ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
123 / 173

123話 クララちゃん強化計画 2

しおりを挟む
 菊池さんと一緒に厨房で腕を振るうことになり、一番最初に取り決めたのは誰がどのメニューを作るかだった。

 それぞれが己の頭の中に一つはレシピを持っている。
 俺の中で思い浮かべるのと、菊池さんのノウハウで出来上がるのは違う。

「俺が見るに、真に食わせたい相手はあの爺さんたちじゃないだろう?」

「よくお分かりで」

 相変わらずの観察眼。
 ダイちゃんと入れ替わるように現れたのに、状況把握が的確だ。

「なんとなくだが……ゲストとして参加させ、その上で料理を振る舞うなんて接待以外の何者でもないだろ」

「おっしゃるとおりです」

 初めから配信を見てたのか、というほどの状況把握能力。
 ダイちゃんからある程度話は聞いてたのかな?

「んで、あの爺さんたちはそれなりに舌が肥えているな?」

「ご存知でしたか?」

 菊池さんは首を横に振り、蘊蓄を語った。

「スパークリングワインの中でも、白はシャンパーニュ地方の法律でシャンパンとして扱われる高級品。上を見ればキリのない話だが、それでもワインと比べて価値が低いものと言って憚らない連中がいる」

「富井さん達がそうだと?」

「いいや、そういう連中がこぞって取り上げるのが決まってワインなだけだ。なぜこんな持て囃されるのか気になって調べてみた事があるが、あの爺さん達がヒットした」

「英雄の言葉、ですか?」

「知っていたか」

 知りはしなかったが、予想はついた。
 実際に俺も北海道で似たような活動をしたものだ。

 たまたま討伐したモンスターが野菜タイプだったから、その場で炊き出しを行ったのが始まり。

 でもあの二人の場合、加工した際に出来上がるのが酒と野菜なもんだから……モンスター肉をダイレクトに食うとなったら、合わせる酒が自ずとワインになったとか?

 それか、特定モンスターがワインになって、死ぬほど余ってたかだな。

 だからって本人がここまでワイン好きになるかは定かではない。

 きっとマンドラゴラ酒のような、世に出してない酒の中でとびっきり美味いやつに該当するワインがあるのだろう。

 それを超えるスパークリングワインに出会ってないとかだったらいいんだが……

「いえ、特には。ですがあの二人の残した伝説はあまりにも多く、学校に通ってない俺たちの耳にも入ってくる程。だからそうなのかなって」

「そうだな、あの爺さんたちが件の英雄なら、俺はスパークリングワインの底力を見せてやりてぇ。あんたたちにとっては取るに足らないものかもしれないが、合わせる料理によっては劇的に変わるんだぜってな」

「どうしてそこまでスパークリングワインにこだわるんですか?」

「どうしてって? 倅の加工を気にいらねぇと言われたら親父としても心苦しいのさ。洋一だって、出来上がった品をどうでもいいように扱われたら嫌な気持ちになんだろ? 二人であの爺さんたちに一泡吹かせてやろうぜ? 酒はワインだけじゃねーってな」

 そういうことか。
 要はダイちゃんの敵討がしたいと。
 だったら最初からそう言えばいいのに。

「ちなみに、うちにもワインは置いてるが、値段の都合でワインよりスパークリングワインの方が多い。そりゃあんまり高い方はおけないが、それでも満足いただいてるぜ?」

 これは店の威信も賭けてそうな発言だ。

「俺のメインディッシュもダイちゃんのスパークリングワインに合わせますか?」

「いや、俺のだけでいい。ファンガスみたいに、ワインで食べてもいいが、大輝のスパークリングワインに死ぬほど合うアミューズを作るつもりだ」

 すっごく悪い顔してる。
 こういうところで人相の悪さに磨きがかかったんだろうか?

「あのファンガスのオリーブオイル和えは、マジで最初からホットワインで合わせときゃよかったと死ぬほど思ったからな」

 ヨッちゃんが当時を思い出してため息をついた。

 天邪鬼が発動してビールに合わせたばかりに、真の味に気付かぬまま過ごしていた当時の自分をぶん殴ってやりたいとたまに思い出しては憤っている。

「だからって、下手なものは出せませんよ?」

「まぁ、そこは任せてくれよ。あのお嬢ちゃんはアルコールはダメなんだろ?」

「まだ17歳ですからね。法で禁止されてます」

「なら香り付け程度であとは熱で飛ばすか。洋一はどうするんだ?」

「俺は肉と一緒に揉み込んでから腸詰めしてフライですかね」

「腸詰めをフライ? 相変わらずよくわかんねぇ調理過程だが、楽しみにしてるぜ」

 こうして菊池さんは
 お通しアミューズ
 前菜オードブル
 スープ
 シャーベットソルベ
 洋菓子デセール
 コーヒーまで担当してくれた。

 俺は魚料理ポワソン肉料理アントレを担当する。

 魚は例の味のしないチョウチンアンコウを選択。

 ワイン、カレーパウダー、にんにくが不思議とまとまる可能性を信じて、出汁に浸してから味見する。

「これは、また……」

「どうなった?」

「味見お願いします」

「うん、なんだこりゃ。何混ぜたらこうなる?」

「例のチョウチンアンコウにですね、ゴールデンカレースパイスに黒にんにく、あとは赤ワインですかね」

「絶対合わない三種の神器じゃねーか」

「ですが、このまとまりです」

「ニンニクの強すぎる風味も消え、カレーパウダーも隠し味に徹してる。その上でワインの風味が信じられねぇくらい強い。だが、アルコール味は一切感じさせない。これを漬け汁にするって正気か?」

