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108話 熟成乾燥の使い分け
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串焼きやチャーハンですっかり飲む気分になってきた俺たちは次々と思いついた料理を調理していく。
すでに串打ちを終えて、あとは焼くだけの作業はダイちゃんに任せた。
俺は他の調理を進めていく。
「ダイちゃんもすっかり焼きの職人だねぇ」
「言われた仕事をこなすだけなら誰でもできる。目標とする背中が遠すぎるから、今は数をこなすしかねぇんだ。親父だったら、ここに何を加えるか、そいつを模索してる。という訳でヨッちゃん、俺の修行に付き合ってくれ。味見役は一人でも多い方がいい。バンバン焼くけど、同時にバンバン味変してくから」
「おうよ、どんとこい」
<コメント>
:俺もその場所行きてぇ!
:ぐあー、地元復興がなきゃいってるのに
「今日はホームでの飲み会で、ランクも低いし割と浅瀬での設営ですので、最寄の方はぜひご参加してみてください」
串はあと600本ほどある。正直俺たちだけで消化できるのはせいぜいが50本までだろう。
グリーンドラゴンが使われてる部位は少ない。
ほとんどが野菜を中間に入れてるのは、旨みが強すぎるのと、脂身が強すぎるからだった。
これで程よい。
ステーキを食った翌日は胃もたれするほどだったからな。
美味いが、多くは入らないこの矛盾。
<コメント>
:よっしいくわ!
:もう匂いだけ嗅がせてもらうだけでいいから
『ご主人様? 臭いを向こう側に届けるだけでいいのならすぐにでも実行できますがどうなさいます?』
またジュリが余計な気を回してきた。
どれくらいのエネルギーを要求されるか身構えていたが、割と少なめだったので了承した。
いや、俺の認識がバグってきてるだけなのかもしれないけどね。
100万EN。
これを少ないと思ってるようじゃ俺も大概だな、ジュリのことをどうこう言えなくなって来てる。
その分はまぁ、加工して食って稼げばいいだけか。
「えーと、みなさん。ここでうちのチャンネル独自の技術が追加されました。今回からとなりますが、料理中の香りが距離を問わず配信中の方にも堪能できる機能がですね、追加されました。そうです、オリンの仕業です」
「キュッ!?(妾のせいにされた!?)」
俺の肩で激しく動揺するオリン。
ここ最近中身が入ってない時が多いのだが、今は入ってる状態だったか。
どうにもジュリがあっちこっちで迷惑をかけにいくので、お目付役として付き添ってるそうなのだ。
なので、俺の肩に乗ってるこのドールは半ば置物となっている。
稀にこうして帰ってきては返事をするが、タイミングが悪かったな。
<コメント>
:ほんとだぁ、PCの画面からめっちゃいい匂いするぅ
:これは一体どうやって?
:安定のオリン
:その子特殊個体なんじゃないですか?
:ポンちゃんの飯が美味しすぎて進化したんじゃね?
:俺も食えばワンチャン進化ある?
:↑諦めろ。現実は非常である
:お腹の空く匂いやめろ!
:こういう時に焼いてる場面をドアップにする鬼畜
:あぁいい匂いいい匂い!
:カシュ
:カシュ!
:匂いだけでビールが進む進む
:もう二本目飲んじゃったぁー
コメント欄が盛り上がってるのを他所にダイちゃんとヨッちゃんも味変串焼きで盛り上がる。
その横で俺はイカの塩辛を取り出した。
ダイちゃんがこっちに帰ってくる時に持たせてくれた菊池さんの一品だ。
食えばたちまち日本酒が恋しくなる。
カメラをドアップで近づけて、飲兵衛にアピール。
「こちら、ダイちゃんの実家で提供してるイカの塩辛になります。こいつがまたうまいんです。一口食べたらもうシラフじゃいられない。日本酒が恋しくなる味。俺はこいつに迫る逸品を作るのが目標です」
<コメント>
:まだ上を見てるんか
:修行に終わりはないって創業80年の鰻屋さんも言ってた
:探索者は本業じゃないもんな
:こっちが本当の顔ってわけか
:これがまた美味いんだ
:鮮焼さんは生きてるい内に一度は行った方がいい飲み屋
:長岡の地域住民を虜にしてっからな
:もっと店舗出して♡
:その二代目がここにいるんだよな
:そういえばそうじゃん
「もう昔ほど甘い考えしてらんねぇからな。俺はまだまだ店を継ぐには覚悟も実力も足りてねぇ。悪いがあと数年は待っててくれ」
「だ、そうです。確かに美味い料理を作れる菊池さんですが、その提供数には限りがあるんですね。うちもまた同じ悩みを抱えているので、当分店舗展開は予定してません」
<コメント>
:救助者2000人の炊き出しに対応しておいてぇ?
