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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

329.お爺ちゃんと終わるチュートリアル

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 クトゥルフさんのやらかし以降、世界は大きく変わった。

 積み上げられた人類史は消え去り、入れ替わる様に魚人種が台頭して歴史が積み上げられていた。

 とは言え人類もそれ以外の種族も健在だ。
 ただ大きく繁栄することはなかったというだけである。

 世界は海中と海上で隔てられている。
 水位が上がった世界では、街と街の通路が水没しており、要所要所で船が必要になった。

 プレイヤー達はそこで選択を強いられる。
 現状維持か、水棲系種族の恩恵を受けるかの二択だ。

 元の種族の特性を残した新たな種族半獣魚。
 人類が繁栄せずに魚類が世界の頂点になった世界ではベースとなる種族が人から魚へと置き換えられた。

 プレイヤーは半分魚になる事で海中フィールドを想いのままに駆け抜け、全く新しい戦闘を楽しんでいた。

 このゲーム世界において歴史の改竄などあらかじめ予定されていたことの様に人々は順応していく。

 クレームはそれはもう出た。
 しかし誰かが新しい攻略法を発見すれば、それが瞬く間に広がってすぐに拡散されると次第にクレームは落ち着いていった。

 世界が変わろうと、プレイヤーの楽しみ方が変わるわけではないのだと改めて知らしめられる事になる。


 そしてもう一つ。
 水面下で進められていること。
 それが……


 〝どの神格が次の世界に君臨するか〟である。

 今回は先陣切ってクトゥルフが台頭した。
 けれどゲームそのものが変わったわけではない。
 スキルは元のままだし、新しい攻略要素が生まれていった。

 故にもし次があるのなら、誰がくるのだろうと下馬評を言い合うのが最近の掲示板でのムーブメントになりつつある。

 このゲームは人類史でさえ一介のプレイヤーが変えうることができるとんでもないシステムを持っている。

 初めからそれを想定していたかの様に突然のことなのにも関わらずエラーも吐き出さずに世界を維持ができているのがこの上ない証拠。

 人類が生き残って繁栄した世界で遊んできたプレイヤー達はその時、どうして自分たちに都合の良い世界なのかようやく合点がいった。

 だからこそのチュートリアル世界。
 プレイヤーに都合の良い世界は終わりを迎え、これから本番が始まるのだと予感させた。



 ◇


「お爺ちゃん! 今日の予定は?」

「んー? そうだなぁ」


 リアルでの朝食後。孫がティータイムの私の横に腰掛け、聞いてくる。予定と言う予定も特にない。
 そもそもあのやらかし以降あまりログインしてないと言うのもある。流石に今回はやりすぎた自覚があるのであまりプレイヤーの前に顔を出せずにいた。


「最近お爺ちゃんログインしてないから寂しいよ」


 袖を引く孫に困った様な笑みを見せる。
 情報交換は実際にゲームにログインせずともVR井戸端会議で行えたりする。これはほぼご近所さんがAWOプレイヤーだと判明したと言うのも大きい。
 そこで伝え聞く話の多くは私に対する愚痴だったりする。
 いや、まぁいつもそうなんだけどね。


「深海歴のAWOも面白いよ? 一緒に遊ぼ?」

「美咲(マリン)は、あの変わり果てた世界でも楽しいと思えるのかい?」


 思わず突っ込んだ。
 孫は私をすぐヨイショするが、ここは本音を聞きたい。


「最初は戸惑ったよ? そりゃ地上をメインに戦ってきたもん。だからフィールドの半分以上が海になった時はうまく動けなかった。でもね、それは今まで通り動けなかったってだけなの」

「それはそれでクレームの一つも出てくるだろう?」

「そうだけど、そうじゃなくて! 世界が変わったのにあたしがが今まで通りで通用すると思ってた事がおかしかったの! それに気がついて、ううんユーノから教えてもらってね。色々と考えたの。世界が変わった。お爺ちゃんが変えたこの世界を、どうやったら私は楽しめるんだろうって。そこまで考えたらあとは簡単だったよ。あたしが変われば良いんだって。また一から遊びなおせば良いんだって、そう思えたの」


 美咲は一人っ子特有の早口言葉で感情を一気に吐露する。
 そこには多くの葛藤があった。しかし私の変えた世界を一から楽しんでくれる彼女の様なプレイヤーがいる事を知り、いつまでも逃げ隠れていられないなと悟った。


「そうか。ならいい加減私も現実を受け止めないとな」

「受け止めるのは現実じゃなくてゲーム世界だよ、お爺ちゃん」

「もう首元まであの世界は私のリアルになりつつあるよ。お陰で、こうまで心に傷を作った。酷いやらかしをしてしまったと後悔しているよ。そんな私の戻る場所があるのだろうかと考えるばかりだ」

「やっぱり心配?」

「いいや、そんな私は〝らしく〟ない。だろう?」

「ううん、お爺ちゃんが繊細な人だって言うのはあたしは分かってるよ」

「そうね、お父さんはあれこれ勝手に引き受けて、その後落ち込むまでがセットだもの」

「由香里(パープル)。君まで私をそう思っていたのかい?」


 家事を終えた娘がテーブルを挟んで私の前に座った。
 ニコニコとしつつも、私にAWOに帰ってきて欲しいとその目が雄弁に物語っている。


「ええ、別に私達はそこまでお父さんを責めてないわ。むしろ感謝してるくらいよ。今まで見てきたのがAWOの本の一面だったと知れて、今では新しい素材もザクザクで秋人(オクト)さんも楽しそうだし」

「あ、お義父さん。まだこんなところにいたんですか? 早くAWOにいきましょうよ。義姉さんが重大発表があるとかなんとか言ってましたよ?」


 自室から秋人君が出てきて、私の顔を見るなりそういった。
 長女の亜紀(シェリル)が何かをしでかすらしい。
 彼女もまたベルト持ち。私の後に続いて歴史を変えようと言うのだろうか?


