ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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116話 プロの本気:ラ・ベットラ越智間

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 菊池さんに続いて越智間さんの一品が目の前に置かれる。

 先ほどのオリーブオイル和えとは異なり、もうどこに何が仕込まれてるくらい原型を留めてなかった。

 これがフレンチの妙というか、奇抜さと組み立てた味で勝負する世界に行ったきり帰ってこないのである。

 それでもあの越智間さんならばという期待でスプーンを進める。
 皿は全部で8種類。

 お通し(アミューズ)
 前菜(オードブル)
 スープ
 魚料理(ポワソン)
 シャーベット(ソルベ)
 肉料理(アントレ)
 洋菓子(デセール)
 コーヒー
 と一貫してフルコースの体裁だ。

 あいにくと匂い立つ、という感じの料理とは程遠い。

 視覚、歯触り、舌触りで味わうその人にのみ向けられた料理の極致。
 体験できるのはおひとり様まで。

 あとはその人次第でどうとでも取られてしまう危うさも内包されてしまっている。

 同じフレンチ発祥でも行き着くゴールは何通りもあるかのような終着点。

 見た目はすごく芸術的時なのだが、さてお味の方は?

 <コメント>
 :フレンチのフルコースってうまそうよりも先に綺麗って感じだよな
 :庶民向けじゃないからな
 :小腹をすかした金持ちが気分を味わうところだぞ
 :料理にも金かけてますってマウントじゃね?
 :いや、越智間シェフの料理は絶品だよ
 :味がうまいってわかってるのに、俺らの求めてるのと違うっていうか
 :居酒屋メニューの後だと流石に部が悪いか?
 :《一期一会》ふん、形式にばっか囚われてるようじゃこの先ないぜ?
 :この爺さんの言わんとしてるいこと、誰かわかる人いる?
 :誰もわからない定期
 :《鮮焼》この爺さんの新し物好き具合には誰もついてけねーよ
 :なるほどなー
 :格式を重んじる店を古臭いって切り捨ててるのか
 :どこの戦国将軍だよ
 :天上天下唯我独尊……ってコト?

「ん! このサラダ仕掛けがあるわ」

 サラダを口に運んだミィちゃんがハンカチで口元を隠して唸るように言った。
 まずいという言葉は口にせず、仕掛けというからには何か訳があるのだろう。

 それは同様に各々の皿を手にした俺たちも感じていた。
 妙に重いスープ。

 まるで口の中で存在感を放つ重い塊がある。
 妙に食感が悪く、普通に食べたらなんだこれは! とスプーンを置いてしまうこと請け合い。

 味は悪くないのに、食感が最悪の一言だ。

 サラダにしたってそうだろう。
 出てきたのは熱した石のような赤く光る魚卵だった。

 空ウツボのものではない。
 冷えたサラダに熱された魚卵。

 これはここに置いておくものではないだろうということだけはわかる。

 この感覚は先ほど菊池さんの料理で味わったばかり。
 これをフルコース全てに仕込んだのだ、あの人は。

 お茶目を通り越して、嫌がらせに近かった。

 問題なのは、そのまま食べても普通に美味しいということ。
 食感を最悪たらしめてるのはバランスの悪さだ。

 まるでビールを飲んだ時のファンガスと秋野菜のオリーブオイル和えのような不出来感。

 第一印象がそれに固定されてしまう。

 <コメント>
 :《ラ・ベットラ越智間》このメンツ相手に普通に料理をしてもつまらないでしょう? 少しだけ裏技を使わせてもらいました。普通に出したらまず低評価確定ですが、一度に同時に出す荒技をやってのけたのは、このメンツなら許してくれそうという認識があったからです。あとは皆様でごゆるりとお楽しみください

「では、やたらと重く感じるこのスープも裏があるな」

「スープが重い? ですか」

 見た目はサラサラとしてそうなスープだが、それは表面上だけ。

 内側はまるで餅のように皿にくっつき「なんだこれは!」と得体の知れないものにスプーンを進ませにくい演出が入ってる。

 スープとしては減点だ。
 けどこれが他の何かと結合するコトで、まるで違う何か組み合わせることで完成する料理だとしたら?

