劣等生のハイランカー

双葉 鳴

文字の大きさ
上 下
129 / 147
最弱種族の下剋上

切り札

しおりを挟む
 蛇髪の女の考察を数度終えたあたりで、消耗が激しいと察したのか、リーダー格が撤退の指示出しをした。

 うーん、もっと耐えてくれると思ってたのに。
 流石にこっちがノーダメージすぎたか?
 要所要所でユグドラシルを差し込んだのが不味かったか。

 少しは劣勢のフリでもしないと相手も必死になってくれないもんな。
 そこは及第点か。

 あまり長丁場にすると戦線から撤退されてしまいかねない。
 流石にそれはまずいかな?
 得たいのは敵の情報だ。

 相手が敵のどの位置にいて、どれほどの権限を持っているか。
 これを精査したい。
 敵の場所、仲間の場所。
 それを把握しなけりゃ救出しようがないからな。
 見つけたから殺すってのは、救出作戦において下の下なのだ。
 とはいえ、ちょっと遊びすぎたのは反省してる。

 ならさっさと倒して仕舞えば良かったって?
 いや、それは下策じゃん。
 
 格の差を見せつけて、仲間の引き入れるか、あるいは情報を引き出して逃すの選択肢は見せるべきだ。
 相手にそういう奴なんだと思わせるのも手である。

「おーい、こっちは二人なのに逃げんのかー?」

「仕切り直しだ! 貴様らを倒し切るには今の戦力じゃ足りない。妾たちが本腰を入れて直々に相手をしてやるというのだ! 光栄に思うのだな!」

 実力不足で逃げるというのに、どうしてそんなに偉そうなんだろう?
 やっぱりソウルグレードが高いと遜るのも恥とかいう考えなんだろうか?
 これがわからない。

「まずは泳がせてもいいんじゃないか?」

「ふむ、それもそうですね」

 あっさりと逃す作戦を促すお義父さんに言われて煽るフリをやめる。
 相手が逃げ切ったのを見越してから、お父さんは懐から藁人形を取り出した。

 どうやら先ほどの防戦一方の戦いで、相手側に何か印をつけたらしい。
 そういうところ、抜け目ないんだから。

「相手のいる方にこれが反応する。いわゆる式神に似た動きをするものだ。これを、こうしようか」

 手のひら同士を合わせると、それは新たな命が宿る。
 藁人形が鳥の姿になった。
 というか、スズメだこれ。
 ダンジョンの中にスズメ。
 果てしなく似合わないなと思いつつ、それは喉元で飲み込むことに成功する。
 チョイスに関してまでダメ出しできるほど仲良くはないからだ。

 藁人形のスズメはチュンチュン言いながらお義父さんの肩に止まる。
 これでいつでも方角に向かって鳴いてくれるということらしい。

 本当に場外戦術が得意だな、この人。
 さすが、裏で暗躍していただけある。

 これで能力1/10とか、実力バグりすぎだろう。
 俺が言えたことじゃないが。




 ◇



「聞いていた話と違うではないか!」

 逃げ出した先蛇の髪を持つ女、ステンナは取り巻きの一人の胸ぐらを掴んで威嚇した。
 簡単な仕事のはずだった。準備せずに言ったとて、負ける相手ではなかった。
 それが何一つ通用せずに撤退した。
 そのことに対するイライラが限界突破した形だ。

「相手はヒューム、ソウルグレードが1の弱者。そう聞き及んでいます」

 取り巻きは胸ぐらを掴まれた状態でも、臆さず淡々と述べる。
 こんなやりとりなどは慣れっこなのだろう「またか」という面持ちで対処する。

「なら何故我々の攻撃が効かぬ?」

 ラミアのソウルグレードは2。
 1のヒュームの攻撃は一切通じず、こちらの攻撃は一方的に通る。
 それが今までの常識だった。

 だからこの仕事は楽な部類。
 そう思っていた。

「わかりません。何かしら耐性を持っていたのかもしれません」

「それをひっくり返すのがソウルグレード、魂の位階であるぞ? 特別な力だ、そうであろう?」

「ですが仮にも王。ジャヴィド様と序列で競い合うお相手。我々と同様のソウルグレードを持っていてもおかしくはありません」

「それでも、生まれが1の相手に遅れを取るなどあってはならんことじゃ」

 ラミア族は非常にメンツを尊重する。
 そのメンツに泥を塗られることを何よりも嫌った。

 なんとかして挽回しなければ、主人、ジャヴィドに飽きられてしまう。
 ただでさえ寵愛の回数は少なく、多種族と比べていつ切り離されてもおかしくはない。

 ラミア族にとって、最後の心の拠り所なのだ。
 ソウルグレードの高いオスに後ろ盾になってもらうことは。
 それが与えられた仕事を満足にこなせないのであっては、話にならない。

「しかし邪眼が効かないとなればどうすべきか」

「妹様たちを呼び戻すべきでは?」

「あいつらか……」

 ステンナは苦渋の面を晒す。姉妹の盃を交わした同じラミア族の戦士。
 女王であるステンナと対等な存在であるが故に、寵愛を受けるという意味ではライバルと言えた。

「迷ってる場合ではないと思います。我ら種族の矜持化、ステンナ様のメンツの話です」

「妾のメンツを捨てろというのか?」

 ステンナはそれが我慢ならないとばかりに憤怒する。

「我々に残された時間は少ないかと」

 確かにそうだ。そもそもこんな簡単な仕事、片手間で終わらせられない存在がジャヴィドのおそばにいられる筈もない。
 ただでさえ名前も覚えてもらっていないのだ。

 あの存在に認められるためならば、多少の面子は捨てなければならぬか。ステンナはそれでも、自分一人の力でやりたいと取り巻きにこぼす。
 妹達は最後の手段にとっておく。
 
