劣等生のハイランカー

双葉 鳴

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奇妙な共闘

戦いの狼煙

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 面会の席で、俺は見慣れぬ女性を侍らせてる御堂さんと対面した。
 つい最近までは死ぬ気で物事に取り組んでいたというのに、今の彼の表情からは憑き物がさっぱり落ちたような顔だ。
 というか気持ち若返ってません?

「お久しぶりです、御堂会長。勝也さんから連絡を受け取り、事前調査してその報告を渡しにきたのですが……随分と若々しくなっておられませんか?」

「はは、何もかも君のおかげだよ。立ち話もなんだろう、掛けなさい。飛鳥、茶をいただけるかな?」

「明さんの大好きなお茶を淹れさせていただきますね!」

「僕のだけでは困るな。彼の分も頼むよ」

「……はーい」

 本当にどうしたというのだ?
 態度どころか口調まで変化してる。
 いや、老いがさっぱり消えて若作りした会長が今の姿に合わせて口調を変えたというのなら分かる。いや、わからない。
 ではその変化を与えたとするのは誰か?
 原因は分かりきっている。普段なら付き従ってる静香さんや刹那さんが居らず、あの女性がいる時点で大体判明してるような物だ。
 
「失礼ですが、あちらの女性は?」

「妻の飛鳥だ。本物ではないがね」

「え? あ、はい……?」

 言われてることの一ミリも飲み込めず、それでも有無を言わせぬ気迫に飲み込まざるを得なかった。

「君のジェネティックスライムは、見事僕の心の清涼剤になってくれている。ずっと望んだ最高の状態の彼女の復活を、僕に見せてくれたんだ。これ以上のプレゼントはない」

「はぁ……」

 すごいニコニコされながらの対応。緊張感のかけらもない。
 これが本当にあの御堂か?
 前回俺を射殺さんばかりに放っていたあの殺気がかけらも見当たらないぞ?

 両親の失踪に加担し、大多数を生かす為に少数を切り捨てる非道を行なってきた御堂の会長とは思えぬ変わりようだった。
 あとプレゼントじゃなくてあなたが勝手に奪ったんです。そこ、勝手に解釈変えないでくださいね?

「明さん、お茶ですよ♡」

「ありがとう飛鳥」

「お仕事頑張ってくださいね♡」

「ああ、ありがとう」

 まるで新婚カップルのような初々しさである。
 普段の老獪なイメージはどこいったんだ?
 本人もデレッデレで心ここに在らずだ。
 こんな【強欲】と手を組んで大丈夫なのかこの先不安でいっぱいだ。
 しかし茶を一杯啜り、茶器をテーブルに置いてから雰囲気が様変わりする。
 今まで以上の気迫に、御堂ここにありと宣言するような風格、威圧が加わった。

「それで、話を聞こうか暴食の王。学園では何があった? 世界に何が起こっている?」

「端的に申し上げれば、異界からの侵略です」

「バカな、早すぎる!」

「いえ、前兆はずっとありましたよ?」

「刹那」

「ここに、旦那様」

 会長が呼べば、まるで瞬間移動して来たようにその場に現れる。
 カッコいいな、アレ。俺も真似しよう。
 いや、凛華達になんとか真似させたい。
 と、思考がブレたな。

「彼の発言の正確性は何%と見る?」

「79%にございますわ」

「随分と高いな。相手はどこの誰だ」

「【嫉妬】の王にございます」

「あいつが? 誰かの遣いではなかったか?」

「俺も詳しくは知りませんが、北海道のクランは全滅していました。あいつを泳がせていたのは不味かったですね。各国に根を張り、今や追い上げるように強豪クランを他世界に転移させてこちらの戦力を削る算段だ」

