ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
125 / 173

125話 特殊変化の真骨頂

しおりを挟む
 夢のような時間が終わり、ほぅと一息つく。

「どう、クララちゃん。何か掴めそう?」

 足りなかった総合ステは過剰なまでに上昇した。
 夢心地のまま、今日は帰って終わりじゃない。

 これは彼女にとっての通過点。
 ここから先が本番である。

「わかりません。胸の内で燻ってる違和感、これが形になった時、私は一皮剥ける。そんな感覚がぼんやりとあるだけです」

「スタックは多めにある。どれから行く?」

 菊池さんに呼びに行かせたダイちゃんの仕上げた飾り包丁。
 はたまた俺のミンサーか、腸詰めか。

「ではこちらから、行かせていただきます」

 最初に手にとったのはダイちゃんの飾り包丁で加工されたゴールデンゴーレム。

 どこかで下に見ていた。
 しかし菊池さんの仕事でそれは失礼だったことを痛感し、礼節を持って向き合い、施す。

 すぐに彼女の手のひらの中で光が発した。
 イメージが形作られ、それは一つのガラス瓶を生み出した。

「これは、見たことないものです。なんでしょうか?」

 ガラス瓶の中には虹色の星屑が煌めいている。

「鑑定しよう」

 今まで文句しか言わなかった富井さんが真剣な表情で一歩前に出る。
 クララちゃんは先程までの態度と打って変わって真剣な富井さんに気押され、瓶を手渡した。

 蓋を開け、手で仰いで香りを確かめる。
 酒の目利きをするような真剣な目つきだ。

 手の甲に少量だし、舌先でペロリとなめとる。

 目を見開き、再度舐め取ってゆっくり目を伏せた。
 口の中でたっぷり時間をかけて味わい、そして飲み込む。

「何かわかりましたか?」

「不思議な味じゃ。だが、何にでも合うということだけがわかったわ。カレーなんてチャチなもんじゃない。これには全てをこの味に染めてしまう魔力が込められておる」

「カレー以上の旨味とコクを感じると?」

「カレーですらチープに感じる味じゃな」

 そんなものが出来上がるだなんて。

「これは、あなたにお渡しします」

「俺に?」

 面食らったのは他でもないダイちゃんだ。

「私はずっと、陽一さんと一緒に行動できるあなたを羨ましく思っていました。もっと早く生まれていれば、この身が男であったなら。そう思ったことは一度や二度ではありません。それがきっとこのスキルを開花させる足枷になっていたんだと思います」

「そっか」

 ダイちゃんはそれだけ言って受け取り、富井さんと同じように手の甲に落として味見する。

「うわぁ、なんだろうこの手に余る感じ」

 それほどなの?

「じゃろう? 下手に扱ってもなんでもうまくいきそうじゃ。じゃから腕のないやつが扱うと自分の実力と勘違いしかねない」

「そうそう! 万能調味料みたいなの? 一回これ使ったら、ずっとこれに頼り切りになりそうなの」

「料理人にとっては諸刃の剣だな」

「でも……」

 ダイちゃんは強く握りしめ、懐にしまう。

「俺もいつかこの調味料に負けない料理人になるぜ! その時まで、これは肌身離さず持っておくんだ」

「その時は直々にわしが審査をしてやろう」

 今回菊池さんにしてやられた富井さんが、その伸び切った花をへし折ろうとダイちゃんへ提案する。

 急な提案に苦笑しながらも「望むところだ!」と決意を胸に抱くダイちゃん。

 普段なら「うげぇ」だの「お手柔らかに頼むぜ」だの弱腰な対応をするところ、今日は胸を張って答えていた。

 俺と出会った頃より成長を感じる。
 やはり菊池さんが表に出て自分お仇を取ってくれたからか?

 それともその腕前が全国的に広められたことによって、二代目を掲げる自分の立ち位置が急に不安定になったと自覚したからだろうか?

