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57話 契約者(side富井茂雄)
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ずっと長いこと夢を見ていた。
自身にとって都合の良い、夢だ。
意識はずっとあった。
しかし体を動かすことも、喋ることすらままならない。
ベッドに縛り付けられていると言う感覚だけがワシの中に残っている。
「シゲちゃん、来たぞ」
親友の声がする。
探索者時代、共にダンジョンを駆け巡った相手だ。
見舞いにもこない家族よりも、唯一の親友だけが心残り。
同い年だ。
いつ来なくなるかもわからない。
無理をするな、ハッちゃん。
お前ももう若くないだろう?
店はどうした?
世界一の八百屋になるんだって息巻いていたじゃないか。
ワシがそれに負けないくらいの肉屋になるって、張り合ってただろ?
最近仕事の話をしてくれない友人に、自身の死期を感じていた。
家族が見舞いに来ないと言うのはそう言う意味だろう。
何が英雄! その子孫だ。
反吐が出る。
そんな感情で苦しむワシを慰める為か、ハッちゃんの口調はいつもより優しげで。
「今日は一風変わった料理を持ってきたんだ。目ん玉飛び出るぞ? 先生、お願いします」
「わかりました。富井さん、主治医の城戸です。今からお食事流しますね?」
流動食だ。直接胃に流し込まれる食事。
動かない分栄養価だけがバカみたいに高い。
死に損ないをベッドの上で生かし続けるだけの食事。
何も変わらない。
でもいつもより満腹感がある。
これはなんだ?
手を動かして注意を引こうとして……
「先生! シゲちゃんの手が」
「信じられない! 富井さんの神経が復活してる? 60年、植物状態だった患者さんですよ?」
どう言うことだ?
今まで動かそうとしても動かなかった腕に力が入った。
握れる。手が、握れた。
思わず涙腺が緩む。
「シゲちゃん、聞こえるか? シゲちゃん!」
「聞こえとるわい、そう怒鳴ってくれるな」
声が、出せた。目も開く。
濁った視界の中には、随分としわぶくれた顔が映る。
老けたなぁ、ハッちゃん。
そりゃワシもか。お互いにジジイだ。
何年経った? ワシは何年眠ってた?
「この、勝手に居なくなって! ワシがどれだけ心配したと思っとるんじゃ!」
「悪かった、だから怒鳴らんどくれ。老骨に響く」
それからはジェスチャーを交えて身振り手振りの手話。
複数の看護師がやってきて、リハビリが始まった。
信じられない事に、ワシは12時間もしないうちに立って歩けるようになっていた。
「凄いだろ、現代の病気療法は」
「ワシがしわくちゃになる前に投入してほしかったな」
「無理を言うな、あいつがまだ生まれちゃいねぇよ」
「あいつって誰だ?」
「ワシの友人だ。孫くらい歳は離れてるが、ワシの命の恩人でもある」
「ハッちゃんを救うなんてやるなぁ」
「だろ? ワシもびっくりしてる。なんせあれからステータスが上昇してなぁ、この歳になってシゲちゃんと並んでSSSだ」
「生意気な。だがワシらの時代は随分と前。それ以上のがいるんだろう?」
「居る。ステータスオールSの生粋の化け物が世界で活躍中じゃ」
「今更ライバル心を燃やしたところで……」
「それがわからんのだよなぁ」
「まさかハッちゃん、いい年して現場復帰しろだなんて言うつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかと言ったらどうする? 面白い奴らが居るんだ。その二人組を紹介したい」
いつになく真剣な顔つき。
シワが刻まれた顔なのに、放つ威圧が当時を思わせる。
ワシがこうも圧倒されるほどの威圧。
本当にSSSになったのか?
「だからって寝起きの老人に戦闘は無理だぞ?」
「そいつらはただの飯屋だ。戦闘はしない」
「なんだ、そうなのか?」
「なんで残念そうにしてるんだよ。少しは期待でもしてたか?」
「だが、シゲちゃんの意識回復に携わってるって聞いたら、どうする?」
「へぇ、医者が匙を投げたワシを救った? そりゃ興味が湧くな」
「だろう? それともう一つ話しておきたいことがある」
「なんだ? もったいぶって」
「シゲちゃんの実家の事だ。それに伴ってダンジョンが異常発達してる。シゲちゃん、五郎は今どこに居る?」
五郎。
それは探索者時代にハッちゃんと共に見つけたダンジョン代行者の仮初の姿だった。
ダンジョン外では肉体を持たないあいつは、当時迷宮犬として採用されていたブルドッグに潜み、ワシと共に富井ミートを大きくしていった。
契約者としての願いは、崩壊した宇都宮市の復興。
ワシとハッちゃんが手を組み、それを成し遂げた。
成し遂げた後の記憶が曖昧だ。
五郎、どこへ行ったんじゃ?
