上 下
374 / 497
5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

330.お爺ちゃんとクトゥルフさん①

しおりを挟む
 約束。そんな風に捉えているクトゥルフさんに少し可笑しく思いながら私は一歩近づきこう答える。
 彼が何者であろうと、私のスタンスは変わらない。
 いや、変えてはいけないと思うから。


「約束ですか? そんなご大層なやり取りはしてなかったと思うけど?」

[そうであったか? では余の思い過ごしか]

「はい。だから誘いに来ました」

[余にはやる事がある。しかしそなたの誘いの内容を聞かぬ内には断ることも出来ぬか。して、そなたが余に望むものはなんだ? 此度の戦役の重要人物として聞いてやらぬこともない]

「きっとあなたが暇してる頃だと思いまして、また一緒に私と冒険に出てみないかとお誘いに来たんです。もちろん、今のあなたは重要な役職に就いている。本当はこうして誘いに来る事自体が間違ってる。周囲からはそういう目で見られることは分かっていました」

[では何故そうまでして余を誘う?]

「一目見てわかりました。今のあなたに足りないのは刺激だ。世を平定して、平穏を保った大英雄。その大英雄の魂は本来しなくていい事に忙殺されている。だから私の誘いは束の間の息抜きです。と、言うことで少しの間お借りしていきますけどいいですか?」


 クトゥルフさんにではなく、隣に居るサハギンモードのスズキさんことルリーエに聞く。
 本人は頑なにその場から離れる気がないのだろう。
 数億年なんて時間で縛りつけられた結果、その場所にいない事が不安で仕方がないのかもしれない。
 あの時かわした口約束がまさかここまで彼を縛り付けるとは思わなかった。

 それはきっと、私に似てしまったからだな。
 変なところで責任感を持ってしまって、頑なになる。
 本当に私そっくりになってしまっている。
 だからこそ、そんな価値観をぶち砕こうとこうして誘いに出た。

 かつて私が孫のマリンに誘われた様に、彼にはこうやって同じ目線で見て忠告を入れてやれる友が必要だ。
 しかし王になって世界に君臨してしまった彼にはそんな存在は居なかった。
 周囲には忠義に熱い臣下と眷属のみ。

 だから私が誘い、周囲がクトゥルフさんをどう思っているかを見せつけてやる必要があった。

 スズキさんことルリーエは、芸人の様なノリで「どうぞどうぞ」と品物を贈呈するが如く仮にも主人差し出してくる。
 彼女達にも手に余っていたらしい。
 言葉の端々から苦労が見えた。


[こら、ルリーエ。余を物の様に扱うとは!]

「僕達がもう聖域は大丈夫ですよって言ってるのに聞かないあなたが悪いんですよ。ここ数億年ですっかり心配性になっちゃって。僕達はもう平気です。だから遊びに行ってください」

[ぬぅ、そうか? 余がいなくてもここは平気か?]

「はい。長い間お疲れ様でした。数億年ぶりに羽でも伸ばしていったらどうですか?」

[そなたがそう言うのなら、ここは任せる]

「行ってらっしゃいませ、我が王」

[ああ、では行ってくる]


 肉体をその場所に置き、魂を私のアバターと紐付けする。
 彼はその場所にいながら魂だけ私と共にある存在となる。
 だからと言って眠りについたわけではない。
 緊急事態が起きればすぐに意識を飛ばして臨戦態勢を取れる様になっているらしい。
 だから私との付き合いは本当に息抜きなのだ。


[して、どこに行くか用向きはあるか?]


 堅苦しい口調のまま、冒険心を滾らせる今代の王は、せっつく様に私へと催促してくる。


「忘れちゃいましたか? 私のスタイルは足の向くまま気の向くまま、ですよ? 幸いにしてハプニングの方からやってくる体質でして」

[そうであったな。久方ぶりなので忘れておった]

「今はゆっくりとあなたが平定した世界を眺めていてください。私もね、どこがどんな風に変わったのか変化を楽しむつもりですから」


 変わらない。彼は口調こそ王様ではあるけど、気持ちは私と邂逅した時のままだ。好奇心の赴くままに行動し、そして気持ちがわかち合えたあの時のままだった。
 きっと根本的な本質が似ているんだなと思った。


 聖域であるルルイエは平日でもお祭り騒ぎの様に忙しなくしている。道ゆく人々にインタビューして回ると、楽しいからしているのであって、誰かに命令されてやってるわけではないとのことだった。
 どんな仕事についているかを尋ねて、そのままついていくことに。私は人間のスタイルのままだが、特に何もしてないのに当たり前の様に溶け込んで会話を弾ませた。

 ここにいる多くは人族に偏見を持っていないのが窺える。
 普通は深海と同じ水圧に人間が耐えられるわけがないのだが、それを耐えてる時点で普通じゃないと思われてるのかもしれない。
 何はともあれこうした一般人(魚?)の仕事風景を拝む事は私以外にもクトゥルフさんにもいい刺激を与えると思う。
 彼は眷属の上に立つ存在だから、こうして一般の目で見て回ることができぬ身だ。大体が目を合わせる前に平伏してしまうからね。下々のもの達がどの様にして自分達を支えてくれるか知らぬままここまで来ているのだ。その知識の共有は計り知れない事だろう。

 今回のは普通に突撃インタビューだったけど、人類にとっても得難い情報である事は間違いないようだ。
 ここでは地上人と呼ぶらしいけどね、そういった情報を発信していく場所を作る事を今後の目標にしようかな?



