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2巻
2-1
しおりを挟む1 新たな目標
俺の名前は阿久津雄介。
ある日、クラスでのホームルームの時間中に、俺はクラスメイトごと異世界に転移した。
彼らが飛ばされた先は、グルストン王国。ドラグネスという国の支配のもとで、他の国との序列を決闘で競い合っている国だ。
俺たちは国を代表する勇者として、その決闘に参加するよう国王から依頼される。
その戦いに備えて、『天性』という能力を付与されたのだが……俺が得たのは用途不明の『ガチャ』。他の戦闘向けでない能力を持っている数名の友人とともに補欠扱いされてしまう。
そんなある日、補欠組で街を歩いていたところ、俺の『ガチャ』の力が解放される。
貨幣と引き換えに、自分や仲間のステータスを上げる能力を手に入れた俺は、クラスメイトを陰から支えて育成し、俺自身もクラスでトップレベルのステータスを手に入れる。
ドラグネスからの刺客として現れた、ドラゴンを操る少女・アリエルの襲撃も防ぎ、グルストンの危機を救ったのだった。
そんな俺たちは今、ドラゴンから街を守った功績を称えたいと、国王のガイウスから呼び出されていた。
「面をあげよ、勇者アクツ」
国王の言葉に、俺は顔を上げた。
「ははぁっ」
「此度のドラゴン討伐の件、誠に見事であった。褒めて遣わす」
「もったいないお言葉にございます」
クラスメイトから委員長と呼ばれている錦由乃さんから、あらかじめ手渡されていたカンペ通りに俺は返事をする。
叙勲式と銘打たれていた今回のような集まりは、普段の俺からしたら縁もゆかりもないもの。
当然マナーなんて知らない俺は、委員長に頭を下げてカンペ資料を一夜漬けで覚えてきていたのだ。
こういう時にも、あらゆるデータにアクセスできる委員長の天性『識別』は役に立つ。
基本的に、こういう場では必要以上に喋らず、頭をぺこぺこ下げておくだけでいい。
無事に式を終えられると油断していたところで、王様が突然話題を振ってきた。
「時にアクツよ」
「はい」
「私には貴殿がアリエル殿をどうやって打ち負かしたのか、未だに納得がいっておらん。ステータスは低いまま、天性も特別強そうには見えぬ。何か王国に隠し事などしておらぬか?」
「はぁ……」
俺の『ガチャ』によるステータスアップの恩恵を受けているのは、今のところクラスメイトだけ。
そして、上昇した数値は他者が確認できない特別な仕組みだ。
城の人間は俺の能力がいかほどのものかわかっていないのだが……
俺は隣にいた委員長をチラ見して判断を求める。
委員長はその視線を察して、手を挙げた。
「王様、発言の許可をいただけますでしょうか?」
「ニシキか? たしか現場にはお主も居たな。良い、発言を許可する」
ありがとうございます、と一拍置き、委員長は事細かに説明し始める。
委員長には、もし国王が天性やステータスについて尋ねてきたら解答を任せたいと、事前に伝えていた。
『ガチャ』の説明はどこかでしないといけないとは思っていたが、俺には上手くできる自信がなかったからだ。
俺の『ガチャ』によってステータスを獲得したり、素材を入れることによって自分たちの世界の食事を作ったりできるということ。アリエルとの戦闘は底上げしたステータスで打ち負かし、さらには食べたことのない甘味をあげて、仲間にしたことなどを語った。
流石委員長。流れるような説明だ。
ただ、全部は明かさない。
討伐した魔物をガチャに取り込んで、素材や魔素というエネルギーに変換する〈解体ガチャ〉と〈魔素変換〉については黙っておいた。
ドラゴンの素材を俺が持っていることがバレかねないし、そうなるとその素材をめぐって面倒ごとが発生しそうだからだ。
王様は顎に手を当てる。
「なるほど、それが本当であればたしかめたいな。アクツよ、この場にいる全ての人物のステータスを上げることができるのか? 虚言ではないだろうな」
「はい。しかしステータスを上昇させる際に対価として貨幣を用いるのですが……」
「貨幣か。いくら必要だ?」
「金貨一枚あれば足ります」
王様が命じると、壁際にいた大臣が俺に金貨を一枚手渡してくる。
ガチャを回そうとしたところで、委員長がこちらに視線を向けてきた。
その目は「ガチャで金貨の金額分使い切っちゃだめよ」と訴えていた。
もちろんわかっておりますとも。銅貨ガチャ十一連ですよね?