「ふぅむ、雑魚と侮って放任したのが裏目に出たか。しかし北海道には二つの大型ギルドがあっただろう? 彼らが反抗しないのはどうしてだ?」

「人間を選択してもろとも送る何か強力な手段があったのだと思います。例えば契約者とか……」

「契約者をそう扱うか、外道め!」

「俺も妹を攫われています。凛華達はまだ学園内にいますが、妹とは念話が一切通じません」

「相わかった。それで敵の規模は?」

「全国同時侵略です。相手の言葉を鵜呑みにするのなら、6体とも5万体とも取れる分体を同時撃破しない限り肉体が再生する様です。ただ一匹一匹は弱い。俺の部下のカマエルのエネルギー弾で瞬殺でしたからね」

「なぜ大天使の名前が?」

 今まで御堂さんにしか興味を示さなかった女性、ジェネティックスライムが擬態した御堂さんの奥様が怪訝な表情で俺に向けられた。

「暴食は大天使すら使役する男だ。君も、この男の創造する合成より生まれたのだよ」

「そうなんですか。お初にお目にかかります、暴食の王。銘は御堂、名は飛鳥。明さんの妻をさせていただいているUR才能裁定者を操るものですわ」

「UR! 俺の世代では聞かないです」

「そう、年が経つたびに資源は枯渇していくかの様ですわ。それでお名前は教えていただける?」

「六濃海斗。晶正の息子といえばあなた方には通じるのでしょう?」

「まあ、まあまあまあ! あの晶正さんの息子さん? 全然わからなかったわ。私が意識を失ってる間に、こんなに大きな子ができてたなんて。明さんが老ける訳だわ!」

 調子が狂うな。しかしどんなに手を伸ばしても願いが叶わなかった蘇生ならぬ再現で、御堂会長の心が救えたのならいいのか?
 ただ、その後に続く「ご両親はお元気?」という言葉になんと返せばいいのか迷った。
 御堂会長も伝えてないのだろう、彼女はそれよりも前に死亡したという。

「元気ですよ。今も仲良くおしどり夫婦をしています」

「まあ~そうなの? 私達、晶正さんにはたくさん背中を押してもらったんですよ。だから私と明さんはこうして結ばれたんです♡」

「お似合いです。うちの父さんもさぞ祝福した事でしょう」

「そうなの~、そっかぁその息子さんがねぇ。妹さんを誘拐されて気丈に振る舞ってる。許せませんよねぇ明さん?」

 ただの雑談が、トーンダウンを経て殺伐とした雰囲気となる。

「当然だ。隔離された学園には、僕の娘達もいる」

「まぁ、聞いていませんわ?」

 いえば面倒が起こると知ってて言わなかったんだろうなぁ。
 周囲に静香さんや刹那さんを置いてない時点でわかる。
 相当な独占欲の持ち主なのだろう。
 デレデレしてはいるものの、少しだけストレスを感じてそうだ。
 しきりに胃の辺りを抑えている。
 うれしい悲鳴ではあるものの、過度な摂取をしすぎるものではないですよ、会長。

「静香と、その妹との子だよ」

「静香さんと鮮華さんですね。ちょっと、どうして姉妹に手をつけてるんですか!? いつからこの世界は一夫多妻が許されたんですの!? 明さん!」

「王には許されるんですよ、ね? 御堂さん」

「そうだ。そこの海斗君も相当に手が早い」

 おい、こっちに流れ弾を持ってくるな!

「晶正さんの血筋ですもの、仕方ありませんわ。それはそれとして明さん、お覚悟を! 天罰覿面!」

「うぉおおお、人形化!」

 いつもの流れなのだろう。それにしては迫真の演技だ。
 ただ、父さんの違う一面が知れて少し複雑な心境の俺がいる。
 そんなに手が早かったのかよ、父さん。
 そして俺も同様に見られてるって、ちょっとショックだ。
 
