ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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98話 ジュリ

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 第二迷宮管理者を料理で手懐けると、俺と新たな契約が結ばれた。

『以後お見知り置きを、旦那様』

 なぜか俺のことを旦那と呼んでくる。
 オリンとはまた違った種類の迷宮管理者。

 妙に人間かぶれなのは気のせいか?

 ドールたちはどちらかといえば人間は利用してなんぼというスタンスに見えたが。
 しかしこれは俺にとっては幸いした。

 俺を主人として見てくれるなら、外の世界の大惨事をなんとかしてくれるかもしれないと踏んだからだ。

 しかしそれとは別に問題も多くある。
 新たな契約者は、俺の頭の中に勝手に住み着いた。

 彼女(?)は支配地域のどんな場所にでもいつでも意識を寄せられる高位存在。

 だからどこにもいないし、どこにでもいる。それが二番迷宮管理者の実態だった。

 それが俺の頭の中に住み着いている。
 おかげでモンスターが俺を敵と見なさなくなったのはありがたい限りだが、同時にあらゆるプライバシーを失った。

「キュ(今更じゃろ)」

『そうですよ旦那様。ダンジョンは人類をエネルギーを回収するための手段ぐらいに思ってません。しかし契約するのならば話は別。私たちはエネルギー回収を優先しますが、それとは別に契約者の役に立ちたいと常々思っています。オンセヴァーナリンノスもそう思うでしょう?』

「キュ(オリンじゃ。今はそう名乗っておる)」

『まぁ!』

「キュ(二番殿も短い名前を名乗ると良いぞ。契約者殿は妾たちの長い名前を覚える気がないからの)」

 おい! それは流石に失礼じゃないか?

 いや、全くもってその通りだけど。

「オリンみたいに短い名前の方が覚えやすいって言うのは正直に認めよう。それにこれは俺の性分だが、名前を間違えるって言うのは相手に失礼な行為だ。それだけはしちゃいけないと口をすっぱくして教え込まれたと言うのもある。君もオリンに倣ってくれると嬉しい」

