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4章 お爺ちゃんと生配信
229.おいでよ!アキカゼランド③
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終わってみればツッコミどころ満載のヒーローショーだった。
けれど最終的にはみんなが一丸となってヒーローを応援し、あれこれ長所や短所を検討しあえる良いヒーローショーだったのかもしれない。
それだけ記憶に残ったのだ。
この手の演劇で一番の失敗は記憶に残らぬことだろう。
そう言う意味では成功だ。
陣営の特徴をうまく使い、ムーリアン帝国というわかりやすい悪役。
一眼見ただけで子供にもムーは巨大化ができるのだと意識づけられた。
流石に変形機構には色々言いたいところがあるけど、ただ本家もボディを雑にくっつけて手足を生やすようなロボットも多いのだ。
突っ込んだ時点で我々の負けだろう。
完全にしてやられた形である。
それに口上や変身ポーズも様になっていた。
評価は辛口でつけても★5評価中、★4。
あとは回数を重ねてドラマ性を出していければ満点をあげるつもりだ。
しかし掴みはバッチリ。
目の肥えた視聴者の心をバッチリ掴んでいる。
無垢な子供より、親が厳しい目を向けているのが良い証拠。
ただでさえステルス技術を駆使した戦闘機。
技術面もさることながら、あんな複雑な変形を個人的に設計できる自由度はアトランティス陣営に強い興味を惹かせることだろう。
どの陣営に入ったか聞いて回るアンケートも、ぶっちぎりでアトランティス。
少し離れてムーが2位。
やはりアクロバティックな手下の動きが目に映ったのだろう.
ただでさえプレイヤーは戦闘特化が多い。
自分を改造して未知の強さを発揮するのも良いが、今まで伸ばしたスキル派生通り混ぜて自由に動き回れるムーも魅力的だったようだ。
しかしレムリアも人気がないわけではない。
これはシェリルの発表している動画のおかげだな。
今まではどこか機械じみたパフォーマンスを売りにしていたが、今では笑いが取れている。
視聴者が真似してみようと思える動きを意識しているのだ。
しかしやってみると意外に難しく、彼女たちの計画の緻密さが浮き彫りになる。
ただただ高過ぎた技術が、ただ羨ましいから純粋にすごいと思えるパフォーマンスに昇華されているのだ。
プレイヤーの半分以上は第二世代と言われるプレイヤー達。
興味が惹かれないと言えば嘘になる。
「おや、誰かと思えばマスターじゃないですか。お散歩ですか? 良いご身分ですね」
「そりゃマスターだからね。偉いよ」
「ははは。あなたはそのままでいてください。変に偉ぶらないのが好感を持てる。これは経験談ですが、小さくとも会社を持てばトップとしての自責の念が生まれる。しかしあなたにはそれがない」
広場で餅を焼きながら淡々と語るジキンさん。
哀愁の籠った背中が餅を焼く姿と妙にマッチしてなんだかおかしい。
「おじさん、お餅二つ追加で!」
「はいはい。器を出してね」
ジキンさんの声に素直に従う子供のプレイヤー達。
彼の言い分ではすでに天空名物は枯渇し、予備で持ってきた餅を焼き始めたところ、初めてみる食べ物に興奮した第三世代が食いついたようだ。
VR内だから喉に詰まる心配はないが、かつてそれらが猛威を奮って現実で販売停止になった側面を見せる。
しかし有志が集ってこれを再形成。
ランダさんやうちの妻達が集まるAWO女性部では高齢の特産品となっていた。
お椀には程よいサイズの切り餅が二つ添えられ、そこへ寸胴からよそわれたおしるこスープを添えて手渡す。
「熱いから気をつけるんだよ」
「はーい」
すっかり持ち焼きおじさんで定着しているジキンさんは、子供達から親しまれていた。
「じぃじ! 友達連れてきた! 俺たちの分もよろしく!」
そこへ現れるケンタ君。
今や灼熱のマグマの海を泳げる(泳げるとは言ってない)英雄扱いでジキンさんをキラキラとした瞳で見上げている。
