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83話 悪意の果実
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「それは、俺たちが決めるべきではない案件です」
高橋さんの言葉に、俺はそれしか言い返せなかった。
「そうだとも。だが世論は違う。世はステータス社会によって探索者の地位は守られてるが、糾弾された側は機を窺っている。そんな時にステータス社会の綻びを見つけたら、我先に弾圧しようと声が大きくなる。そのきっかけにならないように気をつけろよ?」
「俺の行動一つで探索者全員が咎められると?」
「それが序列の重みだ。いつまでも低ステータスの気持ちのままでいたら助けたはずの民間人に足を掬われるぞ?」
肩を叩かれ、自分の席へと戻る高橋さん。
序列ってただの順位じゃなく、世間からの注目にも晒されるんだな。
「面倒ですね。あんまり無理してあげる意味なさそう」
「普通はわかってるもんなんだが、ポンちゃんは目的が違うからな。わかってたがこうも無自覚だと心配だぜ」
「ご忠告ありがとうございます。と、いうことで着くまで暇なのでジャーキーでも食べます?」
「ったく、言ってるそばからそれかよ。くれぐれも現地で迂闊な行動するなよ? もちろんそいつはもらうけど」
なんだかんだ言いつつも、しっかりジャーキーは持って行った。
自分たちの分だけとは言わず、周囲の席に配って俺たちをアピールしていた。
うまそうに食いながら、もらってない人たちと交流の機会をもらった。
「俺は大阪の『タイガース』のリーダーをしてる掛布ってもんだ。あんたの噂は聞いてるぜ? いつかバケ蛸でたこ焼きを作ってもらいたいもんだね」
「たこ焼きですか! 俺はまだ作ったことないですが、是非触ってみたいです。ヨッちゃん、この場で可能な魔法調理は何がある?」
「手のひらサイズでの炙りと、蒸し、焼きかな?」
「なら……」
俺はジャーキーの他にオリンから各種野菜を取り出して、刻んだ。そいつを肉と一緒にホイルに包んでヨッちゃんに渡す。
「オーダーは?」
「オーブンで15分」
「はいよー」
「何が始まるんだ?」
「俺たちは場所を選ばない調理人で通ってますので、これはパフォーマンスですよ。こういうのもいいですが、温かい料理で英気を養って頂こうかと。まだまだ予備はありますよ」
「おいおい、ここで食い切るつもりか?」
「この程度で、俺たちのストックが尽きる訳ではありません。無論、現地調達が俺たちのモットーです。ここで消費しても、なんら困らない」
「ポンちゃん、出来たぜー」
「サンキューヨッちゃん。そしてこれにこいつをかけて俺の料理は完成だ」
皿の上に乗せ、ホイルを破き、柑橘を絞る。
日本人なら箸でも良いが、いつどこでご飯が食べられるかもわからないので、ホイルを掴んで直に食うことも想定する。
「更に、こういうのもご用意してます」
缶詰に入ったご飯と味噌汁。
これらもヨッちゃんに渡せばすぐに完成だ。
合わせて送るとジャーキーで満足してた人達が俺も俺もと詰め寄った。
これで少しは信用してもらえれば良いが。
青森のダンジョンセンターに着く頃、すっかり宴会ムードの俺たちは、悲壮感に包まれた被災者の前で浮かれている場合じゃなかった時を引き締めた。
「おうおうお前ら! 俺たちが来たからには安心して良いぜ! 腹が空いてるやつ! 怪我してる奴は前に出な!」
その空気をぶっ壊すように、高橋さんが吠える。
「まだ、逃げ遅れた家族がいるんだ!」
「探索者のお父さんが帰ってこなくて! 僕だけ避難所に!」
「夫が帰ってこないんです! 海の様子を見てくるって!」
これが、避難民の叫びか。
確かに全ての人を救うのは難しい。
なんせ相手が死んでる可能性もあるからだ。
一般市民なら良い、それが探索者の身内となると難しい。
彼らは好き好んでダンジョンに潜っている。
それが仕事か、やりがいかはわからない。
俺たちみたいにそこで死んでも構わない生き方を選んだならともかく、家庭や子供を作って生活するならいつかそうなる日が来る覚悟を済ませているはず。
しかし残された側は違う。
それを助けてくれというのは、探索者の覚悟を台無しにする事だ。
ああ、これは確かに全てを救うには難しい。
俺はなんて思い違いをしていたんだ。
助けて終わりはありえない。
残されたものは失った人をずっと探して生きていくだろう。
そしてその矛先は、助けに来た探索者へと向けられる。
「もっと早く来てくれたなら!」などとそんな言葉を口にするのだろう。
「可能な限り救助します。ですが間に合わない可能性も考慮してください。気を強く持って、ほら。帰りを待つ人が落ち込んでいたら帰ってきた人が困るでしょう? 涙を拭いて、立ってまずは栄養を摂りましょう?」
