えなくとも語ることは尽きないようだ。


[しかし最後のは良かった。彼の正義に必要な条件は揃った。後はうまく化けてくれるのを祈る限りだ。ああ、楽しみだ。彼はどのように羽化するのか。私はそれがいつも楽しみでね。君もそう思わないかい?]


 貴方は誰だ? と聞くのは野暮だろう。
 幻影や神格とのパスをも遮断する能力を持っている存在など、私は一人しか知らないのだから。

 決して表に出ず、とあるプレイヤーと親密に接する上位NPC。
 ナイアルラトホテプ以外に誰がいるというのか。
 くま君にちょっかい出してたのは知ってたけど、ついに私にまでちょっかい出してきましたね?
 ひとまず此処は話を合わせておきましょうか。


「どうでしょうね、私は型にはめる育て方は良くないと思うのですが」


 会話内容はくま君をどのように育てるかについてだろう。
 親としての永遠のテーマだ。
 しかし私は放任主義。しかし彼は教育熱心なようで、どうしてもある程度自分の思った通りに進めたいらしい。

 そして口ぶりから私に対してもそういう思いがあったのだろうことが窺えた。
 もしかして知らないところで唆されていた?
 このカメラとか怪しいもんね。
 前後で記憶が曖昧な時とかあるし。


[ふむ。君はそういうのを好むと思っていたのだが、期待外れだなクトゥルフの後継者殿?」

「それはどうも、くま君の反面教師さん? それといくつか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたけど、貴方は一体彼に何をするおつもりで?」

[それはもちろん、このイベントにおける肝になる部分だよ。しかしとある人物がその邪魔立てをしていてね」


 それが、私と言うことか。
 彼の言い分を鵜呑みにするのなら、私の行動が彼にとって非常に目についた。だからこうやって隔離しにきたと言うことだろう。しかし、たかが上位NPCにそこまでの権限があるだろうか?
 これではまるでアトランティス人の彼のようだ。
 それはつまり?


「その言い分だと、貴方はGM権限を持ってそうですね。だから自分の都合で私を縛り付ける。違いますか?」

[ふむ、本当に君は聡いな。どこからその情報が漏れた? 私が何処かで話したか? いや、ただのカマ掛けか。私としたことがこんな幼稚な手に引っかかるとは]


 ナイアルラトホテプは言語を変えながら流暢に語っていく。
 こんなにおしゃべりだとは思わなかったな。
 しかしその口から一切目的を語ることはない。
 探偵さんと同じタイプだね。
 自分の目的、情報は一切吐かずに相手の会話に合わせて情報を引き出すのがうまいのだ。
 くま君じゃあすぐに丸裸にされてしまうだろう。


「それはさておき、私がここに隔離されたのはくま君と接触させないためですか?」

[そうだ。君は私の精神制御が効かない稀有なタイプだからね。本当なら私の立場としてもこんなことはしたくなかった]

「けど自分の目的の為に仕方がなかった?」

[その通りだ。やはり君はこちら側の思考を持っているな。何故人間など矮小な生物の内側に収まっているのか不思議でならない。ちょっと解剖させてもらってもいいかい?]


 良いわけないでしょ。断固拒否します。
 それにそんなの私に聞かれたって困りますよ。
 私からしても神話生物とこんなにおしゃべりできるって思いもしないのと同じなのでは?


[それは確かにそうだ。我ら神格存在は気難しいのが多いからな。しかしどうだ、君にかかれば簡単に心を開く。見た目で嫌悪してもおかしくないと言うのに、君にはまるでそれが通用しないようだ。だから私は君を気に入っていたのに、なんでクトゥルフなんかに横取りされるかなぁ。私はそれが不快でならないのだよ]


 あぁ、やはり。この人既に私に接触してましたね?
 ただどこでどのようにしてかは全く記憶にない。
 最初はスズキさんを疑ったけど、どうも違うしなぁ。


「それより私はいつ此処を出られるんですか?」

[イベントが終わるまでゆっくりしていきたまえ]

「うわ、職権濫用だ。ていうかGMがこんなことしても良いんですか? 善良なプレイヤーに何か申し開きは?」

[君は君が思ってるほど善良なプレイヤーではないぞ?]