 ひとまずはそういうことになった。
 ではどうすべきか。

「別の策となりますと、こういうのはどうでしょうか?」

「これは?」

 取り巻きの一人が鏡を取り出す。そこに移されたのはこことは違う、同じダンジョン内の風景。
【嫉妬】の王、エンヴィが寄越してきた供物だ。
 糧にしても良いし、遊びに使っても良いとされたヒュームである。
 なんの役にもたたないだろうと捨て置いたが、確かにこれは使えそうだとステンナは悪い笑みを浮かべた。

 鏡の中にはボサボサの髪をかまいもせず、屈強なオスに縋り付くメスの姿があった。
 これを人質にとり、油断を誘う。
 それならば相手に攻撃が通じるかもしれない。
 ヒュームとは、同族のメスに甘い生き物だ。
 女しかいないラミアにそんな感情一切湧かないが、多種族がそのように語る姿を見て「そんなものかと」と思っていたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。




「よかった、人がいたか。すまんが食料を少し分けてはくれぬか? 連れが栄養不足で倒れてしまったのだ」

 しかし、その場所に赴いたステンナ達は面食らってしまう。
 メスを確保しに来たのに、いつの間にかいなくなってしまったのだ。
 代わりに見上げるほどに大きなオスが、ステンナ達を見るなり物乞いしてきたからである。
 
「貴様らに食わせる食糧などない、と言ったら?」

「それは困ったのう」

 大男、貝塚真琴は大して困ってはいないよいうに顎をかく。
 ステンナという存在を前にしても一切臆さないどころか、むしろ堂々としているのが気に掛かった。

「それはそうと、ここにメスが居なかったか?」

「メス? おなごならここには居らんぞ? 我々は屈強な丈夫ますらおの集いじゃからのう! ガハハハハ」

 真琴はもしや自分の姿を見られていたか? と焦りながらも嘘を笑いで誤魔化した。

「隠し立ては無用じゃぞ? 妾の瞳を見よ!」

 必殺の一撃。ラミア族の中でも女王の血族にのみ継承される邪眼。
 それをこうも至近距離で浴びたのなら、魂までも石化する。
 その筈だった。

「なんじゃ? 目を見よなどとは面妖な」

「なんで、効かぬのじゃ!」

 ステンナは憤る。
 ただでさえ先ほど邪眼が効かずに敗走しているのだ。
 それが人質の確保をするためだけに同じ気持ちを味わうとは、思いもよらぬ。

「さっきからなんの話じゃ? 飯の伝がないのなら用はない。ではワシはこれで失礼する」

「逃すと思うか? もう貴様でも良い! 妾のために贄となれ!」

 ステンナの全力の呪力を注いだ邪眼が放たれる。
 反動で目の血管が充血するほど。
 しかし真琴に通じてる様子はない。

「ふむ、どうも血気盛んなようじゃ。ヌシが一体なんのために我らに仇なすのか知らぬが……少し揉んでやろうか?」

 真琴は震脚でその場に重低音を響かせると、身体中に響かせた音を練り上げて一本の矛とした。

「ギルド『アロンダイト』がマスター、貝塚真琴。いざ、尋常に押し通る!」

 音で作った槍を構え、真琴が吠える。
 下半身をヘビにした取り巻き達が地を滑るように這って迫る。
 だがそれよりも早く真琴の攻撃が到達する。

「遅い!」

 真琴の武器は音だ。
 ただ大声で叫ぶだけが能力の本質ではない。
 光よりも早く、その音は対照を射抜き内部を破壊する。
 投擲した武器は外傷を与えずに相手をその場に昏倒させる。

「ギィッ!?」

 直撃を受けた兵士は目や耳、鼻や口から大量の血を吐き出して絶命した。一同は何が起こったのか信じられないように真琴を睨みつける。

「何をした!」

「何をされたかわからぬ様では三流。それでもまだかかってくるか?」

「抜かせ!」

 どうしこうなった?
 ステンナは目の前で起こる惨状に理解が追いつかぬまま、ただ取り巻きがやられていく風景を見ることしかできなかった。
 ラミアの女王が、ソウルグレードの劣る存在相手に手も足も出ない。

 もうメンツどころの話じゃない。
 それに、自分のとっておきが効かない相手だ。
 背に腹はかえられぬと決断を下す。

「エウリーレ、メディア! 妾に力を貸せ!」

「はいはーい」

 間延びした声がステンナの伸びた影より現れる。
 長身の女だ。背中まで伸ばした髪はサラサラと風になびき、しかしその閉じられた瞳は感情を覗かせない。油断のできぬ相手である。

「なになに~?」

 対して幼さを思わせる顔立ちの少女が、等身大の蛇のぬいぐるみを持って現れる。パジャマと思わせる装いは顔立ちの愛くるしさを倍増させている。

「この二人が来たからには、お主、命はないと思え?」

「ふむ。随分と大きく出たが……」

 にまりと笑みを強めるステンナを見据え、真琴はどこ吹く風。
 首をゴキゴキと鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべて構えをとる。

「数を増やしたところでワシに敵うと思うな?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:83,581pt お気に入り:661

一般人な僕は、冒険者な親友について行く

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:5,398

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,146pt お気に入り:5,991

人気欲しさにBL営業なんてするんじゃなかった

BL / 連載中 24h.ポイント:1,151pt お気に入り:51

じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:111

処理中です...