 菊池さんから「俺ならスープにするぜ」って真顔で言われてしまう。

「これは煮凝りにしようかと思って」

「髄を煮出してか?」

「肉と合わせて口の中で完成する仕組みです」

「贅沢だねぇ。だがワインの風味を強く出したのは?」

「偶然の産物ですね」

「計算じゃなくか?」

「こちらがこの鍋に投入した一覧となります」

 この鍋の中身はほとんどチョウチンアンコウの骨髄と肉、そしてツインヘッドベアの肝などだ。

 圧倒的その量に対して、黒ニンニクはひとかけら、カレースパイスは数振り、ワインに至っては50mlしか入れてない。

「ワインはこれっぽっちしか入れてないのに、この深みか?」

「一本丸々入れたと言っても信じてしまいそうなほどです」

「この出汁やばいな!」

「後で一セットお送りしましょうか?」

「でも高いんだろう?」

「実はこれ、メインで食すのにとことん向いてなくてですね」

 なんと、丸々余ってることを告げると乗り気で交渉してきた。

 なんだったら今ここで仕上げてノウハウを頭に叩きこうな勢いである。

 早速その出汁を使ってスープを仕上げてしまった菊池さん。

 俺より引き出しが多いとはいえ、すぐにものにできてしまうあたりさすがとしか言いようがない。

「これがこうなりましたか」

 スパークリングワインの風味がこれでもかと前面に出たソルベ、シャーベットだ。ミリも隠す気のないスパークリングワイン攻勢。

 意趣返しにしたって強気すぎる。
 その後に出される俺の肉料理すら殺しにきてるんだが、気のせいだろうか?

「無論、ゴリ押しでワインのお供にしてもいいが」

「まだなんか仕掛けてますね?」

「それは口に入れてからのお楽しみってやつだ」

 一見温厚そうな料理を作るようでいて、その実反骨精神バリバリな菊池さん。

 モーゼのオーナーに感化されちゃったかなぁ?
 それとも越智間さんのやりたい放題っぷりに当てられて?

 どちらにせよ、一波乱ありそうな食事会になりそうだ。

 俺のポワソンとアントレの出番は最後の方。
 まずは菊池さんの贅を尽くしたフレンチ攻勢から始まる。

「わ! すごいです。一見してカレーの風味も感じない、ワインもニンニクも感じないのに、しっかりとレベルが上がってます!」

「お口に合うようであればよかった。本来なら軽い味わいのスパークリングワインを合わせるところだけど、アルコールはダメだろう? そこでこういうのを合わせてみた」

「これって?」

「クリスマスの定番、シャンメリーだ。シャンパンに似せたジュースだな」

「あ、なんだか懐かしい味です。両親がまだ生きてた頃に、妹と一緒に飲んだ気がします」

 なかなかに重い過去を持つクララちゃん。
 普段気丈に振る舞ってるが、こういうところで儚さが滲み出るな。

 そして、それを引き出す腕前を持つ菊池さん。

 ただのお通しからすっかり信用を勝ち取ってしまっている。

「仕掛けたな、若造。早々にワインを切ってきたか」

「なんのことでしょう?」

 精一杯の笑顔で返すが、それを好敵手と受け取る富井さんが凶悪な笑みを放つ。

 してやられた、という顔をしていながら一緒に出されたチーズで怒りを引っ込めた。

 ワインやスパークリングワインのお供としてよく愛用されるチーズ。

 今回は当たり障りのないものをお出したかと思いきや、ワイン組の富井さんとシャンメリー組のクララちゃんで反応が変わる。

 適合食材であることを抜きにしても、こうまで変わるか? という反応を目の当たりにして、ワインからスパークリングワインに替えた富井さんが破顔する。

「そうまでしてスパークリングワインを主軸にしたいか?」

「うちとしては、スパークリングワインの良さを知ってもらおうと一手間かけたつもりです。どちらが上か下かなど論ずるつもりはありません」

 それを決めるのは客であり、店ではない。

 だというのに、料理は職人の口よりも雄弁にスパークリングワイン推しだ。
 フレンチの理解に乏しいクララちゃんですらそれをひしひしと感じていた。

 実際にどれも美味く、レベルも上がってるので感謝しかないが、場の空気だけが異様に重いのだけはなんとかして欲しそうだった。

 アミューズに出されたドライフルーツとチーズの盛り合わせは無事スパークリングワイン側の勝利で決着する。

 続くオードブルでは当たり障りのないものが出されるかと思いきや、ドレッシングの方に仕掛けがあった。

 クララちゃんはそういう仕掛けもあるのかと感心しきりだが、富井さんだけがやたら食ってかかっていた。
しおりを挟む
感想 485

あなたにおすすめの小説

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...