:その人数相手に手の込んだ料理を提供できるかって話でしょ
:そりゃカレーや鍋物なら食材とクソでかい調理器具ありゃできるよ?
:電気ガス水道の止まった被災地でその規模の炊き出しが可能なのはヨッちゃんがいたからってこと忘れてるやつ多すぎねぇ?
:それをこのレベルの逸品で対応しろは流石に無茶
:採算合わなくなりそう
:そもそも採算合ってない料理振る舞ってたんだよな
:あれ金とったらいくらになるんだ? 想像もつかねぇ
:店回すにはそれがつきまとうからな
:はえーお店出すのって難しいんやね
本当に難しくて、いつか自分の店を出したいなんて考えはここ最近綺麗さっぱり消えつつある。
ダイちゃんが宣言したように、俺はまだまだ学ぶことがあるし、店を運営する上で覚えることも多くあった。
だがその前に、これが俺の味だっていう一品を作り上げるのが目標だ。
美味しいだけじゃなく、合わせることで初めて奥深さが出る引き算の料理。
完成させすぎてもダメ、しかしその物足りなさを感じさせてもダメ。
それで完成してるが、もう一品合わせることでさらに味わい深くなるもの。それを見つけるのが命題だ。
一口つまみ、唸る。
もうこの時点でだいぶ酒を飲みたくなってくる。
味の構成は朧げながらに理解はできるが、制作過程は一体何をやってるのか全く見えてこない。
複雑な味わい。
俺も真似たが、あっさりやり返されてしまった。
きっと俺とは比べ物にならない作業工程があるのだと思う。
<コメント>
:【悲報】塩辛の匂い、あまり届かず
:そりゃそうよ
:ふうわりと柚子の香り、続いて磯の香り。ねっとりと熟成させたイカの旨みががっちり混じり合って最高に美味いんだ(鮮焼常連)
:お? 喧嘩売ってんのか?
:一子相伝のレシピなのもあって、配送は受け付けてねぇからな
:だから喰いたきゃ来いがあの店の流儀
「それ以外の食事なら随時受け付けてまーす。だし巻きはランチでも人気だぜ?」
さらっと宣伝を欠かさないダイちゃん。
彼はここで修行中だけど、普段は実家暮らしで配達や仕込みの傍でこっちにきてる状態だ。
いわばアルバイト先がうちみたいな?
ほとんどこっちにいるから感覚がバグりそうだが、こう見えて寝る間も惜しんで修行に身を費やしてるらしい。
さて、本題に入る。
今まで手にしていながらも、その効果について深く考えてこなかったスキル。
それが熟成乾燥。
バトルのお供に、EN増強の加工にと大活躍してきたこのスキル。
俺はこいつの詳しい効果をあまり理解していないのである。
なんで今まで試さなかったのか?
試す機会はたくさんあったのに、あえて追求しなかった。
してる暇がなかったと言い訳はいくらでもできる。
が、どこかでそういうものだと決めつけていたのではないか?
熟成乾燥。
俺はこいつを紐解いて、新たな料理の道を模索する。
「はい、ここで実験のお時間です。実はですね、俺には新しく生えてきた干物を作るスキルである熟成乾燥という物にあるんですが、実はこれの効果をよく知らないんですよね」
<コメント>
:草
:え、そうなんですか?
:バトルでも大活躍だったあの熟成乾燥さんが?
:雑に強い上に、雑に旨くなるからな
:ワンチャンジビエとか干物とかの原理を深く考えてる人いる?
:なんか寝かしたり乾かしたら美味かったとかでしょ?
「グリーンドラゴンは深く考えずに熟成乾燥を施してるんで、今回扱う食材はこちらです」
なら本来の味を知ってる食材で調査する必要があった。
俺はまな板の上にストックしていた空ウツボを乗せた。
「うひょー、俺の好物を出してくれるなんて! 今日は大盤振る舞いだな? 誕生日が何回も来たみたいだぜ」
<コメント>
:ある意味食い慣れてる素材だが
:一人、何食べても美味いしか言わない奴が居ますね
:適合食材はなー、舌がバカになるから
:まぁ、ここはお手並み拝見といきまひょか
:絶対匂いで飯を食うつもりだぞ?
