ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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151話 俺たちの可能性(side織部ルイ)

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「やる気がねぇんなら辞めちまえ!」

 怒号と共にバイト仲間の宇田の体が厨房から飛ばされた。

 ここ『お好み焼きや–平八–』では見慣れた景色。
 とはいえ大怪我されたら同じシフトの俺が困る。
 誰がお前の分の仕事をすると思ってんだ!

 それをしたからって特に俺の給与が上がるわけじゃねぇのにさ。

「いつつ」

「怪我はないか? 自分の仕事はできるな?」

「お前、第一声がそれかよ。もうちょっと俺のこと気遣ってくれてもいいんだぞ?」

「誰が野郎なんかの怪我を気遣うんだよ。で、今回は何やらかしたんだ?」

「それがよー」

 話を聞けばいつもの無茶ぶり。
 俺たちのスキルが加工に偏ってるからって、労働力以外の素材の仕入れまで強要してくる始末だ。

 向こうは俺たちのスキルを使と上から目線。別にこっちが使ってくれって頼んでるわけでもないのに、俺たちはスキルの行使をさせられていた。

 だからって給与が上がらないのが本当に理不尽。
 俺たちは一生こんな扱いのままなのかねってぼやきながら仕事に取り掛かる。

 総合ステータスで支配されたこの世界じゃ、低ステータスで生まれただけで強者に一生こき使われるのが決定している。

 いつか絶対に偉くなって、上の立場になってやる。
 そうして、俺たちを顎で使った奴らに報復してやるんだ。

 その先のこと?
 今を脱却してから考えるよ。

 何せそれを願い続けながら、叶わないまま3年が経った。
 俺は半分諦めてるが、宇田は諦めが悪いらしい。
 鳥居は何考えてるかわからないんだよな。

 いつもヘラヘラして、自分の置かれた立場を理解していないんじゃないかって思う。
 
 俺もそれくらいでいられたらこんなに難しく考えなくてもいいんだけどさ。
 
 働いて、働いて。
 たまに宇田が店長と喧嘩して。
 ずっとこんな生活が続くと思っていた。

 けどそれは唐突に終わりを告げる。

「なんだこれ?」

 バイト代を出し合ってシェアしてる賃貸に三通の手紙が投函されていた。
 差出人は国。

 生まれてこの方、誰かから手紙をもらうことなく生きてきた。だから全員が自分宛にきたものではないと直感する。

「近所のスーパーのチラシにしては随分と厳重に封がされてるね?」

「でもここ、俺たちの名前が入ってるんだよな」

 宇田の指摘の通り、そこに記されているのは俺たちの名前。
 児童施設に預けられた俺たちは、生まれを示すマイナンバーカードを持たされている。

 そこに本名と生まれた年が記載されており、施設で文字の読み書きを教えられて社会に放逐されるのだ。

 なので自分の名前の読み書きと、会話は可能。
 けど、どんな理由で自分たちに手紙が来たのか皆目見当もつかない。

「えーと、なになに? あなたは選ばれた人間ですってさ。胡散くせー」

「何かの宗教の誘い?」

「相手は国のお偉いさんなだろ? 俺たちが選ばれたってなんで?」

 話が進まず、そして疑問符が俺たちの頭を支配する。
 文字は読める。文脈も理解できる。

 ただ、なんで今になって自分たちが呼び出されるのかわからなかった。

「これ絶対怪しい勧誘だぞ?」

「織部君は行かないの?」

「もしそれで騙されて、バイトをクビになったら笑えないじゃんか」

「でも、バイト以上の稼ぎが得られるかもしれないだろ?」

「そうだよ。日本国から直々の正体だよ! それも僕達にだ」

 胡散臭い。
 それが際立つ。

 宇田は乗り気。
 示し合わせたように、ちょうど俺たちはオフの日だった。

 講習会の会場は、電車で二駅。
 なんなら昼食までついてくる。

 ここが運命の分かれ道、か。

 腹を括って、俺たちは講習会に参加した。

 そこは夢のような空間だった。

 ただ、選ばれた人間というのは、思ったよりも多くいた。

 講習会場の中に、知らない奴が30人以上座ってる。
 全員が俺たちと似たような身なり。

