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1章 お爺ちゃんとVR

036.お爺ちゃんは仲間を呼んだ

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「お爺ちゃん、これとかなんかそれっぽくない?」


 孫の示した先にはレバーがある。そのちょうど反対側にはジキンさんが見つけてくれたレバーがあった。多分これと組み合わせて発動する仕掛けだろう。
 ちょうどその先には奥の通路から入ってきたモノを閉じ込める袋小路になっている。つまりは陽動に使える仕掛けだ。


「うん、エリア情報と共にお母さんに連絡してあげよう」

「分かった」

「アキカゼさん!」

「今行くよ」


 私が何かのスイッチを見つけてからは半信半疑だったメンバーの表情は見違えた。
 今は全員がその方向に向かって意識を向けているので、それぞれの任務の他に何かの仕掛けを探る動きになっていた。


[続シークレットクエスト:壁内チェックⅢ]は大規模な通路の清掃と、侵入者を閉じ込める区画になっていた。
 このミニゲームはまるで、いつか使うこの施設の下見を兼ねているかのように見えた。
 もしかしなくてもこのイベントに通ずるものだと誰もが思い至るだろう。そう思って仕舞えば動きは迅速だ。

 残念ながら今回は壁内チェックⅢ以上の派生は見られず、一旦作戦本部に帰還することになった。
 出迎えてくれた娘は喜色満面で歓迎してくれた。


「ありがとう、お父さん。これで情勢を立て直せそうよ」

「そうかい。おかわりは必要かな?」

「ううん、そこまで甘えられないわ。あとは数をこなすのみでしょうから。でもまた相談に乗ってくれる?」

「勿論だとも」


 私達は作戦本部から出て、次の場所に向かう。
 娘の目がゴミ拾いクエストに向かえば、あとはもう一つの方を手伝ってもらおうと思った。
 しかしそれには懸念が付き纏う。


「私はこれからもう一つの派生クエストに向かおうと思う」

「それってブログに載ってた?」

「うん、あの映像の場所だ。そこでこんなモノを見つけてしまってね」


 パーティメンバーにのみ見えるようにアイテムバッグから二本の鍵を取り出した。


「なるほど、それがクリアアイテムですか。それは確かに公開しないのは賢明でしたね。下手すれば突撃されかねない。今は倅達が私たちを守ってくれていますが、大きすぎる争いの元は個人で管理すべきじゃない。特にこのゲームではね」


 ジキンさんの指摘は最もだ。
 こうして自由に動けているのは娘達が私達の身を案じてくれているから。出なければいつ騒ぎになってもおかしくない。


「でもその場所は海底でね。私は動き回れるが、君たちは無理だろう?」

「うん、残念ながら水中で動き回る想定はしてないや」

「私もです」

「それ以前に僕は水気が苦手だ。これはパーティ解散ですかな?」


 みんなが諦めムードの中、私は首を横に振るう。


「パーティはこのまま維持します。パーティを組んでいる限りならば、パーティ内で連絡を取り合えるでしょう? 私はこれから一人のフレンドをこのパーティに誘おうと思ってます。皆さんにはその許可をいただきたい」

「それってスズキさん?」


 ユーノ君とジキンさんが誰だそれはという顔をする中で、私は肯定した。


「うん、ブログに載せた彼だよ。私の泳ぎの師匠なんだ。彼と共にあの場所の探索を続ける。みんなには用水路の入り口の安全を守ってもらいつつ、私が思考の渦に嵌った時の手助けをしてもらいたいと思ってる」

「まぁ、アドバイスくらいしかできませんが。それでも良ければ僕は賛成です。僕以外に作ったフレンドがどんな人かも気になりますし?」


 ややジト目で、ジキンさんが私を見る。なんですかその疑いの目は。失礼な人ですね。でも彼には特に伝えてませんでしたし、そう思われてしまうのも仕方がありませんか。


「私もスズキさんなら大丈夫、多分」


 マリン、そこは断言して欲しかった。


「私はマリンちゃんがいいっていうなら」

「ありがとう、みんな」


 それからメールでスズキさんに協力を要請したところ、快諾を貰って待ち合わせ場所の用水路で待つことになった。

 時間通りに彼は現れた。背泳で。
 私はすかさずスクリーンショットを連写する。
 彼の一世一代の見せ場をこれでもかと画像に写し込んだ。
 そのあとは何事もなかったようにざばりと水面から上がってきて、お辞儀する。


「どうも、ハヤテさんのフレンドのスズキです」

「いやー、よかったですよ。今の背泳ぎ。また腕を上げたんじゃないですか?」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてなんていませんよ。純粋に努力の結果じゃないですか、って皆さんどうしました?」

