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1章 お爺ちゃんとVR

005.お爺ちゃんとシークレットクエスト

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 目標は定まった。
 あとは登るだけ、というところで問題が起きる。

 壁は基本的に外壁として町全体を囲っている。
 けれど一周をぐるりと回っても外側から壁の上に登る非常用階段の類が見当たらなかったのだ。

 これがただの外敵から身を守る壁だけではない可能性が出てきたぞ。
 それはマップ移動をする際の壁の厚さにあった。
 明らかに民家が一つ入る幅がある。
 エリア移動をする際、門を通るのだが、そこにはそれぞれ門番が立っており、どこから何の目的があって来たのか入念にチェックしているのだ。そこで偶然にも見つけてしまった非常用扉。
 それは壁の内側へと入れる手段に違いない……のだが、入り口を守るようにして門番が立っているので現状目を盗んで入るのは厳しい。


「早速八方塞がりですかね? 流石に関係者以外入れてくれない雰囲気ですよ」

「ですね。一応お話だけは聞いてみましょう。もしかしたら抜け道があるかもしれません」

「なるほど。物は試しというやつですね?」

「そうですそうです」


 ジキンさんと私は労いの言葉をかけながら門番の兵士さんのもとへ行く。道ゆく人を常に見張るような視線の中、変わらぬ様子に少しあくびをしているのを見逃してはいない。きっと一息つきたいと思っても交代の時間はまだなのだろう。
 途中で摘めるものと飲み物を買っていき、少し休憩しませんかと誘う。

 最初こそ「不要だ」「勤務中だ」と否定の言葉を繰り返していたが、こちらも諦めると言うことを知らない暇人だ。
 何せ目的地がその扉の奥にあるのだから譲れない。
 他に方法を探すのも良いが、やはり目の前に確定的手段があれば試してみたくなるものだ。
 門番の兵士さんはこちらの押しの強さに仕方ないかと咳払いをしつつ、要求を飲んでくれた。
 こうやって言い訳でもしないと休めない立場なのだろう。お疲れ様ですと再度言葉を投げかける。

 飲み物はこの陽気の中で飲むにはうってつけの柑橘類を絞ったフレッシュジュース。飲み口は軽く、すっきりとした味わい。
 摘みはナッツ類といくつかの果実を乾燥させたドライフルーツなので口の中でコリコリグニグニと歯応えがよく、眠気を覚ましてくれる。
 この組み合わせは偶然選んだものだったが、門番の兵士さんの好きな組み合わせだったらしく、話は大きく盛り上がった。

 残念なことに壁の中がどう言う構造になっているか教えてくれなかったが、門番という仕事の大切さとハードなスケジュールだということをこれでもかと語ってくれた。
 私とジキンさんも感銘に近いものを受けていた。
 それが違う業種に対する苦労の質の違いもあるのかもしれない。
 業務が違えば苦労も違う。そして苦労話にはそれを乗り越えたものだけが語る権利がある体験談がついてくる。

 気づけば私もジキンさんも夢中になって兵士さんの話に耳を傾けていた。つまみとドリンク一つでここまで仲良くなれるNPCというのは初めての体験だ。画面の向こうのNPCとは完全に違う物であると確信を覚える。
 すっかりここがゲームの中であることを忘れてしまうほどの現実味と、歩んできた歴史が彼をただのNPCらしからぬ一人の人間たらしめている。
 

「いやはや為になるお話ありがとうございました。そして忙しい時間を私どものために使っていただき感謝のしようもありません」

「こちらこそ良い機会を作ってくれたことに感謝している。ありがとうハヤテ殿。そしてジキン殿」


 やはり彼はただのNPCではないな。
 冒険者ギルドの受付嬢はもう少し定例文が多かった気がする。これはもしかするともしかするのでは?
 私の過去の恋愛シミュレーションゲームの勘がそう訴えてくる。