:当たり前
:冷蔵庫から缶ビールとってきた
:バカめ、空ウツボは繊細なあじわいだ。ビールなんかで満足できるかよ
:やはりここは日本酒ですよねぇ
:しかしそれをここで飲むと翌日の出勤が
:まだ朝なんだよなぁ
:今出勤中なのでは?
:休暇もらったに決まってんだろ!
:草
さて、こうやって期待されるとメニューは既存レシピに縛られるが、自分を曲げずに作っていく。
そういえば、肝を狙って熟成乾燥させたことはなかったな。
肝を取り出し、酒で洗い何分割かしそのいくつかに熟成乾燥をかける。
目視で行うので強弱はこちら側で設定できるのだ。
未使用、弱、中、強で分けて順に口に入れる。
ヨッちゃんに味見させると「全部うまい」で片付けてしまうので、ここは料理を扱う俺が見定める必要がある。
まず何もしてない状態の肝をいただく。
もう普通にうまい。
酒が飲みたくなるが、それをとどめて次の加工食品の味見に移る。
弱でかけた肝は、甘みが増していた。
苦味こそあるものの、甘みが勝つ。
これは面白い発見だ。
中でかけた肝は、逆に苦味と甘みが複雑に絡み合っている。
うまく中和された形。
しかし過食部分が半分にまで落ち込んでいた。
強でかけた肝は、ほとんど干からびてると言っていい。
このまま食すのには向かないので、湯で煮出してそれを飲むと、驚くような旨みが口内に飛び込んできた。
なるほど、これが熟成乾燥の真髄。
俺は知らず知らずに全てを弱でかけていたんだ。
熟成乾燥は弱・中・強で使いこなして初めて進化が生まれるものだと理解する。
それさえわかれば作りたいメニューが頭の中に湧き出す。
空ウツボの肝は生のものと強で二種選別して、生は刻んで醤油と絡め(強)でかけたものは米と一緒に飯盒に入れて煮立たせる。
あとは炊き上がるのを待つだけだ。
続いて身を捌いて先ほどの肝醤油と合わせて漬け込み、そのうちの半分に熟成乾燥(弱)で味変する。
余った骨や頭、鰭や尻尾を纏めてミンサーでミンチ化し、それに熟成加工(中)を施す。
半分まで減ったそれをさらに叩いて粘り気が出たらネギを振ってひとまとめにして小皿に盛り付ける。
炊き上がった空ウツボご飯の上に、肝醤油につけた刺身を並べ、中央にネギトロを添えて完成だ。
数は多く作ったので、三人分は余裕で賄えた。
<コメント>
:この見た目の破壊力よ
:あーーー食べたい食べたい!
:丼ものは匂いがあんまりないからな
:実物が食いたくなってくるんですがどうすれば?
:代用素材で再走するしかない
:ぐわー素材も料理の腕もない俺はどうすればいいんだー!
本当にそれは御愁傷様という他ない。
楽しんでくれてる分にはいいけどね、少しだけ申し訳なくなりながらも実食。
「ちょっと実験も兼ねてだけど、ダイちゃんも味見よろしく。忌憚のない意見をくれよな」
「なんかヨッちゃんが限界突破してるんだけど、いつもこうなのか?」
「適合食材使うと大体こうなるからね。俺も自分の扱ってるスキルを改めて紐解く機会を得てパワーアップしたつもりだ。以前よりもさらにパワーアップしたことを約束する。それと、肝を熟成乾燥させてそれで出汁をとった出汁茶漬け風にもできるから勢い余って全部食わないように」
これはヨッちゃんに向けて言った。
目がギンギンになって、まるでマテをされてるペットのようだ。
あまり待たせすぎても悪いので、GOサインを出すと味わいもせずに掻き込んだ。
続いて「うめぇ」と涙を流しながらも箸は止めない。
これは適合調理更新もありうるなと感心する。
ドアップにしながらの食レポは、多くのリスナーに阿鼻叫喚の悲鳴をあげさせるのには十分だった。
やはり決め手の出汁茶漬けの破壊力が抜群で、数時間後に多くのリスナーと思われる人たちが大群で押し寄せたのはいい思い出である。
すでに串打ちを終えて、あとは焼くだけの作業はダイちゃんに任せた。
俺は他の調理を進めていく。
「ダイちゃんもすっかり焼きの職人だねぇ」
「言われた仕事をこなすだけなら誰でもできる。目標とする背中が遠すぎるから、今は数をこなすしかねぇんだ。親父だったら、ここに何を加えるか、そいつを模索してる。という訳でヨッちゃん、俺の修行に付き合ってくれ。味見役は一人でも多い方がいい。バンバン焼くけど、同時にバンバン味変してくから」
「おうよ、どんとこい」
<コメント>
:俺もその場所行きてぇ!
