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3章 お爺ちゃんと古代の導き

095.お爺ちゃんはデートがしたい

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「さて今回の裏イベントを発表しようと思う」


 クランメンバー全員を集めて私は発表した。


「企画の方じゃなくていきなりイベントとは、穏やかじゃありませんね。しかも裏とか……まだコインの量産だって整ってないんですよ?」

「まぁ、こっちは私がただやってみたかっただけですからね。集めるものも少ないですし、出張ってもらうのも私とサブマスターの他に二人です」

「内訳を聞きましょうか?」


 ジキンさんは何かを感じ取ったのか、少し慎重に尋ねてきた。
 この人は本当に鋭いな。


「今回は女性部の本気を見たくなった」

「えっ、私ですが?」

「あたしらをご指名とは嬉しいね。一体何をやらされるのやら」


 妻の昭恵とジキンさんの奥さんであるランダさんがそれぞれの言葉を示す。


「ちょっと気になったのさ。この前うちの娘、由香里の食事を食べて納得いかないって顔をしてたよね?」

「ああ、でもあれは定食屋のメニューがああいうのであって、あの子の実力ってわけでもないんでしょ? ただあの子がそれなりに料理頑張ってたのは知ってたわ。でも最後まで見届けられなかったのは残念。ちょっと味の付け方が雑だなと思っただけよ?」

「あたしもそう思ったね。でもああいう料理ってのは時間かけずに作らなきゃならないんだろう? それにくどくど言うのはあたしらの仕事じゃないよ」

「ちょっとハヤテさん。うちの奥さんまで引っ張りだして何やらせるつもりなんです?」


 女性部二人の率直な意見を聞きつつ、割り込んできたサブマスターを牽制する。


「何って、普通にお店開こうかなって」

「ちょっとあなた、私たちは確かに料理の味付けやら料理の仕組みやらを考えるのは好きだけど、まだまだ素人よ? 客を取れるレベルじゃないわ」

「そうだよ。それに客を取るってことはあたしらが表に立つってことだろう? 料理作るのは受けてもいいが、接客までは手がまわんないよ?」

「取り敢えず二人とも落ち着いて。まずは私の話を聞いて欲しい」

「聞きましょう」

「だね」

「まず最初にお店を出す場所だが、現状お客が来る見込みは0だ」

「え?」

「ちょっと、どういうことだい? そんなので採算が取れるわけ……」

「でも需要は必ずある。今はなくても、そのうちそれなりに需要は出てくる。これは先物取引だよ」

「まずはクランマスター、場所を提示してくださいよ」


 私の見解に難色を示すサブマスター。
 この人は基本的に自分の感情より周囲の感情を優先させるよね。
 周囲の目がサブマスターに引き寄せられるのがわかるもん。


「うん、今回私達のクランはマナの大木の三合目と中腹でお店を開く予定だ。丁度地上1000メートルと、地上2000メートルでの販売だ。もちろん火などは使えず、樹標が高いので油が使えない。けどコストは採算度外視でいいし、なんだったらさらに割高でふっかけてやってもいい。どうだろうか?」

「まってまって、突拍子がすぎる! どうやってそこまで行くんです? お店はクランマスターとサブマスター権限でいつでも展開できますが、どうやって素材を運ぶんです?」

「それはもちろん、私が連れていくよ。だから少数精鋭なんだ。基本的に私は頂上に行くのに30分かからない男だからね」

「貴方はそうでしょうけど……まさか?」

「だいたいサブマスターの考えてる通りです。私のスキルは基本一人用だ。でも今後ともそうであるともわからないだろう? 今私は新しいスキルが生えてとてもワクワクしている。そのスキル育成のためにも、この企画を考えた」


 私はしたり顔で答える。
 そして続けた。


「私はスカイウォークからの派生先に移送が現れた。これが思っている通りのものなら、それはきっと自分以外を運ぶためのものだと思う」

「話はわかりました、クランマスター。でもどうして三合目と中腹なんです? 天辺においた方が絶対お客がつくでしょう? 行けるかはともかくとして」

「いや、天辺にはおけない理由がある」

「理由を聞きましょう」

「うん、君たちはマナの大木の真上が例のクジラ君達の停泊場だと知ってるよね?」

「例の大型レイドモンスターであり、街でもある彼らですか。それがどうしたんです?」

「多分だけど、神聖なあの場所でお店なんて開いたらヘイトを取ると思う。それに基本的に天辺はたどり着いたものへある称号を与える場所だ。そんな場所にまで進出できないよ。これは登頂者である私だからわかることでもある。今そんな理由で妖精達からの信頼を失いたくない。呼吸系の消失は、私の可能性全てを否定することに他ならない」


 熱弁を振るう。でもメンバー達からはよくわからないという顔を返された。


「仕方ないので理由を言おう。基本的に◯◯の呼吸と言うスキルは、普通ならスタミナが消費する場所で、何故かスタミナがエネルギー依存で回復するスキルだ。その上でスタミナの回復率が消費タイミングを上回る」


