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144話 クララちゃん頑張る 2
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講習会場で出会ったばかりに一緒に行動することになったユウジ。
私たちはトントン拍子で手に入れた権力で、普段は入れないであろう会員制喫茶店で話題のメニューを頼むも、その劣化した味に眉を顰めるばかりだった。
もしこれがダンジョンが封鎖されることによるデメリットだった場合、私たちの仕事に今のモンスター食材市場の未来がかかっていることを痛感する。
大変な仕事を請け負ってしまったと理解し合う私たちだったが、出会ったばかりの男は、私とは全く別方向の悩みを抱えていた。
「倉持、この仕事って朝から晩まで缶詰で働かなくちゃいけないんだろうか?」
「藪から棒に何よ? 変なものでも食べた?」
先ほど食べたパフェの味を思い出す。
味はまとまっていつつも、どこか変な食感のパフェ。
気持ち悪さが喉元まで込み上げて、思わず吐き気を訴えそうになる。
「さっきの味は思い出したくねぇ。じゃなくって! その仕事は絶対に時間厳守である必要はあるのかなって」
一日の大半をそれに当てるのか?
彼はそんなことで不安に駆られてるのだろうか。
意図を読みきれずに、何をそんなに不安がっているのか尋ねる。
「何が言いたいの? まさかお休みが欲しいとかって話? まぁ、流石に働き詰めは厳しいでしょうし、一日くらいは休んでもバチは当たらないでしょうね」
「じゃなくって! あー、なんていえばいいかな」
ユウジは言いたいことが私に伝わらないことにイライラを覚えてるようだ。
ガシガシと後頭部を掻いている。
「仕事のシフト時間でも決めたいの?」
「そう、それ! 俺は別に毎日でもいいんだ。けど、朝だけは勘弁してくれないか?」
「理由を聞いてもいいかしら?」
まさか朝が弱いとかいう理由ではないだろう。
「あんこだ!」
「あんこ?」
溌剌と述べる彼に対し、私は疑問形。
それじゃなんの説明にもなってない。
ダンジョンセンターの受付を任される様になってしばらく経つが、私と彼はコミュニケーションがうまく取れない。
なんというか、彼は主語が大きすぎて接頭語を使わない傾向にある。
しかし彼は和菓子屋さんに勤務しているらしい。
もし彼があんこを炊く仕事を担ってる場合、まさかそれらを終わらせてから政府公認の仕事を請け負いたいということだろうか?
もしそうだとしたら、私はこの場で彼とのコンビを解消しなくてはいけなくなる。
私は、何としてもダンジョンから卯保津支部長を救い出し、こちらに残した家族を安心させたい。
そのためにもこんな怪しい仕事を請け負ったのだ。
そこへ自分の目的を優先させるために足を引っ張るのであれば、一人でやった方が効率的だ。
そう考える私がいる。
「あなた、まさか和菓子の仕事をやりたいがために午前中は無理とか言ってるの?」
「ダメか?」
「ダメよ」
「そこをなんとか!」
頼む! そう言って彼はその場でしゃがみ込み、土下座する様にうずくまった。
一体何が彼をそこまでさせるのだろう。
周囲からの視線が気になるので、無理やり立たせて路地裏に連れ込む。
彼が勤務先の和菓子が大好きなのはこれでもかというほど伝わってくるが、それが作れなくなっただけでこの落ち込みよう。
もしかして、心の深いところでその行為をすることに寄って生じる何かがあるのかもしれないわね。
自動販売機でドリンクを買い、公園のベンチで休ませながら話を聞いた。
「悪いな倉持。俺はさ、あんこ炊きくらいしか他人に誇れるものがなくてさ……」
語り出す彼は、どこか落ち着きがなく、私ではなく遠くを見据えて言った。
彼の話は幼少期まで遡る。
自分の総合ステータスが低いからと捨てられた彼は施設で育ち、食い扶持を減らすために同年代よりも早く施設を出たのだそうだ。
そこで運命の出会いを果たし、生真面目さを買われて引き取ってもらったお店が今勤めているお店だという。
そこで洗い物から果物の皮剥きなど、あらゆる作業を任されているうちにようやく仕事らしい仕事を任された。
それがあんこ炊きだったそうだ。
最初こそは失敗の連続。
よく焦がしては先輩たちからお叱りを受けていたのだとか。
しかし彼の中で芽生えた才能は、着実に育ち、いつしかあんこを炊く上で重要なスパイスになり得た。
そして彼はその店であんこのスペシャリストとなり、今では本店どころか支店のあんこも一人で炊いているのだそうだ。
それを炊き終えるまでに、朝の四時から仕込んで昼前までかかるそうだ。それを毎日。
これからもやり続けたいと申告してきた。
