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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

340.お爺ちゃんと波乱を呼ぶPV撮影会

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 ここ最近、検証を兼ねた戦闘ばかりが続いていたので息抜きをかねて兼業していたアイドルプロデュース業へと本腰を入れる事にした。

 スズキさん率いるアイドルグループのセカンドシングルのリリース日が刻一刻と迫ってきているのだ。
 それまで片手間でやっていたのもあり、最終チェックくらいはしっかり見届けようと舞台袖から注視していると、バックダンサーとして特別ゲストを招いていた事を今になってようやく気がついた。

 って言うか、セラエ君とサイクラノーシュ君がアイドル衣装を纏って何やら真剣にステップを刻んでいた。
 メンバーの乙姫さんや、ジーク・ジョン君、ミレディさんもそれには驚いていた。
 また身内に案内せずにサプライズしたな、この人?


『クトゥルフさんはこの事知っていました?』

[妻のやる事は好きにさせているからな。余には何が問題かわからぬ。何か不手際があったか?]


 まぁそうだよねぇ。
 御大から見れば妻が年甲もなくはしゃい出るくらいで、そのお友達を自分の舞台にご招待した程度の認識か。

 夫としては成功するように見守るのが普通。
 もし自分がその立場なら、同じようにしていただろう。
 けど問題視してるところはそこではない。


『問題はそこではなく、スズキさんは周囲にプレイヤー発言をしていると言う事ですよ。各方面でアイドルしてるNPCは居ないと吹聴しているのに、自分でその禁を破ってしまうのかと心配で』

[ふむ。余としては、妻がその程度のことも考えても居ないとは思えぬがな]


 確かにそうだ。彼女は聡い。


『ええ、彼女は非常に頭が切れる方です。どうせ上手い言い回しで誤魔化してくれるでしょう。けどPVは編集こそされますが、ずっとプレイヤーの目に晒され続けます。一度や二度上手く誤魔化しても、誰かがおかしいと騒ぎ始めたら彼女の身も危うくなることでしょう』

[そうか。だが余はプレイヤー程度にどうにかされる妻の姿を思い描けぬがな。数億年共に居て、アレが口で負けてるところを見たことがない]

『そうでしょうとも。私も彼女と付き合いは浅いですが、彼女が他者を言いくるめられなかった場面は見たことがないです』

[ならばそれは杞憂であろう? 余は自らが愛した者を信じてやりたいと思ってる。貴殿は違ったかな?]

『それを言われたら私は弱い。家族故に信じるですか。私ももっと妻を信じてあげてたらよかったんでしょうね』

[信じ合えているよ。少なくとも余はそう見えたがな]

『貴方からお墨付きを貰えたのなら良かったです。では部外者は隅っこで成功する様を見届けましょうか?』

[ああ、妻の晴れ舞台だ。この目に焼き付けてやるさ]


 そう言えば、1stシングルの時はまだ厳密にこうしておしゃべりできる関係ではなかったものな。
 彼からすれば初めての舞台と言っても過言ではないのだろう。

 私はプロデューサーとして報告だけは受けていたが、こうして舞台を目にするのは1stシングルのPVぶりかと思い至る。
 ここ最近忙しかったものなぁと思い描き、苦笑した。

 孫もアイドル活動を頑張っている。
 歌は出さないが、生ではない配信のアーカイブでそこそこの人気を得ていた。
 チェックは欠かさないが、顔を合わせる回数がゲーム内で減ってきているのも寂しい者だ。
 これが終わったら久しぶりに一緒に遊んでやってもいいかもしれないね。

 今や孫を超えるほど人気になってしまったが、私はここまで目立つつもりはなかったんだよね。今更言っても遅いだろうけど。


[始まったようだぞ]


 御大の言葉を受けて意識を眼前へと向ける。
 そこでは派手な舞台セットに竜宮城のメンバーが泳ぎながら舞台袖から出てきて華麗な舞を見せていた。

 クトゥルフさんが世界に台登してから大気中にも海の気配がまとわりついた。
 我々水棲生物はそれを水かきで掬うと水中の中のように自在に空中を泳ぐことができるのだ。

 厳密には水ではないけど、海の延長線上に空があり、魚たちは空へと泳いで渡ることができた。
 無論進化の過程で鰓呼吸も覚えた種族に限るけどね。

 所詮は大気。泳げたとしても密度は海程にない。
 そんな空気を泳ぐ舞が舞台いっぱいを駆け巡る中、舞台の真ん中から迫り上がる装置が起動する。


「いあ! いあ!」
「いあ! いあ!」


 お決まりのフレーズがゲストの幻影からソプラノボイスで奏でられ、少し遅れてスズキさん(美少女モード)が舞台へと現れた。

 バックダンサーの幻影の二人はサイリウムを両手に持ち、上下に振って横に逸れていく。
 先程まで舞を踊っていたメンバーが地上に降り立ち、決めポーズをとって、音楽が鳴り響く。


「聞いてください、僕たちの2ndシングル、恋の召喚呪文~合言葉はいあ いあ~」


 またも冒涜的なタイトルだ。
 出だしのメロディは少しもの悲しげであるが、それが少女の片想い中の葛藤を思い描いているようである。
 歌詞のセンスは普通にアイドルのものなんだけど、スズキさんだからなぁ、油断できない。
 
