ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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65話 自分の気持ち(side倉持クララ)

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「お姉ちゃん、最近いい事あった?」

「え、なんで?」

 ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら食器を洗っていた時のことである。

 四つ下の妹、マリーがそんな言葉をかけてきたのは。

 生活がガラッと変わって、余裕ができたのか打って変わって恋愛脳全開の妹が、何を思ったか私にそれを当てはめた。

 まぁ、洋一さんのことを思い浮かべてたのは本当だし?
 そこはかとなく慕ってるのも本当。

 美玲さんにはどっちが先に振り向いてもらえるか宣戦布告もしちゃったし、異性として意識してるのも認めよう。

 とても分の悪い片思いであることは自分でもわかっている。

 それでも思い出すたびに笑みが浮かぶし、今日なんてアルバイト先で話しかけられた。

 それだけで妹に咎められるくらいに舞い上がってしまったのも事実である。

「そう言うのじゃないのよ、今日お仕事で洋一さんとご一緒して、適合食材をいただく機会があったから。それで舞い上がってたの。本当よ?」

「洋一お兄ちゃん?」

 妹にはまだ私たち姉妹を窮地から救ってくれた恩人の詳細は明かしてない。

 探索者で、ダンジョンセンター支部長にも顔が利き、凄腕の料理人であることは伝えたものの、それ以外は全て謎に包まれていた。

 だから脳内ないで生み出された人物像は、色恋に目覚めたばかりの妹にはシンプルに白馬の王子様のように膨れ上がってしまっていることだろう。

 ただ、洋一さんは顔の作りこそ凡庸だが、人柄の良さで全てを覆している人。

 まだまだ顔だけで選んでるお子ちゃまに洋一さんの魅力を伝えるのは時期尚早な気がして話せていないというのもあった。

 なので会いたいとせがむときに決まって言う文句がある。

「ダンジョンセンターの職員登録は15歳からよー?」

 社会に出る上での絶対のルール。
 ちなみに15歳は特例中の特例で、私が職員になった最低年齢更新によって引き下げられた基準である。普通は高校を出てからが基準となっている。

「それまでダメー?」

「だーめ。私だって、そんなに頻繁に会えないんだから」

 これは本当。
 潜るダンジョンが高難易度になってから、酒盛り、と出展しなくなったせいもあってウェイターのアルバイトも封印中だ。
 ランクCまでは呼んでくれてたのに、Bからは呼ばれなくなった。悲しい。

「お礼を言うのもダメなんて変なのー」

「そう言う規則なの。それに、グロテスクなモンスターの死体だっていっぱいあるのよ? マリーは綺麗なお肉しか見たことないでしょ?」

「モンスターって倒すとお肉になるんじゃないの?」

「そんなゲームみたいにはいかないのよ。でも洋一さんにかかれば魔法みたいに捌いちゃう」

「それを近くで見てみたいの! ねぇ本当にダメなの?」

 今日はいつになく食い下がるマリー。
 一度卯保津さんに相談してみようかな?

「え、マリーがダンジョンセンターに行きたがってる? なんでまた」

 夜食時、それとなく話題を振ったら、不思議そうに聞き返してきた。

「お礼言いたいの! 私、まだお礼の一言も言ってないから」

「と、言うことみたいで。洋一さんを白馬の王子様に見立ててるみたいなんです」

「あー……」

 卯保津さんはなんとも言えない顔。白馬の王子様とは対極の位置にいる人だからだ。

「お爺、会わしてあげればいいじゃん。ケチケチしないでさ!」

 居候先のお孫さん、杏果さんが助け舟を出してくれるが、卯保津さんはいまだに渋い顔。

「ポンちゃん自体が忙しいから、基本遭遇率は低いんだ。会いにいったからと言って確実に会えるわけでもないしな。それに、あいつらダンジョン内に入り浸ってるから、バイトでも無い限り……」