「お爺ちゃん、ここにいたんだ」
友達って誰かと思ったらマリンやユーノ君じゃないか。
ルリやシグレ君も寄ってたかって集まってジキンさんにお餅をせがんでいる。
「やあマリン。イベント楽しんでるかい?」
「うん!」
元気一杯の声を聞いて私は満足したように頷いた。
そこで足元にいるボール型にエネミーに気がついた。
「マリンもテイマーを選択したんだね」
「うん! お爺ちゃんみたいに強い個体はまだまだだけど……私なりの戦い方を探してる!」
「うん、そうしなさい。誰かがそうだからとマリンがそのやり方に縛られる必要はないんだ。自分のやり方を他人に真似されるくらいになってようやく一人前だからね」
「じゃあシェリルおばちゃんは?」
孫が不安そうに訪ねてくる。
彼女の髪をくしゃりと撫でて、今彼女も成長中なんだ。
一緒に見守っててあげて欲しいと促した。
プレイヤーにとっては一時期頂点に至ったクランではある。
しかし自分を見失い、他人に強制させられていたクラン理念。
それは彼女の本来のスタイルではないんだ。
「最近の動画はあの子らしさが滲み出ている。彼女はロボットじゃなく血の通う人間だ。今まではそう言う自分を演じていたに過ぎない。彼女はもっとおおらかな性格をしているよ。マリンのお母さんのお姉さんだからね」
「うん。お母さんのお姉さんにしては少し硬いかなって思ってたけど、あれは本当の姿じゃないんだ?」
「違うよ。それとルリのお母さんもあそこまで片意地張ってない。もっと自由な発想をしているよ。なまじ優秀だからこそ、周囲にそれを強要してしまう。悪気はないんだけどね、素直になれない性格なんだ。彼女にももっと自由に遊びなよと伝えてある。今度家族を連れて私に会いにくると言っていたよ」
「そっか」
一息ついて、マリンの視線はルリに向けられる。
メンバーの中では一番のお姉さんだけど、厳しい環境で育ったせいで感情を閉ざしてしまっていた。
そんな彼女がシグレ君やケンタ君に混じって年相応の笑顔を見せていた。
年上のお姉ちゃんだからではない。
完全に心を許した相手の前で見せる姿だ。
そんな彼らの側ですっかり風景に溶け込んでるジキンさん。
あんなアクの強い人がこの有様だもん。
孫達を押しのけて我が物顔をしないところは好感が持てる。
これが探偵さんだと僕が僕がと我を押し通すだろうし。
「すっかり様になってるじゃないですか。いっそそっちの仕事をやってみたらどうですか?」
「嫌味で言ってるんです?」
「本心だよ。貴方言ってたじゃない、さっさと息子に跡を継がせてしまいたいと。でもそれができていないのは貴方が今でも精力的だからですよ」
「…………」
思うところがあるようだ。
彼は普段裏方に徹しているが、やはり長い間前に出てきたのもあって、ここぞと言うところで仕切り屋だった。
自分たちの力を見せてやるんだと言うときに、前に出てこられては子供はいつまで経っても成長しないよ。
信じて見守るのも親の務めだ。
「そうですね。意外と楽しいです、こんな作業も」
「でも今までと比べて単調すぎる。そう思っていますね?」
「どうでしょうか?」
苦笑しながらトングで網に張り付いた餅を取り外し、ひっくり返した。
彼の目の前ではおしるこに一喜一憂を浮かべる子供達の笑顔がある。
孫達の手前でカッコつけたいと言うのもあるでしょうが、それは離れて暮らす孫達に忘れられたくないと言う気持ちの現れだ。
「もう自分でも分かってるんでしょう? 当時より孫に対する焦りはないと。あの頃に比べて今の貴方には余裕がある。頃合いですよ。本気でゲームに取り組む頃合いだ」
「もう十分取り組んでいますけどね」
「いつまでも私の引き立て役でいいんですか? 私を風除けにして楽をしていていいんです? そうではないでしょう、ジキンという男は。誰に言い訳をしているんです? 貴方を縛るものはもう何もない。スズキさんくらいに、とは言いませんが、もっと自分を出していきましょうよ、サブマスター」
「!」
餅を焼く手がピタリと止まる。
すぐに元の動作に戻り、私を見返した。
