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3章 お爺ちゃんと古代の導き

092.お爺ちゃん、舌鼓を打つ

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 執務室に逃げるフリをして隙を見てセカンドルナに逃げ出す。
 このゲームは基本的に街とクランルームが直接つながっていない。最終ログイン場所に出るのがお約束である。


「しかし企画と言ってもなぁ」


 私はクランで頼れる仲間を得たと同時に自由を失っていた。
 いいや、それは厳密には違うか。
 いつだって興味という行動指針があってこそ、人は動き出す。
 私達のクランの次の行動指針をクランマスターである私が決めろと、それについていくのが面白いと思ってくれているメンバー達に慕われて現状があるのだ。

 さて、多くのプレイヤーの昨今の興味は上にある。
 二匹の禁忌と名のつく回遊する鯨。
 あれの用向きは普通であれば乗り物という状態を指す。
 けれどこのゲームの嫌がらせな部分が強いのか、はたまた鯨たちの気性が荒いのか、大型レイドボスという二面性を持つ。

 「ただ眺めていただけ」「目があった」それだけで戦闘フィールドが形成されて怒りの咆哮を上げてプレイヤーに突っ込んでくる攻撃手段を持った。流石耐久2500000000は伊達ではない。
 内側に街という空間を内包してるにしてはややヤンチャすぎるが、ファンタジーの空間を提供し続ける運営側の姿勢のブレなさがすごい。

 永井君曰く、ここまで顧客であるプレイヤーを突っぱねている運営会社も珍しいそうだ。基本的に世界を提供している運営会社が管理してるのは情報の行き交う掲示板や私も愛用しているブログの対人トラブルだそうだ。
 それ以外のプレイヤー同士のトラブルは当人同士でやってくれという投げっぱなし具合。確かに不親切さの方が大きく目立つが、このゲームがそれでも受け入れられてる秘訣はステータスなどに頼らないスキルの独自派生によるものだと彼は言っていた。

 基本的にスキルに攻撃意識を持たせることによってプレイヤーはエネミーを撃退する。
 武器という概念は補助装具だ。見た目の派手さやロマンに割り振った性能をプレイヤー自身が生み出すことによってこのゲームはここまで広く愛されてきた。
 基本的に強い武器と言うのは存在しないそうだ。
 武器に特性を付与することで大きなアドバンテージを受けてきた過去があると永井君は言う。
 基本的に攻撃スタイルの差で用いる武器は異なる。
 オクト君の専用武器は見たことないが、マリンが短剣、ユーノ君が魔導書と言う媒体を使うように、攻撃スキルという根本があって、それに合わせて武器や防具は作られていく。

 ダグラスさんは言う。
 基本的にウチの息子達のやり方は生産の一つの形でしかないと。
 AWO内でトップと呼ばれる生産クランの実情は、実は広い注文分野をこなせる職人が多いかららしい。
 名前が売れているからと言って、ウチの娘達のクラン『精錬の騎士』が『朱の明星』に劣ることはないと言ってくれた。
 親としてこれほど嬉しいことはない。
 そして彼はこうも付け加える。

「生産クランといっても得意分野は異なる。ウチの連中は鍛治馬鹿だが、ハヤテ君のところはなんでもこなすだろう? クランという場所によって職人に課せられる仕事内容は大きく異なる。好きなことだけやってればよかったウチの馬鹿息子達は、実はなんでもこなしてしまえる君の娘さんのところのクランを恐れている。……普通は大手ほどそんな風に思わんじゃろうが、現実は大きく異なるもんじゃ。現に人気は現在拮抗しておるじゃろ?」

 彼の独特の口調から放たれた言葉は正論だった。
 娘達は強豪すぎると頭を悩ませているが、実はそこまで実力の差は離れていないんじゃないかと私も思っていた。

 考えが纏まらないまま、普段なら絶対に訪れない定食屋へと足を向けた。そこで調理場のスタッフの一人に目が止まった。


「パープル?」

「あ、お父さんいらっしゃい」


 娘だった。よもやつい先ほど頭の片隅で考えていた当人の登場に少しだが心臓が跳ね上がる。


「君はクランを中心に活動してるものだと思ってた」

「別に私だって毎日クラン活動してるわけじゃないのよ? 今はちょっと息抜きかな。ところで何食べるか決まった?」


 娘は普段と変わらぬ口調で、普段着である革の鎧の上からピンクのフリル付きエプロンを纏って聞いてくる。
 彼女の姿は奇抜だけど、案外様になっていた。


「実はそこまでお腹は空いてないんだ」

「あ、料理は基本的に買うことで保存期間が選択できるから平気よ。一応ここは定食屋というスタイルだけど、テイクアウトもやってるし」

「それは知らなかった。では君の得意料理を一つ」


 キメ顔で言ってやると困った顔をされてしまう。


「メニューを言って欲しいのに。今の私はリアルと違ってアルバイト状態よ。素材さえあれば作れるけど、基本的にはメニューに縛られるの」

「それは知らなかった。いつも君のおいしい食事にありつけてるから、黙っていてもなんでも出てくるものだと思っていた」

「リアルならそれで平気よ。でもゲーム内は料理製作にそれ相応の素材を消費するの。ここはまだお金を持ってないプレイヤーも来る街だからあまり高価なメニューを置いてないけど、作ろうとする料理に対して難易度が表示されるからそれ相応の対価は貰ってる感じね」

「基本は?」

「メニュー一品目に対してゲーム内通貨200」

「そこに料理人の腕が加味されると?」


 娘は黙ってうなずいた。


「ちなみにだが、君が製作した場合、ここで提供できるメニューで一番高いのは?」

「うーん、アルバイト時間もあるから全力で行けるわけじゃないけど、メニューの端からゲーム内通貨1000づつあげて行けるわ。私のアルバイト時間に当たった人はお気の毒様ね」


