上 下
370 / 497
5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

327.お爺ちゃんののんびり時間旅行③

しおりを挟む
 
 連れて行かれた先は、普通に牢屋だった。
 そこには一切空気がなく水だけ。
 地上に浮かんでいるにもかかわらず、薄い水の膜で覆われた世界なのだ。マーマン達に優しい世界。
 此処がかつてクトゥルフさんが存在していた世界か。


[そうだ。懐かしいな]


 内側から声が響く。
 すっかり慣れ親しんだ声だ。
 最初はその存在に臆していたけど、内面を知れば彼は至って普通の大黒柱。
 種族が違うだけであんなにも人間に忌み嫌われてるのだ。
 まぁサイズとか価値観とかだいぶ違うもんね。
 

[それを許容してくれたのは、後にも先にも君だけであるな。皆がそうであれば良いのだが]


 彼ら的にはフレンドリーに接したかったのだろうが見た目がね? 
 陸で生きるものと海中で生きるものは生態系からして違うから。


[嘆かわしい事にな]


 あ、そうそう。クトゥルフさんが表に出て説明してもらうのはどうだろうか?
 そうすれば私達はこの牢獄から無事に解放されるのでは?


[それは難しいだろうな。なにせ私の存在を強く感じる。眠る前の私は些か横暴でね。頭の痛い話ではあるが]


 そう語る彼の口調はどこか投げやりだ。
 怪しい奴は取り敢えず牢屋行き、の時点でそのスタイルは察せる。

 それに隠しておきたい黒歴史の一つや二つあるのかも知れない。
 まぁ、私も? 誰かを貶せる程いい父親ではなかったんだけど。


『ようやく繋がりました!』


 おっと、この世界の協力者からの通達だ。
 何故か違う場所に取り込まれてしまったルリーエは、何処に存在してるかも全く分からぬ状態である。


[ルリーエ。この世界は何万年ほど前か察せたか?]

『え、あなた!?』

『おっと。感動の再会は後にしてもらおうか。この世界でなら彼は目覚めた状態で私と共にある。それを理解してくれればそれでいいよ』

『はい……そうですね。本当はもっと募る話もあるのですが……でもそれ以上にやっぱりハヤテさんは凄いなって、改めて感動しています』


 そうなのかな?


[確かにな。人の身でありながら私が存在してもそれに押し潰されずに存在し得るのは奇跡だ。ルリーエが気にいっただけはあるな]


 大袈裟だよ。
 私はただの父親だ。そして君も同じでしょ?
 種族の違いこそあれ、立場は似た様なものだ。
 だからこそ共感できるものがあった。

 不器用だけどまっすぐな彼女を見てればわかるよ。
 きっと大勢の人から慕われてたんだなぁって。
 私も広い人脈を持っているし似た様なものでしょ。


[確かに、そう解釈すればそうなのかもな。人はまず私の見た目を受け入れてくれぬが]


 ははは。そこは少しづつ目を慣らしてもらうしかないよ。
 最初彼女の仮ボディを見た時、私ですら三度見しましたからね。


[だ、そうだ]

『お恥ずかしい限りです』


 そんなクトゥルフ夫妻とな楽しい団欒。
 普通なら牢屋に閉じ込められたら悲壮感漂うものだが、私はそうではなかった。

 変身状態の私はミニクトゥルフさんの様なもの。
 ずんぐりむっくりとした胴体にいくつもの触腕を生やした怪人。落し子の派生。
 化身的な存在。

 彼らにしてみれば久しぶりの故郷の空気だ。
 代わりに私はそれを体いっぱいで受け止めてやる。


≪それにしても、此処の空気は不思議と海中と同じだね。地上なのにどんな原理なんだろう?≫


 牢屋はもっと巨大なものでも入れておくのだろう巨大な空間。
 本来なら出入り口は真上なんだろうなと思わせる穴が空いており、その上から見たこともない金属がかぶせられている。

 私はマーマン専用の入り口から押し入れられたが、不意にその謎の金属がにゅうん、と開いた。
 粘土を無理やりこじ開けた様な、そんな様子を見せる天井。
 そこから巨大な海獣が現れる。
 ヤツメウナギの様な長い胴体。そしてその先端には大きく開かれた口と、飲み込まれたらただじゃ済まない様な幾重にも並んだ歯が見える。


≪食事の時間らしい≫

[食されるのはあちらか、こちらか。と言う気もするがな]

『何事ですか?』

≪大した事じゃないよ。此処の流儀に則って行動するだけさ。クトゥルフさん、行けるかい?≫

[いつでも]


 では遠慮なく。
 私たちの心が一つになり、此処は召喚する必要もなくルルイエそのもの。だったらやれる事はひとつだ。


≪〝掌握領域・ルルイエ〟≫


 触腕を振るい、眼前にまで突っ込んで来た彼をショートワープで回避。地面に追突したヤツメウナギへと渾身の右ストレートを加える。本来なら海中デバフを与えるが、相手が海中生物であるなら意味がない。なので本来なら自分の武器であるその強靭な歯を、右ストレートの先へと顕現させ、大穴を穿った。