 どちらにせよ、今まで以上にレベルアップしなきゃいけないと自覚できたのは間違い無いだろう。

 俺もまた、まだまだ足りないことばかりだ。

「そういう意味では、私はずっと洋一さんに引け目を感じていたんですね。もうすでに完成しているミンサー、そして腸詰め。これに手を加えるなんてとんでもないと、心のどかかでブレーキがかかっていたんだと思います」

 クララちゃんが己の心理状況を分析し、そして俺の加工からさらに新しい調味料を生み出した。

 それはダイちゃんのに比べて黄金色に光る星屑の入った瓶だった。

「ワシが鑑定してやろう」

 またもやズイッと身を差し込んでくる富井さん。

 けど俺はそれを遠慮して、自分の舌で評価を伝えたかった。
 感謝の言葉を直接送りたいからだ。

 ミンチ肉から生み出されたそれは、きっと肉料理によく合うだろう。

 なんとなく、いつものハンバーグを作る手順で少量黄金スパイスを混ぜ込み、鉄板焼きで仕上げる。

 皆はもうお腹いっぱいだろうに、匂いに釣られてヨダレを垂らすんだから現金なもんだ。

 <コメント>
 :あー、あー、これはいけません
 :これは飯テロ定期
 :鉄板焼きの煙は反則
 :肉汁だけでご飯三杯いけますわ

「最初に口にするのはクララちゃんじゃなくちゃね」

「あの、私なんかが先にいただいちゃってもよろしのでしょうか?」

 戸惑っている彼女に、俺は優しく微笑みかける。

「何言ってるのさ、君が生み出した調味料だよ? 君以外これを生み出すことはできないんだ。俺のスキルありきだとしても、君以外ではここに至れない。だから頼むよ」

「そこまでお願いされたら、断るのも悪いですし? いただきましょう」

 先ほどから彼女のお腹の虫が早くそれを食べさせろと大合唱を奏でている。

 なお、彼女だけに限らずコーラスを奏でているので誰の腹の虫かわからないほどだ。

「あっこれ……ふぅ」

 立食した状態で気絶した。
 美味しさが天元突破してしまったのだろうか?

 スパイダーツリーの時とは違い、一気に手が進むことはない。
 ゆっくりと咀嚼しながら全身で味わってるかのようだった。

 何も言葉を発さず、どころか言葉を発することすら無礼だと言わんばかりの食事。

 菊池さんのように手を込んではいない。
 調味料はそのスパイスだけ。

 ミンサーにかけた肉をただこねて丸めて鉄板で焼き上げただけのシンプルな料理。

 だというのにずっと楽しそうに体を揺らしている。

 周囲の視線が俺へと向かう。
 全員の顔が俺にも食べさせろと言っていた。

 香りだけで喧嘩になるのが見えていたので、全員の分を一気に焼き上げる。それを目の前で均等分するのだ。

 皆が一斉に箸でつまみ、そして一斉に立ったまま動きが止まる。

 <コメント>
 :これが飯テロですか
 :誰もなんも発さないのくさんよ

「俺も食うのが怖くなってきたよ」

 <コメント>
 :おい! 料理人
 :この放心状態を作り出した張本人がそれをいうかー?
 :表情から伝わる絶対美味いやつ
 :これ、ポンちゃんも同じ状態になったら放送事故でしょ

「早くクララちゃんカムバックしてこないかな」

 コメントに相槌を送りながら様子を見守る。
 下手をしなくてもダイちゃんはこれ以上のものを手渡されたのだ。
 みんながこれに夢中になっても、安易に使っちゃいけない調味料であることは容易にわかる。

「これ、腸詰めでも似たような調味料出来上がったらどうしよう?」

 <コメント>
 :放送事故確定ですね
 :これ以上ない宣伝もないからな
 :さっきのフルコースに何気なく使われてた高級食材よりは安価だが
 :素材、ゴールデンゴーレムなんですよね
 :ひえっ
 :安くなっても60万すっからな

「俺的にはそれでもお釣りが来るくらいの調味料だと思ってるよ?」

 <コメント>
 :むしろこの調味料だけくれってレストランが増えそうな件
 :コストかかりすぎ問題
 :クララちゃんが引き受けるかじゃね?
 :そこは総合ステなりで圧力かけて
 :今クララちゃん幾つだっけ?
 :CだったのがA煮上がったまでは聞いた
 :そのあとなんだかんだでポンちゃんの飯食ってるし
 :本人の自己申告待ちですね
 :Aの時点で圧力かけられるの限られてて草

「卯保津さんもバックにいるし、この調味料の良さは富井さんも目をつけた。その人たちに喧嘩を売れる人だけ挑戦してみたら?」

 <コメント>
 :はい、詰んだー
 :赤鬼に喧嘩売れるやつ数えるくらいしかいなくて草
 :伝説の生き字引なんだよなー
 :90超えてまだ元気な化け物爺さんだぞ?

「あれ、私一体……」

 放心状態から復帰したクララちゃんを介抱しながら、他の全員が正気に戻るのを待つ。

 これ、下手すりゃ悪用されかねないから販売禁止した方がいい気がするな。
しおりを挟む
感想 485

あなたにおすすめの小説

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。

処理中です...