「と、この様にすぐ暴走する子でね。運用に困ってるんだ。力を向ける方向にさえ気をつければ戦力増加になるんだけど」

「メンタル的に脆いと?」

「そう言うことになる。しかし同時侵攻と来たか。舐められたものだ。御堂の戦力がダンジョンチルドレンだけだと勘違いしているのが笑えるな」

「対処は可能ですか?」

「その為のジェネティックスライムだろう? 数はどのくらい増やせる? うちの戦力のコピーを同時展開させる。移動は刹那が、戦力はうちの契約者が受け持とう。君にはジェネティックスライムの供給を頼みたい」

「別にあいつら勝手に増えますけど?」

「分裂する前とした後で戦力が大幅に変わるのを知らない君ではないだろう?」

「最上級の分体をお望みで?」

「そうだ。人数合わせの戦力は望んじゃいない。盤上をひっくり返すのはいつだって数より質の一点特化だよ、暴食の」

「その依頼、受け取りました。しばしお待ちを」

 俺は瞬時にダンジョンに転移して、ジェネティックスライム量産に努めた。作った側から瓶詰めにして、【強欲】へと送る。
 飛鳥さん以上にメンタル面で手に負えない伏兵を大量に抱えていたのだろう。大量生産したジェネティックスライムを持ち帰った時にはすっかり戦争の雰囲気を醸し出していた。



──その頃学園では。


「海斗さんとのお話はどうでした?」

 凛華が先ほど海斗宛に連絡を取ると言い出した寧々に対して尋ねる。個別に自分で要件を聞けば良いのに、と言いた気に寧々は目を細めるが、小さく息を吐いて情報を出す。

「想定よりまずいことになってるわ。悪い話と悪い話、どっちが聞きたい?」

「後者の方で」

「あら? どちらも悪い方よ。それでも聞くの?」

「どちらにせよ重要事項。後で聞くなら今聞いても変わりません」

「明海は学園で見当たらなかった。その話をしたわ」

「それで彼はなんと?」

「表では見ていない。それどころか今表では周王学園が忽然と消えてる事件が起きてるそうなの」

「!? それは本当なの」

 凛華の反応に寧々は動じずに答える。

「その事であなたのお父さんが躍起になって方々に連絡を入れてるそうなの。確かダンジョンチルドレンを今年中に間に合わせる為に、殆どを学園に入学させたのでしょう? 完全に裏を描かれた形ね」

 流石にここまで言えばわかるだろう。
 この失踪事件が外部から故意に行われたことに。

「待って、じゃあこの事件は……!」

「それがもう一つの悪い話。これ【嫉妬】の王の襲撃らしいの」

「敵の? じゃあ明海さんは……」

「敵に囚われたと見るべきね。だから彼も焦っていた」

「仕方ないわ。私たちとも分断され、妹さんが行方不明となれば」

「だから一発気合いを入れてやったの。らしくないわねって」

 しれっと言葉を重ねる寧々に、凛華は意味がわからないと言いように寧々に詰め寄る。

「何故そんな事を? 彼は恋人の私と別れ、最愛の妹とも別れた。とても辛い状況よ。なのに追い詰めるなんて!」

「普通の人だったらそれで通じるでしょうけど、彼は進んで王になった。そして私達も、彼に嘆願して契約したのよ。それくらいの覚悟は持ってくれないといざという時私達も動けない、でしょ?」

 言われて凛華は黙りこくる。
 そうだ、確かにそうだった。自分達は一般人のような人生を送れない運命共同体。彼氏だから、なんて甘えた考えを持つ出すのは違うのだと今置かれている境遇を思い出す。

「なになにどったのー? ムックンのお話?」

 そんな場所に、何も知らない久遠がやってくる。
 彼女に話せば事は大きくなる。だから表との物理的な通信が断絶された事は伏せて、学園内で起きてるであろうことを説明した。

