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3章 お爺ちゃんと古代の導き
091.お爺ちゃん、クランマスターとして悩む
しおりを挟むクラン発足から数日が過ぎた。
一時期冷え切った夫婦関係だったが、今はほとぼりが覚めつつある。
さりとて情報が更新されつつある現状を私は喜んでいた。
「やはり情報はみんなと共有してこそだ」
「貴方個人の持つ情報は大き過ぎておいそれと扱えないですけどね?」
私にこんな悪口を言えるのはクラン創設メンバーの中でも特に仲の良い方。永井君の息子さんであるカネミツ氏だ。
いい大人に対して君付けする物ではないと礼を失した昨今。
クランメンバーである彼らには敬称略取り捨てまでは行かず、ネームの後に氏をつけることにした。
永井君曰く、古来からのネットスラングらしいが、それを知ってる世代は等しく現実主義派である。
私を代表とする60代は第一世代と呼ばれている。
年齢層で分けているのではなく、世代ごとの特徴の一つが大きくそれてることから分類されるそうだ。
そしてリアルからVR世界に進出した世代が秋人君を含む第二世代。
リアルよりもVRに重きを置く世代を第三世代と呼ばれている。こちらはどちらかと言えば私にとっての孫であるマリンがそれに準ずる。
世代ごとにうまく住み分けしてきたのが我々人類の生きるコツだった。
でも今遊んでいるゲーム、アトランティスワールドオンラインにおいてその世代差の認識格差こそが邪魔をしていた。
我々第一世代にも大きく活躍できるジャンルがある。
それこそが探索要素。
戦闘や情報整理の得意分野の差はあれど、それらは等しくプレイヤーのアドバンテージとなるべき物だと思い、私はミチザネ氏を通じて検証、情報クランを解体させた。
多くの混乱をもたらしたこの選択だったが、現状うまくいっているようだ。
やったことは持っている情報の公開と検証不足の情報の開示である。
思いの外、彼らは情報を持っていなかった。
もともと他のプレイヤーと同じく一般ログインで参加してるミチザネ氏。彼にはリアルで養う家族がいるからこそ、第三世代のように自由に探索できていなかった。
圧倒的にログインが足りてないのだ。
それを情報整理で賄おうとした。
それが情報収集、解析、検証クランの実態である。
この事実が白日の元にされた今。
彼らはこれからは普通にプレイする事を宣言した。
もともと好きでやってた事だし、そこに賃金の発生はなかった。けれど疑心暗鬼のプレイヤー達は噂に尾鰭をつけて囃し立てた。
曰く、検証班が多くの情報を開示してないせいで我々一般プレイヤーが満足に遊べないと言う被害妄想だ。
「それでも肩の荷が降りたのは嬉しく思うよ」
「そりゃ良かった」
「父が気にいるわけだ。貴方は少し普通の人間より変わっている」
「それ、褒めてる?」
「充分褒め言葉ですよ。普通誰でもではないですが、大きな情報を持つ人物は気が大きくなるか、小さくなるかだ。けれど貴方は変わらない。変わらずそこにいる。一見そんな大きな事をしでかした人物にはとてもではないが思えない」
「平常心が私のライフスタイルだからさ」
「それ、父も言ってました。確か昔のコミックのセリフでしたよね?」
「うん。少年探偵アキカゼはいつまでも私の心の中にある。君も一度読むといい」
「なるほど、第一世代の心の強さはそれを読めば紐解けると?」
「どうだろう、あくまであれはコミックだからね。第二世代の君たちが気にいるか分からないよ」
「父の作品は好きですよ」
「なら気にいるはずだ。永井君の作品の熱さ、クドさは我々の世代には日常的に描かれていたパターンの一つだ。今は違うようだが、私たちはそう言う熱さに心惹かれたのさ」
「情報を感謝します、クランマスター」
そう言ってクランメンバーである彼は厚手の白衣のコートをばさりと翻し、一礼するなり自分の統括する部署へと帰っていく。
「もう少しフレンドリーに接して欲しいんだけどな」
「それは無理じゃない?」
「探偵さん」
現れたのはカネミツ氏の父親である永井君だ。
私達のプレイヤーネームはかぶってるから呼び合うときは探偵さん、少年と呼び合っている。同年代だけどね、そこはあまり重要じゃない。
「僕たちのネームの被りがあの子の一歩近寄ろうとする心を邪魔するのさ」
「そんな物なんですか?」
「そうそう、あの子はもともと趣味で情報を集めていた人間だ。そんな人間の前に全くスタイルは違うけど、名前の似た人物が現れる。しかも一人は自分の父親だ。彼の態度は充分軟化しているように僕は思うんだが?」
「そう思えばそれ以上求めるのは酷ですね」
「うん。ウチのクランはクセの強さだけでいえば他のクランの追随を許さぬ個性派揃いだよ」
「それは自覚してます」
「それは良かった。そこまで無自覚だったら取り返しがつかないところだった」