「えっ」

[ちなみに私のように個人的に君に恨みを持つ神格は片手で数えられるほどしかいないが、無自覚に恨みを買うロールをしてるのは確かだよ] 

「全く身に覚えがありません。冤罪です」

[残念ながら聞き入れることはできないな。でもそうだね。自力でこの空間を抜け出せたのなら、私も鬼じゃない。寛大な心で受け止めようじゃないか]


 それだけ言って、ナイアルラトホテプの気配が揺らいで消えた。すぐそこで語っている感覚が突然消えたのだ。

 スズキさんは来ない、クトゥルフさんとも繋がらない。
 世界は暗闇に覆われて、前後不覚の状況。


 取り敢えずやれるだけやってみようか。
 私は周辺に領域展開を仕掛けて、侵食できないかダメ元で挑戦してみた。



 ◇


 そして私が、アキカゼ・ハヤテが消えた場所では、鬱蒼とした森の中を進む一堂が開けた場所で食事中の森のくまと遭遇していた。
 ただその食事内容が、普段と大きく異なっている。
 普段見せるフレンドリーさが一切なく、まるで野生に帰ってしまったかのような感覚だ。それを見た秋風疾風が思わず漏らす。


「うわぁ、いるにはいるけど、ちょっと様子がおかしくない?」

「|◉〻◉)完全に野生に帰ってますね。ね、ハヤテさん? あれ、ハヤテさんは?」


 スズキが振り返った先には誰もおらず。
 いや、アキカゼ・ハヤテに入れ替わるように髪色を変えたアキカゼ・ハヤテが立っていた。
 一見して偽物とわかるが、いつの間に入れ替わったのか誰も気づかなかった。その異様さに身構えつつも、武器を手にすることはない。
 気圧されたのだ、その圧倒的強者の放つオーラに。


「彼なら少しお休みしてもらってるよ」

「誰だい君は?」

「誰だと思う?」


 秋風疾風の問いかけに、親友とは似ても似つかない気配を纏う存在に懐に収めたレムリアの器を握る。


「生憎と質問を質問で返されるのは嫌いでね。そういうところは少年にそっくりだ。でも直感がね、君と少年は別物だと警鐘を鳴らしている」

「そうか。別に私は君達に用は無いんだ。彼を迎えにきたついでと言ってしまえばいいか。森のくま、君の正義を示す場が出来たよ。その爪で、牙で、糧にすべき贄がすぐそこに居る。君ならどうする?」

「クマー? 悪なら倒すくま。それがくまの正義くま」


 口調は森のくまのものでありながら、纏う雰囲気が普段の彼から圧倒的にかけ離れていた。
 口元からは何かの怪異と思われる手足をぶら下げ、右手には何か全く別の異形を宿した『森のくま』の姿があった。
 その異形の一部は本の形をしていて、少女のような面影を宿す。

 察したのはスズキであった。


「|◉〻◉)アールちゃんは、何処にやったんですか?」

「君が思っている通りさ」


 凝縮された悪意が、アキカゼ・ハヤテの偽物、否、ナイアルラトホテプから放たれる。
 炎のように渦巻く目が幻のように浮かび上がる。


「魔導書とは、本来魔術師の手足としての役割を持つのだと私は思うのだよ。そして彼は怪異を前に手負になった。アールは自己犠牲の精神で主人を救ったのだ。泣ける話じゃないか。これぞ主人と幻影の形だと私は思うんだけど、君たちは違うようだね?」