「「それだーーー」」

 食事の席で、杏果ちゃんとマリーが同時に立ち上がって卯保津さんを指差す。

「なんだ、急に」

「アルバイトだよ、アルバイト!」

「探索者がダメでもダンジョンセンターの臨時アルバイターにでもなればさ、会える確率上がるんじゃない?」

「でも危険だぞ? あいつらのランクはもうBだし。遠足気分で行くと怪我をする程度で済まない」

 卯保津さんが注意事項を述べてることにギョッとする。

「ちょっと、止めないんですか?」

「言ったところでもう遅いだろう。それに、自分で決めたことだ。現場には向かわせないよ。それで気分が悪くなっても自己責任だ」

「うちの妹はいいんですけど、杏果ちゃんまで巻き込むことないじゃないですか」

「うちの孫も会いたがってるんだよ。俺が今更現場復帰しようとしてることを不思議がってさ」

 60を超えて現場復帰。普通家族なら呼び止めるものだろうが、止めても無駄と言わんばかりに見守ってる。そう言う家庭なのだろう。

 それに今更聞きやしない。
 杏果ちゃんも、卯保津さんも。

「洋一さんに会っても幻滅しないでね?」

「そうやって、わざと悪い印象与えるのやめた方がいいよ?」

「知ったふうな口言わないの!」

 これだから子供は!
 洋一さんから見れば……私だってまだ子供か。

 だから私の本気は洋一さんに受け止めてもらえないのではないか?
 そんな気持ちでいっぱいなのも本当だった。

「お爺、暇ー」

「暇ー」

 受付のカウンターにて。ブカブカの制服に袖を通した小学生と中学生が早々に暇をもてあましていた。

「だから言ったろう? 面白いもんはないって。ポンちゃんに会いたきゃ、配信でもみとけ」

 その配信のアカウントも、15歳で取得できるものなので、杏果ちゃんはあと二年、妹に至っては五年と相当に待たされる。

「一応、私の端末で見せてあげるわ。言っておくけど、本人は写ってないわよ?」

「えー、お爺の嘘吐き」

「嘘は言ってねーよ。それに、全身が映るなんて言ってないだろ? トークとか調理とか聞いてさ、人となりを見ろってことだよ。クララ、後で掲示板も見せてやんな」

「マナーの悪い人の書き込みもありますよ?」

「それを体験するのも今日の目的だ。一度嫌な目に遭えば、次からは自分から突っ込まないだろう」

「情操教育どうなってるんですか?」

 本気で疑わしい。

「探索者やってるとそこら辺がどうも曖昧になっちまうらしい」

 これだから探索者は……洋一さんや私だって探索者だったけど。それは一旦置いといて。

「わーすごい美味しそうな料理!」

「私、よだれ出てきた」

「お姉ちゃん、お腹すいたよー」

 もう、この子達ったら。私はあなたたちの世話係じゃないんですよ。

「クララー、今日のノルマ終わらしちまえ」

「杏果ちゃんたち放っておいていいんですかー?」

「どうせ閲覧後は腹減ってるだろう。それよりも新商品の売り込みも兼ねて突撃してこい。最近会ってなかったろ?」

「な、なんのことです?」

「そんなにわかりやすい反応させてわからないと思ったか? いいから。自分の持ち味を活かしていけよ。応援してるぜ」

 そう言って、背中を押された。
 まいったな、百戦錬磨の方々にはお見通しらしい。

 そう言う意味でも、今日のモンスター類は見たことのないものが多かった。
 二足歩行のモンスターはこれが初めてではない。
 洋一さんと共に、何度か処理したこともある。

 でもランクBモンスターは初めてだ。

 自分の総合ステータスより高いランクのモンスター。
 成功率は限りなく低い。

 でもだからって、諦めるつもりはない。

 現場に立つよりも、安全な場所で諦めるなんてダサい真似ッ!
 洋一さんに見せられないから。

 それに、気持ちで美玲さんに負けたくない。

 そうして何度か失敗して出来上がった調味料が豆板醤だった。
 卯保津さんに言われた通り、売り込みに行った先で、また話が盛り上がる。

「ありがとう、クララちゃん。これで俺はまた上に行ける。これ、卯保津さんたちのお土産」

「こちらこそ、支部を変えて宇都宮に行ったのに、いつまでも武蔵野をご贔屓いただいて……」

 違う、言いたいセリフはこんなことじゃない。

 でもどうしても社交辞令が止まらない。
 もっと自分に素直に言うだけでいいのに、こう言うところで気持ちで負ける。

「何言ってんのさ。俺にとって武蔵野はホームだよ? そこで生まれて、そこで育った。いわば帰るべき場所さ。今はちょっと遠出してるだけで、最後に帰る場所はここだよ」

「あ……」

 つまり私は洋一さんの帰るべき家を守ってるってこと!?
 それって家を守ってくれてきな?

「どうしたのクララちゃん、顔赤いよ?」

「な、なななな、なんでもありません。きっと豆板醤の辛さで赤く……ひぅ!」

 顔、近すぎます。この距離感の近すぎつところが心臓にわるすぎるんですってば!

「熱は、ないみたいだね」

「ちょっと休めば大丈夫そうです。お手数かけてすいません」

「おーい、そこ。イチャイチャしてないでおかわりはよ!」

 い、イチャイチャ? してるように見えましたか?
 酔っ払いの戯れでしょうね。私は詳しいんです。

 結局その日は調味料をお渡しするだけで恋の進展とかは、なかったです。

 勝手に舞い上がって、暴走して。
 赤面症はこう言うとき困りものですね。

「お姉ちゃん、顔のマッサージ念入りにしてるね。オシャレに目覚めた?」

「少し、表情筋を鍛えようと思いまして」

 まずはいつどんな時も顔が近くにあってもニヤつかない特訓からだ。
 思い立ったら吉日。
 すぐ実行。

 だって私は、安心して帰って来れる実家宣言を頂いたんですから!

 ああダメ、それを思うと顔がニヤけちゃう。

「お姉ちゃんのマッサージ、早くも破綻してるね。こりゃ先が長そうだ」
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