 みんなの表情が聞いたことないぞと言う顔になる。
 全員が全員欲しそうな顔をしていた。
 当たり前だよね。なんてったって移動系のスキルのほとんどがスタミナ依存だ。動きながら回復できるって知ったら絶対に欲しいに決まってる。


「あー、あれ系の取得場所なんだ。お爺ちゃん、特別に私を連れて行ってくれたりなんて?」

「残念ながら自力で到達が取得条件だ。別ルートのどざえもんの方も普通に過酷だって聞くぞ?」

「そっかー、人の手を借りて到達なら確かに条件ぬるすぎるもんね。分かった、ごめんね無理言って」


 マリンは飛び込んできた勢いを何処へやら、すごすごと元の場所へと帰っていく。帰った先でユーノ君に怒られていた。ただしマリンの方は全く懲りてない顔ぶりだ。


「話は逸れてしまったが、二人は引き受けてくれるだろうか?」


 女性部の二人はまだ決心がつかない様な顔をしている。


「なら条件をもう一つつけよう。販売価格は単価50000だ」

「それは売れるの?」

「どうだろう? 物珍しさで売れるかも知れないし、全く売れないかも知れない。私はね、夫婦時代の贖罪をしたいんだ。あの時放ったらかしにしてきてごめん。今君たちは新しい翼で羽ばたこうとしている。でも素材入手のコスト問題で伸び悩んでいる様に思えた。だからクランでそれを手助けし、君たちの本来の料理をして欲しいと思った。あとはそんな高価な食事をしてくれた人へ、記念コインを配布するつもりだ」

「あー、そこで繋げるんですか。わかりました。私は賛成しますよ。でも本当に連れて行ってくれるんですか?」


 サブマスターが疑わしそうな視線を私に向けてくる。


「そりゃもちろん。でもレディファーストでお願いしますよ?」

「はいはい、分かってますよ」


 やや卑屈気味にサブマスターが身を引く。
 そして取って変わる様に妻が話を引き継いだ。


「あなた、本気なの?」

「私はいつだって本気だよ? そんなに信用ならないかな?」

「ならないわ。だってあなたは私を裏切り続けてきたもの」

「それを言われると辛い。だからこその贖罪だ。君たちの本気を見せてくれ。もちろん味見役は引き受けるよ?」

「ふふ、何よそれ。まるで目的がそっちみたいに聞こえるわ」

「バレたか。そうだ、私は君の料理に焦がれている。久しく食べてない。こんな私に作っていただけないだろうか?」

「ええ、引き受けてあげるわ。ランダさんもどう? 人の来ないお店で夫婦水入らずのんびりした時間を過ごすご提案をいただいたわ」


 相変わらず聡い。こちらの企みなんて彼女には透けて見えるのかも知れない。


「そう言うことなら引き受けてあげるわ。あんた」

「は、はぃい!」


 えーと、ジキンさんビビリすぎでわ?


「あたしとまた一緒に恋仲やってくれるかい?」

「ぼ、僕なんかでいいのかい?」

「あんた以外誰がいるってんだい。それに、もうそう言う雰囲気だろ? シャッキリしな!」


 バシンとジキンさんの背中が強烈に叩かれた。
 背筋をピンと伸ばしたジキンさん。ちょっと嬉しそうなのは気のせいじゃないだろう。
 そしてメンバー全員からの微笑ましい視線を受け、今回の裏イベントは開始する。


「ではお嬢さん、お手を拝借」

「なんだか恥ずかしいわ」


 彼女の肩を抱き、手を取り、空歩で空を蹴る。
 ぐんぐんと上に登っているが、彼女には少し怖い思いをさせてしまっているだろうか?
 ギュッと目を瞑る彼女をより一層抱きとめ、さらにスカイウォークを発動させる。
 樹標1000メートル。まずは三合目まで到着。


「目を開けてみて」

「もう、ついたの?」

「まだ三合目だけどね」


 彼女の目が見開かれる。瞳に写る景色がキラキラと輝き、何やら感動して貰えているようだった。
 良かった。私は彼女にこの風景を見せたかったんだ。
 最初こそブログに風景写真を乗っけて満足していた。
 でもクランで彼女の姿を見るたびに思うんだ。
 もう直接連れて行きたいって。だから連れてきた。