スタッフは手慣れたものだ。
悲痛な声を上げる被災者に光の道を示し、いっときの安寧を与える。
悪い考えとは巡るものだ。
一時だけでも楽しいことを考えさせる。
俺たちも辛く苦しい時代があった。
そういう時、決まって酒に逃げた。
美味しかったかと言われたら、お世辞にも褒められた物ではなかったが。それでも酔えた。
酔ってる時は嫌なことは忘れられた。
忘れて、そして頑張れた。
それの繰り返しで人は生きている。
「これを皆さんに」
「宜しいのですか?」
「辛い時に、無理に明るく振る舞うことは誰だって大変です。少しでも美味しい物を食べて英気を養ってください」
その場で豚汁を作って振る舞った。
ここにいる全員分までは行き届かないが、それがきっかけになってさえくれれば良い。
「恩にきます」
「では、俺たちは現場に向かいます。皆さんも、大変でしょうが頑張ってください」
「ご武運を!」
現場スタッフからの励ましを受け取り、俺たちAランクを乗せたバスは、北海道に向け、海中トンネルに入っていく。
一方その頃。北海道では……
「おい、なんだあいつは!」
「デカすぎる!」
「ゴブリン、なのか?」
「いや、軍勢を率いてねぇ。強大なゴブリンなんて聞いたことも……」
『ゴブゥ』
岩陰から現れたのは異形。
頭が異様に大きく、体は胎児のよう。
割れた果実が裂けて蔓を伸ばし、モンスターの頭部に突き刺さっていた。
最初こそ果実に寄生された哀れなモンスターだと思っていた。
しかし事実は小説より奇なり。
モンスターフルーツは割れた果実の中からモンスターを生やした。
それがゴブリンだったりウルフだったり、種類を問わない。
モンスターが生る木、モンスターツリーは既にデータベースに存在する。
しかし生るのはあくまでも果実で、それに顔と手足が生えて襲ってくるという物だ。
が、眼前に現れたこいつはそのどれにも当てはまらない。
どちらにせよ、人型で巨大というだけで絶望的だった。
容易に武器を使うことが予想できる。
そして体格がでかいということはただ歩くだけで逃げ場を防がれる。
向こうは動きが制限されるが、それはこちらも同じ。
そして、最悪なニュースはもう一つ。
果実が生み出される速度がこちらが攻撃を仕掛けるより速いことだった。
次々と生み出される果実モンスター。
膠着状態は時間が経つごとに劣勢へと傾れ込む。
『ギギ……ギィ』
「あいつ、俺たちをいたぶって楽しんでやがる」
「クソッタレめぇ!」
果実を既存モンスターに擬態させる智慧。
これは長期戦になりそうだとSランク探索者『キャンサー』の図隈はたらりと冷や汗を垂らした。
高橋さんの言葉に、俺はそれしか言い返せなかった。
「そうだとも。だが世論は違う。世はステータス社会によって探索者の地位は守られてるが、糾弾された側は機を窺っている。そんな時にステータス社会の綻びを見つけたら、我先に弾圧しようと声が大きくなる。そのきっかけにならないように気をつけろよ?」
「俺の行動一つで探索者全員が咎められると?」
「それが序列の重みだ。いつまでも低ステータスの気持ちのままでいたら助けたはずの民間人に足を掬われるぞ?」
肩を叩かれ、自分の席へと戻る高橋さん。
序列ってただの順位じゃなく、世間からの注目にも晒されるんだな。
「面倒ですね。あんまり無理してあげる意味なさそう」
「普通はわかってるもんなんだが、ポンちゃんは目的が違うからな。わかってたがこうも無自覚だと心配だぜ」
「ご忠告ありがとうございます。と、いうことで着くまで暇なのでジャーキーでも食べます?」
「ったく、言ってるそばからそれかよ。くれぐれも現地で迂闊な行動するなよ? もちろんそいつはもらうけど」
なんだかんだ言いつつも、しっかりジャーキーは持って行った。
自分たちの分だけとは言わず、周囲の席に配って俺たちをアピールしていた。
うまそうに食いながら、もらってない人たちと交流の機会をもらった。
「俺は大阪の『タイガース』のリーダーをしてる掛布ってもんだ。あんたの噂は聞いてるぜ? いつかバケ蛸でたこ焼きを作ってもらいたいもんだね」
「たこ焼きですか! 俺はまだ作ったことないですが、是非触ってみたいです。ヨッちゃん、この場で可能な魔法調理は何がある?」
「手のひらサイズでの炙りと、蒸し、焼きかな?」
「なら……」
俺はジャーキーの他にオリンから各種野菜を取り出して、刻んだ。そいつを肉と一緒にホイルに包んでヨッちゃんに渡す。
「オーダーは?」
「オーブンで15分」
「はいよー」
「何が始まるんだ?」
「俺たちは場所を選ばない調理人で通ってますので、これはパフォーマンスですよ。こういうのもいいですが、温かい料理で英気を養って頂こうかと。まだまだ予備はありますよ」
「おいおい、ここで食い切るつもりか?」