差額分はありがたく冒険時に活用させてもらおう。
俺はそいや、とガチャを勢いよく回してから、王様たちの方を見回した。
「それでは皆様ステータスの確認をお願いいたします」
「もう終わったのか? 随分と早いのだな」
王様は拍子抜けだという顔をするが、ガチャを回すだけなのだからお手軽だ。
時間も手間もかからない。
そしてすぐ、周囲からざわめきが聞こえ、信じられないという顔がちらほら見え始める。
俺たちにとってはちっぽけな数字だが、大人の初期ステータスが平均50前後のグルストンなら破格の成長だろう。
ステータスを見てから、王様はすぐに今まで疑いをかけてきたことを詫びてくれた。
「なんと……たかだか金貨一枚でこれほどの効果があるのか!? なんたることだ。なぜこんな破格の天性持ちを我々は補欠に任命したのだ。我らの目は節穴だったのか!?」
ひどく落胆する王様に委員長が続ける。
「お言葉ですが、王様……阿久津君の天性はもともと未知のものでした。今でこそその才能が高く発揮されていますが、もし仮に初めからレギュラーに任命されていた場合、彼はこの能力を活かせなかったように思うのです」
「というのは……?」
「補欠という立場に落とされたからこそ、このままでは終われないと彼は覚悟を決めて成長しました。裏を返せば、順当にレギュラーメンバーになっていたら、能力は覚醒していなかったかと」
「今でこそ優秀ではあるが、その成長は我らの決定で窮地に追い込んだからこそというわけか」
「まさしくその通りです」
「して、ここまでの偉業を成し遂げてくれておるし、今後はレギュラーにとも考えたのだが、いかがだろうか?」
「いえ、私たちは補欠のままで構いません。他の代表選手もみんな強いですし、私たちのことはグルストン王国の切り札の一つとして考えてもらえれば」
国王は少し考えてから、口を開いた。
「あいわかった。また危機が訪れたら力を貸してくれ。アクツもそれで良いか?」
「俺もそれで構いません」
そのまま滞りなく式は進み、一時間ほどで俺たちは解放された。
部屋の外で待っていた親友の冴島薫たちと合流して、俺たちは歩き出す。
ひと通り国王と話した内容を伝えると、アリエルが不満げに口を尖らせた。
「雄介はレギュラーにならなくてよかったの? 今より待遇もよくなったかもしれないのに」
「いいんだよ。レギュラーになったら王宮での軟禁生活が待ってる。グルストン王国って、極力戦力は温存しておく方針だし、今みたいに外出するなんてできなくなる。もともと俺たちが、アリエルのもとに送られたのも時間稼ぎで、レギュラーの戦力を失いたくないってことだったしな」
「それでこっ酷くやられたあたしは、どうやって立ち直れば良いわけ?」
アリエルが、俺の発言に落ち込んだ。
「まぁまぁ、ソフトクリームやるから立ち直ってくれよ」
「あんなのであたしの機嫌が取れると思わないで!」
言葉とは裏腹に、その顔にはソフトクリームが食べたいと書いてある。
全く素直じゃないんだから。
「はいはい喧嘩はそれくらいで。そろそろお仕事の時間よ」
委員長が音頭を取り、俺たちはその後ろに続いた。
いつもモンスターを討伐している森に到着すると、みんなで素材の回収に勤しむ。
あれから俺たちは、アリエルを王宮の外に連れ出しては冒険者の真似事をさせていた。
労働をして稼いだお金でご飯を食べる。
そんな当たり前の生活を送ることが、今の彼女に必要だと考えたのだ。
もう一つの理由としては、俺がガチャから出す料理を食べ過ぎて、会った当初より太ってきているアリエルをダイエットさせること。
今は程よい体型維持ができている。
ステータスは俺たちに比べると貧弱なので、絶賛置いてけぼりではあるが……
しかしアリエルの相棒のベビーワイバーンに乗って上空から獲物を確認したり、彼女もそれなりに活躍していた。
この間はその偵察のおかげでカカオを発見して、ソフトクリームにチョコレート味を追加していた。
もう一体保護しているドラゴンがいるのだが、そっちは俺たちに強力なトラウマを持っているようで、まだ顔を見せてくれない。
呼び出したら騒ぎになるから、仮に召喚するとしても、違う大陸にいる時になるだろうけど。
素材採取の時間を終えて、王城に到着すると、『鍛冶』の天性を手に入れた夏目が何やら便利なアイテムを開発したという情報が耳に入った。
早速、夏目のもとへ向かうと、腕輪と武器がいくつか渡された。
普通の装備品でなく、魔石を媒介としてモンスターのスキルを使える代物だそうだ。
受け取る際に、魔石の補填を頼まれた。モンスターを倒したら積極的に魔素にせず、魔石も集めておいてほしいそうだ。
「これを大量に生産して、グルストン王国の一般武装として国中に分配すれば、スキルやステータスが弱くても戦えるだろう? 冒険者ギルドの戦力を底上げしつつ、次に襲撃者が来た時に役立ててほしいんだ」