彼を拾った先代と、あんこ炊きの師匠は彼がいるなら大丈夫だ、と新しいお店に渡ってしまったそうで。
自分がこの店から離れることは今までよくしてもらった恩義を仇で返すことになると思い込んでいるのらしい。
「そうなのね、じゃあ私からあなたはこの仕事に向かないから辞めると連絡しておくわ。そのシールとバッジを返してちょうだい」
「やめろ! これは俺のだ! あんこ炊き以外に初めて人に認めてもらった証拠なんだ」
「だからって、二足の草鞋を許してくれるほど政府は甘くないわよ? それに、私たちがここで足踏みをすればするほど、この世の中にダンジョン食材は出回らなくなる。その影響であの喫茶店やあなたのお店がどうなるかは、火を見るより明らかでしょう?」
「くそ、俺はどうしたらいいんだ!」
「それを含めて、お店に話す必要があるわね。言いにくいんだったら私から言いましょうか? あなたは選ばれた人間だって」
「そうしてもらえたらありがたいが、これは俺が言わなくちゃいけない案件だ。自分のケツくらい、自分で拭くさ」
「そ、じゃあ頑張って」
我ながら少し突き放しすぎただろうか?
でも、彼はずっとうちに潜めてた悩みを打ち明けることで、少しだけスッとした顔をしていた。
「じゃあ俺、話してくるよ。倉持は喫茶室で待っててくれな」
そう言って案内された店舗は……
「え、ここって」
そこは東京でその和菓子屋を知らない奴はモグリと言われるほどの老舗の名店で……
「あれ? 言ってなかったっけ俺の勤務先」
「聞いてないわよ、あの寅八だったなんて! うちの支部長や憧れの人も大絶賛してたわよ?」
「へへ、そうだろ? うちの店はすげーんだ。でも、今後来るモンスター食材の枯渇を救うためにも、俺はこの業界から足を洗わなきゃいけない」
「後悔はないのね?」
「すっげーある」
どっちなのよ。
「でも、俺はここでこの世界の、和菓子屋の存続のために立ち上がる。見ていてくれ倉持。俺は男になってくるぜ」
そう言って、彼は店のカウンターから奥に入って行った。
私は彼の帰りをハラハラしながら待っている。
途中で抹茶フロートやあんみつなんかを頼んだりして。
時間を潰すこと2時間。
厨房から時折聞こえる怒鳴り声に金属が飛び交う音。
出てくる時にはボロボロだったらどうしよう、そんな心配ばかりが募った。
出てきたお菓子はどれも絶品。
確かにこの基準の味を食べ慣れていたら、あの店の味は違和感を覚えるものだろう。
って言うか他の店の味が受け付けないレベルでは?
特にあんみつのあんこは至宝というべき甘さと塩味のちょうどいいバランス具合。
これは確かに引く手数多になるわけだわ。
そんな彼の背中を、私は何も知らずに押したのか。
どちらが自分勝手だったか、茶菓子を味わった上で決めかねる。
「待たせたな、倉持」
案の定ボロボロになって出てきたユウジ。
「ひどい怪我じゃない! 病院でも寄ってく?」
「これは男のケジメだ。それに、刀傷沙汰なんて出したら店の看板に泥を塗っちまう。俺が我慢しときゃいいのさ」
「もう、呆れ返るほどに自分勝手ね」
「そういう世界なんだよ、和菓子屋って」
「あの味なら、他の店でも引く手数多なんじゃないの?」
「俺は寅八を裏切れねぇ。それに、出て行く時に他の店であんこは炊かないって契約書を綴ってきた。あんこを炊くのは、寅八でのみ。そういう契約だ」
「バカねぇ、そんな紙切れ。災害時には何の効力も持たないわよ?」
「でも、これがあるから俺は寅八を忘れねぇ。落ち込んだ時、立ち上がれなくなった時、これを思い出して前をむくんだ。そのためのアイテムなんだよ、これは」
「よくわかんないわ」
「まぁ、男のロマンを分かなんて言うつもりはないさ」
「そうね、分かるつもりもないわ」
それじゃあ改めて。
そう言いながら手を交わす。
彼の手は大きくて、ゴツゴツしてて。
洋一さんとは比べようもないくらい、熱かった。
私たちはトントン拍子で手に入れた権力で、普段は入れないであろう会員制喫茶店で話題のメニューを頼むも、その劣化した味に眉を顰めるばかりだった。
もしこれがダンジョンが封鎖されることによるデメリットだった場合、私たちの仕事に今のモンスター食材市場の未来がかかっていることを痛感する。
大変な仕事を請け負ってしまったと理解し合う私たちだったが、出会ったばかりの男は、私とは全く別方向の悩みを抱えていた。
「倉持、この仕事って朝から晩まで缶詰で働かなくちゃいけないんだろうか?」
「藪から棒に何よ? 変なものでも食べた?」
先ほど食べたパフェの味を思い出す。
味はまとまっていつつも、どこか変な食感のパフェ。
気持ち悪さが喉元まで込み上げて、思わず吐き気を訴えそうになる。
「さっきの味は思い出したくねぇ。じゃなくって! その仕事は絶対に時間厳守である必要はあるのかなって」
一日の大半をそれに当てるのか?