 掌握領域。
 それは……ルルイエの加護下にある存在全てを手中に顕現させる能力だ。
 対シェリル戦で痛感した事だが、顕現させるだけで自分のものになるかは別問題。
 そう思っていた時期が私にもあった。
 けど本当は全く別の用途がある様だ。


[その通りだ。これの本来の使い道は不器用な私たち家族の得意分野を王である私が代わりに無理やりに引き出す技法。家族相手に振るうなど笑止千万ではあるが……]

≪まぁやっちゃったものは仕方ありません。せっかく出された食事ですし、美味しくいただきましょう≫

[本当に君という奴は……いや、今はそのポジティブさを見倣うべきか]


 頭の中に呆れたような声が響き渡る。
 彼は案外物事を深く考え過ぎる御仁の様だ。
 ジキンさんタイプかな?

 頭を失ったヤツメウナギから拳を引き抜き、血に塗れた海水を水操作で分散させる。
 血も滴る肉、と解釈すれば美味しいのかもしれない。
 
 本当なら蒲焼きにして食べたいところだけど、生のままいただく事にする。そういえば、食しても正気度削られないな?

 単純に敵として向かってきた相手はカウントされないのだろうか? それともクトゥルフさんが目覚めてるから?
 理由はわからないが、減らないならそれでいいか。


[どうやら釈放の時間みたいだ]


 足音……はしないので、気配を察してくれたのだろう。
 クトゥルフさんの読み通り、牢屋の入り口から数人のマーマンがやってきて血に塗れた海水を掃除し始める。

 しかし一向に私を気にかける様子はない。
 だから私から声をかける事にした。


≪美味しい食事をありがとうね。あんなに活きのいい食事は久方ぶりだ≫

≪貴様!? 生きていたのか!!≫


 マーマン達が一斉に私に向き直り、武器を構え始めた。
 そんな彼らの足元に、重力操作。
 海とほぼ変わらないこの空間での重力は私でも厳しいが、重さを同じにすれば問題はない。

 出会った時は会話をするつもりだったが、向こうがその気なら私も対応を変える他あるまい。


≪平伏せ、マーマン達よ。我が主人の意思を伝えよう≫


 此処でクトゥルフさんのご登場だ。
 精神を入れ替えるのは本当はあまりお勧めするべき行為ではないが、此処は水戸のご老公ポジションの彼に任せた方が話は早い。


[聞こえるか、子供達]


 私の意識は内側に引っ込み、クトゥルフさんの気配が大きくなる。


≪貴方様は!?≫

[首を垂れずとも良い。楽にして聞け]

≪ハハーー≫


 やはり私の狙い通り。
 彼が表に出てから話がとんとん拍子に進んだ。





 そしてこの時代のクトゥルフさんとのご対面。
 彼はそこにただ鎮座していただけであるが、その威圧感は見るものを恐怖させる。圧倒的支配者のそれだった。

 本来なら此処で正気度を喪失させる様なものだが、今の私は表に出ていないのでセーフだ。


[久しいな、兄弟]

[誰だ貴様は]

[私か? 私は未来のお前だよ。助言を授けにきた。今の私の力では時渡りに耐えられる精神はなくてね。替えの依代を使わせてもらってる]

[未来の我だと!? 嘘を吐くならもう少しまともな嘘を言ったらどうだ]


 確かにこの時代のクトゥルフさんは些か強情の様だ。
 そう思えば今のクトゥルフさんは随分と丸くなったものだ。
 やはりずっと眠ってた負い目もあるのだろう。

 全盛期の頃に比べて絶滅の危機に瀕してる眷属達。
 そのやるせなさは仕事を終えて家に帰ってきた私に冷たく当たる家族とどこか酷似している。

 私の考えが家族に伝わっていなかった。
 労わろう。そう思ったのか今のクトゥルフさんは本当に私と良く似ている精神構造をしていた。

 いや、似ているんじゃなく、似たんだろうな。
 いつから私と共にあったのかはわからないが、スズキさんが近寄ってきた時には既に意識が芽生え始めていたのだろう。

 私を通じて変化を遂げたクトゥルフさんは、過去の自分になんて言って聞かせてやるんだろうか?
 内側でひっそりと息をひそめながら私は彼の動向を見守る事にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重
SF
 真崎宵が高校に進学して3ヶ月が経過した頃、彼は自分がクラスメイトから避けられている事に気がついた。その原因に全く心当たりのなかった彼は幼馴染である夏間藍香に恥を忍んで相談する。 「週末に発売される"Continued in Legend"を買うのはどうかしら」  これは幼馴染からクラスメイトとの共通の話題を作るために新作ゲームを勧められたことで、再びゲームの世界へと戻ることになった元動画配信者の青年のお話。 「人間にはクリア不可能になってるって話じゃなかった?」 「彼、クリアしちゃったんですよね……」  あるいは彼に振り回される運営やプレイヤーのお話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

処理中です...