このまま防戦一方ではだめだと自分で気付いたのか、はたまたレギュラーメンバーのリーダーの三上からアドバイスされたのか、どちらにせよ夏目も頑張っているようで、俺は嬉しくなった。
夏目と別れて、城の中を歩いていると、ドラゴン討伐のもう一組の功労者である水野義隆と姫乃皐月の冒険者ペアと遭遇する。
彼らはもともとレギュラーメンバーで、来たる日に備えて特訓していたのだが、今回のドラゴンとの戦闘を機に、俺らと同じように冒険者として街を散策したいと大臣に打診したらしい。
二人ともすっかり冒険者としても名を上げているそうだ。
俺たちが素材集めでバタバタしている時に、ちゃっかり異世界生活を謳歌していて羨ましい限りだ。
「そういえばお前たちは港町の方は行ったのか?」
ふと水野が尋ねてきた。
「いや、まだ森の方がメインだな」
「一回行ってみろって、すごい良かったから!」
たしかに、今まで作ったメニューも魚なんかはほとんどなかったし、これを機に海に足を運ぶのもいいかもな。
「おぅ、情報ありがとな。行ってみるわ」
港町、そのフレーズだけでも海鮮系のレパートリーがガンガン増えそうだ。
だが、水野も生魚を食べている光景は見かけてないようだった。
最後に、水野は自分たちでとってきたジャイアントクラブという蟹の魔物をお土産として渡してくれた。
ジャイアントというだけあって、ハサミだけで俺の身長くらいあった。
水野たちが去った後、ありがたくガチャにぶち込むと、そこに新しいメニューが加わる。
「カニクリームコロッケか」
画面に新しく増えたメニューを見て、俺は呟いてから試しに出してみた。
「なにそれ? 見たことないものね。美味しいの?」
皿に五、六個盛られた状態で出てきたコロッケを俺たちが眺めていると、アリエルが興味ありげに皿を覗き込む。
「食べるか? 美味いぞ」
「そこまでおすすめしてくるなら、食べてあげなくもないけど?」
食べてやることに感謝しなさいよ、とそこまで言ってから口に入れた。
瞬間、アリエルの目が輝く。
見たことのないフォルム。サクッとした食感と、そこからは想像できない中身の柔らかさ。
どれも彼女には初めてのものだろう。
最初こそコロッケの熱に目を白黒とさせていたが、舌が熱に慣れてくると、アリエルは次のカニクリームコロッケへと手を伸ばす。
どうやら気に入ったようだ。
その食べっぷりは、このまま放っておけば俺たちの分すら食い尽くしそうな勢いだ。
俺はみんなにもコロッケを回した。
「うん、イケルな」
「ええ、わたくし初めていただきますわ」
クラス内随一の令嬢の杜若みゆりさんも、興味津々で口に運んだ。
どうやらここにも初めて食べる人がいた。
「杜若さんも食べたことなかったの?」
「私の家庭では出たことがなくて。蟹は食べるとしても、蟹しゃぶとか単品でいただくことが多いですわね。ですがこれもなかなか」
皿の中身が無くなった後も、物足りなそうにアリエルがソワソワしている。
「すっかりお気に入りなようね? どうする、阿久津君?」
委員長にそう言われ、俺は頬をポリポリと掻いた。
「つっても、もう夕方だぜ? 明日水野に聞いて、どこでとれるか案内してもらおうぜ」
「それまでこの子が我慢できるかしら?」
「もう出せないの?」
アリエルが物欲しげな顔でねだってくる。
「出せるっちゃ出せるが、みんなに振る舞う分残さないと、水野になに言われるかわかったもんじゃねー。自分たちだけで食ったなんてもしバレたら……クラス崩壊するぞ?」
その状況が想像できたからか、委員長は首を横に振って、アリエルの肩に手を添えた。
「やめておきましょう」
その日ばかりはソフトクリームだけでは機嫌が治らなかったので、もしかしなくても、アリエルの好物が上書きされたのかもしれない。
翌日、港町に出かけることを許可された俺たちは、城下町から拠点を変えて港町サーバマグへと向かった。
「雄介、早く!」
水野の説明によれば、ステータスが上がった後の俺たちなら全力ダッシュで三十分の距離らしい。
しかし関所を通る関係で、一度くらいは馬車に乗った方がいいと聞いている。
アリエルが居心地の悪さに不満の声をあげている傍ら、俺たちはまだ見ぬ魚に心を躍らせていた。
途中で、不思議な格好の三人組が馬車に乗り合わせてきた。
旅人にしては軽装のガタイの良い男が一人。連れて歩く少女たちの格好は奇抜だ。
もとの世界から来た俺からすれば、今日はハロウィンだったか? と思うような見た目をしている。
薫や委員長に話を振ろうとすると、ふと隣で大人しくうずくまるアリエルが視界に入った。
まるで強敵を前にしてやり過ごす弱者のように。
突然押し黙ったアリエルは、彼らが降りてからようやく息を吹き返した。
よく見れば冷や汗を浮かべて、顔色を悪くしている。
お腹でも冷やしたのかな?