『では私のことは今後ジュリとお呼びくださいませ』

「頼りにしてるよ、ジュリ」

『はい、これからは私にいっぱい頼ってくださいね! 旦那様!』

 こうして俺の脳内に新たなメンバーが追加された。


 オリンは俺に必要な情報を部分的にしか教えてくれないが、こっちは早口で捲し立てるようにポロッと機密を漏らすタイプだとでもいうか、なんというかガードが甘い。

 それが慕ってくれるからこその情報提供ならいいが、どうも違うっぽいんだよなぁ。

『ですがこのままでは私の意識をストレートに表現できません。そこでこの子を使って意思表示をしたいと思います』

 ぼわんと煙を上げて何かが現れる。

「にゃーん」

 それは猫だった。
 料理屋で動物の体毛混入の恐れがあるのはちょっと。

『そこは問題ありませんは。これらはあくまでも猫の形をしているだけ。種類的にはメタルゴーレムとなります。変身が得意なタイプなのですわ!』

 なるほどね。これはクララちゃんに正体はバラさないほうがいい奴だな。

 調味料待ったなしの種族だ。

『それは不敬ですわね。ですがご安心ください。タイラントゴーレムはメタルゴーレム種の中でも最上位。低級の加工スキル如きで処理される心配もありません』

「なるほど、なら安心だ」

『そうでしょう、そうでしょう』

「それでちょっと俺からジュリにお願いしたいことがあるんだけど大丈夫かな?」

『なんでも言ってくださいませ!』

「よし、じゃあこの地域の活動を一切停止してもらって大丈夫かな?」

『えと、それはドールの活動を止めろということですの?』

「別にそこまでしろというわけじゃないんだけど、俺は人類をおもちゃみたいに扱う今のやり方を少しまずいと思ってるんだ」

 俺はこのまま北海道から日本列島を順に侵略していくことに苦言を呈した。

 しかしジュリはこの件には一切関わっておらず、ドールに問いただすことで問題を解決することにした。

『あ、さっきの契約者。ここでの活動を止めろってどういうことですか?』

「単純に非効率だということだ。俺ならばそれの100倍稼げる。この地域での活動は停止し、他の地域の手伝いに行ってくれないか?」

『ご主人様はそれで納得されたんですか?』

『口の聞き方がなってないわね、1009号。旦那様の命令に逆らう気?』

『ヒェ! 今すぐ撤収いたします!』

 なんというか、普段はどこかぼんやりしてるジュリもドール相手には強気だった。

 そりゃ生みの親だもんなぁ。

 即座に北海道で活動してたドールは撤退し、よその地域で活動をし始めた。

 流石に永久的にやめろと言えるほど俺の立場は高くない。
 今はこれでいい。目の前の脅威を払うことさえできれば、あとはこの地域の人たちで解決できる。

 ダンジョン側にこれ以上エネルギー採掘をするなという命令は、今の俺には出せそうもない。
 彼女たちだって、好きこのんでこの地にやってきたわけではないからだ。

 それに、今の世界はダンジョンから採掘されるアイテムに依存しているところもある。
 ダンジョン側に撤退されると困るのは人類なのだ。

 その代わり、北海道での稼ぎは俺に一任されることになった。
 ドールのやり方に口を出すっていうのはそういうことだ。

 他の地域の行動に口を出せない理由もそこにある。

 俺一人で賄う量さえ上がれば、ダンジョンの進行を止められるという意味合いもある。

 それを賄う腕は今の俺にはない。これからも精進あるのみだ。

「ともあれ、これで一件落着か」

「キュ(そうとも限らんぞ?)」

「まだなんかあるのか?」

『実はー……』

 まるでイタズラを怒られる前の子供のようにもじもじしたジュリが、恐る恐る告白する。

 さっき俺の料理を口にして感動したまでは良かったが、口にした後の摂取エネルギーが想定量を超えて、ダンジョン内に漏れてしまったことを自白した。

 エネルギーの余波がダンジョン内を作り替えてしまったのだそうだ。
 待って、今は北海道をまるまるダンジョン化してるんじゃなかったか?

 コアルームを後にし、ダンジョンを切り開いて外に出ると……そこには異様な風景が広がっていた。

「なんっじゃ、コリャーー!!?」

 思わず頭を抱えたくなるほどの光景。
 札幌シティは雲がかかるほどの上空に位置していた。

 どうやら俺が相手のお題をクリアするために用意した料理は規定量を大幅に超えてしまったらしい。

 期待値を大きく上回るのは普段の俺のスタンスだが、ダンジョンが相手の場合はこのような弊害もあるというのは俺の想像力が足りない証拠だ。

『良いのですよ、旦那様。これも私の至らぬ証拠。普段ならドールが肩代わりしてくれるのですが、用意するドールを控えめにした私が悪いのです』

「いや、だからってこれは……」

 せっかく北海道から脅威を取り払ったのに、地図上からその北海道が消滅してたら本末転倒じゃないか……

「キュ(ともあれ、じゃ。皆のところに戻ろうかの。きっとお主の帰還を待ちわびておるぞ?)」

「そうだけど、そうなんだろうけど……これ以上考えてもしかたないか。腹を括ろう!」

『でしたら、私めにこんなアイディアがあります』

 皆になんて説明したものか迷っていると、女房ヅラしたジュリから早速提案があった。

 オリンと同様ダンジョンとの契約者でしかないのだが、妙に生々しい人間関係を構築してくるのが気にかかる。

 まるでこれ以上契約者を増やすつもりはないと、そう宣言してるかのようだ。

 差し出された提案は、地域間の移動をワープゲートで連結することによって、普段と同じマップでの行き来を可能にするという大掛かりなものだった。

 オリンでさえ、こんな大掛かりな提案はできない。
 これが二番迷宮管理者と四番迷宮管理者の権限の違いというわけか。

「キュ(そもそも扱える権利の規模が根本から違うからの。貯められるE Nの上限からして違うのじゃ)」

 オリンとゴロウ合わせて5000万EN(4000万+1000万EN)のところ、ジュリ単体で2000億EN。上から二番目というだけあってその規模もすごい。

 ちなみに支配地域が日本列島どころかユーラシア大陸全域に根差しているらしい。そりゃ北海道での活動なんて遊びみたいなものだよな。

 いや、若しくは僻地での実験だったのかもしれない。
 改めてダンジョン側の扱う規模のデカさにビビり散らかす俺である。

 No.が低いほど規模が大きいとゴロウが怯えるわけである。
 しかしオリンにはなぜか慕われてない感じのジュリ。

「キュ(この方は見ての通り管理をドール任せにしておるからの。同じ管理者として軽蔑しておる。妾に任せてもらえれば、すぐにでも目立つ粗を改善してやれるというのに、あいにくと妾にはその権限がない。口惜しい限りじゃ)」