病院内は動物の持ち込み厳禁。
五郎は厳密には動物ではないが、見た目がブルドッグな為家族に引き取られた。
そこから先の記憶がない。
「ワシも知らん。入院中、家族が世話してくれたんならいいが」
「アホか、ワシら以外に懐くかよ!」
それもそうじゃの。じゃあ今どこに居る?
寝起きだから頭が回らない。
寝起き以前に、今までここまで深く考えてこなかったのもあり、脳みそが悲鳴を上げるようじゃった。
「ハッちゃん、詳しく聞かせてくれ。実家の事、ダンジョンの事。五郎はもしかしたらワシらの願いを今も継続中なのかも知れん。ワシが寝坊しとる間に、健気にの」
「悠長なこと言ってられんぞ! お前の息子は指定暴力団と裏で繋がっている。店の売り上げも半分以上鎬で持ってかれてるぞ?」
「は? 其奴、ワシの縄張りを荒らして命が居らんのか?」
「どこかの誰かさんが寝こけてる間にやりたい放題じゃ! それもこれも甥っ子の健二に店を掌握されてからが始まりの様じゃが」
「健二? ワシに懐いてた?」
兄貴の子供で、ワシに懐いてたあの健二が!?
信じられん。
「最初こそ、憧れだった。しかしそれがいつしか嫉妬に変わり、執着となった。どれだけ憧れていても、自身にその力が備わってない以上、どうしても焦りを生んだのじゃろう、シゲちゃんを病院送りにしたところで、自分にその力が手に入るわけでもないだろうに」
「ワシを襲撃したのが健二? どうして……」
「白状しておる。その上でワシの口を塞ごうとしてきおった。力と権力を持って、もう後に引けなくなっておるぞ。全てを手中に入れてなお、欲望を増大化させておる」
どうする、その目が問いかける。
「ワシが直々に引導を渡さにゃぁならんか」
「お供するぜ」
「良いのかよ?」
首を突っ込んで、自分の会社に迷惑はかからないのか?
そんな質問に目を伏せ、笑う。
当時の笑みで、モンスターを縮こませる笑みで。
「あん? うちの店の心配をしてるのかよ。あんな坊主にどうこうされるヤワな従業員を雇っちゃいねーよ。シゲちゃん、一族のピンチだ。大黒柱の責任を負う時だ」
「ハッ、それを言われちゃあ、おしまいよ」
リハビリをしたとはいえ、まだまだ歩くのもやっと。
なのに相棒は、ハッちゃんはワシに行けと言う。
ブランクがあろうがなかろうが、ここで動かなければ全てが手遅れになると言わんばかりに。
そしてワシは、健二に決着をつけるべく実家に向かった。
道中、見事に復興して当時の面影など残さない街並みを眺め、目頭が熱くなる。
「ハッちゃん、この街は立派になったなぁ」
「シゲちゃんが駆け回ったおかげさ。もちろん、ワシも頑張った。下の世代も、その下の世代に引き継がれて、今がある」
「夢のようだ。ずっとこの景色を夢見ていた」
「でも、その平穏が崩れ去ろうとしているんじゃ」
「本当に、健二がそんな愚かしいことをしておるのか? にわかには信じられん」
ハッちゃんはどうあっても健二を更生させたいようじゃった。
ワシは甥っ子に、それほどの憎しみは持って居らんかった。
確かにこの体を植物人間にされた怒り、悲しみもある。
しかしそれ以上に無力さに打ち震えた健二の気持ちも痛いほどにわかっていた。
じゃから、ケリをつける時はワシなりのやり方で行くと決めていた。
「邪魔するぞ」
「おじさん……どうやってここに」
「どうした、健二? 幽霊でも見たような顔して」
「バイタルが戻ったなんて連絡は聞いてない。誰だ! おじさんの姿を模して俺に何の用だ!」
頑なに本人であることを拒否するくらいに後ろめたいことをしてきたんじゃろうな。健二の慌てぶりと来たら相当じゃった。
「そう焦んなくたってこの店を奪おうだなんて思っちゃいねぇよ。今日はよ、久しぶりにお前の顔を見に来たんだ。元気してたか?」
「なんで! なんでだよ! 俺が憎くないのか? だって、おじさんから全てを奪ったんだぞ!? 店も、地位も、名誉だって!」