「貴方には敵わないな。本当に、僕の何が見えているんです?」
「最初に言ったでしょう? 貴方、私とそっくりなんですよ。生き方が。疎遠になった妻、折り合いのつかない子供達。自分がこのまま老いていき、誰かの記憶から抜け落ちていく。それが怖くてたまらないんだ。だから息子の前では己を強く出す。違いますか?」
「当たりです。私は一代で会社を築きました。時間が経つのは早く、子供の成長はあっという間だ。僕はまだまだトップを張り続けるつもりでいるのに、世間は世代交代を考えろと急かしてくる。もういいだろう、充分だろうと僕を否定してくる。それが我慢ならない」
見ればジキンさんはワナワナと震えていた。
彼が己を殺していたのは奥さんのためでも子供のためでもない。世間がそうさせたのだ。ジキンという男を、寺井欣治という男を小さい枠に嵌めようとして歪ませてしまった。
そんな彼の前に右手を差し出す。
「そろそろわがままを言っても許されるんじゃない? 本当はとっくに周囲は許していてくれていのかもしれないよ」
「ええ、僕が疑心暗鬼に陥って勝手に足踏みをしているだけです」
「共に行きましょう。今更顔も割れてしまいましたが、それはそれ。遊び方は自由です。別に戦闘ができなくったっていいじゃないですか。自分なりの遊び方をしませんか? 入院中のスズキさんにいっぱい自慢してやりましょうよ。貴方が入院してる間にこんな面白いことをしてましたよと煽ってやりましょう。私達ならそれができる」
「そうやってすぐ共犯にしようとする。油断も隙もない人だ」
批判の声を発しながらも、私の右手はしっかりと握り返されていた。先程までの風景に溶け込んでいた同一人物とは思えないほどの熱い瞳を滾らせて、私をまっすぐと見返してくる。
「僕を焚き付けたのは貴方だ。責任は取っていただきますよ?」
「嫌です」
「本当に勝手な人ですね」
「ええ、勝手なやり方でいかせてもらいますよ。今までも、これからもね?」
「期待してますよ、ハヤテさん」
「その呼ばれ方、随分と久しぶりですね。出会った当時の気持ちが蘇ります」
「ええ、でしょうね。今日から裏方仕事は卒業します。なのでクランでの呼び名は辞めました。僕を世に解き放った責任はきっちり取っていただきますからね?」
「怖いなぁ」
もしかしたら一番解き放っちゃいけない人の鎖を解き放ってしまったのかもしれない。
でもそれはそれで楽しみでもあった。
世の年寄りはまだまだ元気だと周囲に見せつけてやりましょう。
まずはそうだね、討伐イベントに本気で取り組んでみようか。
今の彼ならそれも可能だ。
私の前にはすぐに「無理」だと決めつけて保身に走るジキンさんの姿はもうどこにもなかった。
けれど最終的にはみんなが一丸となってヒーローを応援し、あれこれ長所や短所を検討しあえる良いヒーローショーだったのかもしれない。
それだけ記憶に残ったのだ。
この手の演劇で一番の失敗は記憶に残らぬことだろう。
そう言う意味では成功だ。
陣営の特徴をうまく使い、ムーリアン帝国というわかりやすい悪役。
一眼見ただけで子供にもムーは巨大化ができるのだと意識づけられた。
流石に変形機構には色々言いたいところがあるけど、ただ本家もボディを雑にくっつけて手足を生やすようなロボットも多いのだ。
突っ込んだ時点で我々の負けだろう。
完全にしてやられた形である。
それに口上や変身ポーズも様になっていた。
評価は辛口でつけても★5評価中、★4。
あとは回数を重ねてドラマ性を出していければ満点をあげるつもりだ。
しかし掴みはバッチリ。
目の肥えた視聴者の心をバッチリ掴んでいる。
無垢な子供より、親が厳しい目を向けているのが良い証拠。
ただでさえステルス技術を駆使した戦闘機。
技術面もさることながら、あんな複雑な変形を個人的に設計できる自由度はアトランティス陣営に強い興味を惹かせることだろう。
どの陣営に入ったか聞いて回るアンケートも、ぶっちぎりでアトランティス。
少し離れてムーが2位。
やはりアクロバティックな手下の動きが目に映ったのだろう.