『言ってくれるじゃない! 口で言うのは簡単でしょうけどね、毎月のノルマがあなたより天と地の開きがあるのよ! 二番と四番で大きく開きすぎなのよ! アホマスター! 加減ってものを知らないのだわ!』

 散々な言われようである。
 ちなみに一番目は、地球全体の管轄権利権があったらしい。

 そりゃダンジョンブレイクの規模も大きく、人類が滅亡近くまで追い込まれるわけだ。

 それで加減を間違えたと反省して、新しい管理者を設けた。

 要は地域ごとにサポーターをつけて役割を分担したって方が正しいな。
 ユーラシア大陸では、ジュリの下にもいくつかのダンジョン管理者を抱えているようだが、日本列島ですらこれなのに、慕われてる姿が全く想像できないのは気のせいか?

「キュ(こればかりは実際に会ってみないとわからんの)」

『二人してひどくないですかー? 私だってちゃんとやれますー! ちょっとここ十数年やる気はなかったけど……やればできる子なんですからね!』

 感情表現豊かなメタルゴーレムが猫に扮し。
 キシャーと威嚇する。

 全然怖くない。むしろ可愛らしいのでそっと抱き寄せると『はわわ』と声を漏らしてすぐさま先ほどの威嚇を取り下げた。

 オリンとは反応が全く違うので少し面白い。

「ごめんごめん、とりあえず、ジュリの提案を引き受けよう」

『わ、ありがとうございます。では早速実装しますね! えい!』

 思いついてすぐ実装できるものなのか。
 流石二番迷宮管理者ってところかな。

 オリンは事前にどれくらいのENを借金するかの通達をしてくるのに、何も言ってこないなんて初めての体験だ。

 なんだったらジュリの権限ならまるでENを消費することなく実現可能なのだろうか?

『えっ』

「え」

「キュ(これは早速やらかしてしまったかのう?)」

 何を?

「キュ(見よ、お主のEN借金ゲージがフルスロットルで回っておる。これは一人あたりのワープに100ENは持っていかれてるの)」

「あー、そう言うこと」

『あのー、私何かやっちゃった?』

「別に構わないさ。減ったら増やす。あいにくと増やすのは得意だからジュリは気にしないでくれ。ここから先は俺の仕事、そうだろう?」

「キュ(契約者殿がそう言うのなら妾からは何も言わん。しかしあまり甘やかすととんでもないことになるぞ?)」

 もうすでに十分すぎるくらいとんでもない目に遭ってるのに、これ以上のトラブルが待ち受けてると?

 修行中の俺にはちょうどいいハンデだ。

 むしろオリンだけだと貯めすぎる傾向にあった。

 ここにきて容量はでかいが浪費家のジュリが参入することにより、俺はより一層加工スキルを用いる料理の研鑽を積むことができる。

 俺は函館市民会館に戻るなり、災害復興支援の料理担当を承った。

 ヨッちゃんやダイちゃんの手を借り、ジュリの新たに増設してくれたワープポータルで地方にポンちゃんスペシャルを配って回る。

 いつしか北海道中に俺の名前は広まった。
 俺としては、ただのEN稼ぎだったのに、復興に携わった人から見れば救いの神に思えたのかもしれない。

 なんにせよ、皆元気で何事もないのが何よりだった。
 幾人もの怪我人こそ出たが、死者はたったの一人も出なかった。

 それが今回のトマトに寄生された者たちの怪我の功名。
 本当なら致命傷を浴びたにも関わらず、トマトの再生力で五体満足で帰ってきたのだ。

 それに特製ソーセージを与えたら、無事完治。死者ですら復活させるトマトとして、ダンジョンセンターで医療に使えないかと話題になっているようだ。
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