「どうした、アリエル?」
「雄介たちは気づかなかった? あの集団にいた男、他国の勇者よ?」
「「「「──ッ!」」」」
俺だけでなく、委員長たちも目を丸くしている。
今さらになって自分たちの危機感のなさに気付かされた。
ステータスだけ高くても素人の集まりである事実は変わらないのだと、痛感させられる。
「じゃあ今すぐ城に戻ったほうが?」
「いえ、その動きに感づかれたら厄介だわ。相手に事を起こす理由を持たせないためにも、ここはそのままやり過ごしましょう」
アリエルの言う通りかもしれない。
それに、城にはステータスを底上げした三上たちもいるし、騎士団たちにも魔石武器は普及している。
慌てずとも大丈夫だろう。
◇◆◇◆◇
どうしてこんな田舎まで足を運んじまったのか。
俺――シグルドは、今さらながらに請け負った仕事に不満を抱いていた。
俺の様子を見ていた狐耳の少女のノヴァが声をかけてきた。
今回の仕事の上司だ。
「シグルドよ。妾の見立ては不服か?」
仕事上、俺たちは金を貰ったら相手がどんなにクソ生意気な存在でも、依頼内容が好みじゃなくても受けなきゃならない。それがこの傭兵の社会で生き抜く術だ。
「いや、別に」
「仮に不服でも、わかりやすく表情に出すもんじゃないがな。見よ、この国の人々のなんとも呑気な面構えを。お主らも見習うところではあるんではないかの? カッカッカ」
見た目こそガキの上司だが、中身は違う。
老獪な獣が人の姿を模しているのだ。
俺たちが今回仕事を引き受けた相手は獣人たち。
その総本山から、どうやら最近幅を利かせてる奴がいるから、そいつを締め上げてこいとの命を受け、ここに派遣された。
しかし、現地に到着してみれば、揃いも揃って腑抜けばかり。
強い相手と戦えるという俺のワクワク感は着いてすぐに消失した。
「オッサン、仮にもアタシの保護者なんだから、しっかりしてくれよな?」
もう片側にいる狼フードを被った少女が俺を咎める。
俺の戦友の忘れ形見であるシリスというガキだ。
俺自らが鍛えてやっている分、他の同年代と比べれば強いとはいえ、まさかこいつが一緒に選ばれているとは思わなかった。
今の俺はガキ二人の子守りをしている父親にしか見えないだろう。
代わり映えのしない景色を幾度となく見上げ、何度目かの馬車の乗り換えを経て、ようやく俺たちはグルストン王国のお膝元、城下町へと辿り着いた。
ノヴァと似通った風貌の獣人たちがちらほら歩く街中で、シリスがお上りさんの如くあっちこっちを見回す。
ノヴァは勝手知ったる自分の庭のごとく、迷うことなく目的の宿へと到着した。
俺もシリスを引きずってその後を追う。
扉をノックすると、獣耳をつけた親子が顔を覗かせる。
「息災か? ミレーヌよ」
「ノヴァ様。こちらへおいでいただいたということは、そちらの方が例の?」
ノヴァの挨拶に、親の方が反応した。
「ここだと人目もあるし、話しづらいのぅ。部屋は空いとるか?」
「もちろんご用意しております。恩義ある方のためですから。後ろのお二人もどうぞ。長旅でお疲れでしょう?」
そう言って親子は俺たちを招き入れた。
先頭を進むノヴァの後に俺とシリスが続く……が、一瞬何かに見られてる気配を感じて、俺は立ち止まった。
「オッサン! 急に止まるんじゃねーよ!」
振り向くと、俺の背中に顔をぶつけて尻餅をついたらしいシリスが騒いでいた。
盛大にすっ転んだようだな。
「悪い、一瞬こっちを覗いてる奴がいたような気がしたんだ」
「ハァ、アタシは何も感じてねーぞ?」
たしかに今は反応がなくなっている。
気のせいか?
俺より嗅覚の鋭いノヴァが何も感じていないということは、きっと俺の早とちりだったんだろう。
シリスと押し問答しながら宿へと入ると、中では用意された温かい食事が俺たちを待っていた。
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