「この程度で、俺たちのストックが尽きる訳ではありません。無論、現地調達が俺たちのモットーです。ここで消費しても、なんら困らない」
「ポンちゃん、出来たぜー」
「サンキューヨッちゃん。そしてこれにこいつをかけて俺の料理は完成だ」
皿の上に乗せ、ホイルを破き、柑橘を絞る。
日本人なら箸でも良いが、いつどこでご飯が食べられるかもわからないので、ホイルを掴んで直に食うことも想定する。
「更に、こういうのもご用意してます」
缶詰に入ったご飯と味噌汁。
これらもヨッちゃんに渡せばすぐに完成だ。
合わせて送るとジャーキーで満足してた人達が俺も俺もと詰め寄った。
これで少しは信用してもらえれば良いが。
青森のダンジョンセンターに着く頃、すっかり宴会ムードの俺たちは、悲壮感に包まれた被災者の前で浮かれている場合じゃなかった時を引き締めた。
「おうおうお前ら! 俺たちが来たからには安心して良いぜ! 腹が空いてるやつ! 怪我してる奴は前に出な!」
その空気をぶっ壊すように、高橋さんが吠える。
「まだ、逃げ遅れた家族がいるんだ!」
「探索者のお父さんが帰ってこなくて! 僕だけ避難所に!」
「夫が帰ってこないんです! 海の様子を見てくるって!」
これが、避難民の叫びか。
確かに全ての人を救うのは難しい。
なんせ相手が死んでる可能性もあるからだ。
一般市民なら良い、それが探索者の身内となると難しい。
彼らは好き好んでダンジョンに潜っている。
それが仕事か、やりがいかはわからない。
俺たちみたいにそこで死んでも構わない生き方を選んだならともかく、家庭や子供を作って生活するならいつかそうなる日が来る覚悟を済ませているはず。
しかし残された側は違う。
それを助けてくれというのは、探索者の覚悟を台無しにする事だ。
ああ、これは確かに全てを救うには難しい。
俺はなんて思い違いをしていたんだ。
助けて終わりはありえない。
残されたものは失った人をずっと探して生きていくだろう。
そしてその矛先は、助けに来た探索者へと向けられる。
「もっと早く来てくれたなら!」などとそんな言葉を口にするのだろう。
「可能な限り救助します。ですが間に合わない可能性も考慮してください。気を強く持って、ほら。帰りを待つ人が落ち込んでいたら帰ってきた人が困るでしょう? 涙を拭いて、立ってまずは栄養を摂りましょう?」
スタッフは手慣れたものだ。
悲痛な声を上げる被災者に光の道を示し、いっときの安寧を与える。
悪い考えとは巡るものだ。
一時だけでも楽しいことを考えさせる。
俺たちも辛く苦しい時代があった。
そういう時、決まって酒に逃げた。
美味しかったかと言われたら、お世辞にも褒められた物ではなかったが。それでも酔えた。
酔ってる時は嫌なことは忘れられた。
忘れて、そして頑張れた。
それの繰り返しで人は生きている。
「これを皆さんに」
「宜しいのですか?」
「辛い時に、無理に明るく振る舞うことは誰だって大変です。少しでも美味しい物を食べて英気を養ってください」
その場で豚汁を作って振る舞った。
ここにいる全員分までは行き届かないが、それがきっかけになってさえくれれば良い。
「恩にきます」
「では、俺たちは現場に向かいます。皆さんも、大変でしょうが頑張ってください」
「ご武運を!」
現場スタッフからの励ましを受け取り、俺たちAランクを乗せたバスは、北海道に向け、海中トンネルに入っていく。
一方その頃。北海道では……
「おい、なんだあいつは!」
「デカすぎる!」
「ゴブリン、なのか?」
「いや、軍勢を率いてねぇ。強大なゴブリンなんて聞いたことも……」
『ゴブゥ』
岩陰から現れたのは異形。
頭が異様に大きく、体は胎児のよう。
割れた果実が裂けて蔓を伸ばし、モンスターの頭部に突き刺さっていた。
最初こそ果実に寄生された哀れなモンスターだと思っていた。
しかし事実は小説より奇なり。
モンスターフルーツは割れた果実の中からモンスターを生やした。
それがゴブリンだったりウルフだったり、種類を問わない。
モンスターが生る木、モンスターツリーは既にデータベースに存在する。
しかし生るのはあくまでも果実で、それに顔と手足が生えて襲ってくるという物だ。
が、眼前に現れたこいつはそのどれにも当てはまらない。
どちらにせよ、人型で巨大というだけで絶望的だった。
容易に武器を使うことが予想できる。
そして体格がでかいということはただ歩くだけで逃げ場を防がれる。
向こうは動きが制限されるが、それはこちらも同じ。
そして、最悪なニュースはもう一つ。
果実が生み出される速度がこちらが攻撃を仕掛けるより速いことだった。
次々と生み出される果実モンスター。
膠着状態は時間が経つごとに劣勢へと傾れ込む。
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