「……それでこの街が復興したんなら、本望だ。元々ワシがこの店を作ったのは被災した人々の笑顔を見たかったからだ。ワシの後を引き継ぎ、それを為してくれたのなら怒るものか」
「うぅ……おじさん……俺、俺は! なんてことをしてしまったんだ!」
やっぱり、根はいい子なんじゃよ。
止むに止まれぬ事情があったんじゃろう。
自責の念に潰される甥っ子に胸を貸し、本題へと移る。
「それはそうと健二。ワシの飼い犬を見ておらんかの? これくらいのサイズのブルドッグで、名を五郎と言うんじゃが」
「えっと……その犬がどうかしたの?」
健二は今その話は聞きたくなかったと言わんばかりに目を泳がせる。
先ほどの涙は演技だったかのように引っ込んでいた。
「店はくれてやるが、あの子犬は最後の家族のようなもんでな。新しく旅立つのに連れて行こうと思ったんじゃ。病院では見かけなかったから、本家に引き取られたかと思っての。それを探しておる。お前の挨拶はそのついでじゃな」
「その、愛犬なら新しく買ってあげるからさ、あの犬は諦めてよ。うちの奥さんがすごく気に入っちゃって。娘も家族みたいに構ってて」
「そうかそうか。五郎も愛されているのなら本望じゃろう。で、今どこにおるんじゃ? 別に取り返すつもりではない。場所を聞いておるのよ。旅立つ前に挨拶だけでもしておこうと思っての」
そこまで口にした時、健二は引き攣った笑みを浮かべて事務机の下のボタンを押した。
そして現れる荒くれ者たち。
「おじさん、せっかくの再会の挨拶をしに来てくれたのにごめん。やっぱりあんたに生きてもらったら都合が悪いから死んでくれ」
「面白い冗談じゃのう、健二。ワシ相手に10人。ちぃと舐めすぎちゃおらんか?」
「病み上がりの癖に強がるなよおじさん! やれ! 生かして返すな!」
「小童が! 返り討ちにしてくれるわ!」
ワシの威圧で半分が倒れ伏した。
残りの五人はハッちゃんの徒手空拳で無力化されて地面に転がされる。
「ば、化け物!」
懐から抜き放たれる拳銃。
そんな豆鉄砲、ワシに通じると思うか!
自分でも信じられないくらい、現役の頃の技能が今も生きる。
鋼の如く鍛え上げられた肉体で銃弾を弾き、健二の意識を刈り取る。
「騙すなら、最後の最後まで騙し通せい、この愚か者が!」
「この金庫? やたら厳重に封印されてるぜ?」
気配はあるか? そんな視線に目を向ければ、確かにそこには五郎の気配。
力技でロックを外した先には……
「クゥーン(シゲオ?)」
「迎えに来たぜ、五郎」
「ワシもおるぞ、五郎」
「きゃん! きゃん!(随分と見違えたが、この魂の波長は間違えようもない。お帰りなさい。ずっと帰りを待ってたよ。ボクの事なんて忘れちゃってたかと思っていた)」
禍々しい首輪の上では、キラキラとした瞳があった。
「なんだぁ、この趣味の悪い首輪は。ハッちゃん、知ってるか?」
「うんにゃ、見たこともねぇぜ?」
「一人くらい意識を落とさないでおくべきだったな」
「ワハハハ、シゲちゃんは昔から力加減できなかっただろ」
「あん?」
「なんだよ、やろうってのかい?」
売り言葉に買い言葉。
こうやってワシらはコミュニケーションを取ってきた。
それはこれからも変わらない。
「五郎、それは自力で取れるのかい?」
「クゥーン。ハッハッハッ(無理そう。他のダンジョン代行者の力を借りなきゃ)」
「お前みたいのが他にもいるのか? 初耳だぜ」
「きゃんきゃん!(ちょうど近くに感じる……そこへ行って)」
「場所は?」
ダンジョンセンター宇都宮支部。
五郎はワシらに、その場所へ向かわせた。
自身にとって都合の良い、夢だ。
意識はずっとあった。
しかし体を動かすことも、喋ることすらままならない。
ベッドに縛り付けられていると言う感覚だけがワシの中に残っている。
「シゲちゃん、来たぞ」
親友の声がする。
探索者時代、共にダンジョンを駆け巡った相手だ。
見舞いにもこない家族よりも、唯一の親友だけが心残り。
同い年だ。
いつ来なくなるかもわからない。
無理をするな、ハッちゃん。
お前ももう若くないだろう?