「足元気をつけて」

「大丈夫よ。エルフは樹の声が聞こえるから。どこが危険かは彼らが教えてくれるわ」

「余計なお世話だったかな?」

「いいえ、気遣ってくれたのよね? 普段そんなことされたことなかったから少しびっくりしてしまったの」

「ではもう一組のカップルを連れてくる。君はここで待っててくれるかい?」

「ええ」


 聞き分けの良すぎる妻にドギマギしながら、私達はもう一組のカップルを迎えに行く。やや早足で麓に到着した。


「びっくりした。お互いにアバターが若いとはいえ、まだ胸がバクバクしてる」


 緊張してる? まさか。
 でもそうかも知れない。
 私は彼女とのデートに心浮かれているんだ。
 

「へぇ、噂には聞いてたけど、すごいんだねぇ、ウチのクランマスターって」

「いつも偉そうにしてるだけありますよね。ちょっと今足元ガクガクきてますが僕も普通に尊敬してますよ?」


 嘘くさいなぁ。でも奥さんとこれから二人きりになれるから今から緊張してるのは丸わかりだった。


「場所はどこでも。でも足場が安定してる場所がいいな。昭恵さん、案内してあげて」

「そうね。ここでエルフの真骨頂を見せてあげるわ」


 やおらやる気を見せる彼女。
 こんな風に身を乗り上げて前に進む彼女の姿は初めて見る。
 うちの妻は三歩後ろに付き従うタイプの女性だった。
 古臭い、昔のスタイルの女性だと思っていたんだが、どうもその時から私は騙されていたらしい。
 間抜けなやつだ。でも、惚れた弱みというやつだ。神保さんだってきっと引っかかっていたに違いない。


「ランダさん、ここがいいわ。一番マナが安定してるし、それに妖精達も楽しそう」


 おや、彼女は妖精の姿が見える人なのかな?
 そう思って聞いたら違った。
 ナビゲートフェアリーの色で判断しているぽかった。


「ありがとうね、アキエ。あんたも頑張んな」

「うん、お互いね?」


 女性部の二人は少し照れ臭そうに牽制し合う。
 私達夫組と違って嫁組は確かなパートナー感が出来上がっていた。
 神保さんから仲がいいとは聞いていたけど、ここまでお互いを尊敬し会えるという関係は純粋に羨ましく思う。

 妻を連れて中腹へ。
 場所は樹標2000メートル。
 少し肌寒いのか、妻は肩に手を回していた。


「冷えるかい?」

「少しね。木の上と聞いて油断してたわ。普通に寒いのね。あなたは平気?」

「私は今違う意味で胸がドキドキしてるくらいだから熱いくらいだよ」


 何よそれと笑われた。
 私も釣られる様に笑う。
 静かな時間が流れる。
 妻の料理に向ける真剣な表情。
 それをみてるのが楽しくて、見惚れていた。


「あなた、味見する?」

「いただくよ」


 配膳されたのは鴨南蛮蕎麦。
 いつ蕎麦を持ち込んだのだろうと考えながらも、器に盛られた少ない量の鴨肉に箸を沈めていく。


「う、う、おっ」

「そのお肉、多分お箸使わなくても普通に切れるわよ?」

「そうみたいだね」


 吸い込まれる様に箸は飲まれ、肉はぷつりと裂けた。
 器を傾けて汁をいただく。


「むはっ」


 びっくりとする。一瞬口の中に鴨独特の脂身が流れ込んでくる錯覚。
 しかしすぐに味を引き締める薬味の味が口の中の油分を消していた。
 汁だけでこれなのか。パープルのもすごいと思ったが、やはりうちの妻の潜在能力は底知れない。


「お蕎麦の方も食べてくれる? ちょっとした工夫をしてみたの」

「う、うん」


 言われるがままに蕎麦を箸でつまみ上げ、ツルツルとした食感の他に独特のボソボソさが浮き出る。
 ツルツルシコシコなのに、普通に箸で麺が切れるのだ。やばい。
 不思議な食感を味わってるうちに、巡回して鴨肉が口の中に滑り込む。

 不意打ち気味の刺客の味覚は非常にさっぱりとした味わい。
 でも肉という食材の旨味をこれでもかと引き出した味わいが口の中で広がり、溶けた。
 めぐる蕎麦で口直し。少し胃に重いかと思えばそんなこともなく、付け合わせで出された種のぬかれた梅干しを和えればまた違う顔を見せる。

 夢中になって食べていたら、あっという間に器が軽くなっていた。


「あっ」


 途方に暮れる。もっと味わっていたかったという喪失感が急に私を襲ってくる。そんな私へ彼女の声。


「美味しかったかしら?」

「うん、やはり君の腕は素晴らしかった。私はこの料理の価値に50000をつけたい気分だ」

「材料費はもっとよ。でも味の他にこの景色も美味しさのひとつよね? 100000でどう? 勿論景色込みで」

「そうかな? 私はこれひとつで十分に美味しく感じたよ? でも100000か。売れるかな?」

「売れなくてもいいんじゃなかったの?」


 微笑みながらの問いかけにドキリとさせられた。
 すぐに取り繕い、言葉をつなげる。


「実際はぜひみんなに食べてもらいたいと思ってしまっている」

「大袈裟なんだから。でもありがとう、少し景色を眺めていていいかしら?」

「勿論さ。少し付き合っても?」

「ええ、お願いするわね?」


 差し出した手を受け取られ、少しマナの大木・中腹を散歩した。
 その日お客様は来なかったけど、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごせた。このまま誰にも邪魔されないでほしいなと思いながら、私は呼び込む様にして彼女の手を引いた。
 
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