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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

356.お爺ちゃんと聖魔大戦1

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 初めて聖魔大戦のアナウンスを聞いてから二週間ほど経った。
 探偵さんは私のアドバイスが効いたのか、あれから様々な立ち回りを見せている。

 私の方は、特に普段通り。
 スズキさんの他に、ヤディス君と組んだルリーエの信仰値がいい感じに伸びて行ったのでセカンドシングルを推し進めてるという感じだ。
 ヤディス君も希薄だったガタノトーアの声が近づいてきたとのことで嬉しそうにしているとかなんとか。
 また一歩人類に敵対する行為をしてるなと内心ぼやきながらも幻影の見せる表情に絆されている。

 もりもりハンバーグ君も信仰値が伸びたとかで、あれから『肉の芽』の威力が上がったとかなんとか。
 今までは近距離にいれば居るほど侵食率が上がるだけだったが、今では侵食率を任意で遅くしたり早くしたりできるそうだ。
 数も同時に五個出せるようになり、より凶悪さが増してるんだけど、本当に封印されてるのか怪しい能力をしているよ。
 ま、我らがクトゥルフさんも似たようなものだけど。

 内心で突っ込まれ、そして。


<聖魔大戦が開催されます。関係者各位はそのままお待ちください>


 これ見よがしにカウントダウンが始まった。
 薄い透明な数字が、999から開始されて、一秒毎に減っていく。
 加速された世界では、ログインにばらつきがあると思うのだが、そこらへんはどうなのだろう?


「いよいよだね、少年」


 同じクランホームで屯していた探偵さんが意味深な笑顔を向けてくる。いつにも増して自信満々の笑みだ。
 

「ええ。しかし場所が場所だ。聖典vs魔導書だなんて考えない方が良さそうですよ」


 スズキさんから出されたお茶を啜りながら答える。
 探偵さんもまた、そこら辺は了承していた。

 ドリームランド。
 それは神々が住まうこことは似て非なる世界。
 出入り口は多岐に渡り存在するが、誘い込まれる以外で侵入経路は判別していない。なるべくなら行きたくない場所。
 しかし、そんな場所を本戦舞台にする辺り、こちらの行動があまりにも周囲に影響するのだろう。
 又はそれこそSAN値チェック並みの冒涜的な怪異が溢れているのかもしれない。
 一般プレイヤーである限りは、見なくて済む世界。
 果たして私の探究心を満たしてくれるものか。


「取り敢えず、サーチアンドデストロイは愚策だろうね」

「そうだね。娘にも言っておいてね」

「こらこら、父親の義務を他人に丸投げしないの。せっかく取り戻した親娘関係だろう?」

「あの子が私のいうことを聞いてくれる方が稀だよ。特にいろんな意味で恨まれてるからね」

「まぁ、同じ陣営同士、忠告するくらいはするさ。で、実際向こう側はどんな仕掛けを用意してくると思う?」


 向こう側。つまりドリームランド側のことだろう。
 今更シェリルの事とか言わなくてもわかるだろうからね。


「さぁね。私からはなんともいえないな。でもこれだけは言える」

「何かな?」

「善神より悪神の方が多い」

「確かに。そもそも善悪の違いなんて人間基準の括りだ。神々から見たらそれこそ力量差の世界。それ以外は気にも留めてないだろう?」

「おや、探偵さんはすっかり神様気取りかな?」


 能力が開花したとは聞いてないが、この人自分のことになった途端口が固くなるからね。
 ただ、裏で色々やってるから、案外知らないのは私だけだったりもするんだけど。


「君にだけは言われたくないな。娘さんから頂いたデータによれば、結構傲慢な戦闘だったらしいじゃない?」


 私の年代はこうやって悪態を吐きながらコミュニケーションを取る。なんだかんだで似てるんだよね、私達は。


「さて、腹の探り合いはここら辺にして」

「そうだね、そろそろ時間だ」


 残り時間が333秒を経過した辺りから、呼んでないのに幻影が実体化し始める。
 スズキさんとは別にルリーエが現れ、そして探偵さんの横には双子と思しき白と黒の女の子が現れた。


「成る程、アンラ・マンユとスプンタ・マンユが君の幻影か」

「そういう君に幻影だって非常に親近感を持つ見た目をしている」

「だ、そうだ。ルリーエ、ご挨拶なさい」

『お初にお目にかかります。ルリーエと申します。以後お見知り置きを』


 ルリーエはスズキさんとは似て非なる仕草と見事なカーテシーを披露してみせた。その横で対抗意識を持ったスズキさんが真似をするが、うまく姿勢を制御できずに転んでいた。
 ちょっと面白いのは狙ってやってるのかな?


「これはこれはご丁寧に。ではアンラ、スプンタご挨拶してやりなさい」

『ですがマスター』

「確かに相手は悪名高き悪神。しかし相手が誰であろうとマナーはマナー。スプンタ、君の正義感の強さは僕に影響されているところもあるだろう。しかしね、向こうが礼儀を失してないのに君がそれを率先して行うのは違うよね?」

『はい、わかりました……マスターに言われたから仕方なく名乗ってやる。我が名はスプンタ・マンユ! ゾロアスターの正義の心を胸に持つ絶対に打ち勝つ存在だ』


 スプンタ君はしょんぼりしながら探偵さんに諭され、嫌々長らルリーエに対して名乗りを行う。
 その名乗りをこれまたアンラ君がくすくす笑いながら見ているのだから探偵さんがどういう教育をしてるのか丸わかりだ。
 きっと彼女達はアレだね、彼の持つ正義感と悪戯っ子の精神が擬人化した姿なのだろう。人類悪にしては子供っぽすぎるし。