「このサラダに紛れてるやつ、スープに入れてみ? 飛ぶぞ」

 キメ顔でヨッちゃんが言い放つ。

 理解が及ばず、視線を泳がせる中で最初に実行するのは俺だった。

 サラダに紛れ込んでいたあるもの。
 熱された魚卵であろうことはすぐに見当がついた。

 それをスープに落とすと、さらにへばりついていたものがみるみると縮んで魚卵を丸め込む。
 そしてそれは空中に飛び上がり、球状のままボヨンと皿の上に降り立つ。

 飛ぶぞ? の意味合いは言葉通りのものだったようだ。

 フォークで皿に固定し、ナイフで切り裂けば。

 そこからはマグマの様に熱されたスープが出てきた。
 先ほど口に入れた時とは別の味わいだ。

 重い味わいはもう見る影もなく、熱された魚卵と相まって一つの味が完成した。

 ゴム毬のような分厚い皮は、熱されたスープにさらされ、食べやすい柔らかさになっている。

 それすらスープの演出に使ったのか。
 面白いことを考える人だ。

 確かにあの店でこんなことをすれば低評価を押されかねない。
 ある意味で冒険とも言える逸品である。

 動くと思わせておいて、飛んだスープ。

 お味は絶品だ。
 なんの素材がどういう過程でこうなったのかはさっぱり見えてこないが美味しい。

 複雑な味だと言える。

「びっくりしたわ。あなたの様な店で、こんな一品を出したらさぞかしクレームを入れられるでしょうね」

 <コメント>
 :《ラ・ベットラ越智間》流石にそれくらい心得てますよ。うちの料理は基本そういうサプライズは想定してませんから。今日は特別です

「だが、味はいい」

「これの中のどれにファンガスが使われてんだ?」

 <コメント>
 :《ラ・ベットラ越智間》全部入ってますよ。飛ぶ仕掛けも、ファンガス特有のものです

「全部?」

 一斉に顔を見合わせる。

 正直、スープに使われてた形跡は一切感じられなかった。

 隠し味に使われていると言ってくれた方がわかりやすいくらいに味を感じさせなかったのだ。

「お前ら、どれにファンガスが入ってるかわからないって顔だな?」

「ヨッちゃんはわかるのか?」

「わからん!」

 じゃあなんで得意気なんだ?

「まぁ、それを確かめるためにも今は食べ進めようぜ」

「賛成! このスープは画期的よね。熱した魚卵がずっと温かい原理もよくわからないけど、このサラダがずっと美味しいのはきっとこの魚卵のおかげね?」

「この魚卵がファンガスって可能性は?」

 俺を除く全員が、ヨッちゃんにジトっとした目を向けた。
 わからないなりにアイディアを出したのにひどい。

 まぁキノコが魚卵を産むなんて常識はない様に、そういう特性のモンスターなのだろう。

 入手ルートはそれこそ越智間さんしかわからないような。

 しかし、俺たちの予想は大きく外れ、勝利の女神はヨッちゃんに微笑んだ。

 <コメント>
 :《ラ・ベットラ越智間》おや、バレてしまいましたか

「えっ!?」

「ほらー、やっぱり俺の予想当たってたじゃん!」

「だって、これは魚卵ですよね?」

 <コメント>
 :そういえば、人工いくらってものがあったな
 :でも熱すると弾けるんじゃないか?
 :そうだよな、人工的といえど皮膜は薄いはず
 :《ラ・ベットラ越智間》ファンガスは違ったってことですよ
 :それで納得できる人いんの?
 :実際にそうなんだから納得するほかない

「まさかこれがファンガスとは」

「熱くなってる理由は何かしら?」

「これってソーセージになっても動くんだろ?」

「まさか摩擦熱で?」

 <コメント>
 :摩w擦w熱www
 :えぇ、液状にされても動くのかよ、あいつ
 :すごいな
 :むしろポンちゃんの加工で生きてるやつだぞ?
 :一般人が調理でくらい余裕で生還するやろ

 サラダとスープの組み合わせでこれだ。

 もちろん他の組み合わせも探せばあるだろう。

 微妙と思われる料理の組み合わせを探してるうちに、いつの間にか皆が皿を凝視しながら組み合わせてない組み合わせを探す様になった。

 同じ料理人として、これほど一つ一つの料理に向き合ってもらえることなんてない。

 メインを一つ置いたら、他はどうしても記憶の外に置かれてしまう。
 もちろん作り手にとってどれも渾身の一作だ。

 今回もどれも素晴らしかった。
 でも満足感は全てを合わせて一つだと思うと、今回のコースは底が知れない。

 何せ組み合わせが一通りだけじゃなかったもんな。
 なんと、全部合わせてもまた違う味が出てくるのだ。

 これがこのフルコースの真骨頂だった。

 フルコースなのに全て合わせて一品とかどうかと思うが、だからこそ一度に出てきたと思うと感慨深い。

 だってサラダにスープ、シャーベットにお通しを抱え合わせるなんて誰も思いつかないだろう。

 もちろん、手順はある。

 正しい手順ではないだろうが、魚料理にコーヒーを混ぜた勇者は他ならぬヨッちゃんだ。

 誰もがその光景に目を丸くした。
 俺も、リスナーも。

 唯一の正解を引いてワクワクしてたのはきっと越智間さんくらいだろう。

 そして辿り着く「これもしかして全部組み合わせるともう一つの味になるんじゃね」感。

 味覚音痴かと思われたヨッちゃんの真似をして、全員が表情を綻ばす姿は末長くアーカイブに残されるだろう。

「そんな残飯、轟美玲に食わすなんて冒涜だ!」みたいなコメントも来たけど、それは考えた人が悪いのであって、ヨッちゃんは悪くない。

 むしろ悪いのはカメラの向こうで愉悦の笑みを浮かべてるであろう越智間さんだよ。

 そりゃ自分の店では出せんわって組み合わせだったもんね。

 そして訪れる最後の晩餐。
 一期一会の登場だ。
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