 つまりこの時間帯の定食屋が空いてる理由が彼女の能力を示すわけか。普段食べられるものとの違いを試してみたくなる食指が疼き出す。ならば行動は決まった。


「ではメニューの端から端まで全部、君の全力で調理してもらいたい」

「いいの!? 確かにお父さんなら払える額だけど、普通消耗品である料理にここまでコストを大きく削くのはバカのやることよ?」

「それで構わない。普段口にする料理がゲーム内でどこまで変わるか興味が出てきた。それに食い手ならクランに帰れば沢山いる。気にせず作ってくれ」

「それなら作るけど、店長に怒られちゃうかも」

「私からも口添えしておくよ?」

「なら頑張る! 今のお父さんはこの街の顔だもの。お父さんから直接注文されたって言われたならちょっと高めの香辛料使っても平気だよね?」


 今不穏なセリフが聞こえた気がした。気のせいだよね?

 彼女の手によって作り出される料理の数々はまさに瞳を奪われる光景だった。
 出来上がりの匂いだけで空腹度を加速させる圧倒的食の暴力。
 今すぐ食ってくれと言われた気がして、テイクアウト予定の料理に手をつける。


[料理アイテム:シェフの気まぐれナゲットサンド]
 製作難易度:70
 料理効果:エネルギー回復120%/三十分間持続
 提供価格:ゲーム内通貨1200相当


 もう、アイテム情報に突っ込みどころしかない。
 だが、その食の持つ見ただけでうまいと思わせる何かに導かれて、私はその食品にかぶりつく。

 まず感じたのはザクリとした固めに焼き上げたパンの感触。
 続いてジュワッと何かの肉を唐揚げにした肉の旨味が口の中で暴れだす。付け合わせの少し辛めのタレが食欲を増進させ、更に間に挟まれてる野菜のシャキシャキという食感が食べさせる者を飽きさせない。

 気がつけばあっという間に完食してしまっていた。
 恐るべきは娘の料理スキルの派生の数々と言ったところか。


「美味しかったよ、ご馳走様」

「よりにもよって一番先に手を出したのがそれかー。他の料理だったらまだ食べられたのに」

「これ以上お腹に入れたらはち切れてしまうよ」

「でしょうね。スタミナってバカスカ消費するくせに、エネルギーってなかなか消費しないから、この料理の購入者は大きく戦闘スキルを持つものに好まれるの」

「そうなんだ、それは知らなかった」

「もともとナゲットサンドという片手で頂ける食品嗜好はそっちのスキル構成向けよ。特に戦闘スキルってスタミナの他にLPを消費するのが多いから、自然回復の方を強化させるのがうってつけってわけ。LPさえ回復しちゃえばガンガン前に出れるしね」

「それは理に適ってるね。でも一度味わった手前、これを戦闘スキルを持ってないからと食せないのは非常にもったいなく思う」

「ありがとう、素直に褒め言葉と受け取っておくわ。一応私はこの時間帯ならいつでもいるから、食べたくなったら来て良いわよ。お父さんのお墨付きなら好き勝手できるって旨味も知っちゃったし」

「抜け目がないね。では精算といこうか」

「はーい。じゃあ店に対してトレード機能を使ってくれる?」

「分かった」


 娘の指示に従うと、目の前に支払いコストの対価価値の商品がゴロゴロと出てくる。
 しかし私はアイテムなど持ってないので素直にゲーム内通貨で支払った。


「締めて三十品目1200、36000ゲーム内通貨、確かに受け取りましたー」

「うん、こちらも食品データが懐に入った。しかし本当に食品一つ一つに対して消費期限が決まるものなんだ」

「そりゃ料理によっては配膳方法が違うでしょう? ナゲットサンドだって温かいうちに食べるからこそあの美味しさなの。熱の取れた食品にたいした価値はないわ。だからこうした定食屋スタイルが形になってる訳だし。でも流石お父さんね、まさかポンとゲーム内通貨で支払ってくれると思ってなかったわ」


 ん、今おかしなことを聞いたぞ?


「済まない、私はそこらへんの情報に疎い。意味を教えてくれるか?」


 娘は快く支払ってくれた私に、それなりの情報価値を教えてくれた。
 基本的にゲーム内通貨はアベレージの一つだと言う。
 そのプレイヤーの持つスキル構成によっては入手できる素材に差が出ることから、支払い方法はゲーム内通貨、素材、加工された素材で支払われる。
 そしてゲーム内通貨の入手手段は通常エネミーから一切ドロップせず、イベントのクリアによる報酬や、特殊なイベント、特殊な称号獲得者に支払われる。
 つまり今まで当たり前のように消費してきたこのゲーム内通貨は、結構価値のある素材の一つだそうで、通貨そのものに価値があるのだとされた。

 私はそれを聞いてポカンとした。
 いやだってそうだろう? ゲーム内通貨なんて名前だから普通に普及されてる通貨と思うじゃないか。
 でも現実はスキル構成によって大きく変わるそうだ。

 私は単純に運が良かっただけと聞き、なおもポカンと惚けた。
 娘のアルバイト時間が過ぎて、新しいプレイヤーが現れると、次第に客足も伸びてきた。

 娘曰く、始めたてのプレイヤーだそうだ。
 プレイヤーのスキルの成長ぶりによっては、同じくらいの伸び率同士で連むのが理想的とされる理由がこれなんだって。

 確かにあんな食品を日常的に食べれる人材は限られる。
 そして私も少なくなっていくゲーム内通貨の価値に気づけたお陰で新しい企画を思いついた。
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