 みんなが低ステータスなのだろう。
 自分がこんなところにいていいのか。

 そんな感情が浮き出ていた。

「織部君、書類とペン貰ってきたよ」

「さんきゅ。ほらよ、宇田。大事なもんだから無くすなよ?」

「お前ほんと俺のことなんだと思ってんの?」

「え? すぐに記憶をなくす鳥頭だと思ってるけど?」

「テメェ、その喧嘩買うぞオラァ!」

「宇田君、落ち着いて!」

 いつものタイミングで鳥居が間に入ってくれる。
 なんだかんだでこれがいつものやりとり。

 宇田はこうやってストレスを発散させてやらないと、すぐに爆発させちまうからな。
 俺たちなりのスキンシップも兼ねていた。

 そして講習会を終え、俺たちは全員心ここに在らずで放心していた。

 いや、それどころじゃない。
 担当者には総合ステータスの完全撤廃!?
 その上で100万円相当の給与の配布?

 なんだその高待遇は!
 今までのバイト代がゴミクズみたいに感じる。

 夢でも見てるんじゃねぇかって、鳥居にほっぺをつねってもらったら、痛すぎて叩き返しちまった。

 悪かったって、そう睨むなよ。

「しっかしあれだな。始まったな、俺たちの時代」

 そうして浮かれる男が一人。
 俺も感情が顔に出てたのか、肩に腕を回されて背中をバンバンと叩かれた。

「目にもの見せてやろうぜ!」

 誰に? なんて言わない。
 それは誰もが分かっていることだ。

 誰でもない、俺たちのスキルを世界に知らしめるのだ。

「でもこの100万円、現金じゃなくて電子マネーなんだね」

「このカードはどこでも使えるって話だぜ? そしてこのシールをマイナンバーに貼れば、ステータス社会でも問題なく通用するんだよなー」

「問題は増やし方だよね? 説明では、ダンジョン内で加工すればいいだなんていうけど」

「そこは後から考えればいいじゃん」

 考えなしの宇田に誘われて、俺たちは普段ではありえない食事を堪能した。

 いつもなら少ない給料からみんなで金を出し合って、どんなものを食べるかを考えるのだが、今日は違う!

 高い店の高いメニューでもどんとこい!
 今日だけは今までの苦労も忘れて食べ明かした。

 しかしそんな勢いは3日目で止まった。
 無限にあると思った金が、築けば1/10になっていたからである。
 高い店だったというのもある。
 だがこんなに早く消えるとは思ってもいなかった。

「お前、残りいくらある?」

「10万は残してある。宇田は?」

「8万切った」

「みんな使いすぎだよ」

「「そういう鳥居はいくら残ってるんだよ?」」

 俺と宇田の言葉が被る。
 きっと目も血走っていることだろう。
 なんなら鳥居のマネー次第でやりくりしようと考えているに違いない。

 顔を見合わせ、お互いに悪い顔をした。

「僕? 僕は20万かな」

「よし、よし! これでなんとか1週間は持つな」

 全員合わせて、豪遊でもしなきゃそれくらいは持つだろう。
 どっちにしろ、こっから増やすための道を模索するんだ。

「でもよ、ダンジョンに向かうにしたって前情報が少なすぎじゃね?」

「それなんだけどね、こういうのがあるみたいで」

 鳥居が何かしらボタン操作をした後、支給された端末を俺たちに見せつける。

「それは?」

「僕達と同じような配達員が情報を出し合ってるところだな」

「へぇ」

 そんなのあったのか。
 全然知らなかった。宇田もそういうのは苦手らしく、鳥居に任せきり。

「ちなみに、素材受け取りセンターと言うところで装備を整えていくのが一般的らしい。支払はポイントらしいよ」

「え?」

 俺たちは滝のような汗を流す。
 ここにきて、大金を渡された意味を理解したからだ。

 全員分かき集めても38万。
 300万はあったはずなのにおかしいなぁ。

「おい、ここの物価おかしくねぇ? 水が一ケースで1万ポイント持ってかれるんだけど!?」

 宇田がいつになく直感を働かせ、物言いをつける。
 しかしそれに即座に反応したのは好々爺然としたオッサンだ。

「そちらの品は圧縮袋を使用した水でございまして、一本30Lの水が50本。買えば一万円以上の品を、ここでは1万ポイントでお買い上げできるのです。皆様のお役に立つと思ってのご配慮。それを無碍にされてしまうのは、悲しいですね」

