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1章 お爺ちゃんとVR

025.お爺ちゃん、リベンジを果たす

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 急いで用水路に向かうと、スズキさんが顔を出してくれる。表面上は魚と対峙してるだけなのでどういう態度かさっぱりわからない。
 そんな彼に対してとりあえず謝罪の言葉をかけることにした。


「ごめんなさい、遅れてしまって」

「全然待ってません。お孫さんと語らっていたのでしょう? もう少しのんびりしていてもよかったんですよ?」


 スイーと背泳ぎで用水路の上を流されていくスズキさん。
 魚なのに背泳ぎ出来るんですね。
 カメラを構えた時は時すでに遅し、水の中に沈んでいました。
 せっかくサービスショットの時間をくれていたのに私は何をやっているんだか。気を動転させ過ぎですね。


「それでも必要以上に時間をとってしまったのは事実ですから」

「僕も水の中に入って鰓呼吸をするのに慣れてきたところなんです。待ってないと言うのも本当ですよ。むしろこうして待ち人を待つと言うのもあまりない経験なので、それを堪能していたところです」

「ありがとうございます」

「いえいえ。ハヤテさんだからこそ僕は待っていられた。貴方の人となりを知っているから」

「そう言って貰えると嬉しいですね」


 早速クエストを始める。
 何度もやれば手慣れたもので、あっという間に時間は過ぎ去った。
 制限時間は30分。だけどそれ以内に清掃を完了させ切ればクリアできるのだ。クリアタイムは12分。もちろんここではスズキさんの独壇場で私の出る幕はない。


「まずは入り口は突破ですね。準備は良いですか?」

「はい。今日は最後まで連れてって貰いますよ?」

「ではついてきてください」


 用水路の奥、地下水路までの道のりを最短コースで進んでいく。
 その際に息継ぎはしてない。水中呼吸様様である。


「凄い。前回の半分の早さでこれましたね」

「それもこれも辛抱強く私のスキル派生に付き合ってくれたお陰ですよ。大変感謝しています」


 お辞儀をするつもりが勢い余って一回転してしまう。
 空気がなく、水の中。慣性は回転を伴ってその場に泡をいくつか発生させてしまった。
 それをみてスズキさんはニコニコとしている気がした。
 表情は相変わらず変わらないが、聞こえる声には感情が伴っている。


「僕も、嬉しいです。僕に付き合ってここまで来てくれる人がいる。それだけで感謝してもし足りない」

「何を言ってるんです。これから始まるんですよ?」


 そう、出会ってまだ二日目。
 全然付き合い始めじゃないですか。
 ジキンさんともそうでしたが、ここでの出会いはまるで十数年来の仲間のような錯覚に陥ってしまう。けど全然そんなことないんです。


「そうでしたね。一人の時間が長かったもので、今日が一番幸せな日だと錯覚してしまって」

「そうですそうです。今日は私とスズキさんが一緒にクエストをクリアする記念の日になるのは確かですが、それを塗り替えていく出来事がこれから待ってますって」

「はい」


 互いに錯覚を乗り越え、シークレットクエスト[地下水路内清掃]を開始させる。このクエストはランダムではないのだとスズキさんは言っていた。そしてゴールは必ず同じ場所に通されるとも。
 故にチェーンクエストだと彼は推察した。
 
 ゴミ拾いの場合はランダムクエストになるのだろうか?
 しかしそれだけとも限らない。あれにはきっと先がある。でもその前に、今はこっちに集中しないといけないね。

 地下水路のフィールドは用水路と打って変わって広範囲。スズキさん単独でもクリア出来ますが、今回は二人。半分を私に任せてくれる形です。物にしたスキルを駆使して清掃開始!

 広範囲である上に、一つのフィールドも学校のプール一つ分くらいはある。スズキさんの言い分ではこんな場所がここだけで20箇所。
 ゴミが落ちてないフェイクの場所もあるとかで、そう言う場所は素通りするのだとか。
 水路内清掃の場合、ゴミはポイント化せず、画面中央に最大個数が表示される。パーティ内で獲得した個数で順位がつけられる仕組みだ。
 スタートしてまだ数分だと言うのにスズキさんには早速3つ拾い集めている。流石経験者は違うな。そう思いながら発見したゴミをつかんでは網状に組まれた袋に詰めていく。
 これは水中呼吸もそうだけど、下に行けば行くほど息苦しくなってくるのは水圧の影響だろうか?
 足の届くプール一つ分の水圧なら大したことはないが、ここから先はもっと底も深くなると言う。


「だったら今のうちから慣れておかなくちゃ」


 少し無理な姿勢から背筋を伸ばし、水路の隙間に挟まっていたゴミを掴んで引き抜く。
 水中でもトングは万能アイテムだ。手では入り用のない場所に入り込みガッチリと掴んでくれるからね。
 現実でやったらそれこそ腰を痛めてしまうこと請け合いの姿勢でもゲーム内ならばへっちゃらである。