:ぐあー、地元復興がなきゃいってるのに
「今日はホームでの飲み会で、ランクも低いし割と浅瀬での設営ですので、最寄の方はぜひご参加してみてください」
串はあと600本ほどある。正直俺たちだけで消化できるのはせいぜいが50本までだろう。
グリーンドラゴンが使われてる部位は少ない。
ほとんどが野菜を中間に入れてるのは、旨みが強すぎるのと、脂身が強すぎるからだった。
これで程よい。
ステーキを食った翌日は胃もたれするほどだったからな。
美味いが、多くは入らないこの矛盾。
<コメント>
:よっしいくわ!
:もう匂いだけ嗅がせてもらうだけでいいから
『ご主人様? 臭いを向こう側に届けるだけでいいのならすぐにでも実行できますがどうなさいます?』
またジュリが余計な気を回してきた。
どれくらいのエネルギーを要求されるか身構えていたが、割と少なめだったので了承した。
いや、俺の認識がバグってきてるだけなのかもしれないけどね。
100万EN。
これを少ないと思ってるようじゃ俺も大概だな、ジュリのことをどうこう言えなくなって来てる。
その分はまぁ、加工して食って稼げばいいだけか。
「えーと、みなさん。ここでうちのチャンネル独自の技術が追加されました。今回からとなりますが、料理中の香りが距離を問わず配信中の方にも堪能できる機能がですね、追加されました。そうです、オリンの仕業です」
「キュッ!?(妾のせいにされた!?)」
俺の肩で激しく動揺するオリン。
ここ最近中身が入ってない時が多いのだが、今は入ってる状態だったか。
どうにもジュリがあっちこっちで迷惑をかけにいくので、お目付役として付き添ってるそうなのだ。
なので、俺の肩に乗ってるこのドールは半ば置物となっている。
稀にこうして帰ってきては返事をするが、タイミングが悪かったな。
<コメント>
:ほんとだぁ、PCの画面からめっちゃいい匂いするぅ
:これは一体どうやって?
:安定のオリン
:その子特殊個体なんじゃないですか?
:ポンちゃんの飯が美味しすぎて進化したんじゃね?
:俺も食えばワンチャン進化ある?
:↑諦めろ。現実は非常である
:お腹の空く匂いやめろ!
:こういう時に焼いてる場面をドアップにする鬼畜
:あぁいい匂いいい匂い!
:カシュ
:カシュ!
:匂いだけでビールが進む進む
:もう二本目飲んじゃったぁー
コメント欄が盛り上がってるのを他所にダイちゃんとヨッちゃんも味変串焼きで盛り上がる。
その横で俺はイカの塩辛を取り出した。
ダイちゃんがこっちに帰ってくる時に持たせてくれた菊池さんの一品だ。
食えばたちまち日本酒が恋しくなる。
カメラをドアップで近づけて、飲兵衛にアピール。
「こちら、ダイちゃんの実家で提供してるイカの塩辛になります。こいつがまたうまいんです。一口食べたらもうシラフじゃいられない。日本酒が恋しくなる味。俺はこいつに迫る逸品を作るのが目標です」
<コメント>
:まだ上を見てるんか
:修行に終わりはないって創業80年の鰻屋さんも言ってた
:探索者は本業じゃないもんな
:こっちが本当の顔ってわけか
:これがまた美味いんだ
:鮮焼さんは生きてるい内に一度は行った方がいい飲み屋
:長岡の地域住民を虜にしてっからな
:もっと店舗出して♡
:その二代目がここにいるんだよな
:そういえばそうじゃん
「もう昔ほど甘い考えしてらんねぇからな。俺はまだまだ店を継ぐには覚悟も実力も足りてねぇ。悪いがあと数年は待っててくれ」
「だ、そうです。確かに美味い料理を作れる菊池さんですが、その提供数には限りがあるんですね。うちもまた同じ悩みを抱えているので、当分店舗展開は予定してません」
<コメント>
:救助者2000人の炊き出しに対応しておいてぇ?
