ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

文字の大きさ
上 下
115 / 173

115話 プロの本気:料理処・鮮焼

しおりを挟む
 ファンガスによるあらゆる試行錯誤の末、俺の技量だけじゃプロの指示に従えないのもあって、素材の提供とその動画撮影を各店舗に任せることにした。

 名乗りを上げたのは俺の知り合い。

 ダイちゃんの実家である鮮焼、焼きの師匠でもある菊池さんだ。

 空ウツボ解体を教えた越智間さんのラ・ベットラ越智間。

 そしてモーゼの元オーナーが新しく始めた一期一会。

 この三店に、未知の食材であるファンガスを託した。

 本来それらの技術が表に出ることはなかったのだが、食材の無償提供が相まって向こうの判断で出せる場所と出せない場所を決めての動画公開と会いなった。

 俺も見ていて興奮している。
 店に食べに行っての驚きよりも、調理過程を見て興奮できるのなんて俺ぐらいだろう。

 そうかと思いきや、リスナーからも驚愕の声が届いていた。

 その理由は、なぜか向こうの動画からも俺の中継経由で匂いが届くのだそうだ。

 本人の動画からは見た目と音だけで十分うまそうなのに、俺の動画を通して臭いまで送られてきて、アルコール摂取量も段違いになっている。

 俺も可能な限りで真似して作るが、熟練の技量の前には手も足も出なかった。

 調理器具からして、それ専用のもの。
 俺も居てもたってもいられなくなり、やっぱり調理に赴いちゃうんだよなぁ。

 リスナーはどれを見ていいのかわからなくなってるに違いない。
 完成した品は俺たちの屋台に直接運ばれてくる。

 協賛を募ったわけではないが、食材提供者の権利とばかりにプロの本気調理を堪能した。

 まずは菊池さんの居酒屋メニュー。

 飲兵衛に食べさせるには勿体無すぎるほどの立体的な味の構造である。
 自分の発言を取り消したくないのか、意地でも赤ワインと絡めての味に消化している。

「では、さっそく一品目、実食していきましょうか」

「ワインまでセットで出すなんて、本当に居酒屋なの?」

「一応、俺の師匠です。店舗名に惑わされないでください」

「洋一さんの……わかったわ」

 テーブルの上で俺、ミィちゃん、ヨッちゃん、マイクさん、リンダさんそれぞれの前に〝キノコと秋野菜のオリーブオイル炒め〟が並べられる。

 箸に不慣れなマイクさん向けに、ナイフとフォークも忘れないあたり、フレンチ上がりは伊達じゃない。

 そして一口放り込んだあたりで、見た目から見えるシンプルさとは別の顔が覗いた。

 見た目よりもしっかり目のピリ辛さが強烈な印象。
 オリーブオイル以外の何かが入っているとはソースの時点で感じていた。

 ファンガスを噛み切ると溢れ出る肉汁。

 しかしこれが先ほどのピリ辛ソースとよく合う。
 秋野菜がさらに食感を引き立て、ファンガスの旨みを加速させた。

 全員がそのなんとも言えない旨みの洪水に目を見張る。

 二口目をいただく前に、目の前のグラスに合わせるアルコールを注いだ。
 素直に赤ワインを注ぐ人もいる中で、自分の願望を曲げない存在が一人。

「居酒屋に来たらとりあえずビールっしょ」

 ヨッちゃんである。
 とりあえず、生。
 それが彼女の基本理念だ。

 先にビールで合わせてから、赤ワインで整える寸法だろう。彼女らしいと言えば彼女らしい。

 俺は素直に赤ワインを選択した。
 菊池さんのことだ。これがどう化けるかも計算しての抱き合わせだろう。

 ワインを口に馴染ませてからキノコを口に運び、打ちのめされる。

「こう来たか!」

「これは鹿肉だわ! 見た目はきのこなのに鹿肉の味がする」

「わぉ! こいつはなんとクレイジーな味なんだ。他の酒だとどうなる? Mr.フジモト。俺にもビールをもってこい」

「みんなして何をそんなに驚いてるんだ? まぁ、アルコールはなんでもあ揃えてるけどな。温度調整はどうする?」

「ワインは冷やしすぎても風味が生まれないからな、ぬるめで」

 マイクさんとヨッちゃんのやりとりを聞いて、先ほどのんだ温かすぎるワインを思い返す。

「待ってくれ、これは赤ワインをホットで飲んだからこそ出る現象じゃないのか?」

「そういえば、このワインはホットだわ。常温だとどう変わるのかしら?」

 それは実際に口にしてから確かめてみるしかない。
 菊池さんがそれ以外の仕組みを考えてないわけないもんな。

 ってことで冷やしたワインに、常温、ホットで合わせてみる。

「不思議ね。冷やしたワインでは普通の居酒屋の一品にしか思えないわ。まずいと言うわけではないけど、先ほどまでの驚愕的な味わいが見えてこないの」

 ミィちゃんの発言に俺も同じ意見だ。

 他のみんなも同様。ヨッちゃんだけが頭に疑問符を浮かべている。
 え、こんなもんだろって顔だ。

 つまりは温度での変化だろう。
 店で出すこと前提の味。
 持ち帰りは想定しておらず、その場で食べて初めて共感できる味だ。
 こう言うところで店のスタイルが出るんだなと感心させられる。