 さて、拾われてる数は圧倒的に差ができつつある。
 ここでは高得点は狙えず巻き返しはできない。
 ならばやることは一つ。


「自分の中の可能性を広げましょうかね」


 ゴミを拾いつつも環境に慣れるのもきっとこのゲームの醍醐味だと思うから。だから事前知識に縛られたくなかった。
 その情報だけが正解だと言う感覚に頼りたくなかった。
 その果てに私は新しいスキルを発現させていた。


[スキル:潜水を獲得しました]

 これは下に潜ろうとした回数によって解除された。
 用水路清掃の時、息を塞いで水路の奥に顔を突っ込んだ。
 地下水路清掃の時、浮き上がろうとする肉体をどうにか下に向けようとあがいた。その苦労の果てにこれを獲得。
 獲得してからはあっという間に他のスキルも獲得した。


[スキル:水圧耐性を獲得しました]

 これは果敢に何度も苦しい思いをした結果。
 体の表面に薄い皮が貼られる感覚だ。スズキさんの纏うヌルヌルとした体表に通づるものを感じる。これ、陸に上がってもそのまんまってことはないよね?


[スキル:海底歩法を獲得しました]

 これは水圧に慣れてからどうせだったら底を歩けるようになりたいよねと思った行動の果て。試行錯誤の回数は数えてない。
 水圧耐性と潜水がなければ無理だったことは確かだ。


[スキル:水泳補正の系統の一つを全て獲得した事により、スキル:水泳補正は水中内活動に統合されます]


【パッシブ:11】
 ◎持久力UP
  ┗持久力UP・中[2/4]
 ◎木登り補正
 ┃┗壁上り補正[1/4]
 ┗???[4/10]
 ◎水泳補正
 ┃┣◎潜水』
 ┃┣◎古代泳法
 ┃┣◎水圧耐性 new!
 ┃┣◎海底歩法 new!
 ┗┻◎水中内活動 new!
 ◎低酸素内活動
  ┗◎水中呼吸
 ◎命中率UP
  ┗必中[4/5]


 これは全くの偶然だ。想定外だ。
 そして低酸素内活動に通ずる統合。つまりもっと先があると?
 これはワクワクが止まらないね。でも周囲には言わないでおく。
 別に情報を秘匿したいわけじゃないけど、それによって起こる弊害はありありと想像できるから。
 娘の態度を見るに、このゲームの民度はあまり高くないのかもしれない。別にそれが悪いってわけじゃないけど、やるなら他人を巻き込まないで欲しいってだけの話だ。

 だからこのスキルを堪能し切ったら公開するよ。
 本当のところはまだ性能をはっきりと理解してないから教えようがないんだ。名前だけ凄そうでも持ってる本人がその内容を理解していなければ宝の持ち腐れになってしまうからね。だからそれまでは秘匿させていただくよ。

 でも案外この手のスキルはすでに知ってる可能性もあるよね。
 スズキさんは言っていた。魚人は人気がないだけで海底内で活動できる種族は一定数いると。
 でも人間のままでこれを獲得した私は非常に珍しい部類に入る。
 うん、珍獣扱いまったなしだ。そんなのに関わられたらたまったものじゃないよね。

 少ししてクエストが終了する。
 制限時間は少し増えて45分。私もスズキさんも時間に余裕があるので少し遅れたからと怒ったりはしない。前回はクリア出来なかったのに、今回は道草食ったのにも関わらずクリアし切ったからだ。
 彼はその先に私を連れて行きたいがために誘ってくれたんだ。
 どうせなら万全を期したい。


「お疲れ様です。随分と時間がかかっていましたが……おや、いつから底に足をつけられるようになったんですか?」


 スイスイと海中を泳いできたスズキさんに片手を上げて挨拶を交わす。


「少し苦労しましたが、これから先は水圧に苦労するだろうと言ってたじゃないですか」

「はい。僕はそういうのに耐性あるから……って、え? まさかハヤテさんも獲得したんですか?」

「はい。人間やってみる物ですね。特にこのゲームでは成長をするのにどんどんゲーム的サポートをつけてくれる。ちょっと今から自分の可能性が怖くなってきましたよ」


 ふふふと薄い笑みを貼り付けていると、呆れたようにスズキさんは口をパクパクさせていた。ちょっと、驚きすぎじゃないですか?
 一番驚いているのは私の方なんですよ?
 流石に急成長しすぎですし。


「でも、これで貴方の足を引っ張らなくて済む。そう思えばラッキーです」

「それだけの偉業を為しておいてそれだけなんですか?」

「それ以外のことを考えて何になるんです?」

「そう言えばハヤテさんはそういう人でした。興味本位で僕に近づき、その興味の赴くままに僕と触れ合おうとした、とんでもない人だ」


 ねぇ言い方酷くないですか? 私だって傷つくんですよ?
 でも何も間違ってないので否定はしませんよ。だって本当のことですから。私は私の興味の赴くままカメラを傾ける。
 そこに最高の出会いがあると知っているから。


「さあ、第二ゲートは通過しました。次の場所への案内を頼みますよ?」

「はい、こちらです」


 スズキさんの声は若干呆れが入っているものの、でも嬉しそうに弾んでいるように聞こえた。
 人間を辞めずに魚人に付き合える人って多分あんまりいないんでしょうね。彼の感情からはそう言ったものが汲み取れました。
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