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2章 お爺ちゃんとクラン

071.お爺ちゃんと新しい選択肢

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「おはよう由香里。今日はずいぶんと早いね」


 時刻は朝六時前。
 牛乳と新聞の配達を受け取り、キッチンに向かうと既に朝食の準備を始める娘の姿があった。


「今日は午後に少し用があるの。だから支度を今のうちからしてるのよ」

「なるほど。イベントが発生したわけでもないのに忙しい事だ」

「別にイベントがなくても忙しい事だってあるわ。そういえば紘子ちゃんが言ってたけど、陽介おじちゃんここ数日篭ってるらしいわね。何か理由を知ってる?」

「どうだろう? あの人は昔からあんな感じだからね。お陰でこちらが投げかけたメールも無視されて、今朝の井戸端会議で会う約束をすっぽかされたりしない限りは今日会えると思うよ」

「そう、何かを抱えているんじゃないかって心配してたのよ。なにもないのならよかったわ。それとお父さんは昨日何か進展あった?」

「今のところ自慢できる事はなにもないね」

「本当? お父さんのブログのネタは相変わらず突っ込みどころ満載すぎて逆に心配なんだけど」

「酷いなぁ。私としてはみんなが食いつくような特ダネを提供しているつもりなんだけど?」

「特ダネとかいらないのに。それより領主邸の裏山は登ってみた?」

「うん、フレンドさんと一緒にね。やはりそっちの道のプロの人はすごいねぇ。私なんて置いていかれ気味で追いつくのがやっとだったよ」

「美咲から聞いたわ。登山部の人とフレンドになったそうね。お父さんでも置いていかれる事なんてあるんだ?」

「そりゃあね、私はいろんな場所に行く事に重きを置いてるから。スペシャリストには敵わないよ」

「そう、一応そういう事にしておく」


 信用がないねぇ。昔はあんなに慕ってくれたと言うのに。
 由香里は朝食の支度へと戻っていった。
 まな板の上で野菜を包丁で切る音と言うのはなんとも耳に心地いい。
 朝の生活音は、目覚めた体にリズムを作るいいきっかけになるよな、なんて不意に妻のことを思い出した。あの人は今なにしてるだろう。久しぶりに声を聞きたいな。
 でも今は一番上の娘のところにお世話になっているから、連絡しようにもワンクッション挟んでしまう。
 逆にいえば、私に連絡するのも一度秋人君に経由する必要があるんだ。コールとはそういった煩わしさがつきまとう。
 中継地点と言うのかな? 距離が遠のくほど、その地域の近しい存在が中継点となり、パイプ役となる。
 昔は自分こそが中継点だったからよかったのだけどねなお世話になると言う事はその責任を受け渡すという事なんだ。
 だからこちらからも、向こうからも連絡を掛けにくい。かけるならそれなりの必要事項を設けなくてはいけないからね。ただ声が聞きたい程度じゃ、相手に申し訳ないんだ。


「そう言えば、由布子から連絡は来てるかい? 母さんを預かってるそうじゃないか? たまには母さんの声を聞きたくなるんだけど、私に会いたくないのか音沙汰無しでねぇ」

「え、うん。ていうかお母さん、お父さんに連絡入れてないんだ?」

「まったくもって来てないよ。コールログは由香里で止まってるし」

「えっと、そっちじゃなくて。VR井戸端会議の方。そっちで伝言板というのがあるらしいのよ。お母さん、そっちで報告してると思ってた。お姉ちゃんそう言ってたよ」

「初耳なんだけど?」

「お父さん特定の人としか会わないらしいじゃない。もっといろんなところ巡ってみたら?」


 全くもってその通りだ。
 活動範囲が限定されすぎてるって寺井さんに指摘されそうだもの。
 確かにメインの活動場がコミュニティ広場だったものなぁ。これは説明を一から読み直した方がいいか?


「分かった。どうせ待ち合わせと言っても何時にAWOに集合するかしか言わないし、少し巡ってみるよ」

「その方がいいかも。お母さんはお昼によくインしてるらしいわ。朝や夜は違うゲームに行ってるらしいのよ。お母さんに会いたいんだったらお父さんの方が時間を合わせなきゃね」