 次に常温に温めたワインで合わせる。
 冷やしたものより、ワインそのもの風味が出てくるいい塩梅だ。
 その分独特な渋みがこの料理にどう影響を与えるか。

「む、これはこれで……」

「先ほどよりも食が進むわね」

「なんなら、パスタに絡めた方がうまいんじゃねぇの?」

「ヨッちゃん、お湯!」

 その場でパスタを茹でて全員に提供。
 全てを絡めてしまわないよう、少量にとどめる。

 パスタは若干熱めに提供した。
 もし菊池さんの仕掛けが温度に関係してるのなら、これで劇的な変化を生み出すはずだ。

「! なんだこれは!」

「さっきの味が蘇ってきたわ」

「もうこれだけでよくないか? ポンちゃん、パスタおかわり」

 ヨッちゃんはこれこそが至高とばかりにそれ以外を切り捨てる選択をした。
 これはこれでうまいが、先ほど食べたディア肉のような深い味わいを薄めたような物。

 これをストレートで行くのは俺たち的には無しだった。

 嘘だと思って食ってみろと、今度はホットワインにしてから合わせてもらった。
 これこれ! 全員が頷きながら堪能する。

「なんだよこれ、ビールと合わせた時に比べて別もんじゃねぇか! その上でホット限定ときてる! 憎い演出だぜ!」

「ただのキノコと野菜のオリーブオイル和えと思わせておいてからのこの仕掛け、シェフの技術力に脱帽だぜ」

「ノーマルでも普通に酒に合うのがこれまた憎い演出なのがな」

「サラダから一気にメインディッシュに化けたようなものだわ、一度知ったら、絶対これ以外の組み合わせは選ばないと思うの」

「でも不思議なのはなぜ調理過程でこれを組み合わせなかったかよね? 合わせていたらここまで落胆させることもなかったのに」

 ミィちゃんはそれだけが不満と言わんばかりに菊池さんの料理を判定した。

 俺としては菊池さんの判断も分からなくない。
 それが店としての限界だったのだろう。

 ファンガスの仕入れ値、それによって店で扱える分量は決まる。

 今回メインで仕上げず、一見してお通しで出されそうな見た目なのは店の限界。
 ファンガスの量自体も少なめだが、それ以外で味を数段昇華させる仕掛け。

 ワインは合わせたい人だけ合わせればいいという演出。
 それが鮮焼という店のおもてなしなのだ。

「鮮焼は一般人向けの居酒屋だからね。お酒とメニューはあえて教えないでお客さんに組み合わせた時の楽しみを残しておくのがあの店ならではのルールなんだよ。何回も足を運んでもらうためのテクニックとも言えるかな。高級レストランみたいに一回来て、大量な金額を請求して、っていうやり方じゃないからこそのやり方みたいなものだよ」

「そうだったのね、あたしったら何も知らないくせして偉そうなことばかり言ってたわ。ごめんんさい、このお料理、とてもおいしかったわ。次はお店に直接寄らせてもらうわね」

 <コメント>
 :《鮮焼》洋一、うちの仕掛けをこんな公の場で暴露すんじゃねぇ!
 :《一期一会》馬鹿正直にそんな商売してるお前が悪い
 :《ラ・ベットラ越智間》あのー、次はうちのメニュー出すのでそろそろケンカはやめてもらえませんか?
 :草
 :ここの子弟、いつも喧嘩腰だな
 :師匠がこの人だからな
 :仲がいいとはなんだったのか
 :実際めっちゃうまそうだったのがな
 :ホットワインと合わせた時にだけ化ける味が超気になります!
 :制作過程じゃ見えてこない罠を仕掛けるな!
 :それが店のやり方なんですよ
 :《菊池大輝》問題は食材の入荷が不明な点を考えようぜ
 :まだ大量入荷はできないか
 :当たり前のように食ってるけど、食材以外の道が見つかったら、普通に市場に流れないのでは?
 :それなー
 :いっそ流さないでそれぞれのお店に流したら?
 :《ダンジョンセンター武蔵野支部長》国際問題になるわ、アホたれ
 :そりゃそうよ
 :日本じゃないからなぁ、ここ
 :そう言えんばそうだった
 :海路的に到達不可能なんだっけ?
 :武蔵野支部から行けるよ
 :だから卯保津さんが頭抱えてんのか
 :責任重大っすね
 :そりゃこんなところで堂々と国際ダンジョン条約破られたら言い訳もできんか
しおりを挟む
感想 485

あなたにおすすめの小説

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。

処理中です...