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1章 お爺ちゃんとVR

040.お爺ちゃん、水中で食事を試みる

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 私達が海底に着く頃、ボールタイプは威嚇するようにしながら一定の距離を置いて様子見をしていた。


「思った通り、ですかね?」

「突進攻撃だけならこの銀の矛でつつけるんですけど」

「引き続きスクリーンショットしながら情報を拾っていきますね」

「心強いです」


 睨み合いを続けること数分。
 少し体が重くなった。
 みればスタミナが尽きそうになっていた。そういえばこちらにくる前に食事をしていないことに気づく。
 エネルギーの低下とスタミナの回復量は深い関わりがあると娘は言っていたな。


「スズキさん、スタミナ大丈夫ですか?」

「僕はプランクトンを捕食してるのでじわじわ回復していくんです。泳ぐのって結構スタミナ消費するんですけど、こういった種族特性があるから便利ですよ」

「いいなぁ」


 人間はなるべく空気を吐き出さないようにしなきゃ……て待てよ?
 私とスズキさんは今そんなことを関係なく会話している。
 マリンは言った。海中で会話出来るのかと?
 私は出来ると言ったし、孫は理解できないと言いたげだった。
 そこで私は勘違いしているんじゃ無いかと思い、アイテムバッグから非常食を取り出してかぶりつく。


「ちょっとハヤテさん、まだ戦闘中ですよ?」


 呆れるスズキさんの声。それを無視しながらここが水中だと意識せずに食べ、飲み込んだ。そして回復するエネルギー。
 少し休めばスタミナも回復した。


「うん、思った通りだ」

「何がです?」

「水中で食事ができるか試してみました」

「はぁ……」


 スズキさんは何を当たり前のことをと言いたげに私を見る。
 わかっていませんね。魚人にとっての当たり前は、人間には適用されないんですよ。
 現に水中呼吸を取る前は溺れたんです。


「正直なところ一か八かだったんですよ。でもこれで証明されました。持久戦に持ち込められれば勝機は見えてきます」

「倒せたのは弱いやつだけで、リーダー格はピンピンしてますけどね?」

「それでも最初ほどの勢いはないように感じます。あ、お肉あるんですけど食べます?」

「食べれるかなぁ? 僕、水中ではプランクトンによるオート回復任せだったんで」

「ダメ元で食事してみましょうよ。もしかしたら何か新しい発見があるかもしれませんし」


 結果論を言えば食べられた。
 歯の有無はこの際関係ないようだ。
 口の中に入れると独特の味が広がり、飲み込む動作で食事をした感覚が味わえるようだ。
 ちなみに彼女が食べたのは干し肉だ。
 噛むとそれなりに硬い歯応えがあるものの、不思議と噛み切れ、咀嚼するとゴツリゴツリと口の中で踊る感じがする不思議な食べ物である。
 最初こそ不安げにしていたが、今ではペロリと平らげてしまうほどに気に入ってしまったようだ。


「これは驚きですね。魚人だからこういった食事はできないものだと思っていました。でも食べれるものですね」

「でしょう? そうだ、このフルーツとか美味しいですよ」

「頂きます」


 食事を終えて満足し切ったあと、スズキさんは急に頭を抱えた。


「あ、僕戦闘中なのに食べてしまいました」

「底にいる限りは襲ってこないので安全地帯ですからね。しかし、フィールドを越えるには上に行く必要がありますね」

「ですねー」

「打って出てみますか?」

「何か策でもあるんですか?」

「そうですねぇ、動きはだいぶ緩くなってきてますし、一つ近接行動に出てみましょうか」

「はい」



 対峙した強化個体は明らかに様子がおかしかった。
 強度が通常個体より高いことを除けばそれ以外の行動は同じようなものだと行動パターンと弱点が物語っている。
 だからスクリーンショットで確認したら、違う情報が出てきたのだ。


[ボール・強化型の情報を獲得しました]
 耐久:250/500
 戦闘行動:突撃、加速、統率
 弱点:水、真水、聖水、水銀、銀
 状態:衰弱(蓄積ダメージ)


 それは弱点の追加? いいや、変化だった。


「どうも敵の情報が変更されたようです。水中にいることでストレスが溜まって、勝手に弱ってます」

「つまり?」


 スズキさんは理解していながらも聞いてくる。
 銀の矛を構えながら、いつでも攻撃できる姿勢を保っていた。


「チャンス、と言いたいところですが相手は手負い。なにをしてくるかわかりません。それとこちらは戦闘に関しちゃ初心者もいいところですから慎重にいきましょう」

「はい!」


 スズキさんはその言葉が聞きたかったと言わんばかりに水を蹴って強化個体と距離を取った。
 弱ってる相手に近接戦闘を挑むのは、戦い慣れた相手だから出来ることである。対してスズキさんの得意な攻撃はすれ違いざまの引っ掻き攻撃。武器を使っての攻撃は例え特効武器と言えど初めてのことだった。
 だから手段は距離を取っての水鉄砲。
 私の前を取り、発射の姿勢を取ったあたりで強化個体の動きが急変した。
 今まで停滞していたのは何かの機会を窺っていたのだ。
 それは先ほどの水鉄砲だったならば?
 いけない!


「スズキさん!!」


 瞬間的な硬直姿勢をついて強化個体はスズキさんとぶつかり、交差した!

 しかし、泥を撒き散らしながら散って行ったのは強化個体の方だった。

 スズキさんの手には銀の矛。
 水鉄砲は最初からブラフで、相手の攻撃を誘う目的だったのだ。
 そして動き出したら止まらないボール型の前にスズキさんは銀の矛を置いたのだ。
 狙いが直線的であるならば、当てることは容易いと言わんばかりにやってのけたのである。


「ヒヤヒヤしましたよ」

「ごめんなさい。でも、ハヤテさんが味方だったからこそできた対処です。もしここで突っ込めと言われていたら、こうも上手くはいかなかったでしょう」

「それでも事前に言って欲しいです」

「ごめんなさい。僕は自分がちゃんと考えて戦えるってことをハヤテさんに教えたかったんです」

「はい。普段のスズキさんらしからぬ凄さを体感できました。それと今のシャッターチャンスを逃してしまったのは痛恨のミスです」


 そういうとスズキさんは照れた。
 流石にその姿世に出回るのまでは許可してないと言いたげに少し不機嫌そうにした。


「冗談ですよ。さあ、次のフィールドに向かいましょうか」

「はい」


 少しだけオドオドした彼女の手が、私の差し出した手を握りしめた。
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