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7話 成長の兆し

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「みうちゃん、今回は残念だったね。次頑張ろう」

「そうだね。よーし、次のスライム、こーい!」


 先ほど入手した緑の極大魔石結晶を無造作にポケットに入れ、周囲に威圧するように木の棒を振り回した。
 このやりとりに、いい年した大人が大目玉で筆談を仕掛けてくる。


:どういう教育をしているんだ!
:うちの撮影では、これが普通です。


 他に赤、青、緑、黄、紫のレパートリーがある。
 これらの魔石は中央が虹色に光っていて眺めているだけでも元気が出るとみうのお気に入りだ。

 その中でも赤が一番気に入ってるのでそれ以外への印象が良くないだけで、外に出回れば普通に大当たりということを本人が知らない。

 今回は二匹につき一個というスパルタ仕様なので、ちょっとムキになりながらの討伐だった。
 出てくる魔石がとんでもない代物だということに目を瞑れば、微笑ましいものである。


「今回は黄色だった、ざんねーん」

「あら、私は黄色い魔石も好きよ?」

「じゃ、これ九頭竜プロにプレゼントします。お兄ちゃん、いいよね?」


 九頭竜プロが「いいの!?」と俺をチラチラ見ながら目で訴えてくる。


:大丈夫です。みうがあげると言ったなら、取り消せません


 俺は素早く告げると「なんだか得しちゃった」という顔で微笑む九頭竜プロ。


「ありがとう、みうちゃん。次は私がお手本見せようかしら」

「スライムを相手にですか?」


 ここにはスライムしかいない。
 俺の操るスライムだ。
 出てきてもスライムぐらいだろう、みうにとってはそういう感覚なのだ。


:何か他に出せない?


 九頭竜プロがみうに見えない位置で筆談を仕掛けてくる。


:オークとかどうです?
:みうちゃんは見たことは?
:ないですね。でも九頭竜プロなら守りながら戦えるのでは?
:ええ、それくらいなら


 俺は廃棄されたダンジョンに魔力を流して奥の方にオークを生成した。
 大きな魔力を流した物だから、少し地響きがした。
 スライムより結構持ってかれた感じがするな。
 まぁ微差だ。


「みうちゃん、下がってて。奥から大きいのがくるわ!」


 ズシン、ズシン。
 大きな足音をさせながら、普段はスライムしか出てこない洞窟からオークがこんにちわしてきた。


「きゃーーー!」


 みうは初めて見るモンスターに腰を抜かしてしまう。
 スライム相手になら、少し余裕を見せてさえいるが、初見の相手にはこうなってしまうのだ。

 最初にゴブリンを見せて慣れさせようとも思ったが、九頭竜プロにゴブリンとかいう雑魚を相手させるのも見栄えが悪いしな。

 せっかくのコラボ回だ。もっとすごいモンスターを相手にさせようと思った。

 みうがどうやっても勝てない、かと言って危険もないモンスターならオークが適任だろう。


「みうちゃん。ここは私に任せて!」


 九頭竜プロが一歩前に出てオークとみうの間に立った。


「だめ、あたしも戦うよ! 九頭竜プロにだけ任せるだなんてダメだよ!」


 ここは自分のチャンネルだもん、と怖い気持ちを抑えて立ち上がるみう。
 いつになく勇敢だ。

 木の棒を構えながらも、しかし足はガクガクと震えていた。
 九頭竜プロがいなかったら、その場でうずくまってしまうほどの恐怖だろうに。
 俺も本当ならこんなことしたくない。
 けど、九頭竜プロの凄さを見せるためにはこれくらいの演出は必要だった。


「危ないよ、みうちゃん。ここは九頭竜プロに任せるんだ!」


 今は九頭龍プロの見せ場だから下がってようねとやんわり言った。


「オークックックック!」


 オークはユニークな鳴き声で鳴いた。
 手にした棍棒は、みうの胴体以上の太さを誇る。
 洞窟の天井スレスレの身長。でっぷりとした体格。
 みうの華奢な腕では1ダメージすら与えられない、絶対的な格上の登場だ。


「まさかコラボ中にこんなアクシデントに会うなんて。でも、私がいる時でよかったわ」


 九頭竜プロが腰に佩いたショートソードを鞘から引き抜く。
 銀色に輝く、鋭い光が横に薙いだ。


「剣技:スラッシュ!」


 スキルの発動と同時、九頭竜プロの姿がブレる。
 その場に地面を踏み抜いた足跡を残し、
 

「オクデラッ!」


 まだ距離のあっただろうオークの肉体がたちまち16個の肉の塊に解体された。
 あっという間に驚異は去り、その場に魔石を残した。
 緑の極大魔石結晶だ。


「わぁ! さすが九頭竜プロだね! 一瞬でよく見えなかったよー」

「魔石、ドロップしたわ。緑だったけど」

「あー、それはハズレだね。今日は赤いやつが出るまで頑張ろっ」

「私は緑でも嬉しいわよ?」

「えー。じゃあそれもプロにあげます。お兄ちゃん、いいよね?」


 俺はオッケーのジェスチャーをみうに送る。
 ちょっとした優越感のような物を感じているように見える。
 一応俺に聞いてくる時点で、自分たちの稼ぎを渡しているという認識は持ってるみたいだ。