「いや、こっちこそものを知らずに突っかかって悪かった。先に説明を聞くべきだったな」

「いえいえ、説明を省きましたこちらも悪いのです。私共は皆さんのお役に立ちたい一身で、ここに品を揃えています」

「その割に俺たち以外の人の姿を見ないけど?」

「もう3日も前に皆様はここを通過されました。一度ここに立ち寄られた後は、また違う部署での取引をさせていただいてます。ここに通えるのは最初の一回限り。特別サービスでのお取引をさせていただいてます」

 マジか。
 じゃあここで買わないと損なのかよ。

「どうする、織部?」

「鳥居なら飲み物には困らないだろうが、純粋な水分となると話は別だな」

 鳥居のスキルはドリンクに特化してる。
 けどそれで顔は洗えないし、風呂に入るのは論外。
 そう考えると水は持っていって損は無いな。

「分かった、買い付けよう」

「ありがとうございました! またのお越しを~!」

 ここには一度しか来れないのに、しらじらしい接客だな。
 身銭をギリギリまで削って装備を整えた俺たちは、さっそく最寄りのダンジョンへと向かう。

 向かった先はCランク。
 ここが一番近かったからだ。

 しかし、ステータスによる差別は無くなっても、また違う資格が邪魔をした。

「残念ですが、今のランクではここをお通しできません」

 そう言って、追い払われた。
 ランク?
 なんだそれは。

「鳥居、ランクってなんだ?」

 機械操作が得意な鳥居は、すぐに俺たちの欲しい情報をくれる。

「これがこの仕事をこなす上での面倒な仕掛けっぽいね」

 どうもこのランク、ダンジョン内で加工したポイントの増加分が計算されて、それが上限値に達することでランクアップする仕掛けらしい。

 つまり俺たちは出遅れたってことだ。

「素人はFからが通過儀礼っぽいね」

「お前金いくらある?」

「残り2万円」

「水の他に食料を買い込んだのが仇になったか!」

「最悪、俺たちの加工スキルでなんとかなったんじゃねーか?」

 そうかもしれない。
 と言うか、あのオッサン。
 俺たちがこうなるって知ってて薦めてたか?

 近くにあるのはここ、Cランクダンジョン。
 それを教えてくれたのはオッサンだし、近隣情報も込みで教わった。

 入れないって知っていながらだ。

 クソ、俺たちはハメられたんだ!
 これから人生が好転するなんて勘違いしてた。

 こんなものを手に入れたって、油断してたら足を掬われるんだ。だったら俺たちが今度はお前らを利用してやる!

「今はそれでも少しでも稼ぐぞ、ここから俺たちの時代が始まるんだ」

「おう!」

「そうだね」

 最底辺からの成り上がり。

 しかしダンジョンに入ってすぐ、現実を突きつけられる。
 Fランクダンジョンは実入が少ない。

 加工で得られるポイントは微量だった。
 これじゃあいつまで経っても水を買い直すポイントが貯まらない。

 中途半端に豪遊したもんだから、今までと同じ食生活に不満を感じてしまっている。

 けど、俺たちの加工スキルはこう言う窮地で役にたつ。
 ポイントとしては不味いが、腹の足しになる。

「こんな時、バイトの腕が役にたつとはな」

 宇田は喧嘩っ早く、すぐにキレる直情型だが、お好み焼きを焼く腕は俺たち三人の中でも上。
 熱々の鉄板の上で踊る二本の鉄ベラ。

 いつ見ても火入れの直感がすごい。
 俺だったら見極めが足りず、中が生焼けになる事もしばしば。けど、宇田は中の状態が見えてるかのようにお好み焼きを返すのだ。

 いつもは飽きっぽいのに、これにかけては誰にも負けない腕前を持つ。

「織部、ソースとマヨネーズくれ」

「あいよ」

 俺の加工スキルは油分を纏った調味料に置き換えられる。
 ソースなんかは一見入ってなさそうだが、なぜか変換される。実は俺のスキルは全く違う要素を抱えてるのかもしれないか