「え! 明海学校外にも居なかったの!?」

「ええ、昨晩から行方知れずなのです。てっきり海斗さんの自宅で預かってるのかと思いきや、学校で別れたと言われて……」

 凛華は明海が入学しても同じ部屋で顔を突き合わせている。
 明海自身がその環境を望んでいるのと、凛華自身も可愛い妹ができたと張り切っていた。

 しかし昨晩から姿を見かけず心配していたのだ。
 それを今朝、寧々と久遠の両名に話していた。
 が、二人は同様に海斗の部屋に転がり込んで一泊したのではないかと結論を出す。世話焼きの海斗の事だ、彼女である凛華よりも優先順位が高い肉親。それもそうかと思考を切り替えたものだが……寧々からの念話を受けて気を引き締める。

「もしかしたら敵が明海さんを誘拐したのかも知れません」

「敵って?」

「今一番考えられるのは【嫉妬】陣営よね?」

「この前ムックンと一緒に訓練したカラフルシスターズ?」

 久遠はそんな認識なのかと呆れたような視線を送る寧々。
 凛華はそれを遮り、今まで一切表に出てこなかったそのトップを上げる。

「敵は【王】の方よ。一番会話が通じないタイプと見ているわ」

「明海の脅威度を鑑みて誘拐した?」

「もしかしたらもっと違う理論での誘拐かも……」

 そんな会話をしてる時、校内放送が鳴った。
 
「「緊急避難放送!」」

「「先日未明より学園内で失踪者が続出しております。生徒達は無理に捜索などはせず、クラス内でじっとしていてください。繰り返す……」」

 タイミングが良すぎる放送だった。三人は顔を見合わせ、クラスを飛び出た。
 この学園は探索者育成学校。
 ただでさえ血気盛んな生徒達がわんさかいる。
 校内放送を聞いて飛び出す生徒は凛華だけとは限らなかった。
 そのことを予測して学園側も罰則制度を出した。
 クラス外で目撃した生徒へ所持TPのマイナス査定。

 興味本位で飛び出す生徒はこれで駆逐されたが、使命を持って飛び出した三名はただでさえ桁の違う獲得TPを持っていた。

 御堂凛華5億TP、佐咲寧々4.5億TP、北谷久遠7億TP。
 マイナス1万PT食らったところで涼しい顔して支払う彼女達はこの学園内におけるカースト上位に位置する。

 そもそも授業すらまともに受ける必要もなく、なんだったらとっくに卒業してプロになっていてもおかしくないメンツでもあった。
 そんな彼女達が動く時点で事件性が高い。
 学園生達が興味を持たないはずがなかった。
 
 そして捜索を続けた結果、原因は体育館周辺にあることが判明した。
 体育館に行く渡り廊下に、不可視のワープゲートがあるらしい。
 寧々はそこにこれ以上人が侵入しないように幾重にも聖域結界を張った。
 凛華は首席の権限を使い、体育館への侵入を校内からも郊外からも侵入禁止とし、対策本部を開いて学園側に提出した。
 学園側も重い腰を上げるほかなかった。

 長井物まかれ新理事は苦々しい態度でこれを受理。
 学園はモンスター以外の脅威に対応策を練る必要があった。

 ただでさえ『才能』のゴリ押しを推奨してきた学園サイド。
 卒業生は運が良ければ御堂に拾い上げてもらえるという背景が存在したが、今は本当の未知に学園全体が飲まれてる状況だ。

 久遠には話さなかった表の世界との通信手段の遮断も学園側には書類で提示し、それが本当であると確認してからの教員達の態度があからさまだった。
 もしかしたら生徒達よりもパニックに陥っていたのは教員側だったのかもしれない。
 生徒よりも自分の保身優先なのが表に出てきたかのようだ。

 そしてそのパニックは、違う形で凛華達を襲った。
 学園の外の景色が変わり、まるで異世界転移でもしたかのような、荒野に学園が現れた形。
 見たこともないモンスターが学園に向けて敵意を向けてきた。

 まるでダンジョンの中に放り込まれた形。
 もちろんネットや電子機器も使えない。
 パニックに陥る生徒と教員達。
 モンスター専門の探索者も、安全マージンを潰されての探索は流石に専門外だった。
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