ただでさえプレイヤーは戦闘特化が多い。
自分を改造して未知の強さを発揮するのも良いが、今まで伸ばしたスキル派生通り混ぜて自由に動き回れるムーも魅力的だったようだ。
しかしレムリアも人気がないわけではない。
これはシェリルの発表している動画のおかげだな。
今まではどこか機械じみたパフォーマンスを売りにしていたが、今では笑いが取れている。
視聴者が真似してみようと思える動きを意識しているのだ。
しかしやってみると意外に難しく、彼女たちの計画の緻密さが浮き彫りになる。
ただただ高過ぎた技術が、ただ羨ましいから純粋にすごいと思えるパフォーマンスに昇華されているのだ。
プレイヤーの半分以上は第二世代と言われるプレイヤー達。
興味が惹かれないと言えば嘘になる。
「おや、誰かと思えばマスターじゃないですか。お散歩ですか? 良いご身分ですね」
「そりゃマスターだからね。偉いよ」
「ははは。あなたはそのままでいてください。変に偉ぶらないのが好感を持てる。これは経験談ですが、小さくとも会社を持てばトップとしての自責の念が生まれる。しかしあなたにはそれがない」
広場で餅を焼きながら淡々と語るジキンさん。
哀愁の籠った背中が餅を焼く姿と妙にマッチしてなんだかおかしい。
「おじさん、お餅二つ追加で!」
「はいはい。器を出してね」
ジキンさんの声に素直に従う子供のプレイヤー達。
彼の言い分ではすでに天空名物は枯渇し、予備で持ってきた餅を焼き始めたところ、初めてみる食べ物に興奮した第三世代が食いついたようだ。
VR内だから喉に詰まる心配はないが、かつてそれらが猛威を奮って現実で販売停止になった側面を見せる。
しかし有志が集ってこれを再形成。
ランダさんやうちの妻達が集まるAWO女性部では高齢の特産品となっていた。
お椀には程よいサイズの切り餅が二つ添えられ、そこへ寸胴からよそわれたおしるこスープを添えて手渡す。
「熱いから気をつけるんだよ」
「はーい」
すっかり持ち焼きおじさんで定着しているジキンさんは、子供達から親しまれていた。
「じぃじ! 友達連れてきた! 俺たちの分もよろしく!」
そこへ現れるケンタ君。
今や灼熱のマグマの海を泳げる(泳げるとは言ってない)英雄扱いでジキンさんをキラキラとした瞳で見上げている。
「お爺ちゃん、ここにいたんだ」
友達って誰かと思ったらマリンやユーノ君じゃないか。
ルリやシグレ君も寄ってたかって集まってジキンさんにお餅をせがんでいる。
「やあマリン。イベント楽しんでるかい?」
「うん!」
元気一杯の声を聞いて私は満足したように頷いた。
そこで足元にいるボール型にエネミーに気がついた。
「マリンもテイマーを選択したんだね」
「うん! お爺ちゃんみたいに強い個体はまだまだだけど……私なりの戦い方を探してる!」
「うん、そうしなさい。誰かがそうだからとマリンがそのやり方に縛られる必要はないんだ。自分のやり方を他人に真似されるくらいになってようやく一人前だからね」
「じゃあシェリルおばちゃんは?」
孫が不安そうに訪ねてくる。
彼女の髪をくしゃりと撫でて、今彼女も成長中なんだ。
一緒に見守っててあげて欲しいと促した。
プレイヤーにとっては一時期頂点に至ったクランではある。
しかし自分を見失い、他人に強制させられていたクラン理念。
それは彼女の本来のスタイルではないんだ。
「最近の動画はあの子らしさが滲み出ている。彼女はロボットじゃなく血の通う人間だ。今まではそう言う自分を演じていたに過ぎない。彼女はもっとおおらかな性格をしているよ。マリンのお母さんのお姉さんだからね」
「うん。お母さんのお姉さんにしては少し硬いかなって思ってたけど、あれは本当の姿じゃないんだ?」
「違うよ。それとルリのお母さんもあそこまで片意地張ってない。もっと自由な発想をしているよ。なまじ優秀だからこそ、周囲にそれを強要してしまう。悪気はないんだけどね、素直になれない性格なんだ。彼女にももっと自由に遊びなよと伝えてある。今度家族を連れて私に会いにくると言っていたよ」
「そっか」
一息ついて、マリンの視線はルリに向けられる。
メンバーの中では一番のお姉さんだけど、厳しい環境で育ったせいで感情を閉ざしてしまっていた。
そんな彼女がシグレ君やケンタ君に混じって年相応の笑顔を見せていた。
年上のお姉ちゃんだからではない。
完全に心を許した相手の前で見せる姿だ。
そんな彼らの側ですっかり風景に溶け込んでるジキンさん。
あんなアクの強い人がこの有様だもん。
孫達を押しのけて我が物顔をしないところは好感が持てる。