彼はそんなことで不安に駆られてるのだろうか。
意図を読みきれずに、何をそんなに不安がっているのか尋ねる。
「何が言いたいの? まさかお休みが欲しいとかって話? まぁ、流石に働き詰めは厳しいでしょうし、一日くらいは休んでもバチは当たらないでしょうね」
「じゃなくって! あー、なんていえばいいかな」
ユウジは言いたいことが私に伝わらないことにイライラを覚えてるようだ。
ガシガシと後頭部を掻いている。
「仕事のシフト時間でも決めたいの?」
「そう、それ! 俺は別に毎日でもいいんだ。けど、朝だけは勘弁してくれないか?」
「理由を聞いてもいいかしら?」
まさか朝が弱いとかいう理由ではないだろう。
「あんこだ!」
「あんこ?」
溌剌と述べる彼に対し、私は疑問形。
それじゃなんの説明にもなってない。
ダンジョンセンターの受付を任される様になってしばらく経つが、私と彼はコミュニケーションがうまく取れない。
なんというか、彼は主語が大きすぎて接頭語を使わない傾向にある。
しかし彼は和菓子屋さんに勤務しているらしい。
もし彼があんこを炊く仕事を担ってる場合、まさかそれらを終わらせてから政府公認の仕事を請け負いたいということだろうか?
もしそうだとしたら、私はこの場で彼とのコンビを解消しなくてはいけなくなる。
私は、何としてもダンジョンから卯保津支部長を救い出し、こちらに残した家族を安心させたい。
そのためにもこんな怪しい仕事を請け負ったのだ。
そこへ自分の目的を優先させるために足を引っ張るのであれば、一人でやった方が効率的だ。
そう考える私がいる。
「あなた、まさか和菓子の仕事をやりたいがために午前中は無理とか言ってるの?」
「ダメか?」
「ダメよ」
「そこをなんとか!」
頼む! そう言って彼はその場でしゃがみ込み、土下座する様にうずくまった。
一体何が彼をそこまでさせるのだろう。
周囲からの視線が気になるので、無理やり立たせて路地裏に連れ込む。
彼が勤務先の和菓子が大好きなのはこれでもかというほど伝わってくるが、それが作れなくなっただけでこの落ち込みよう。
もしかして、心の深いところでその行為をすることに寄って生じる何かがあるのかもしれないわね。
自動販売機でドリンクを買い、公園のベンチで休ませながら話を聞いた。
「悪いな倉持。俺はさ、あんこ炊きくらいしか他人に誇れるものがなくてさ……」
語り出す彼は、どこか落ち着きがなく、私ではなく遠くを見据えて言った。
彼の話は幼少期まで遡る。
自分の総合ステータスが低いからと捨てられた彼は施設で育ち、食い扶持を減らすために同年代よりも早く施設を出たのだそうだ。
そこで運命の出会いを果たし、生真面目さを買われて引き取ってもらったお店が今勤めているお店だという。
そこで洗い物から果物の皮剥きなど、あらゆる作業を任されているうちにようやく仕事らしい仕事を任された。
それがあんこ炊きだったそうだ。
最初こそは失敗の連続。
よく焦がしては先輩たちからお叱りを受けていたのだとか。
しかし彼の中で芽生えた才能は、着実に育ち、いつしかあんこを炊く上で重要なスパイスになり得た。
そして彼はその店であんこのスペシャリストとなり、今では本店どころか支店のあんこも一人で炊いているのだそうだ。
それを炊き終えるまでに、朝の四時から仕込んで昼前までかかるそうだ。それを毎日。
これからもやり続けたいと申告してきた。
彼を拾った先代と、あんこ炊きの師匠は彼がいるなら大丈夫だ、と新しいお店に渡ってしまったそうで。
自分がこの店から離れることは今までよくしてもらった恩義を仇で返すことになると思い込んでいるのらしい。