 すれ違う日々。
 いつしか目があい、やがて意識する。

 そんな初恋の甘酸っぱさのフレーズに紛れて神格召喚の儀式の様相を併せ持つ掛け声が左右から鳴り響く。

 ──そして行われる儀式。

 なんで!?
 今の歌詞からどこに儀式に繋がる要素あった!?
 一人混乱する私に対し、御大は[そう来たか]とおもしろそうに微笑んでいる。

 魔法陣に祝詞が合わさり、そして現れるハスター。
 黄衣の王が触手をうねうねさせながら魔法陣の中央に座していた。

 神格呼んじゃったよ。いいの、コレ?
 放送事故でしょ。
 何故かバックダンサーのセラエ君と手を繋いで踊っている黄衣の王。

 私はそんなのじゃ誤魔化されないからね。
 そんな仲良く踊ったからって可愛くは見ないよ?


 スズキさんはノリノリで歌を続け、一番目の歌詞が終了する。
 しかしまだ続くメロディからは、二番もあるのだろうと予測できた。

 続く二番はお互いが意識すれども焦ったい時間が過ぎていくフレーズが続く。
 恋愛初心者あるあるの日々を体験談を綴るかのようなメロディの後、なんの前触れもなく召喚の儀式。

 まだやるんだ、それ。
 そして現れるツァトゥグァ。
 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がったのにも関わらず、音楽は変わらず鳴り続けているのが不思議で仕方ない。

 サイクラノーシュ君が手をとって端に寄ったが、どう考えても舞台よりでかいでしょ、その方。

 でもいつの間にか舞台のサイズが変わってるんだよね。
 いつの間にか領域を展開していたみたいだ。
 神格が降り立っても壊れない頑丈な舞台は、スケールの違う相手でも容易に内包し、空間に収めた。

 ドッキリにしたって度肝を抜きすぎだろう。
 私の配信が緩く見えるくらいの砂嵐が出てるんじゃないの、コレ?

 私? 私はほら、実戦で見慣れてるから。
 だからって実物を目にするのは初めてだ。
 そのスケールの大きさもそうだが、圧倒的威圧感がライダーモードの非じゃない。

 ( ͡° ͜ʖ ͡°)氏しかり、アンブロシウス氏しかり。
 彼らが霞んで見えるレベルの存在感が舞台に収まりきれないプレッシャーを生んでいる。


[さて、そろそろ余も準備をするか]


 そこで御大が不穏なフレーズを吐いた。
 待って、今なんて?

 そしてなにごともなかったように音楽が続き、続く三番。
 恋人と急接近。
 惹かれ合う男女。
 告白はもちろん成功!
 手を繋ぎ、ドキドキの下校時間。

 だからってなんでその状態から流れるように儀式に入るのか全くわからない!

 スズキさんは「嬉しさのあまり」と私の言葉を代弁するかのように歌詞を読むが、一喜一憂するたびに神格を召喚するのはやめて!
 人間はそんな頻繁に神格呼ばないから。

 そして現れる御大。
 あの人、知ってて私に黙ってたな!

 スズキさんは熱唱しながら御大と手を繋いで、仲良くデュエットをしていた。

 うん、まぁ仲睦まじそうでよかったね。
 でもプロデューサーとしてはコレにOK出すわけにはいかないでしょ。

 

「没です。やり直しで」

「えー、せっかくサイちゃん達呼んだのに!」


 自分でも最高の出来だと思っているのか、いつになく食いついてくるスズキさん。私の見解に思うところがあるようだ。


「プレイヤー相手に売り出すならもう少し砂嵐少なめで。ぶっちゃけ最初の踊りと30秒くらいのフレーズまででしょ、視聴に耐えられるの。私は耐性があったからいいけどね、普通は試聴に耐えきれずに脳が焼き切れるよ? でもまぁ、仲の良さをアピールするのだったら幻影相手にはいいんじゃないかな?」

「じゃあコレはコレで収録してもOKですか?」

「決して一般人に見せないと誓えるならコピーしても良いよ。見せても魔導書関連の人達だけにしてね? 聖典側の人には冗談を間に受け取っちゃう人もいるからさ」

「はーい」

[あまり責めないでやってくれ。彼女も悪気はなかったんだ]


 いやいや、悪気しかないでしょこの人。
 しかしここで事実を語って仲違いするのは控えておきたい。
 せっかく仲良くなれたのだ。
 仕方ない、ここは私が折れようか。

 クトゥルフさんが温厚だからここまで好き勝手やれるのだろうなと、自分の家庭を鑑みて苦笑するしかない。
 私ももっとおおらかな気持ちで妻に接していたら、今頃こんなふうになっていた?

 いやいや、彼女に限ってそんな事はないだろう。
 夫である私を支えてくれた出来た彼女のことだ。
 スズキさんと同じだと考えるのは失礼だよね。


「ちなみに今度女性部の方でも一緒に活動する予定を立ててます」


 私の心でも読んだかのように、不安を煽るフレーズを差し込んでくる。


「やめて!」
 

 私の否定の言葉を受けてニコニコするスズキさん。
 どこまでが冗談でどこまでが本気か判別ができないのが困り者だ。
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