「あの子も何かと私にライバル心を剥き出しにしてるしね。別に私なんて放っておいてくれていいのに」

「無理じゃないかしら?」

「無理でしょう」

「それは無理だよ、お爺ちゃん」


 娘夫婦と孫から一斉に否定の言葉を頂いた。
 みんなして私をそう思っているんだな。
 酷いんだ。
 内心でぼやきつつ、苦笑する。
 もしここがゲーム内だったらクトゥルフさんが同意してくれてたことだろう。彼とはあれから会ってない。
 元気にしているだろうか?

 そう思うと俄然ログインして確かめたくなる。
 しかしこのまま認めるのは癪だ。
 少しの抵抗を試みる。


「はいはい、悪いのは私ですよ。さっさとログインすればいいんでしょう、ログインすれば」


 罪を認めて三人掛けのソファから立ち上がる。
 私はこんな自分勝手なくたばり損ないを待ち望む娘夫婦一同に見送られ、ゲーム世界へとログインした。

 実に一週間ぶりのログインである。



 ◇



「お、来たね。遅かったじゃない」


 私の顔を見るなり皮肉な声を掛けるのは古い友人で親友の秋風疾風、もとい探偵さんだ。


「ようやくしでかした罪を認める気になりましたか?」


 それを追従する様に憎らしげな言葉を吐き出すのはAWOでは長い付き合いになるサブマスター兼番犬のジキンさん。
 今日もチャームポイントの垂れた犬耳が感情によって揺らめいている。本当、わかりやすいんだから。


「ハヤテさーん、夫が帰りを待ち望んでましたよ。ささ、こっちです」


 続いて声をかけてきたのが過去に置き去りにしたはずのスズキさん。
 いや、本体はこっちに残したけどね。
 どうしてここに居るのか?
 彼らにとっては短い時間を文字通り過ごしてきたのだろう。

 しかしこうも隠し事なく夫と人前で呼べるのは何故だろう?
 いや、クラメンの前では彼女は夫としか言ってなかったか。

 彼女がルルイエである事と、夫がクトゥルフである関係性を知っているのは私だけ。
 妙にニヤニヤしている探偵さんは思わせぶりに微笑んでいる。


「僕の機関車で送って行こうか? 御大のいる場所まではここから距離があるからね」

「そんなもの使わなくても街と街を結ぶワープポイントがあるでしょうに」

「使えないよ」

「え?」

「その技術はこの世界では発展してないんですよ。クレームの多くはそこでしたね。今では落ち着きましたが」


 ジキンさんが懐かしむ様に世界変更後のゴタゴタを嫌味たっぷりに教えてくれた。


「だから僕の乗り物が各街に流通してるのさ」

「いつの間にそんな事に」

「君がログインしてない間だから、かれこれ半年になるね。あ、現実では一週間だよ?」


 そう言えば現実時間とゲーム内時間は違うんだったか。
 なまじログイン権が一日三回だから見逃していたが、リアル一日でゲーム世界は六日進む。

 だったら数億年なんてあっという間か。
 合点がいき納得する。


「それじゃあお世話になろうかな」

「賃料はクランにつけとくね」

「お金取るの?」

「もちろん、これはビジネスだからね」

「それ、どっちみち私が払ってもクランに戻ってくるお金でしょう? タダにしてくれませんか?」

「いいや、僕のポケットに入るお金だね。街の区間内運転はクランとは一切関係のない事業だから」

「それでもクランで宣伝したから知名度が上がったんでしょう?」

「じゃあ今回はそういう事にしておくか」


 肩を竦め、やれやれと呆れる探偵さん。

 しかし乗り込んだのは機関車ではなく魚の形をした新幹線の様なフォルムの列車(もちろん車輪はない)である。


「これ、擬態してるの?」

「一応ね。目的地は聖域だから。ちなみに僕は降りないよ。あそこから先は魚人しか通行できないから」

「じゃあ私も降りれないじゃないですか!」

「何言ってんのさ、君は既に魚人達の王と知古の仲でしょ? 深きものの称号まで取っておいて今更人間アピール? 少しも笑えないな」

「そうだったっけ?」

「ボケるのにはまだ早いと思うけど? あとは専門家に任せよう」

「任されました」


 ボケをかましてる内に私の身柄は探偵さんからスズキさんへと任されて、そして私達は聖域を通ってクトゥルフさんのところへと通された。

 その景色はあの時の景色と同一で、苔むしてない、手入れの行き届いた遺跡が海面に浮上している。


「ルルイエ、沈んでないんだ」

「ハヤテさんのおかげです。僕が僕のままでこの時代まで過ごすことができたのも、ハヤテさんと濃密な冒険があったからですよ」

「そうなんだ」

「はい。こっちです」


 大きな扉を潜り、目の前に現れたのは……


[久しいな、友よ。約束を果たしにきてくれたのか?]


 アトランティス言語で語るクトゥルフさんだった。
 当時の荒々しい気配は微塵もなく、今は落ち着いて向き合えている。しかしあの時の温厚な彼の口調とも違う。
 いったい今の彼はどちらなのか?
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