店はどうした?
世界一の八百屋になるんだって息巻いていたじゃないか。
ワシがそれに負けないくらいの肉屋になるって、張り合ってただろ?
最近仕事の話をしてくれない友人に、自身の死期を感じていた。
家族が見舞いに来ないと言うのはそう言う意味だろう。
何が英雄! その子孫だ。
反吐が出る。
そんな感情で苦しむワシを慰める為か、ハッちゃんの口調はいつもより優しげで。
「今日は一風変わった料理を持ってきたんだ。目ん玉飛び出るぞ? 先生、お願いします」
「わかりました。富井さん、主治医の城戸です。今からお食事流しますね?」
流動食だ。直接胃に流し込まれる食事。
動かない分栄養価だけがバカみたいに高い。
死に損ないをベッドの上で生かし続けるだけの食事。
何も変わらない。
でもいつもより満腹感がある。
これはなんだ?
手を動かして注意を引こうとして……
「先生! シゲちゃんの手が」
「信じられない! 富井さんの神経が復活してる? 60年、植物状態だった患者さんですよ?」
どう言うことだ?
今まで動かそうとしても動かなかった腕に力が入った。
握れる。手が、握れた。
思わず涙腺が緩む。
「シゲちゃん、聞こえるか? シゲちゃん!」
「聞こえとるわい、そう怒鳴ってくれるな」
声が、出せた。目も開く。
濁った視界の中には、随分としわぶくれた顔が映る。
老けたなぁ、ハッちゃん。
そりゃワシもか。お互いにジジイだ。
何年経った? ワシは何年眠ってた?
「この、勝手に居なくなって! ワシがどれだけ心配したと思っとるんじゃ!」
「悪かった、だから怒鳴らんどくれ。老骨に響く」
それからはジェスチャーを交えて身振り手振りの手話。
複数の看護師がやってきて、リハビリが始まった。
信じられない事に、ワシは12時間もしないうちに立って歩けるようになっていた。
「凄いだろ、現代の病気療法は」
「ワシがしわくちゃになる前に投入してほしかったな」
「無理を言うな、あいつがまだ生まれちゃいねぇよ」
「あいつって誰だ?」
「ワシの友人だ。孫くらい歳は離れてるが、ワシの命の恩人でもある」
「ハッちゃんを救うなんてやるなぁ」
「だろ? ワシもびっくりしてる。なんせあれからステータスが上昇してなぁ、この歳になってシゲちゃんと並んでSSSだ」
「生意気な。だがワシらの時代は随分と前。それ以上のがいるんだろう?」
「居る。ステータスオールSの生粋の化け物が世界で活躍中じゃ」
「今更ライバル心を燃やしたところで……」
「それがわからんのだよなぁ」
「まさかハッちゃん、いい年して現場復帰しろだなんて言うつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかと言ったらどうする? 面白い奴らが居るんだ。その二人組を紹介したい」
いつになく真剣な顔つき。
シワが刻まれた顔なのに、放つ威圧が当時を思わせる。
ワシがこうも圧倒されるほどの威圧。
本当にSSSになったのか?
「だからって寝起きの老人に戦闘は無理だぞ?」
「そいつらはただの飯屋だ。戦闘はしない」
「なんだ、そうなのか?」
「なんで残念そうにしてるんだよ。少しは期待でもしてたか?」
「だが、シゲちゃんの意識回復に携わってるって聞いたら、どうする?」
「へぇ、医者が匙を投げたワシを救った? そりゃ興味が湧くな」
「だろう? それともう一つ話しておきたいことがある」
「なんだ? もったいぶって」
「シゲちゃんの実家の事だ。それに伴ってダンジョンが異常発達してる。シゲちゃん、五郎は今どこに居る?」
五郎。
それは探索者時代にハッちゃんと共に見つけたダンジョン代行者の仮初の姿だった。
ダンジョン外では肉体を持たないあいつは、当時迷宮犬として採用されていたブルドッグに潜み、ワシと共に富井ミートを大きくしていった。
契約者としての願いは、崩壊した宇都宮市の復興。
ワシとハッちゃんが手を組み、それを成し遂げた。
成し遂げた後の記憶が曖昧だ。
五郎、どこへ行ったんじゃ?