『あー僕はアンラ・マンユって言うっす。スプンタと違って誰とでもお話しできますんで以後よろしくぅ~』

「よろしくぅ~」


 何故かスズキさんが真似して早速仲良くなっていた。
 芸の方向性が似てるのか、そもそもスズキさんの生き写しのような軽薄さが表面に出てる子だと思った。


「アンラ君のモチーフってやっぱりスズキさんだったりする?」

「そう見える?」

「秒で仲良くなってる辺り、そうなのかなって」

「まぁ僕の周りの中で一番ひょうきんな存在といえば君か彼女ぐらいだよね?」

「ハッハッハ」


 笑って誤魔化したが、誰がひょうきんな存在だって?
 それもスズキさんクラスに喩えられるなんて非常に不愉快だ。
 少しムッとしながら思いついた案を披露する。


「それより君の幻影、以外と漫才の素質があるんじゃないの」

「その手には乗らないよ。と言うか、スプンタが絶対に認めないと思うけど」

「えー、あの子は君が言えば案外なんだって引き受けてくれると思うけど?」


 ちらり、と早速悪巧みを始めてるスズキさんの生き写しのようなアンラ君に突っかかってるスプンタ君。
 彼女の正義の心はどんな悪戯心すらも消化しようと必死だ。
 その姿があまりにも幼いので見ている方は微笑ましい。
 探偵さんも微笑ましそうにしているので、案外押せば認めそうだな。
 

「まず漫才としないで記念撮影としてカメラ回して、そこをお得意の切り抜きでアップすれば信仰値も上がるんじゃないの?」

「だからと言って幻影を売り物にするのは……」


 探偵さんは渋るように腕を組んで私の顔をジロジロ見た後、諦めたように肩をすくめて手のひらを上にあげた。


「今更か。すでに体現者が目の前にいる」

「お陰様で信仰値は右肩上がりだよ。うちの娘婿も幻影の可愛い姿と信仰値が貰えて絶賛してましたし」

「案外神経図太いよね、その子」

「誰に似たんでしょうかね。娘かもしれません。あの子も結構面の皮が厚いので」

「まず間違いなく貴方ですよ。っと、そうこうだべってる間に時間が来てしまったようだ」


 探偵さんの指摘通り、タイムリミットは残り30秒を切ろうとしていた。

 ソファから腰を上げ、じゃれつくスズキさんと幻影達を引き離し、仲良くその身が転送される。



 そして転送後、見たこともない農村の中で私とルリーエが立ち尽くしていた。
 本当になんのアナウンスもなく転送されたね。
 一応事前報告は受けてたけど、酷く手荒い歓迎だ。

 そして私の目の前には小さな村があり、突然現れた私に対して警戒心を示していた。
 手にはそれぞれ農具などの武器を構えている。
 口では何も言わず、行動で示すのが得意なようだ。


『マスター』

「ああ、うん。先に誤解を解いておこうか」


 私は胸から下げたカメラを掲げ、風景写真を撮って旅をする一向だと自己紹介をした。
 まだ不安はぬぐい切れないようだが、警戒心は一段階下げてくれたようだ。

 私達はことの経緯を話した。
 しかし彼らは無口で、こちらの話は聞いても自らの話をする時に急に黙り込む癖が目立つ。
 まるで探偵さんみたいな人たちだと思いながら、多くは聞かず、まずは怪しいものじゃないと言う状況証拠を揃えた。

 取り敢えずは私の身柄は丘の上に住む牧場主のウェイトリーさん一家の元に預けられることになった。

 随分と古い家柄だそうで、村の人たちからの信頼も厚い。
 最近双子が生まれたそうで、いつになく活気に満ちているとかなんとか。
 今はまだ産まれたばかりでお披露目はできないが、そろそろ顔見せできるだろうとのこと。
 何はともあれめでたいと、外に出れない子達のために写真を撮っておく事を約束した。

 そう言えばこの村の名前を聞いてなかったなと思い出し、聞いてみたところ……ダン・ウィッチ、と言う村である事が判明する。

 うん、ヤバイ。
 冷や汗が出てきた。
 やっぱり私はナイアルラトテップに嫌われてるなと痛感する。
 早速篩にかけてきたかと思いつつも、いずれぶつかる壁だと思い吹っ切ることにした。
 あとはなるようになるでしょう、多分。


『マスター。どうなさいますか?』


 取り敢えず余所者は余所者らしく向こうを刺激しすぎないように行動しよう。


『向こうはどうやって接触してくるでしょうか?』


 一つ屋根の下で過ごすんだ。いくらでも方法はあるんじゃない?


『ですね。それで当面の方針は……』


 そうだね、取り敢えずは仲良しこよしで行きたいね。ここは海からは遠いし、クトゥルフさんの気配も随分と希薄だ。あまり強気で行くと思わぬ反撃で足を掬われてしまいそうだ。


『その方が良いでしょう。今は矮小なる人の身。旦那様を召喚するにも侵食領域が足りてません』


 ふむ。この地で呼ぶのにはまず領域を広げることから始める必要があるのか。なかなかに骨だね。
 ここはアウェーだから仕方ない配慮なのかな?

 しかし向こう側も神格を呼び寄せるためにも領域を広げたいところだろう。
 つまりは奪い合いになる。

 あ、これ……ベルト持ち同士でいがみあってる場合じゃないな?
 そんなこんなを考えつつ、やたらアピールしてくる滞在時間が目についた。


 <残り滞在時間:999:29:58>


 この時間が尽きてしまったら一体私はどうなってしまうのか?
 ぬぐい切れぬ不安を払拭しながら私はカメラを構えて行動に移す。やはりただじっと待つのは性に合わないからね。
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