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1章 お爺ちゃんとVR

001.お爺ちゃんとキャラクタークリエイト

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 最後の娘が嫁いで行ってから早15年。

 妻と二人でどのように過ごして暮らそうかと考えた先、たまには夫婦水入らずで旅行でもしようかと思い立つ。

 趣味らしい趣味もなく仕事に打ち込んできたのが仇になったか、旅行先では散々妻に世話になった。自分が仕事人間だった事を嫌でも思い知らされる。


「何か趣味でも始めてみたらいかがですか?」


 手持ち無沙汰の私に妻が一言。
 趣味かぁ。
 宿泊先で一日中その事ばかりを考えていた。
 そんな折、妻に手を引かれ向かった先にあったのは絶景。
 まぁ滝だ。断崖絶壁から糸を引くように水が流れ落ちる風景と音が相まって、不思議と気持ちを引き締めてくれる。
 忘れて久しいワクワク感が湧き上がり、気付けばその景色に釘付けになっていた。

 自分の生まれ育ったところには、まだ近代化の波に埋もれていない、こんな場所があったのだと目を見開く。
 言葉では言い表せない風景を目に焼き付け、ただ感動した。

 妻が帰ろうと再び袖を引くのも気づかずに見入る。
 それ程までに魅了された風景を、是非同僚や知り合いなどに見せて語り合いたいと思った。
 そのために用いたのは当時の最新モデルの携帯端末だ。
 写真なんてただボタンを押すだけで写し取れるものだと思っていた。
 しかしながら後で見たその画像にはなんら心惹かれる要素がない。

 難しいなぁ。
 頭を捻らせながら、その後もその風景を撮り続けた。
 妻には呆れられてしまったが、私は満足するまで風景画を取り込むすることに没入した。
 いつしかそれは何も持たない私の唯一の趣味になっていた。
 暇さえあれば風景を切り取ってパソコンのフォルダに収めている。
 仕事の合間に見ればそこに行った気分になるので辛い時も元気をもらえたものだ。

 今まで家族のためにと汗水垂らして勤め上げた仕事先もこの度めでたく定年を迎えた。
 じゃあこれからはもっと遠出しようかと考えた先で、自分の体が気持ちの若さについて来れなくなったのを嫌でも自覚した登山先。

 準備万端で山登りに向かった先で腰をやって救急車で運ばれたのだ。
 意識ははっきりしていたからこそ悔しかった。
 見舞いに来てくれた娘の「もう歳なんだから」という言葉がいつまでも頭の片隅に残った。

 自分ではまだいけると思っていたが、周囲の目は違ったようだ。
 悔しい。ただただ涙が出る。
 搬送先の病院のお医者さんからは安静にしていてくださいとのこと。
 病院からほど近い娘の住居で厄介になることになった。
 孫娘は私を受け入れてくれるが、どうにも他人の家というのは落ち着かない。私は事あるごとに妻に連絡を入れた。

 そうしたら彼女ったら酷いんだよ。
 そこで頭をよく冷やして来てくださいだなんて言うんだ。
 私が彼女に何をしたというんだ。
 憤りから思いを馳せるも、思い出した風景はなんとも味気ない日常の出来事だった。

 そこで気づく。私は今の今まで妻に労ったことのないダメな夫だったと。
 だからこそここでの生活は自分を省みる良い機会になった。
 そう言い聞かせて日々を過ごす。
 
 孫娘の美咲は娘の由香里と同様に私に甘えてきた。
 まだ小学生気分が抜けないのだろうか。
 中学生に上がったばかりの孫は、よく抱っこをねだってきた。

 そこで彼女が操作する端末を覗き込むと、あまりのスピードの速さに目眩を覚えた。
 まるで新幹線を目で追うようなものだ。
 一瞬で通り過ぎて、よくわからないうちにその情報が過ぎ去ってしまう。そんなものを流し読みできる孫娘に対し、興味本位で聞いてみた。


「それは何を見てるんだい?」

「んー? んー。掲示板。AWOの情報をね、調べてるんだー」


 孫はどこか心ここにあらずといった風。
 ここにいるのにここに居ない。
 現代の若者に見られる精神解離症と呼ばれる症状によく似ていた。
 彼女の世代は特にそれが顕著だ。その際たる理由がVRと呼ばれる、電脳空間の中に意識を没入させたフルダイブの発達が進んでから。
 彼女の肉体はここにあるのに、精神だけがどこぞへと旅立ってしまっているようだった。

 もちろん、現実の会議などでもよく世話になるVR空間。
 しかしそれを用いたゲームに私はとんと興味が向かなかった。
 だって作りものだろう?
 現実の風景写真を趣味にしている私に対して喧嘩を売っている。
 そう思っていた。
 けれど孫の心情は違うのだ。
 彼女は真摯に自分の得意とするフィールドに私を連れだしたいのだと、その目が語っている。


「お爺ちゃんも一緒にしよ!」


 目を輝かせて強請ってくる孫に私は抗えない、抗える筈がない。
 娘と等しく孫も可愛いからだ。
 

「けど今更冒険なんてする歳じゃないしなぁ……」


 心の内ではそう思いながらも、体の方は孫に言われるがままにいつのまにか自室に用意されていたVRマシンの起動準備に着手していた。
 用意のいいことに孫の遊んでいるゲームソフトまで手渡されてしまっては、ここでやっぱりいいやと断ることもできない。
 何故かバイタルチェックまで終わってる状態でVRマシンの上にヘルメットを被らされ、寝かしつけられて私はVR空間へと旅立たされる。
 