「それでは私どもはこの辺で。お仕事頑張ってください」

「ああ、ありがとう」


 兵士さんとはその場で別れて私とジキンさんは街の中を歩く。
 十分に距離を取ってから、ジキンさんが話しかけてくる。


「楽しい話でしたが壁の中のお話は聞けませんでしたね」

「ですが少し面白い反応が見れましたよ?」

「ふむ?」


 ジキンさんは少し考えたようなそぶり。
 しかしすぐに答えが出てこなかったのでしょう、降参するように両手をあげてお手上げのポーズ。まだ短い付き合いですが彼がどのような人物かわかってきましたよ。


「わかりませんか? あの人、受け答えのバリエーションが豊かだったんです。システム的にあの人はこの街の内部を守るNPCである事は確かなんです」

「ええ。今のAI技術は人間に迫る物だと発表されています。だからでは?」

「ですがギルドの受付嬢は定型文しか喋りませんでしたよ?」

「へぇ、気にしてませんでした。何か変わるきっかけでもあったんでしょうか?」

「それが差し入れだとしたら嬉しいですね。それにあの人は私達の名前を覚えていました。普通のNPCなら私たちは冒険者様で一括りの所を、です」

「フラグがたったと?」


 彼の言葉に私は頷いた。


「それが本当だとは限りませんが、次は何をしましょう?」


 手をぶらぶらさせながらジキンさんが聞いてくる。
 フラグがたったとは言え、振り出しに戻った事は事実。


「実はもう一つ当たりをつけてまして」

「ほぅ?」


 疑いの目をかけてくるジキンさんの視線を振り払い、私は冒険者ギルドへと向かいました。そしてクエストボードで手のつけられてないクエストを受けます。


「またゴミ掃除ですか?」

「これが意外と面白いんですよ。ゴミという言葉が嫌悪感を募らせますが、これは一種のミニゲームです。ゴミ毎にポイントが定まってまして、時間内にどれだけポイントを取るかでもらえるお金と評価が変わるんです」

「そうやって聞く分には面白そうですね」

「その割にジキンさんは嫌な顔をしますね」

「いえね? この種族はなにぶん嗅覚が強いものでして」


 はははと後頭部を掻く犬獣人のジキンさん。
 ははぁ。ゲームとしてはやってみたいけど種族的に刺激臭がキツい場所は無理と仰る?


「大丈夫ですよ。匂いは言うほどキツくないです。ゴミと言ってもポイ捨てされた空き缶やパックのようなものですから。前回私が関わったところでは生ゴミは見てませんし」

「それならばやってみたいです」

「そうですね。何事も挑戦ですよ。ただドブさらいの方はやめておいた方がいいかもしれませんね。下水に腰まで浸かる作業ですし」

「そんなのがあるんですか!?」


 信じられないと言う顔。
 きっと普段からそう言う仕事に着手してないんだろうなぁ。
 だからと言って馬鹿にはしない。誰にだって初めてはあるものだから。昔に多様なことを体験したことがあるから私には耐性ができているだけなのだ。
 あの時は大変だった。川が氾濫して家が浸かり、妻と一緒に汚泥を家から掬い出す作業。
 きっとみんな苦しんだ。あの日の作業の経験があるからこそなんだこのくらいと思えるのも確かだ。


「人には得意分野と言うものがありますから。私は私で、ジキンさんはジキンさんのやれる範囲でやっていきましょう」

「そう言いつつゴミ拾いのクエストは二人分受けるんですね?」

「そりゃそうですよ。パーティ組んでたら人手は増えるんですよ? やらないと言う選択肢はありません。はい、これ」


 ジキンさんにゴミ袋と手袋とゴミ拾い用トングを渡し、クエスト開始。やはり獣人の機敏さは人間タイプとは格別ですね。
 とは言えこちらには一日の長があります。
 時間的にはそんな経っていませんが、経験の有無による熟練度的には私の方に分があります。
 先行は譲りましたが追い込んで行きますよ!

 その日のクエストはやはり二人分ということもあって非常に効率よくポイントが集りました。ただしゴミ拾い一つとっても性格が結構出ますね。
 私は大きなポイントを狙う傾向があり、ジキンさんは小さなポイントを大量にという両極端な結果が出ました。
 そして──


〈クエスト内ポイントが特定ポイントに達しました〉
〈シークレットクエスト:壁内清掃を開始しますか?〉
[YES / NO]


 そんなログが私達の前に現れた。
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