:その人数相手に手の込んだ料理を提供できるかって話でしょ
:そりゃカレーや鍋物なら食材とクソでかい調理器具ありゃできるよ?
:電気ガス水道の止まった被災地でその規模の炊き出しが可能なのはヨッちゃんがいたからってこと忘れてるやつ多すぎねぇ?
:それをこのレベルの逸品で対応しろは流石に無茶
:採算合わなくなりそう
:そもそも採算合ってない料理振る舞ってたんだよな
:あれ金とったらいくらになるんだ? 想像もつかねぇ
:店回すにはそれがつきまとうからな
:はえーお店出すのって難しいんやね
本当に難しくて、いつか自分の店を出したいなんて考えはここ最近綺麗さっぱり消えつつある。
ダイちゃんが宣言したように、俺はまだまだ学ぶことがあるし、店を運営する上で覚えることも多くあった。
だがその前に、これが俺の味だっていう一品を作り上げるのが目標だ。
美味しいだけじゃなく、合わせることで初めて奥深さが出る引き算の料理。
完成させすぎてもダメ、しかしその物足りなさを感じさせてもダメ。
それで完成してるが、もう一品合わせることでさらに味わい深くなるもの。それを見つけるのが命題だ。
一口つまみ、唸る。
もうこの時点でだいぶ酒を飲みたくなってくる。
味の構成は朧げながらに理解はできるが、制作過程は一体何をやってるのか全く見えてこない。
複雑な味わい。
俺も真似たが、あっさりやり返されてしまった。
きっと俺とは比べ物にならない作業工程があるのだと思う。
<コメント>
:【悲報】塩辛の匂い、あまり届かず
:そりゃそうよ
:ふうわりと柚子の香り、続いて磯の香り。ねっとりと熟成させたイカの旨みががっちり混じり合って最高に美味いんだ(鮮焼常連)
:お? 喧嘩売ってんのか?
:一子相伝のレシピなのもあって、配送は受け付けてねぇからな
:だから喰いたきゃ来いがあの店の流儀
「それ以外の食事なら随時受け付けてまーす。だし巻きはランチでも人気だぜ?」
さらっと宣伝を欠かさないダイちゃん。
彼はここで修行中だけど、普段は実家暮らしで配達や仕込みの傍でこっちにきてる状態だ。
いわばアルバイト先がうちみたいな?
ほとんどこっちにいるから感覚がバグりそうだが、こう見えて寝る間も惜しんで修行に身を費やしてるらしい。
さて、本題に入る。
今まで手にしていながらも、その効果について深く考えてこなかったスキル。
それが熟成乾燥。
バトルのお供に、EN増強の加工にと大活躍してきたこのスキル。
俺はこいつの詳しい効果をあまり理解していないのである。
なんで今まで試さなかったのか?
試す機会はたくさんあったのに、あえて追求しなかった。
してる暇がなかったと言い訳はいくらでもできる。
が、どこかでそういうものだと決めつけていたのではないか?
熟成乾燥。
俺はこいつを紐解いて、新たな料理の道を模索する。
「はい、ここで実験のお時間です。実はですね、俺には新しく生えてきた干物を作るスキルである熟成乾燥という物にあるんですが、実はこれの効果をよく知らないんですよね」
<コメント>
:草
:え、そうなんですか?
:バトルでも大活躍だったあの熟成乾燥さんが?
:雑に強い上に、雑に旨くなるからな
:ワンチャンジビエとか干物とかの原理を深く考えてる人いる?
:なんか寝かしたり乾かしたら美味かったとかでしょ?
「グリーンドラゴンは深く考えずに熟成乾燥を施してるんで、今回扱う食材はこちらです」
なら本来の味を知ってる食材で調査する必要があった。
俺はまな板の上にストックしていた空ウツボを乗せた。
「うひょー、俺の好物を出してくれるなんて! 今日は大盤振る舞いだな? 誕生日が何回も来たみたいだぜ」
<コメント>
:ある意味食い慣れてる素材だが
:一人、何食べても美味いしか言わない奴が居ますね
:適合食材はなー、舌がバカになるから
:まぁ、ここはお手並み拝見といきまひょか
:絶対匂いで飯を食うつもりだぞ?
