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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

357.お爺ちゃんと聖魔大戦2

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 村の中を練り歩いて住民達の働く姿を写真に収める。
 労働熱心な彼らは客観的な自分の姿を知ることは無いのか、写真に写る自分の姿が風景と相まって芸術的に映し出されているのを見て少し照れたように誇らしげになる。

 写真を通じてのコミュニケーション第一号は私かな?
 村人達と通じ合いながら雑談を重ねる。
 彼らの悩みを聞きながら、独自の情報を集めていく。

 ここ、ダン・ウィッチ村は世間的に見れば田舎だ。
 建物は近代的とは言いがたく、古臭い。
 歴史から置いていかれたような古臭さを残す、そんな風景に私は非常に興味を傾けた。
 レンズ越しにシャッターを切るだけで、牧歌的な情景を映し出す。
 現実ではもう触れることのできない映像を丹念に映し出すのは、この風景を忘れない為ともう一つ、とある目的の為だ。


 私はこの地にクトゥルフさんを呼び出す為の下地を作ろうとしている。つまり、何が言いたいかと言えば、この地上を海の底に沈める。そんな一大計画を模索していた。

 かつて深海で見た黄金郷。
 当時の人々がどのように過ごしていたかを知る術はその時には残されていなかった。
 だから私は歴史の生き証人としての勤めを果たしている。
 ──加害者として。

 これではウェイトリー家を悪く言えないな。
 何せこれからやることは彼らとなんら変わらない。どころか、より厄介だ。
 人類の敵になる。それくらいの覚悟がいる。
 だと言うのに私にはそれを為した後の事を考える余裕さえあった。

 人類総魚人化計画。
 人を殺すのではなく、魚人として生まれ変わってもらうのだ。
 その為にはこの地域は海の底に沈んでもらう必要があった。

 手順は簡単。ルリーエ手製のお茶を飲ませる。
 人間では克服できない病気も、魚人になれば平気で克服できる。だから体調不良の村人に、そのお茶を薬として飲ませれば、あっという間にクトゥルフ信仰は広まるわけだ。

 問題があるとすればウェイトリー家か。
 が、生まれてきた双子はどちらかといえば異形。
 村長とその娘は人間であるが、そちらにもこのお茶を飲んでいただく必要があるか。

 私はそんな事を考えながら帰路につく。
 最初こそ弱腰で居たが、蓋を開ければ彼らは恐るべき対象では無いことがわかる。
 彼らは子供なのだ。
 ホームシックで父親に会いたいだけの子供。
 人の親としては会わせてあげたいと思ってる。
 しかしその前にこの地上には彼らの敵が多すぎた。
 
 もしここでの出来事が物語の通りなら、彼らは人目につかないように行動を始める。そして無理を通して悲劇を生む。
 
 かつてスズキさんとして頑張っていたルリーエも、人類との違いに悩みながらその手の苦労を抱えていた。
 それと彼らの何が違うのだろうか?
 何も違わない。だからこそ、私は彼らの手助けをしてやる。

 それぐらいのつもりで帰宅して、夜食を頂いた。
 もちろん農村なので村人から頂いた手土産を持って。
 あの無口な村人がどうして今日出会ったばかりの私と親しくなれるのか不思議そうな目で見られながら歓迎されたが、村長や母親から送られる視線はどこか暗いものが宿っていた。

 まさしく、身元のわからない旅人がその後どこに向かったかわからないと言いたげに、何かを隠すような目。
 含みを持ったように何かを隠す口調も相まって、私は自分の運命を感じ取る。

 ああ、この人たちは。
 私を犠牲者にするつもりなのだろう、と。
 だからその前に私はそんな煩わしい思考を取り除くべく動き出す。

 双子のお母さんである。ラヴィニアさんは子供が生まれたばかりにしては何かに苦しめられてるような表情をする時がある。
 突然の妊娠、父親不明の出産に何か思うことがあるのだろう。

 だから不安を拭い去るべく私は彼女に近づいた。


「ラヴィニアさん、体調が悪いようですね」

「いいえ、少し目眩がしただけですわ。直に良くなります」

「しかし顔色の悪い貴女を放って置けない。そうだ、ルリーエ。あのクスリを彼女に飲ませてあげてみては?」

『こちらですか?』


 ルリーエが取り出したのは深海のような濃い青い薬液。
 私はそれでは無いと首を横に振る。
 流石にそれはクスリにしたって劇薬だ。
 もっと薄いのあったでしょ、ほら、ハーフマリナー用の。
 アレでいいからと身振り手振りで促した。
 少し茶番を挟もうとするのは彼女の悪い癖。
 スズキさんの時から何にも変わっちゃいないんだから。


『こちらですね』

「うん、それ。ラヴィニアさん、騙されたと思ってグッと行ってください。これはね、考えすぎてしまう私に非常に効果のあったクスリでね。皆まで仰らないでください。貴女の表情を見てれば分かります。人には言えない何かを隠しているのでしょう? ああ、言わなくて結構です。人は誰しもそう言った何かを隠し持っているものです。お恥ずかしい話、私にも人には言えない秘密が多すぎましてね」


 そこまで聞いて、自分だけじゃ無いのかと安堵したラヴィニアさんは一気にそのクスリを飲み込んだ。
 すぐに状態が変わるわけでは無い。
 ただ、非常に海が恋しくなるくらいの発作が出るのだ。