 みうにとってはお小遣いの足しにもならないけどいいのか? って感じ。
 近所の子供に100円を分けてあげてる感覚か。

 こんなので喜ぶなんて、九頭竜プロはちょろいな。
 それとも私に合わせてくれてる?
 みたいな勘違いをみうは今頃考えているかもしれない。

 それから、九頭竜プロに感化されたみうが剣技の真似事を模倣していった。
 今までは木の棒で叩くだけだったみう。


「剣技:スラッシュ!」


 見よう見まね。けれどそれは少しづつ形になっていった。
 スライムを背中から叩くのではなく、真正面から横に薙いでいく。
 それによって狩効率が少しづつだが上がっていった。


「みうちゃん、休憩入れよう」

「ごめん、お兄ちゃん、もう少しだけ」


 もう少しだけ練習させてほしいと言ってきた。
 いつもだったらすぐに「疲れた」と言い出すのに。


:すごく汗をかいてるけど休ませなくていいの?
:好きにやらせてあげてください。初めてなんです


 わがままを言ってきたのは。
 自分でこうしたい、ああしたい。そう言ったわがままは今まで言わないようにしていた。
 そのみうが、今自分の力で殻を破ろうとしている。
 兄貴として、認めてやらなきゃいけないだろうが!

 そのあと一歩が遠くとも。
 自分でそれを選んだみう。
 そしてその一撃は、ついにスライムを両断した。


「すごいわ、みうちゃん」

「おめでとうみうちゃん!」

「みんな! 応援してくれてありがとう! あたし、剣技を覚えちゃった!」


:驚いたわ。剣士のジョブに付かずに剣技を覚えてしまうなんて
:珍しいんですか?
:ありえないのよ。ジョブも持たずにスキルを覚えるのは
:俺のジョブも少しおかしいので、もしかしたら妹のもおかしいジョブなのかも
:そう言えば空海夫妻のお子さんだったわね
:はい


 九頭竜プロは、両親のファンだったので丸め込むのは容易い。
 しかしここにはもう一人、丸め込むのが難しい大人がいた。


:おい、坊主
:なんです?
:お前の妹さん、そろそろダンジョンデビューさせるか?
:年齢制限に引っ掛かりますって
:それなんだがな、政府の方でスキルを覚えた子供を対象にFランクダンジョンに限って開放の案件が出てるんだよ
:知りませんよ
:社外秘だからな


 そんな情報俺に漏らしていいのかよ。


:それに


 ?


:あの子なら配信者になっても伸びる気がする
:それならば私がスポンサーになってもいいぞ?


 九頭竜プロがホクホク顔で言ってきた。
 魔石いっぱいもらいましたもんね。


:うちの妹は不治の病なんですが?
:ダンジョン内でここまで動けるなら問題ないだろう
:そういう問題じゃないでしょ


 病院だってあるし。
 これは運動でしかないのだ。
 ここでの配信はあくまでも妹の思い出作りで。


:みうちゃんに聞いてみたら?
:そうだぞ、兄貴だからって何でもかんでも束縛はよくない


 言ってる側から、俺の気持ちを無視して九頭竜プロが仕掛ける。


「ねぇ、みうちゃん」

「はい、なんですか?」

「こことは違うダンジョンに興味はない?」

「お兄ちゃん、どうしよ?」

「お前はどうしたい?」

「あたし、この剣技を活かせるダンジョンに行きたい!」


 その表情は真剣そのもので。
 違うダンジョン、本物のダンジョンに向かうということはここ以上の危険が待っていると告げた。
 それでも行きたいと、その言葉を聞いた。


「わかった」

「いいの?」

「でもすぐにはダメだ。病院だってある。ダンジョンを変えるには、先生の許可が必要だ。今以上の危険に自分から向かうというのは、これからも頻繁に病院のお世話になることを意味するんだぞ? 運動以上に体を動かすことだってあるんだ」

「大丈夫。だってあたし、今とっても調子がいいの! なんだかいつも以上に体が動いてる! 心臓はドキドキってうるさいけど、いつものような痛さはない! これってワクワクしてる時の鼓動だよ!」


 そんな顔をされたら、そんな感情を吐き出されたら。
 にいちゃんはダメだって言えなくなるじゃないか。

 俺はちょっとむすっとしながら熊谷さんの案に乗り、新たなスポンサーとして九頭竜プロと契約を交わすことにした。

 剣技の取得が、みうの体に新たな成長を促したのなら、それでいい。
 今よりももっと長生きできるんなら、新たな冒険ぐらいさせてやるさ。

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