ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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79話 男の旅立ち(side菊池大輝)

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 ついさっきまで一緒に旅してた同年代の気のいい奴らを画面越しに見ながら、俺は苛立ちを覚えていた。

 相手にじゃない、ピンチな時に駆けつけてやれない己の無力さにだ。

 たった数時間一緒に冒険しただけで、すっかり数年来の親友のような心地にされた。

 そんなことは30年間生きてきて初めてのことだった。

 出て行こうにも俺は探索者じゃない。
 モンスターを前にぶるっちまう。

 コメント欄では威勢のいいことを言ったが、実際にはポンちゃんに
 動きを止めてもらってようやく討伐が可能に。

 なんだ、俺もできるじゃんと勘違いしたもんだが、それは動いて接近してくる相手にはほとんど作用しないことを俺は痛感してる。

 なんせ俺のスキルは、振るう包丁の回数が多いことにある。
 ポンちゃんみたいに一振りであんな芸当はできない。

 だから効果を知ってもらった時みたいに、あそこまで大量に相手なんてできないんだ。

 自分だからこそわかる事実に、ピンチに陥っても駆けつけていけない己の無力さに歯噛みする。

「親父。俺、強くなりてぇよ」

「強くなる必要なんてあるか? 総合ランクが高く、職業は選びたい放題だ。それに、お前はこの店を継ぐ二代目だぞ? そのために修行に出したんだ。確かに洋一とその相棒は気のいい連中だが、何もお前が本当に仲間として冒険しなくてもいいんだぞ?」

 これだ。
 親父は口では厳しいようなことを言いながら、甘い言葉で退路を絶ってくる。

 気弱な俺はそうかもって何度も思い返しながら、安易な選択をしてきた。

 そう考えてしまうのは、病弱だった10代を思い返すから。

「それに見ろ、今から追いかけたって目標は遠い空の向こうだ」

 画面の向こうではピンチだった二人が辛勝しながらも笑顔で包丁を振るってる。

 なんというか見ていて安心感があるのだ。
 モンスターの生息地であろうとなかろうと、己を曲げずに行動する。
 料理がしたい! そんな感情をひしひしと感じる。

 俺はずっと生まれた時低ステータスだったことを恥じてきた。
 総合ステを聞かれた時、最初からAだったことを誇りに思い生きてきた。

 だから同じようにFで生きてきた奴らを心のどこかで見下してた。

 そんな彼らが、努力と根性で自分より高い立ち位置にいる。
 聞かされた時、正直頭がこんがらがりそうだった。

 甘やかされて、取り捨て選択の多い世界で生きてきた俺を否定された気になって、こいつらには絶対に負けたくないって感情が生まれた。

 年齢は一緒だけど俺が兄貴分だって、そう思ってたのに……向こうは俺を依頼主の息子としか見ちゃいない。

 薄々勘づいていたことだ。
 わざわざワープポータルなんか用意して、実家と行き来させてくれた時点で、自分が甘やかされていることに。

「諦めたくない、あいつらには負けたくない。おかしいかな? 俺こんなに悔しいのは初めてだよ」

「ようやくお前にも負けを認めたくないライバルができたか」

「親父?」

「いや、そういうのは10代の頃に作っておくもんだと思ってな。そうさせてやれなかった己を恥じてる」

「何の話だよ? こっちは真剣に話をしてるんだぞ?」

「大輝」

「お袋まで、何だよ」

「探索者になりたいのかい?」

「なれるもんならなりたい、今はそう思ってる」

「あんたが思ってる以上に危険がつきまとう仕事だよ? 母さんたちはそんな場所にあんたを送り込みたくない。わかっておくれ、私たちのもとに生まれてきた我が子を戦場に送り込みたくない母親の気持ちを。今は平和な時代なんだ。そんなに生き急いでどうするのさ。それに舞さんやお腹の子の世話はどうするの?」

「それは……」

 突きつけられる現実。
 探索者なんて実力が突出してるか、世捨て人ぐらいしか選択しないものだ。

 そんな場所に総合Aだけが取り柄の素人が飛び込んだって痛い目を見るだけ。

 もし手足を怪我なんてしたら実家を継ぐどころじゃない。

「ダイ君」

「舞……」

「お腹の子は私がここで住み込みで働いて育てるから、ダイ君は自分の信じた道を進んで。それで生まれてくる子に誇れる、立派なお父さんになって。私、応援してる。だってダイ君がそんな思い詰めた顔するのって初めて見たから」