「コーラとオレンジジュースも用意したよ」

「オレンジジュースなんて誰が飲むんだよ?」

「僕だけど?」

 誰でもない、自分の分だと鳥居が笑う。
 そして、三人の協力体制で今日も生き残る。

 ポイントの稼ぎ方は大体把握した。
 問題は如何に楽して稼ぐかだ。

 なんてったって俺たちは選ばれた人間だからな!
 だから探索者を顎で使ったって問題ないって。

 そう思っていた。

 だからあんな風に反撃されるだなんて思ってなくて……ここで死んだって、本気で思った。
 
 
 ずっと勘違いしてたんだ。
 自分が偉くなったって。

 そう思い込むことでしか、自分を保てなかった。

 俺たちを窮地から救ってくれたのは、胡散臭そうなオッサンだった。

 本宝池洋一と名乗るもピンと来ない。
 そんなやつ知らない。

 ダンジョンの住民は有名人だって言うけど、そんなの底辺の俺たちには知ったこっちゃないし、だからって敬えってのはおかしい。

 偉そうにするんなら、身寄りのない俺たちを救って見せろってんだ。

 最初こそ、そう思って反感した。
 けど軽くいなされて、あしらわれる。

 この人にとって、俺たちなんて取るに足らない存在なのだろう。
 それがなんとも言えないくらい悔しかったし、ムカついた。

「たこ焼きできたぞ、食うか?」

「要らねー」

「別に要らないなら良いさ。食いたい奴はいっぱいいるしな」

 じゃあ聞くなよ!
 そう思いながら、誰でもできる仕事のそれを、みんながうまそうに頬張る。

 匂いと焼いてる音で急激に腹が減ってくる。

「織部君、食べないの? 美味しいのに」

 裏切り者め。思わず鳥居を睨みつけるが、すぐ横で信じられない光景を目の当たりにする。

「うめー!」

 それは、俺たちの中で、一番鉄板焼きの腕前が高い宇田がそれを絶賛していた事だ。
 なんでだよ、なんでお前がそれを食ってるんだ。

 お前は、俺たちの誇るだったんじゃないのかよ!

「ほら、織部君も」

「こんなのがなんだってんだよ!」

 鳥居から掻っ払うように爪楊枝に刺さったそれを強引に口の中に入れて、目を見開く。

「なんっだ、これ」

 それは俺の知ってる、今まで食べてきたものがなんだったのかと思うほど、卓越した味の洪水だった。
 
「ヤベェだろ?」

「こんな事ってあるのか?」

 自分で作ったわけでもないのに、得意気な宇田。
 食べる手が止まらない鳥居。
 俺の手が伸びる前に、皿の上からその存在をかき消すブツ。

 口の中ではいつまでも余韻が残る。
 こんなメシ、大金を払ったって味わえない。

 そんなのが、こんな底辺で食えて良いのか?

「それより織部君、気づいてる?」

「何を?」

「ポイント、やべーことになってるぜ?」

「は?」

 たった一回。おっさんに言われるがままに加工スキルを使った。
 普段ではそこまで伸びないポイント。
 だが、そこに移されていた数値は……

【10900000】

 一十百千万……十万、百万……千万?
 今まで相当に無理をして200万もいいところだったのに、何をどうすればこうなる?

 いつのまにかランクもグリーンからシルバーに二段階昇格してるし。
 なんなんだこれは!

 なんなんだあのオッサンは!

「あの人、僕たちと同じ加工スキル持ちらしいよ」

「でも、探索者なんだろ? 俺たちとは違う加工スキル持ちだったのか?」

「いや、もっと酷い。ただ、モンスターを食うのに特化してる。俺たちに足りない覚悟を持ってる人だ」

 宇田が、俺たちにはその覚悟が足りなかったことを述べた。

 そうだ、この加工スキルで俺たちにはもう一つ道があった。

 ある上で、分かっててその道には進まなかった。

 でもこの人は、進んでその道を選んだ。
 過酷だろうと、茨の道だろうと。

 臆せず進んで、手に入れた。
 
 俺たちに足りなかったのは、そう言う気構えだったのかもしれない。

 あの人はもっと楽に気構えろ、そう教わった気がする。
 その日から、焦りのようなものは消えた気がする。

 ポイントは過剰にあるが、もう高級店で食事をする気にもならない。

 あのチープな料理でありながらも、忘れられない味を知ってしまってから。

 ポイントが無駄に溜まって仕方ない。
 そう思うのは、俺だけじゃなく、あのオジサンに関わった全員がそう思ってることだった。

 普通、こんなダンジョンに閉じ込められたら不満の一つや二つ言い出したくなるはずなのに。

 あの人がまたいつかふらっと現れるかもしれない。
 それだけを生き甲斐にしてるのが、なんとなく分かった。

 俺たちもまた、おこぼれをいただくべく、今日も実入の少ない低ランクダンジョンに入り浸っていた。
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