 ーーーーー

 

『アトランティスワールドオンラインへようこそ』


 それがこのゲームのタイトル。
 アトランティス……確か架空の超文明だったか?
 それらを想像力で補完し、発展させたのがこの世界なのだとか。
 だというのに目を覚ました時、私の体は草原の上にぽつりと置かれていた。
 すごい。ただなんで草原の上なのか意味がわからない。
 アトランティスといえば普通海の底だろう? なんで草原?
 しかし流れてくる風からは潮の香りが混じる。なんとも不思議な空間だ。
 

『こんにちわだにゃー』

「これはこれはご丁寧にどうも」

『どうもだにゃー』


 何かないものかとキョロキョロ辺りを見回していると、聞いた者の耳をふにゃふにゃにさせるような声色が頭上から響く。
 驚いて目を白黒とさせると挨拶をされたので慌ててそれに倣った。


「つかぬ事をお伺いしますが、貴方はどなたでしょう?」

『ミーはチュートリアルAIの妖精ネコのミーだにゃー』

「チュートリアル、つまりはこのゲームについて色々と教えていただけるのですか?」

『そういう事にゃー』


 ミーと名乗る真っ白な毛玉に猫耳と尻尾がついた謎生物はどうやらこのゲームにおける妖精ネコと言う種族らしい。
 猫なのか妖精なのかはっきりしてほしいが、そういうものだと言われてしまえばそれまで。
 新参の私はその世界のルールに倣うしかなかった。


『まずは名前を教えるにゃ。どんな名前でプレイするにゃ?』

「その名前とはゲーム内での私という認識で間違いないですか?」

『そうだにゃ』

「で、あればアキカゼで」

『残念ながらその名前は既に使われてるにゃ』


 器用に短い前足でバッテンマークを突きつけてくる毛玉妖精。
 私は頭を捻り、やや恥ずかしげに答える。


「ならばアキカゼ・ハヤテではどうでしょうか?」


 所謂アニメキャラのフルネームである。
 知っている人がいたら同世代。
 しかしながらフルネームは恥ずかしいものだ。


『それなら使えるにゃ。その名前で始めるかにゃ?』

「お願いします」


 それからも毛玉、じゃない。ネコ妖精ミーによる質問は続く。
 性別や身長、体格は変えられないが、種族を人間以外の特徴に寄せられるのだと聞く。
 ここはいわゆるファンタジーの世界で、いろんな種族が存在し、共存している。
 何をしても自由な分、人間に固執していては見えない部分もあるのだと説明された。


『それで、アキカゼ・ハヤテはどの種族を選ぶにゃ?』


 ミーに提示されたのは、オーソドックスな人類。
 《人間》《エルフ》《ドワーフ》などだ。
 これ以外にも居るが、条件を満たすことで進化先に選ばれるらしい。
 そして獣人種。こちらは《ハーフ》《フル》《野生種》の三タイプから選び、選択した動物から個体値を割り出すらしい。
《兎は察知》《熊は力》《鳥は滑空》《狐は統率》《犬は嗅覚》などなど多岐に渡る。ちなみにゲーム内での選択率が一番高い種族が獣人なんだそうだ。
 器用貧乏の人類に比べれば、確かに魅力的なんだろうね。
 他にも海洋種や魔族なんかも居る。
 選べる種族はたくさんあるけど、私のやりたいことを優先すると、やっぱりこれに勝るものはないんだよなぁ。


「人間でお願いします」

『もっと違う種族で遊んでもいいんにゃよ?』
 
「いいえ。まずは人間でやれるところまでやってみようかと」

『そうかにゃ。ならミーはそれ以上何も言わないにゃ。本人の希望は優先的に考慮されるって創造神様も仰っていたにゃ』

「その方がこの世界を作られたのですか?」

『そうにゃ、創造神イマージュ様にゃ。その下にこの世界に点在するそれぞれの神様が統括し、それぞれの種族がそれぞれの庇護の下生活してるにゃ』

「人間はなんの神様に守られているのですか?」

『豊饒神アマテ様にゃ。美味しいお米やお野菜なんかをたくさん恵んでくれるにゃ。ミーもたくさん可愛がってもらってるにゃ』


 つまりは農作物に関した恩恵が与えられているというわけか。
 その他の種族のことも気になるので聞いてみると、ミーは嫌がらずに教えてくれた。

 時間にして一時間以上。
 キャラクリエイトにそれだけの時間をかけてしまったが、始める前のどこか億劫な気持ちは今はそれほどない。

 早くこのゲームで遊んでみたいという気持ちが高まってくる。
 なまじ事前知識なしで始めたものなのでそこまで期待してなかったが、これはこれで面白そうだ。

 それとチュートリアル空間から感じられる奥行きのある空間を早くも写真に収めたい気持ちが募っていく。
 そう、私はこの世界でも写真家のようにいろんな風景を切り取って行こうと思っていた。15年、独学とは言え趣味にしていたものだ。今更切っても切り離せそうにない。


『それじゃあ早速始めるかにゃ?』

「ああ、お願いするよ」


 そうして私の体は光の粒子になって、風景が切り替わる。
 草原だった場所は、雑多で土埃の舞う街並みに変わっていた。


「こういうところはSFチックなんだな」


 言うならばワープのような超文明。私は雑踏に紛れるようにしてAWOの世界へ歩み始めた。
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