「ちょっと、舞さん!?」

 ここにきて新たな味方をゲットした俺は、大切に育ててくれた両親にこう告げる。

 お袋は裏切られたって顔をしてるが悪いな、舞は俺の味方なんだ。

「悪い、親父。跡を継ぐのは後回しだ。その前にやりたいことができた」

「行くのか、大輝」

「ああ、やっぱり俺は諦められねぇ。依頼主の息子じゃなく、仲間としてあいつらと一緒にバカやりたい。そう思っちまったんだ」

「お前の年齢で二足の草鞋はきついぞ。いや、父親になるから三足の草鞋か」

「今までだったら安全なルートに逃げ込むだけだった。でも、もう迷わない……俺は行くよ」

 その日のうちに探索者ライセンスを取りに行く。

 総合ステが高くとも、最初はFからスタートした。

 そこで俺は初めて探索者の仕事の泥臭さを垣間見る。

 討伐するモンスターの難易度。
 
 納品回数の多さ。

 給与は配当されず、出来高制。

 自分が頑張った分だけ給与が派生する、今までとは全く違う暮らし。

 家を継ぐ前に知れてよかった現実。

 俺はそれを痛感しながら、ポンちゃんたちの元へ並行して修行をするようになった。

 実家で暮らしてる時に親父の仕込みを体験したことがあるが、何がどうなってそうなっているのか全く意味がわからないことがあった。

 いや、違うな。わからないんじゃなく、知ろうともしなかったんだ。

 駆け出し探索者は無知なほど搾取される傾向にある。

 親父が秘匿主義者なのは、そういう時期を経験してるからなのかもしれない。

 俺にだって自分の仕事は教えない。

 親父からしてみれば仕事を見て盗んでみろって感覚なのかもしれないけど、今の時代は教わらなきゃ覚える気がない奴ばかりだと、俺は知ってる。

 同年代のほとんどが自分の覚える気よりも他人の教える気がないことを愚痴ってるからだ。

 俺はまず、その場所から抜け出すことを覚える。

 教わるんじゃない、これは気づきだ。

 これからは貪欲に知識を蓄えていく。誰でもない自分のために。

「ポンちゃん、俺に素材の見分けの良し悪しを教えてくれ!」

「どうした急に。悪いもんでも食ったか?」

「お前がポンちゃんに頼み事なんて珍しいじゃんかよ」

「急に気になってさ。ほら、俺も二代目としての自覚が生まれてきてるんだよ」

 探索者になった事実は伝えず、二代目としての振る舞いを見せる。

 親父も言っていた、男は秘密を抱えて強くなるって。

 別にバレたところでどうってことないが、相手に心配をさせちまう。
 それは十分に今の立ち位置を崩すのにつながった。

「何だよ、それ。まぁ俺たちは現地調達だからそもそも素材の良し悪しなんてしらねぇんだけどさ。いや、悪いものでも諦めずに食うスタンスだよ、俺は。まぁ目利きなら俺よりヨッちゃんの方が詳しいかな?」

「そうなのか?」

「オレは元ダンジョンセンター職員だぞ? まぁ下っ端だったが。外回りの営業はよくしてたもんさ。おこぼれをもらうために仕事は覚える方針だ。どうせ食うならまずいもんより美味いもんだろ?」

 それは知らなかった。一緒にいて、飲み食いしてる飲み仲間くらいの認識。

 魔法の腕はすごいが、その程度にしか見ていない己を恥じる。

 なぜそう思ったか。それは俺が単純に相手に興味を示さなかっただけだ。

 そうやって今まで大切な何かを取りこぼしてきてる事実に今更ながら気がついた。

 親父は俺に技術を教えようとしてくれたことを、俺が特に興味なさそうに聞き流していたことを思い返す。

 ああ、なんて俺は親不孝もんなんだ。
 事実を覆い隠したくなってくるほどの恥知らずな男だよ、俺は。

 何で自分は不幸なんだと思っていたんだ。

 こんなにも恵まれてるのに、どこかで俺は自分を可哀想な人間だと思い込んでいた。

 だから多少のわがままは許されるって、そう振る舞って生きてきた。

 同じ低ステータスの人間が逞しく生きてる横で、不幸オーラを撒いてる己が急に恥ずかしくなってくる。

「じゃあさ、ちょっっとモンスターと接敵する時の心構えとか教えてよ」

「そんなの気にする必要あるか? まぁ逃げ遅れた時の簡単な脱出法くらいは学んどくべきか」

「そうそう、そういうのでいいから」

「最近のダイちゃん、グイグイくるなぁ」

 そりゃ自分のためだからだよ。今まで家を継ぐのは両親を安心させるためだと思い込んできた。

 俺が立派に店を運営すれば、親父もお袋も安心するって。
 自分のことなんて後回しで考えてた。

 でも違うんだ、そこに自分の意識が入ってない。

 自分ならこの店をどう繁盛させるかって意識が全くない。
 継げば何もかもうまくいって、そこで思考が停止してた。

 俺はあくまでも親父のサブで、調理は親父に任せる気でいた。
 それじゃあダメだと気がついていなかった。

 だから親父もお袋も跡を継ぐ気を全く見せない俺に手を焼いていたんだと思う。

「そりゃ二代目たるもの従業員を守るのが勤めだろ? それを雇用主が知らないのは恥じじゃんよ。俺はそんな恥ずかしい真似をしたくないんだよね」

「でた、ダイちゃんの大法螺吹き」

「何だよー悪いかよ。俺だって従業員に誇れる雇用主になりたいんだよ。そのためだったら法螺でも何でも吹くわ」

 どこかで茶化されながら、それでも二人は探索者としての考えを教えてくれた。

 秘匿しようなんて考えはない。
 酒を酌み交わしながらの体験談を教えてくれる。

 ただそれは、真似できるもんなら真似してみろ、と言わんばかりの意地悪さも含まれていた。

 初心者向きじゃない、我流の心構え。

 二人は〝自分ならこうする〟を突き止めていくのが上手いのだ。

 いや、違うな。そうやって生きてきて、これからもそれを研鑽していくというだけだ。

 誰にも模倣できない、己のスタイルがある。

 俺はまずそれを、誰かの模倣じゃない己のスタイルを決めることから始める。

「悪い、時間だ」

「おう、もうそんな時間か」

「親父さんによろしくなー」

 今日は店が混雑する時間だから早めに上がる。
 そう伝えて屋台から店に消えた。

 もちろん、これから自分がホームにしてるダンジョンに潜りまくるためである。

 今でこそ仲良くしてくれてる二人に追いつくための、修行は始まったばかりだ。
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