「ねぇ、探偵さん。仮にもクランマスターに対して酷くない?」
「上下関係よりも共存を求めたのは誰だったかな?」
それを言われたらグウの音も出ない。
「さて、一際色物のご登場だ。彼女は私たちによくしてくれてるけど、面制圧的なあのスタイルに苦手意識を持つものは少なくない事を覚えておくように」
それだけ言って永井君とスズキさんは入れ替わる。
永井君自体は彼女を嫌っては居ないようだけど、やはり第二世代の堅物な人たちはその珍妙な種族を好まないというのだろうか? 一応彼女も第二世代だというのにね、おかしな物だ。
「ハヤテさーん、陸の探検行ってきましたー」
「おかえりスズキさん」
彼女の体色は相変わらず赤く、それでいて珍妙なスタイルは奇抜さを醸し出していた。永井君をしてキワモノと言わしめるその姿はサハギンと言う種族だ。魚の胴体から手足が生えている姿はひとえに気持ち悪さが目立つ。でも彼女特有のキャラがその気持ち悪さを台無しにしていることでうまく付き合えているのは確かだ。
永井君の忠告は彼女よりもぜひ森のくま君に進呈するべきだと私は思っている。
あの、いつとって食われるか分からない恐怖は相手の恐怖心を過剰に引き上げる効果しかないからだ。
その被害妄想から、あのキャラが生まれたかどうかは分からないが、ジキンさんは子育てを失敗したことは確かである。
「何か発見はあったかな?」
「やっぱりスタミナ依存はキツいと言う事ですかねー。僕の戦闘技能は多くを水中で扱う前提のスキルです。それを陸で使えば威力は落ちることはさることながら、でも無理やりに活動する事で肺呼吸もメキメキ成長していってます。楽しいですね、本来自分にない機能を操ると言うのは!」
彼女は基本的に前向きだ。頑ななまでに前向きすぎる。
永井君の持つ危機意識は、彼女の利点と欠点を内包する。
でもだからと言って差別、区別してはいけない。
彼女は私と共にファストリアの謎を解明した探検家の一人でもある。私の泳ぎの先生だし、なんだったら教鞭をとっていた熱心さまで併せ持つ。
見た目とのギャップは甚だしいが、本人が気にしてないのであればそれはいいだろうと思うことにしている。
「あ、スズキ先生だ!」
「こんにちはマリンさん。ハヤテさんならさっきそこであったよ」
クランルームで多くの人物が私を探す中で、家族である彼女は私を独占しない。リアルに帰れば独占し放題という事実が彼女を一歩大人に成長させたのだ。けどそれはそれでお爺ちゃんは寂しいよ。
「んーん、今日はお爺ちゃんよりスズキ先生にお話があるの。少し時間平気?」
「おっとまいった。クラン一の美少女からのご指名を断っては、今のパーティから追放されてしまいそうだ。いくらでも付き合うよ。でも水辺がいいな。大丈夫?」
「そこは合わせるから平気」
マリンは私に一瞥もくれる事なくスズキさんと合流し、水辺デートに行ってしまった。
少しは声かけてくれないとお爺ちゃん泣くよ?
「暇ですか、マスター?」
「見ればわかるでしょう?」
途方に暮れる私に声をかけてきたのは犬面の犯人の一人。
もちろん忙しいですよと言葉を連ねようとする前に行動に出られた。
「じゃあはい、これ」
手渡されたのは『石の心』、『空への手掛かり』に次ぐ第三のクランイベント企画用紙だった。
ジキンさんはなんの悪びれもなく言い放つ。
「貴方はもう責任者になってしまった。よもや今更放り出すとは言わないよね?」
「うちのクランは自由意志の集まりだったはずだけど?」
「でも方針を決めるのはクランマスターの仕事でしょう? 僕はサブマスターとして、上司のケツを引っ叩く役目がある。楽しいなぁ、こういうのも。勤続時代はずっとトップだったからこういう仕事に面白みを感じてきている。その点はクランマスターに感謝しなきゃだ」
「相当難儀してたんですね、サブマスター」
「息子達はいつまでも僕を頼りすぎなんです。いっそ放り出そうかなぁ。社長業」
「それは辞めて差し上げて。ジキンさんがいるからこそ、彼らは役割分担ができているんでしょう?」
「それはそうなんだけど、僕は社長よりもフリーで動く方が向いてる気がしてならない。それはハヤテさんと出会って気付かされた。ありがとう」
「その言葉の意味することは普通に悪口ですよね?」
「おや、バレましたか。ではさっさと諦めて企画用紙埋めてってください」
俄然元気になるジキンさんを前に、なんだかクランマスター、辞めたくなってきたなぁと嘯く。
けれどそれを言葉にして仕舞えば、いまのつながりが消えてなくなるのだ。
ピシャリとなかなかに鋭い音がクランルーム内に響いた。
本当にお尻を叩いてきましたよ、この人。
有言実行が過ぎるでしょう。
私は次の被害から逃げ出すように執務室に飛び込んだ。
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