 にこり、ともニヤリとも違う。ぐにゃぁあ、とその表情が歪んだ。人では決して表現できないような笑みで、周囲に悪寒を走らせる。その思想を押し付ける。

 いったいなんの話をしているかも分からない。
 しかしこの存在を放っておけば自分たちもそうされてしまうのは目に見えていた。


「スプンタ、アンラ。僕から離れないで」

「マスター、この男、今までよりも嫌な気配がします」

「怖い、マスター」

「大丈夫だ、大丈夫。こいつは此処で僕が倒すから」


 秋風疾風は自身の幻影が震えるのを宥めながらどのようにしてこの苦境を乗り越えるかを考える。


「( ͡° ͜ʖ ͡°)なんかムカつくなこいつ。サイ、お前もそう思うよな」

「うん、やっちゃう? マスター」

「( ͡° ͜ʖ ͡°)おう、いっちょとっちめてやろうぜ」


 ( ͡° ͜ʖ ͡°)は物おじせずに目の前に現れた怪異に対して宣戦布告をする。


「さてドーター。君ならこのとびっきりの怪異にどう立ち向かう?」

「どうもこうもない。いつも通り、やれる事をやるだけ。スズキの仇は討つ」

「|◉〻◉)僕まだ死んでませんよー?」

「その意気やよし。彼女に触れて君は少しらしくなったなセラエ。私も拐かされてしまった友を救うべく最善を尽くそうか」

「|◉〻◉)だから、僕もハヤテさんも無事ですって! ねぇ聞いてる?」


 アンブロシウスは周囲でうろちょろするスズキを無視して固い決意を結んだ。


 そして、自分が導いた事がきっかけでこんな怪異を呼び寄せてしまったどざえもんはと言えば……


「いけないなぁ、どうにもいけない。俺はこの手の悪意をどうにも見逃せない人間だ。ネハンもそう思うだろう?」

「マスターはいい奴。激しく同意する」

「お前は良い子だな。それにそれしか道がないとしても、俺はお前をそこまでして活用したいとは思わない。ドジを踏んだ自身を憎みこそすれ、誰かに責を問うのは違うと思うんだ。彼は、アキカゼさんはまさにそんな時に救いの手を差し伸べてくれた。だったら、今度はこちらから救ってやる番だと、そう思わないか?」

「そう思う! でも勝てるか? 相手の底が見えない」

「勝てるか勝てないかじゃあない。勝つんだ。その為なら多少意地汚くとも手段は選んでられんな」


 怒りに火を灯していた。
 彼がこのように感情を灯すのは実に珍しい。
 趣味の山登りの時さえ、そこまでの情熱は見せなかった。
 そもそもどざえもんは感情を表に出すのが得意ではない。
 ストイックに、コツコツと物事を進めるのが得意な人物だった。


「さて、私は君たちに用はないと言ってるんだけど、そうはとってもらえないようだ。ではくま君、軽いウォーミングアップと行こうか」


 偽アキカゼ・ハヤテが仄めかす。
 森のくまがその言葉を聞き入れ、そして巨体が動き出した。
 もう正常にプレイヤーを認識できないところまで視野を狭められているようだ。

 よもやこんな場所で、陣営同士の消耗戦を仕掛けられるとは思いもしない。
 だが一度回ってしまった因果は、誰の言葉も聞き入られず回り続ける。


「メインディッシュの前に前菜をいただくくま」

「YES、MASTER」


 森のくまの呼びかけに、無機質な音を漏らす幻影。
 それに立ち向かう四人のプレイヤーとの対比を見て笑みを浮かべるナイアルラトホテプ。



 一方その頃アキカゼ・ハヤテは……



「これをこうしてこうやって……うーん掌握はできるけど、いったい此処が何処なのか全く判別ができないな。出れても合流するのに手を焼くパターンだと困るなぁ」


 掌握領域で空間をとっかえひっかえしながら己の領域を広げ続けた。いつか自分の幻影とパスが繋がると信じて、無駄だと分かっていてもあがき続けるしかない。


「お、これは? ふむふむ」


 しかし偶然にも面白い情報をカメラ越しに見通せていた。
 それがナイアルラトホテプの残滓とも言えるカケラだ。
 それをいくつか集めて、身内にメール送信していく。

 あくまで身内にだ。
 ゲームなんだからそれぐらいはシステムの都合上呼び出すことはできるはずだ。
 もしそれを全員が見てくれたなら、私を閉じ込めた空間の一部が顕現化してくれるかもしれないと、身内にメールを送り続ける。


 そしてついに、メールが送信された。
 娘のシェリルがそれを確認して、嫌悪を隠さない口調で言葉を残した。


 今度はなんの企みがあってこんな物送ってきたの?

 【追伸】
 今忙しいから後にしてくれない?
 父さんに構ってる暇はないの。


 つれないな。
 しかし送信できたのは僥倖だった。
 だがどういうわけか、あの時別れたメンバーとは連絡が途絶えたままだった。

 もしかしなくても、彼らもナイアルラトホテプに囚われているのではないか?
 ならば私が手を差し伸べねばいけないか。
 どうにかして此処を脱出しないと。
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