:当たり前
:冷蔵庫から缶ビールとってきた
:バカめ、空ウツボは繊細なあじわいだ。ビールなんかで満足できるかよ
:やはりここは日本酒ですよねぇ
:しかしそれをここで飲むと翌日の出勤が
:まだ朝なんだよなぁ
:今出勤中なのでは?
:休暇もらったに決まってんだろ!
:草
さて、こうやって期待されるとメニューは既存レシピに縛られるが、自分を曲げずに作っていく。
そういえば、肝を狙って熟成乾燥させたことはなかったな。
肝を取り出し、酒で洗い何分割かしそのいくつかに熟成乾燥をかける。
目視で行うので強弱はこちら側で設定できるのだ。
未使用、弱、中、強で分けて順に口に入れる。
ヨッちゃんに味見させると「全部うまい」で片付けてしまうので、ここは料理を扱う俺が見定める必要がある。
まず何もしてない状態の肝をいただく。
もう普通にうまい。
酒が飲みたくなるが、それをとどめて次の加工食品の味見に移る。
弱でかけた肝は、甘みが増していた。
苦味こそあるものの、甘みが勝つ。
これは面白い発見だ。
中でかけた肝は、逆に苦味と甘みが複雑に絡み合っている。
うまく中和された形。
しかし過食部分が半分にまで落ち込んでいた。
強でかけた肝は、ほとんど干からびてると言っていい。
このまま食すのには向かないので、湯で煮出してそれを飲むと、驚くような旨みが口内に飛び込んできた。
なるほど、これが熟成乾燥の真髄。
俺は知らず知らずに全てを弱でかけていたんだ。
熟成乾燥は弱・中・強で使いこなして初めて進化が生まれるものだと理解する。
それさえわかれば作りたいメニューが頭の中に湧き出す。
空ウツボの肝は生のものと強で二種選別して、生は刻んで醤油と絡め(強)でかけたものは米と一緒に飯盒に入れて煮立たせる。
あとは炊き上がるのを待つだけだ。
続いて身を捌いて先ほどの肝醤油と合わせて漬け込み、そのうちの半分に熟成乾燥(弱)で味変する。
余った骨や頭、鰭や尻尾を纏めてミンサーでミンチ化し、それに熟成加工(中)を施す。
半分まで減ったそれをさらに叩いて粘り気が出たらネギを振ってひとまとめにして小皿に盛り付ける。
炊き上がった空ウツボご飯の上に、肝醤油につけた刺身を並べ、中央にネギトロを添えて完成だ。
数は多く作ったので、三人分は余裕で賄えた。
<コメント>
:この見た目の破壊力よ
:あーーー食べたい食べたい!
:丼ものは匂いがあんまりないからな
:実物が食いたくなってくるんですがどうすれば?
:代用素材で再走するしかない
:ぐわー素材も料理の腕もない俺はどうすればいいんだー!
本当にそれは御愁傷様という他ない。
楽しんでくれてる分にはいいけどね、少しだけ申し訳なくなりながらも実食。
「ちょっと実験も兼ねてだけど、ダイちゃんも味見よろしく。忌憚のない意見をくれよな」
「なんかヨッちゃんが限界突破してるんだけど、いつもこうなのか?」
「適合食材使うと大体こうなるからね。俺も自分の扱ってるスキルを改めて紐解く機会を得てパワーアップしたつもりだ。以前よりもさらにパワーアップしたことを約束する。それと、肝を熟成乾燥させてそれで出汁をとった出汁茶漬け風にもできるから勢い余って全部食わないように」
これはヨッちゃんに向けて言った。
目がギンギンになって、まるでマテをされてるペットのようだ。
あまり待たせすぎても悪いので、GOサインを出すと味わいもせずに掻き込んだ。
続いて「うめぇ」と涙を流しながらも箸は止めない。
これは適合調理更新もありうるなと感心する。
ドアップにしながらの食レポは、多くのリスナーに阿鼻叫喚の悲鳴をあげさせるのには十分だった。
やはり決め手の出汁茶漬けの破壊力が抜群で、数時間後に多くのリスナーと思われる人たちが大群で押し寄せたのはいい思い出である。
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素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
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学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
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凡人がおまけ召喚されてしまった件
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
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回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。
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回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。
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