「うん、そうだね。今度はそちらにも気にかけてみるよ」

「お母さん、お父さんに会うのは楽しみにしてると思うのよ。なんだかんだ二人は恋愛結婚じゃない? 私達はお見合い結婚だからさー」

「それでも連れて来たときはびっくりしたけどね? そして今にして思えば秋人君に対して随分と大人気ない対応をしてしまったと反省してるよ」

「その方がお父さんらしいけどね」

「お母さん、お爺ちゃん、おはよー。ふぁ~」


 親子の語らいの側で孫が乱入してくる。
 しかし足取りは覚束なく、半分夢の中に入っているように体をふらふらさせている。


「ほらほら、まずは顔を洗って来なさい」

「ん~~」

「ごめんなさい、お父さん。美咲をお願いね?」

「いいよ。私も好きでやってるんだし」

「それでも助かるわ」


 孫を洗面所へ連れて行き、声をかける。
 こういう状態の時は目が離せないくらいに寝ているので、放っておくと夢の中に入ってしまうからだ。

「そう言えば美咲、ダンジョンの探索の方は進展あったかい?」

「全然~~。いろんなところ巡ったけど、手がかり無しだった」

「そうか。じゃあお爺ちゃんの予定も空いたし、一度その場所にご一緒してもいいかな?」

「えっいいの?」


 瞬間、孫の表情は明るく咲き誇った。完璧に眠りから覚めたみたいだね。足もしっかりと地についているようだ。


「私が誘ってるんだよ? いいも悪いもないと思うんだけど」

「そ、そうだけど。お爺ちゃんが来てくれるんなら大助かりだよ。ユーノにも連絡しなきゃ!」

「おいおい、もうすぐ朝ごはんだよ?」

「すぐ戻るからー!」


 そういって美咲は自室へと戻ってしまった。
 こういうところは娘と似てるな。
 私も洗顔と歯磨き、うがいをしてからキッチンに戻る。


「あら、美咲は?」

「何か緊急事態が起きたようでね。自分の部屋に戻って行ったよ」

「緊急事態って何かしら?」

「今探索中のダンジョンに私も参加していいかなとお願いしたんだ。そうしたらね?」

「それは確かにあの子にとっての緊急事態ね。もう朝ご飯の支度済ませちゃったんだけど」

「私が責任を持って呼んでくるよ」

「お願いね? 私は秋人さんを呼んでくるから」

「彼は今の時間から仕事かい?」

「あの人ったら自分でも調べる限りのことはしたいからってリアルから鍛治の知識を引っ張って来ては猛勉強中なの」

「おや、頑張り屋さんだ」

「陽介おじちゃんに任せきりは流石に生産クランとしての面目丸潰れだからって」

「うん、そうかもね。まだ引き受けてくれるってはっきりしてないから。あの人は徹底主義者だから、そしてそういった頑張ってる人に力を貸してくれるタイプでもある。勝ちの目が出て来てホッとしてるよ」

「そうだったの? お父さんから頼めば一発で話が通るものだと思ったわ」

「私と陽介さんは確かに知り合いを通り越して幼馴染みだけどね、流石に仕事を安請け合いさせる事なんてできないよ。そこまでの強制力は私にはないんだ。言ったろう? 話はしてみるって」

「そういえばそうだったわね。でも紘子ちゃん的にはそうでもないみたいよ? お父さんの信頼度は紘子ちゃんや健介さんを上回るみたい」

「そうなのかな? よくわからないがね」


 そう言いながら足は孫の自室へと向かって行った。
 娘も秋人君に声をかけに部屋へと赴く。

 時間にさはあれど、それからしばらくして朝食にありつく事ができた。朝早くから何を作っていたのかと思えば、私のために和の食材をふんだんに取り入れた浅漬けと味噌汁。そして焼いた魚が食卓に並ぶ。
 ししゃもを炙ったか。その匂いが食欲をなんともそそるね。
 娘達は食べ慣れたインスタントフードをそれぞれ口に運ぶ。
 娘や孫はパン食派だが、秋人君は私と同じくご飯派だ。
 彼のためにご飯を炊く必要があるとはいえ、おかず関連で手間をかけさせてしまっているなと喉に通しながら申し訳なく思った。

 食後のお茶をすすりながら、誰からと言わずに語り出す。
 今日の予定というか近況報告というか。
 娘はご近所さん達の集まりで何か催し物をやるみたいで昼から出かけ切りらしい。まさかリアルの方での用事とは思わなかった。
 物理的にいなくなるので、食事の支度をしていたのだとか。
 秋人君は仕事を中心に勉強中。ゲームに勤しんでいるのは時間を持て余してる私と孫くらいだ。


「お爺ちゃん、お爺ちゃん、何時ごろ合流する?」

「そうだねぇ。午前中は人と会う約束をしてるし、赴くならお昼過ぎかな?」

「そっか。ずっとじゃないんだ」


 どうも思い違いをさせてしまっていたようだ。明らかに空気が抜けたようにしょぼんとしてしまっていた。
 彼女の張り切り具合で察するべきだったか。


「誘っておいて悪いね。これを機にお婆ちゃんとも会っておきたくてさ。向こうを出てから一度も顔を見せてないんだ。一度きちんとあって話をしたい。お爺ちゃんのワガママを聞いてくれるかな?」

「ううん、いいよ。お婆ちゃん、元気かな?」

「そうだとは聞いているけどね。でも直接はみてないから心配なんだ」

「だったら大丈夫。私もユーノも都合つけられるから。じゃあインしたらコールで連絡頂戴ね?」

「そうだね、ログインする前に一度こちらから連絡するよ。何か事に当たっていたら悪いだろうし」

「分かった」


 朝の家族会議は筒がなく終了し、それぞれがそれぞれの役割を果たしに席を立つ。
 さて、まずは神保さんに話を通さないと。
 私は自室に戻るなり、VR井戸端会議を立ち上げログインした。
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