ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)

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58話 オリンとゴロウ

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 宇都宮ダンジョンがピンチである事を語ってる時、俺のDフォンが鳴る。

 会話を中断して電話に出ると、相手は八尾さんだった。

「誰からだった?」

「八尾さん。用があるからまだダンジョンセンターから出ないでくれって」

「それだけ?」

「あとなんか飯を食べさせたい人がいるからって」

「じゃあ、いつものスタイルで配信用に収録しちゃうか!」

「さすがにそこは許可取るべきところだろ……」

 ヨッちゃんは今日の鬱憤を晴らす為、のような勢いで周囲を巻き込みたがるところがある。

 俺も腑に落ちないが、地域ルールがあるダンジョンもなきにしもあらずと言われてしまえばそれまでだった。

「しかし八尾さん、誰を連れてくるんだろう?」

「食材はオリンのストレージにたっぷりあるだろう? 何を悩んでるんだ?」

「いや、あの人に関わってから、何かとトラブルに巻き込まれてる気がしてさ」

「でも美味い酒教えてくれたし、それを得る為の乗り越えるべき壁だと思えば、大したトラブルでもなかったろ?」

 ヨッちゃんの基準はいつもそこだ。
 最低な環境で育ってきたから、道中のトラブルを『経験談』の中で当てはめて、マシかどうかを判断する。

 確かにFの頃に味わった待遇よりはマシだった。

 あの頃は何をやっても自分に返ってくるものはなく、今は美味い酒や飯屋を教えてもらえる。

「確かにな、そう思うとお得しかないな」

「だろ!」

「トラブルの渦中にいながこの面の皮の厚さ。流石だな」

 世良さんは納得したような、呆れたような顔。
 そこでドアの外からきゃんきゃんと吠える小型犬の声が聞こえた。

「キュッキュ(来たようじゃの)」

 オリンには来るのがわかってたみたいな顔で腕を組んで上体を逸らす。相変わらずスライムから上半身を生やしてる状態だ。

 来客が来るのに引っ込めなくていいのだろうか?

「お邪魔するぜーって、両人お揃いか。そして……吾郎の吠えっぷり。目標は坊やだったか」

「八尾さん、飯を食べさせたい相手とは? それにその子犬は」

「全てを話すと長くなる。それに喉も渇くってな?」

 八尾さんは懐から徳利と日本酒を取り出した。
 どうやらこの場で酒盛りをしようと言う企みらしい。

 俺たちらしいと言えばらしいか。
 会場にされた支部長室の主である世良さんだけはどこかに行って欲しそうな顔をしていたが。

「ここで話すってことに意味があるんだぜ? 世良ぁ」

「わかってますよ。それに富井教官もお変わりなく」

「昨日までベッドに縛り付けられてたんだぜ? それをハッちゃんに叩き起こされてよ」

 富井、それに入院してたとは……じゃあこの人が富井家当主の!

「するとあの病院食が適応されたと?」

「ああ、そんな気がする。適合食材のどれかだったのか? ハッちゃんは何も教えてくれなくてよ」

「きゃんきゃん!」

「っと、五郎が騒がしくして悪いな」

「キュッ(呪いか。これは今すぐに、とはいかんの)」

 五郎と呼ばれた子犬を一瞥し、オリンは唸った。

 どうやら少女型ボディは八尾さんたちには見えてないようだ。
 だから無警戒だったんだな。

 それとは別に、呪いとは?

「キュッ(ダンジョンの代弁者ですら拘束する魔導技術じゃ。これはこちらの技術だぞ? 内通者がいるのか? どうにもきな臭い)」

 なるほど。ダンジョン側の技術が漏洩してるのか。

 俺たちには全く教えてない技術漏洩、不味くないか?