「これは……ふふ、確かに効果覿面ですね。心がスッと軽くなりました。実はお恥ずかしい話、私には産んだ子が可愛いと思えなくて自信を無くしておりましたの」

「誰しもがそういう事実に直面する事でしょう。しかし痛みを乗り越えて産んだ子供という事実は覆らない、でしょう?」

「確かに思い過ごしの場合もあります。けど……」

「お母さん、お客さんは帰った?」

「あ、こらウィルバー」

「あ、初めまして」


 とても流暢な言語で語る少年がそこに居た。
 生まれたばかりにしては既に10歳かそこいらの図体。
 赤子に成長時期を大きく超えた未知なる存在に対してラヴィニアさんが不安になるのも無理はない。


「こんばんは。急に押しかけてきて悪かったね、お母さんを少しお借りしていたよ。その前に自己紹介がまだだったね。私はハヤテ。旅の写真家をしているんだ。お近づきの印に一枚どうだろう?」


 ウィルバー君へ一枚の写真を贈呈する。
 それは地上を歩いていただけでは取れないような航空写真。
 つまり空に浮いてなければ撮影不可能。
 それを瞬時に察知したウィルバー君は興味を示すように私へと近寄った。


「すごいね! こんな風景が撮れるんだ! ■■■■■■■■(実際に見てみたい)!」


 興奮状態でオクに言葉が出てしまったようだ。
 しかし私はその言語すら翻訳してみせる。
 アトランティス言語……やはり彼らは海に連なる者。
 地上で暮らすには不向きな存在だと認識する。


「ごめんなさい、この子ったら。お気を悪くしませんでした?」


 突如意味不明な言語を語られたら誰だって目の色を変えるだろう。ラヴィニアさんは庇うようにウィルバー君を抱き抱えて私から引き離した。
 しかし今の彼女にはその言語が通じたはずだ。
 それでも変な目で見られたく無いだろう親心が見て取れる。


「大丈夫ですよ。元気があっていいですね。ウィルバー君は将来空から地上を見下ろすお仕事につきたいのかな?」


 言語を読み解くと、今度はウィルバー君がおどろいたような表情で私に接する。


「僕の言葉がわかるの?」

「私はこう見えていろんな言語を取得していてね。他にもいろいろ知っているよ」


 解読はできるけど、読んで聞かせたりはできない。
 流石に本職では無いからね。
 相談事はクトゥルフさんの神格召喚を済ませてからだ。


「ねぇ、おじさん! 僕の弟にも会ってくれる?」

「ウィルバー!」

「ダメ、お母さん?」


 合わせたくないのだろう、いや、まだその時では無いとその表情が物語っている。


「ラヴィニアさん、私からもお願いします」

「外には口外しないとお約束して頂けるのなら……」

「私は口が固い事と自負しておりますよ」

『えっ!?』


 こらそこ、意外そうな顔をしない。
 ルリーエは驚愕の表情で私を見上げていた。
 何か変なことでも言ったかな?
 自分で解決できない情報は丸投げするけど、君の真の姿がルルイエである事を吹聴したことは無いよ?


『確かにそうですね』


 だろう?
 疑いが晴れたところで早速ご対面。
 そこには名状し難い、人の姿を保てないほどの異形が居た。
 いや、居る。
 見えないのだ。不可視の存在。

 名前すらつけられてない、人あらざる者。
 しかし言語から読み取るに幼児だ。
 兄がどことなく大人っぽいから騙されてしまうが、生後数ヶ月も経ってないのだろう。
 流暢なアトランティス言語で語る赤子が居る。
 見えないが。


[いあ いあ んぐああ んんがい・がい! いあ いあ んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ いあ い・はあ い・にやあい・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす!よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!]


「どう、おじさん。弟の言葉がわかる?」

「お父さんに会いたい。かな?」

「うん! 僕たちはね、お爺ちゃんも含めてお父さんに一目会いたいんだ。でも遠いお空の上にいるから会いに行けないの」


 言葉だけ聞けば死に別れてしまったようにも受け取れる。
 しかし真なる意味を知ればそれがとても冒涜的な者だとわかるだろう。
 彼らは時間の概念そのものである■■=■■■■を呼び出そうとしている熱狂的な狂信者だ。
 要は私のお仲間だね。


「だろうね。かの御大が降臨するにはこの地上は狭すぎる。君もそう思うだろう?」

「おじさんはお父さんがどんな存在か知ってるの?」

「もちろんだとも。実は私もあるお方をこの地に呼び寄せたいんだけど、どうにも準備が整ってないようなんだ。敬虔なる信徒としては如何ともし難いと思っていた。そこでどうだろう、ここは一つおじさんと協力しないだろうか?」

「協力? おじさんが会いたい人も遠いお空の上にいるの?」

「私の場合は海の底に眠っている、が正しいかな?」

「海……もしかして■■■■■?」


 ウィルバー君はアトランティス言語クトゥルフさんを呼び当てた。私が頷くと、自分と同じ狂信者に出会えて万歳をするようにはしゃぎ出す。

 ドアの隙間から顔をのぞかせていたラヴィニアさんが怪訝な表情を私に向けた。
 可能なのか? そう聞いている。
 私は頷き、その為の概要を語ることにした。

 人類総魚人化計画の大いなる指針が今、山奥の農村から動き出そうとしていた。
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