「やっぱり僕が生臭いから……」


 スズキさんは元来のネガティブさを発揮してシュンとした。
 しかし場の状況に置いていかれた三人が惚けていたのも束の間、みんなが驚いたように我に帰る。


「なんていうか、予想よりだいぶ斜め上でびっくりしてしまいました。僕はジキンというモノです。よろしくお願いします」

「あっ、あっ、えと。僕の事平気なんですか?」


 何事もなくジキンさんが話しかけてきたので、スズキさんは戸惑ってしまっていた。


「? 大丈夫ですよ。まさか僕が人を見た目で判別するほど器量の狭い人間だとでも思ったんですか? 舐めてもらっちゃ困りますね。こう見えても僕は器の大きな人間です。なんと言ってもハヤテさんのフレンドが出来ている。そういう点では貴方も同じだ」


 ちょっとジキンさん、人聞きが悪いですね。
 まるで私が器の小さな人間の様じゃないですか。
 でも今は悪役を演じてあげましょうか。
 私以外にフレンドを築いてこなかったスズキさんが一皮剥けようとしていますから。


「あの、改めてお願いします。フレンドになってもらっても良いですか?」

「勿論だとも」


 あ、この人私の名シーンを早速パクリましたよ。でもこの場面も名シーンみたく見えますね。スクリーンショットをパシャリとしておきましょうか。
 

「ほら、この人はすぐ節操がない事をする。ハヤテさん、今のは事前確認しなかったのでブログに載っけちゃダメですよ。もし載せたら肖像権侵害で訴えますからね?」

「あ、僕も今のは油断してました」

「面目ない。匂いに敏感なジキンさんがスズキさんと対面してなお冷静さを保ってられるのが不思議だったんで、つい」

「そんなモノ、嗅覚を遮断すればどうとでもなります。それくらいの配慮なくしてハヤテさんのフレンドが務められるとでも?」


 ジキンさんがいちいち酷いですね。
 なんだか彼の中で私の認識がどんどん悪い方へと向かっている気がしてなりません。
 まぁ事前に誘わなかった私にも責任がありますか。この人は誘ったら誘ったで断る癖に、誘わなかったことに対して不貞腐れているんでしょうね。まったく、器が大きいとか嘘っぱちじゃないですか。


「あ、そう言えば確かに。獣人100%の人にこうまで接近できたの初めてかもしれません。僕なんかのためにわざわざすいません」


 ペコペコと平謝りするスズキさん。それに対してジキンさんがジトッとした目を私に向けながら大きくため息を吐いた。


「ハヤテさん、いたいけな方を無理矢理フレンドに誘ったでしょう?」

「そ、そんなことありませんよ、ええ」


 思わず吃る私にジキンさんはやれやれと言いたげに方を竦めた。


「スズキさん、この人はこういう人なんです。これから振り回されると思いますけど、共に頑張りましょうね?」

「えっと、はい」


 よくわからないと言った顔でスズキさんは返事をしていた。
 言ってるそばから振り回してますよ、この人。
 人の事言えなじゃないですか、全く。

 そこで状況を見守っていたマリンが割って入ってきた。
 何かを確信した瞳で、牽制するように対峙する。


「最初は違うと思ってた。けど、やっぱりそうだとしか思えない」


 ん? この子は突然なんの話をしているんだろう。


「スズキ先生、だよね? 私のこと覚えてるかな? つい先日卒業したばかりの……」

「うん、覚えているよ。君みたいな元気な子、忘れられるわけがない。僕も似ているなと思っていた。まさかハヤテさんのお孫さんだとは……奇妙な縁もあったものだね」

「マリン、知り合いだったのかい?」

「うん。小学校の時の担任の先生なの」


 なるほどね。でもどうして今まで気づかなかった? そこへ黙っていたユーノ君も入ってくる。


「マリンちゃん、スズキ先生ってあの?」

「うん、きっとユーノが思い描いてるあのスズキ先生だよ」

「信じられない、だってあの……私達女生徒の憧れだったあの先生が? あの後何かあったんですか?」

「何にもないよ。僕は僕で何も変わってない。ただ、そうだね、教鞭を振るっていたときは少し無理をしていた。こっちが素だよ、軽蔑したかい?」


 マリンを始めユーノ君も疑いの視線を向けている。この雰囲気、あまり良くないな。
 それにしてもスズキさんがそういう経歴の持ち主とは驚いた。もっと内向的な人かと思っていたが、どうやら彼の内面はもっと根が深いらしい。

 問い詰めようとする孫たちの間に、私は割って入るように声をかけた。
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