病院内は動物の持ち込み厳禁。
五郎は厳密には動物ではないが、見た目がブルドッグな為家族に引き取られた。
そこから先の記憶がない。
「ワシも知らん。入院中、家族が世話してくれたんならいいが」
「アホか、ワシら以外に懐くかよ!」
それもそうじゃの。じゃあ今どこに居る?
寝起きだから頭が回らない。
寝起き以前に、今までここまで深く考えてこなかったのもあり、脳みそが悲鳴を上げるようじゃった。
「ハッちゃん、詳しく聞かせてくれ。実家の事、ダンジョンの事。五郎はもしかしたらワシらの願いを今も継続中なのかも知れん。ワシが寝坊しとる間に、健気にの」
「悠長なこと言ってられんぞ! お前の息子は指定暴力団と裏で繋がっている。店の売り上げも半分以上鎬で持ってかれてるぞ?」
「は? 其奴、ワシの縄張りを荒らして命が居らんのか?」
「どこかの誰かさんが寝こけてる間にやりたい放題じゃ! それもこれも甥っ子の健二に店を掌握されてからが始まりの様じゃが」
「健二? ワシに懐いてた?」
兄貴の子供で、ワシに懐いてたあの健二が!?
信じられん。
「最初こそ、憧れだった。しかしそれがいつしか嫉妬に変わり、執着となった。どれだけ憧れていても、自身にその力が備わってない以上、どうしても焦りを生んだのじゃろう、シゲちゃんを病院送りにしたところで、自分にその力が手に入るわけでもないだろうに」
「ワシを襲撃したのが健二? どうして……」
「白状しておる。その上でワシの口を塞ごうとしてきおった。力と権力を持って、もう後に引けなくなっておるぞ。全てを手中に入れてなお、欲望を増大化させておる」
どうする、その目が問いかける。
「ワシが直々に引導を渡さにゃぁならんか」
「お供するぜ」
「良いのかよ?」
首を突っ込んで、自分の会社に迷惑はかからないのか?
そんな質問に目を伏せ、笑う。
当時の笑みで、モンスターを縮こませる笑みで。
「あん? うちの店の心配をしてるのかよ。あんな坊主にどうこうされるヤワな従業員を雇っちゃいねーよ。シゲちゃん、一族のピンチだ。大黒柱の責任を負う時だ」
「ハッ、それを言われちゃあ、おしまいよ」
リハビリをしたとはいえ、まだまだ歩くのもやっと。
なのに相棒は、ハッちゃんはワシに行けと言う。
ブランクがあろうがなかろうが、ここで動かなければ全てが手遅れになると言わんばかりに。
そしてワシは、健二に決着をつけるべく実家に向かった。
道中、見事に復興して当時の面影など残さない街並みを眺め、目頭が熱くなる。
「ハッちゃん、この街は立派になったなぁ」
「シゲちゃんが駆け回ったおかげさ。もちろん、ワシも頑張った。下の世代も、その下の世代に引き継がれて、今がある」
「夢のようだ。ずっとこの景色を夢見ていた」
「でも、その平穏が崩れ去ろうとしているんじゃ」
「本当に、健二がそんな愚かしいことをしておるのか? にわかには信じられん」
ハッちゃんはどうあっても健二を更生させたいようじゃった。
ワシは甥っ子に、それほどの憎しみは持って居らんかった。
確かにこの体を植物人間にされた怒り、悲しみもある。
しかしそれ以上に無力さに打ち震えた健二の気持ちも痛いほどにわかっていた。
じゃから、ケリをつける時はワシなりのやり方で行くと決めていた。
「邪魔するぞ」
「おじさん……どうやってここに」
「どうした、健二? 幽霊でも見たような顔して」
「バイタルが戻ったなんて連絡は聞いてない。誰だ! おじさんの姿を模して俺に何の用だ!」
頑なに本人であることを拒否するくらいに後ろめたいことをしてきたんじゃろうな。健二の慌てぶりと来たら相当じゃった。
「そう焦んなくたってこの店を奪おうだなんて思っちゃいねぇよ。今日はよ、久しぶりにお前の顔を見に来たんだ。元気してたか?」
「なんで! なんでだよ! 俺が憎くないのか? だって、おじさんから全てを奪ったんだぞ!? 店も、地位も、名誉だって!」
「……それでこの街が復興したんなら、本望だ。元々ワシがこの店を作ったのは被災した人々の笑顔を見たかったからだ。ワシの後を引き継ぎ、それを為してくれたのなら怒るものか」
「うぅ……おじさん……俺、俺は! なんてことをしてしまったんだ!」
やっぱり、根はいい子なんじゃよ。
止むに止まれぬ事情があったんじゃろう。
自責の念に潰される甥っ子に胸を貸し、本題へと移る。
「それはそうと健二。ワシの飼い犬を見ておらんかの? これくらいのサイズのブルドッグで、名を五郎と言うんじゃが」
「えっと……その犬がどうかしたの?」