≪ありがとうございました。とても貴重な体験をさせて戴きました≫

≪いいって事よ。あんたも地上人なのにやるな≫

≪いえいえ、私程度の地上人にはゴロゴロ居ますよ?≫

≪そうかい? 地上も少し見ない内に変わったのかねぇ≫

≪そりゃ変わりますよ。ルルイエだってここ数年で随分と景観が変わったでしょう?≫

≪違いねぇ≫
 

 お礼を言いながらその方とは別れた。
 一期一会で特に名前も聞いていない。
 人となりが分かれば心を交わしあえるのが会話なのだ。
 どこの誰かと身分を明かしてはできない会話もある。
 特に私の場合はね。


[随分と楽しそうな語らいであったな。余も混ざりたかったぞ?]

≪やめて下さい。彼、萎縮してしまいますよ?≫

[ぬぅ、余にそのつもりがなくてもか?]

≪はい。今はまだ私の内側で我慢してて下さい。その時が来ましたらきちんと活躍の場を与えますから≫

[分かった。その時まで待つとしよう]


 この人はこうして周囲に迷惑をかけていたんだろうな。
 情景が目に浮かぶ様だ。

 ある程度の探索兼写真撮影を終えてルルイエを発つ。
 本来ならそこで待っててくれてる筈の魚型の列車は見る影もなく……

 あの人私を置き去りにして勝手に帰ったな?
 と内心で怒りが込み上げていた。
 仕方ないので海上まで上がり、そのまま風操作で空を駆ける。


[空を飛ぶのは、いつも慣れんな]

「ふふふ、私は体を動かすのと同じくらい慣れてしまいましたけどね?」

[余もいつか飛べる日が来るであろうか?]

「飛びたいのですか?」

[そうであるな。飛べたら、便利そうだ]

「ならば身近にプロフェッショナルが居るので教えを乞うてみたら如何ですか?」

[余の周りに?]

「ええ。ルリーエさんとかね。彼女は努力の人だ。いえ、人という括りで捉えるのは失礼でしたか。あなたの寝所を預かる精霊ですからね。彼女の努力は近くで見てきましたから。何でもはできませんが、空を飛んだり、重力を無かったことにすることなんかは得意ですよ?」

[それは知らなかった。今度聞いてみよう]


 精神は離れていてもすぐに戻せるので彼はいいことを聞いたとばかりに上機嫌になった。
 海上の上を飛んでいると分かるが、世界のほとんどは海で形成されていた。
 ポツポツと島があり、その中心地にアトランティス製の街が存在している。
 面白いことに街は何かを示す様な点で形成されており、線で結ぶと何かの仕掛けが作動しそうな気になってくる。
 もちろんただの思いつきだからやるとしたら家族に断りを入れてからにするけどね。


「さて、そろそろ街が見えてきた。いい加減降りよう」

[先程からいくつも街を素通りしておいてか?]

「そういうのは見て見ぬ振りするものですよ?」


 クトゥルフさんからダメ出しを受けつつ、私は街に降り立った。随分と技術後退をしたセカンドルナはアトランティス時代の技術が生きたまま、砦としての形態が見え隠れしていた。

 よもやマナの木の根本にこんな仕掛けがあっただなんて知る由もない。


「まさか街と木がセットだなんてなぁ」


 縦に細く伸びたセカンドルナに、スロット台のレバーの如く生えた木。その木がマナの大木だなんて呼ばれて居る。


[知らなかったのか?]

「以前はこうじゃ無かったですからね。そんな事より降りましょうか」


 ましたから指を差されて注目を浴びてしまって居るのは些か居心地が悪いから。クトゥルフさんにそう促して私は地上へと降り立った。
 周囲に人垣ができる。
 その中心地には何故かシェリルと探偵さん、どざえもんさんに、いつぞや世話した>>0001君ともう一人知らない人が一堂に会していた。


「やぁ、みんな。こんなところで集合して一体何のお話をしていたのかな?」


 身内だったこともあってフレンドリーに話しかけるも、娘からギロリと睨みつけられた。おお、怖い。


「父さんには関係ないわ。それよりも魔導書陣営はあっち行ってくれる? ここは聖典陣営の集会場だから」

「はいはい、邪魔して悪かったよ」


 ひらひらと手を振って、私達は囲われた輪の中からショートワープで抜け出した。
 一瞬で消え去った事実に人垣がより一層慌ただしくなる。
 大袈裟だねぇ、私のデータなんて周知の事実だろうに。


「どうやらここは私には居心地の悪い場所の様だ。他に行こう」

[良いのか? 血を分けた肉親であろう?]

「親子であっても会話が成り立たない時もあるんだよ。特にこうやって陣営分けしてるとね。さて、違う街にも行ってみようか。なんせこのゲームには12個の街があるんだからね」

[楽しみだ]


 そんな風に旅行を続けていた私たちの知らぬところで、事は大きく動いていた。

 シェリルを代表にした聖典連合が、過去にわたり歴史をただそうと動き出していたことなんてこの時の私には知る由もなかった。

 というか、後になって知ったというのが本音である。
 後日アーカイブ化されたシェリルの配信動画にて、過去世界改編を試みる会などが異例の登録者数を誇ったのだから気にならない方がおかしいのではあるが、私はそれを特に重くは受け止めなかった。

 せいぜい頑張りなさいと応援していると知ったら向こうは何を思うだろうか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重
SF
 真崎宵が高校に進学して3ヶ月が経過した頃、彼は自分がクラスメイトから避けられている事に気がついた。その原因に全く心当たりのなかった彼は幼馴染である夏間藍香に恥を忍んで相談する。 「週末に発売される"Continued in Legend"を買うのはどうかしら」  これは幼馴染からクラスメイトとの共通の話題を作るために新作ゲームを勧められたことで、再びゲームの世界へと戻ることになった元動画配信者の青年のお話。 「人間にはクリア不可能になってるって話じゃなかった?」 「彼、クリアしちゃったんですよね……」  あるいは彼に振り回される運営やプレイヤーのお話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

処理中です...