これが探偵さんだと僕が僕がと我を押し通すだろうし。
「すっかり様になってるじゃないですか。いっそそっちの仕事をやってみたらどうですか?」
「嫌味で言ってるんです?」
「本心だよ。貴方言ってたじゃない、さっさと息子に跡を継がせてしまいたいと。でもそれができていないのは貴方が今でも精力的だからですよ」
「…………」
思うところがあるようだ。
彼は普段裏方に徹しているが、やはり長い間前に出てきたのもあって、ここぞと言うところで仕切り屋だった。
自分たちの力を見せてやるんだと言うときに、前に出てこられては子供はいつまで経っても成長しないよ。
信じて見守るのも親の務めだ。
「そうですね。意外と楽しいです、こんな作業も」
「でも今までと比べて単調すぎる。そう思っていますね?」
「どうでしょうか?」
苦笑しながらトングで網に張り付いた餅を取り外し、ひっくり返した。
彼の目の前ではおしるこに一喜一憂を浮かべる子供達の笑顔がある。
孫達の手前でカッコつけたいと言うのもあるでしょうが、それは離れて暮らす孫達に忘れられたくないと言う気持ちの現れだ。
「もう自分でも分かってるんでしょう? 当時より孫に対する焦りはないと。あの頃に比べて今の貴方には余裕がある。頃合いですよ。本気でゲームに取り組む頃合いだ」
「もう十分取り組んでいますけどね」
「いつまでも私の引き立て役でいいんですか? 私を風除けにして楽をしていていいんです? そうではないでしょう、ジキンという男は。誰に言い訳をしているんです? 貴方を縛るものはもう何もない。スズキさんくらいに、とは言いませんが、もっと自分を出していきましょうよ、サブマスター」
「!」
餅を焼く手がピタリと止まる。
すぐに元の動作に戻り、私を見返した。
「貴方には敵わないな。本当に、僕の何が見えているんです?」
「最初に言ったでしょう? 貴方、私とそっくりなんですよ。生き方が。疎遠になった妻、折り合いのつかない子供達。自分がこのまま老いていき、誰かの記憶から抜け落ちていく。それが怖くてたまらないんだ。だから息子の前では己を強く出す。違いますか?」
「当たりです。私は一代で会社を築きました。時間が経つのは早く、子供の成長はあっという間だ。僕はまだまだトップを張り続けるつもりでいるのに、世間は世代交代を考えろと急かしてくる。もういいだろう、充分だろうと僕を否定してくる。それが我慢ならない」
見ればジキンさんはワナワナと震えていた。
彼が己を殺していたのは奥さんのためでも子供のためでもない。世間がそうさせたのだ。ジキンという男を、寺井欣治という男を小さい枠に嵌めようとして歪ませてしまった。
そんな彼の前に右手を差し出す。
「そろそろわがままを言っても許されるんじゃない? 本当はとっくに周囲は許していてくれていのかもしれないよ」
「ええ、僕が疑心暗鬼に陥って勝手に足踏みをしているだけです」
「共に行きましょう。今更顔も割れてしまいましたが、それはそれ。遊び方は自由です。別に戦闘ができなくったっていいじゃないですか。自分なりの遊び方をしませんか? 入院中のスズキさんにいっぱい自慢してやりましょうよ。貴方が入院してる間にこんな面白いことをしてましたよと煽ってやりましょう。私達ならそれができる」
「そうやってすぐ共犯にしようとする。油断も隙もない人だ」
批判の声を発しながらも、私の右手はしっかりと握り返されていた。先程までの風景に溶け込んでいた同一人物とは思えないほどの熱い瞳を滾らせて、私をまっすぐと見返してくる。
「僕を焚き付けたのは貴方だ。責任は取っていただきますよ?」
「嫌です」
「本当に勝手な人ですね」
「ええ、勝手なやり方でいかせてもらいますよ。今までも、これからもね?」
「期待してますよ、ハヤテさん」
「その呼ばれ方、随分と久しぶりですね。出会った当時の気持ちが蘇ります」
「ええ、でしょうね。今日から裏方仕事は卒業します。なのでクランでの呼び名は辞めました。僕を世に解き放った責任はきっちり取っていただきますからね?」
「怖いなぁ」
もしかしたら一番解き放っちゃいけない人の鎖を解き放ってしまったのかもしれない。
でもそれはそれで楽しみでもあった。
世の年寄りはまだまだ元気だと周囲に見せつけてやりましょう。
まずはそうだね、討伐イベントに本気で取り組んでみようか。
今の彼ならそれも可能だ。
私の前にはすぐに「無理」だと決めつけて保身に走るジキンさんの姿はもうどこにもなかった。
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