「そうなのね、じゃあ私からあなたはこの仕事に向かないから辞めると連絡しておくわ。そのシールとバッジを返してちょうだい」
「やめろ! これは俺のだ! あんこ炊き以外に初めて人に認めてもらった証拠なんだ」
「だからって、二足の草鞋を許してくれるほど政府は甘くないわよ? それに、私たちがここで足踏みをすればするほど、この世の中にダンジョン食材は出回らなくなる。その影響であの喫茶店やあなたのお店がどうなるかは、火を見るより明らかでしょう?」
「くそ、俺はどうしたらいいんだ!」
「それを含めて、お店に話す必要があるわね。言いにくいんだったら私から言いましょうか? あなたは選ばれた人間だって」
「そうしてもらえたらありがたいが、これは俺が言わなくちゃいけない案件だ。自分のケツくらい、自分で拭くさ」
「そ、じゃあ頑張って」
我ながら少し突き放しすぎただろうか?
でも、彼はずっとうちに潜めてた悩みを打ち明けることで、少しだけスッとした顔をしていた。
「じゃあ俺、話してくるよ。倉持は喫茶室で待っててくれな」
そう言って案内された店舗は……
「え、ここって」
そこは東京でその和菓子屋を知らない奴はモグリと言われるほどの老舗の名店で……
「あれ? 言ってなかったっけ俺の勤務先」
「聞いてないわよ、あの寅八だったなんて! うちの支部長や憧れの人も大絶賛してたわよ?」
「へへ、そうだろ? うちの店はすげーんだ。でも、今後来るモンスター食材の枯渇を救うためにも、俺はこの業界から足を洗わなきゃいけない」
「後悔はないのね?」
「すっげーある」
どっちなのよ。
「でも、俺はここでこの世界の、和菓子屋の存続のために立ち上がる。見ていてくれ倉持。俺は男になってくるぜ」
そう言って、彼は店のカウンターから奥に入って行った。
私は彼の帰りをハラハラしながら待っている。
途中で抹茶フロートやあんみつなんかを頼んだりして。
時間を潰すこと2時間。
厨房から時折聞こえる怒鳴り声に金属が飛び交う音。
出てくる時にはボロボロだったらどうしよう、そんな心配ばかりが募った。
出てきたお菓子はどれも絶品。
確かにこの基準の味を食べ慣れていたら、あの店の味は違和感を覚えるものだろう。
って言うか他の店の味が受け付けないレベルでは?
特にあんみつのあんこは至宝というべき甘さと塩味のちょうどいいバランス具合。
これは確かに引く手数多になるわけだわ。
そんな彼の背中を、私は何も知らずに押したのか。
どちらが自分勝手だったか、茶菓子を味わった上で決めかねる。
「待たせたな、倉持」
案の定ボロボロになって出てきたユウジ。
「ひどい怪我じゃない! 病院でも寄ってく?」
「これは男のケジメだ。それに、刀傷沙汰なんて出したら店の看板に泥を塗っちまう。俺が我慢しときゃいいのさ」
「もう、呆れ返るほどに自分勝手ね」
「そういう世界なんだよ、和菓子屋って」
「あの味なら、他の店でも引く手数多なんじゃないの?」
「俺は寅八を裏切れねぇ。それに、出て行く時に他の店であんこは炊かないって契約書を綴ってきた。あんこを炊くのは、寅八でのみ。そういう契約だ」
「バカねぇ、そんな紙切れ。災害時には何の効力も持たないわよ?」
「でも、これがあるから俺は寅八を忘れねぇ。落ち込んだ時、立ち上がれなくなった時、これを思い出して前をむくんだ。そのためのアイテムなんだよ、これは」
「よくわかんないわ」
「まぁ、男のロマンを分かなんて言うつもりはないさ」
「そうね、分かるつもりもないわ」
それじゃあ改めて。
そう言いながら手を交わす。
彼の手は大きくて、ゴツゴツしてて。
洋一さんとは比べようもないくらい、熱かった。
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