健二は今その話は聞きたくなかったと言わんばかりに目を泳がせる。
先ほどの涙は演技だったかのように引っ込んでいた。
「店はくれてやるが、あの子犬は最後の家族のようなもんでな。新しく旅立つのに連れて行こうと思ったんじゃ。病院では見かけなかったから、本家に引き取られたかと思っての。それを探しておる。お前の挨拶はそのついでじゃな」
「その、愛犬なら新しく買ってあげるからさ、あの犬は諦めてよ。うちの奥さんがすごく気に入っちゃって。娘も家族みたいに構ってて」
「そうかそうか。五郎も愛されているのなら本望じゃろう。で、今どこにおるんじゃ? 別に取り返すつもりではない。場所を聞いておるのよ。旅立つ前に挨拶だけでもしておこうと思っての」
そこまで口にした時、健二は引き攣った笑みを浮かべて事務机の下のボタンを押した。
そして現れる荒くれ者たち。
「おじさん、せっかくの再会の挨拶をしに来てくれたのにごめん。やっぱりあんたに生きてもらったら都合が悪いから死んでくれ」
「面白い冗談じゃのう、健二。ワシ相手に10人。ちぃと舐めすぎちゃおらんか?」
「病み上がりの癖に強がるなよおじさん! やれ! 生かして返すな!」
「小童が! 返り討ちにしてくれるわ!」
ワシの威圧で半分が倒れ伏した。
残りの五人はハッちゃんの徒手空拳で無力化されて地面に転がされる。
「ば、化け物!」
懐から抜き放たれる拳銃。
そんな豆鉄砲、ワシに通じると思うか!
自分でも信じられないくらい、現役の頃の技能が今も生きる。
鋼の如く鍛え上げられた肉体で銃弾を弾き、健二の意識を刈り取る。
「騙すなら、最後の最後まで騙し通せい、この愚か者が!」
「この金庫? やたら厳重に封印されてるぜ?」
気配はあるか? そんな視線に目を向ければ、確かにそこには五郎の気配。
力技でロックを外した先には……
「クゥーン(シゲオ?)」
「迎えに来たぜ、五郎」
「ワシもおるぞ、五郎」
「きゃん! きゃん!(随分と見違えたが、この魂の波長は間違えようもない。お帰りなさい。ずっと帰りを待ってたよ。ボクの事なんて忘れちゃってたかと思っていた)」
禍々しい首輪の上では、キラキラとした瞳があった。
「なんだぁ、この趣味の悪い首輪は。ハッちゃん、知ってるか?」
「うんにゃ、見たこともねぇぜ?」
「一人くらい意識を落とさないでおくべきだったな」
「ワハハハ、シゲちゃんは昔から力加減できなかっただろ」
「あん?」
「なんだよ、やろうってのかい?」
売り言葉に買い言葉。
こうやってワシらはコミュニケーションを取ってきた。
それはこれからも変わらない。
「五郎、それは自力で取れるのかい?」
「クゥーン。ハッハッハッ(無理そう。他のダンジョン代行者の力を借りなきゃ)」
「お前みたいのが他にもいるのか? 初耳だぜ」
「きゃんきゃん!(ちょうど近くに感じる……そこへ行って)」
「場所は?」
ダンジョンセンター宇都宮支部。
五郎はワシらに、その場所へ向かわせた。
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ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
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凡人がおまけ召喚されてしまった件
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勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
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それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
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素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
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学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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