 そんなふうに考えてる横で、八尾さんの連れの眼光が怪しく光る。

「もし」

「え、はい。俺のことですか?」

「シゲちゃん、こいつはワシのお気に入りじゃ。あまり無理を言うにはやめとくれ」

「貴様、ダンジョンとの契約者じゃな?」

「……それを、どこで?」

 世良さん以外に知ってるのは、武蔵野市部の卯保津さん、井伊世さん、屋良さん、クララちゃんしか知らないことなのに。

「そう身構えるもんじゃない。それをどこで聞いたか? 単純にワシが契約者というのもある。そしてあんたがそこのスライムと契約してる事は、うちの五郎が教えてくれた」

「きゃんきゃん(お初にお目にかかります契約者。ボクはゴルディビアル.ロウ.グラスパ。第五ダンジョンの管理者です)」

「わざわざ挨拶どうも、俺は本宝治洋一。ポンちゃんなんて呼ばれてるよ」

 子犬の前でしゃがみ込み、首筋から背中を撫でて名乗りに答える。

「キュ(久しいな、ゴルディビアル)」

「くぅん(今のボクはゴロウだよ、オンセヴァーナリンノス)」

「キュッ(それを言うなら今の妾はオリンじゃぞ?)」

「ハッハッ(随分と角が取れたね)」

「キュー(そういうお主こそ、随分と可愛らしいボディに入っておるではないか)」

 代行者トークが弾んだところで、本題に入る。

「それで、要件とは?」

「もう五郎と意思疎通できるとは思うが、こやつの首に巻きつけられた首輪の解除。それを頼みたくてここに来た」

「首輪? 真っ赤な首輪がよく似合うと思いますが……まさかこれが呪い?」

「ワシは呪いと言ったかの?」

「水掛け論はあまり好きじゃありません。呪いどうこうはオリンから聞きました」

「そこのスライムか。聞くが、何番目の管理者じゃ?」

「自称で四番目と」

「キュ(自称ではない!)」

「自称ではないそうです」

「ハッハ! 随分と尻に敷かれてるのう」

 これを尻に敷かれてると言うのか。
 秘密主義が過ぎて俺もよくわかってないことの方が多いだけなのに。

「それで、管理番号に何か意味が?」

「大いにある。しかし話せば長くなるからの。少し食事をしながら話すとしよう」

 八尾さんの前振りはこれだったか。

「じゃあ何から作りましょう?」

「軽くつまめるものと、こいつに合うので頼む」

 取り出した日本酒は見たことのないラベル。
 当然味の想像もできず、一口飲んで口の中で宇宙が広がった。

 ほのかな甘み。それを上回るアルコール度数。
 しかし一瞬の舌先の痺れを超えた後は芳醇な花の香りが鼻腔を突き抜ける。

 美味い、かどうかの判断基準は俺には下せない。

 ただ、これに合わせる料理はパッと頭にいくつか思い浮かんだ。
 これの味を活かすには、脂っこい料理はダメだ。
 ならばご飯。

 酒の味を殺し過ぎないで、それでいて存在感のある素材といえば……確かあれが余ってたな。

 酒を飲んでやる気を出した俺の横では、八尾さんと富井さんが楽しそうに話を交わす。

 俺は透き通る透明な身を三枚に下ろし、その内側に秘められた肝を、例の酒で洗ってから、さらに別の酒に梅をの風味を乗せて煮詰めた物を刷毛で塗った。

 熱入れは最低限。

「どうぞ、空ウツボの肝の梅酒寄せです」

「空ウツボか! さて、坊やの技量でどう化けるか!」

 八尾さんが楽しそうに箸でつまむ。そして一口。
 思わず太ももをピシャリと叩いた。

「美味い! 身が美味いのは知っておった。だが肝なんて初めて食べたぞ?」

「あまり表には出回ってないですからね。でもこいつが美味いと知ったのはつい最近で。お通しで出すようにしたのもこれが初めてです」

「普段はどう扱っとるんじゃ?」

「捌いた時に自分たちで食べちゃいますね。何かと足が速いので」

「もったいないのう。それよりどうじゃ、シゲちゃん……シゲちゃん?」

 富井さんは箸を置いて口の中でその味を堪能していた。

 余計な雑念を入れたくないと言うように、真摯に味に応えてくれる。こう言うお客さんは最近減った。

 トラブルの中心にいる人だからと少し構えていたが、どうやら真っ当な感覚を持つ人でよかった。

 話を聞く前にそれだけでも知れてよかった。
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